実作講座「演劇 似て非なるもの」は「人と人が出会うところから始まる」と考えています。
でも今は人と接触することに、どこか恐れや不安を互いに感じてしまうような状況が続いています。
家族や職場の人たち、ごく限られた人にしか会わない生活をしている人も多いのではないでしょうか。
そんな中、みんな、どんなことを感じたり考えたりして暮らしてるのかなと思ってみたりします。
実際に会ってはいなくても、いろんな場所に信頼する人たちが居て、それぞれ日々の暮らしがある。
そのことを灯火のように感じています。
さて、ねもちゃんこと(旧姓)根本さんに初めて会ったのはいつだったのか。鈴木健太くん経由だったのか。今となっては定かではありませんが、確か4期の時だったか公演で照明のオペレーターが2人必要で、何故か照明などやったこともない、しのっぺんさんと根本さんに照明のオペをやってもらったり(2人とも落ち着いててすごい安心感でした)、6期の滅茶困った天才児、太田七海さんの修了公演の『森』に出演してもらったりしました。21年に根本さんが作った写真と文の『これで最後』がとても良い本で、8期のオンライン修了公演にゲスト参加してもらい、『これで最後』の映像版が制作されました。映像作品を作ったのは初めてだったみたいですが、本当に素晴らしい作品が出来上がりました。それを観た俳優・音楽家の佐伯美波さんが何でこんな作品を作れるの?って心底驚いて反応を返してくれたのも嬉しくて、2人がその後友達になったこともさらに嬉しいことでした。そんなこんなでなんだかんだ、根本さんには講座に関わり続けてもらっています。人と人が出会うということは、なんでもないようですごいことで、僕は知り合った人たちとは、何かしら縁があるのだとそう思っています。それぞれの命には時間という限りがあり、おのずと付き合える人間の数は限りがあるし、まして僕はほとんど自分から連絡して人に会うということをもう何年もほとんどしていないので、何年も会ってないどころか、会ってないまま気づいたら20年くらい平気で時間が経ってたりします。会ってはなくてもSNSとかでぼんやり活動を知ってたりはしますけど。でもSNSもやらない友達のことほど、何してるのかなと時々思い出したりして。それって死んだ友達に対する気持ちと似ているなと思いましたが、生きていればまた会える可能性はあるので、やっぱりぜんぜん違いますね。ねもちゃんとはうちの子どもと3人でちょっと遠出して動物園に一緒に行ったのも良い思い出です。そういう何でもない時間ほど貴重なんだと、今年ある時に気がつきました。
(生西康典)
「出生地」 高良美咲
2023年10月9日14時47分に出産しました。
妊娠中はもっぱら家にいました。夜に呆れて昼起きる生活をしていたので、暗闇にいる時間が長かったように思います。胎児さながらわたしも家を子宮のようにして身を潜めていました。妊婦は赤ちゃんを異物だと勘違いしないように免疫力が低下するらしく、病気にかかると妊娠前よりは重症化する確率、つまり大げさに言うと死ぬ確率が上がります。外はこわいです。家は安全です。しかもお腹の子の生殺与奪の権もわたしが握っています。自分ひとりならまだしもふたりぶんです。妊娠初期に流産する確率は15パーセント。もしこの時期に何かあったとしてもそれは胎児側の問題なので、あなたのせいじゃないからね、とお医者さんにほんのり告げられ、それはまじで“ある”時の言い方だし、そんなこと言われましても植物枯らすのとはわけがちがうじゃないですか、と声には出さず産院を後にし、その後の世界は常に少しの不安が付き纏う。たばことお酒はすぐにやめて、ネットで「妊婦 やってはいけないこと」で検索するとフワフワした迷信みたいなものが蔓延している。今日は妊婦健診で院長に「お腹大きくてインフルエンザになったら死んじゃうこともあるからね、予防接種おすすめですよ。いま流行ってるみたいだから。」と言われ、3600円で抗体を買いました。妊娠中の不安要素と身体の不調を言い始めたらキリがないので割愛しますが、妊婦生活を楽しむためには「もしものこと」へのリスクヘッジと、お腹が膨らんでいくにつれて制限される行動範囲をうまくコントロールしなければならない、のですが、そんなことは心の余裕がないとやってられません。そうしてわたしがあまりにも家にいるので、見かねた夫がたまに外に連れ出してくれます。今日は野毛山動物園にいって、お寿司を食べて、喫茶店に行きました。出産予定日まであと6日。人はふと死んだりするけど、意外と死ななかったりするようです。生きてるうちは、好きなものをたくさん食べて、たくさんデートして、たくさん写真を撮るのがいいです。
妊娠37週目はいわゆる正期産といって、ここまでくるともう早産の心配は無く、いつ腹の外に出ても大丈夫らしい。エコー検査で胎児の頭と胴体の大きさを測って出した推定体重は2700gを超えていた。ここまでよくがんばりました。それにしてもおなかの中に別の人間が十月十日もいるなんて、こんなに奇妙な期間はない。わたしの下腹部の真ん中に胎児のちいさな頭があり、左脇腹の方へむけて背骨が伸び、足を折りたたんで右の肋骨のあたりにちょうどつま先がある。夜になるとよく動く。一定のリズムで胎動があると、いま腹の中でしゃっくりをしているのだとわかる。こんなにずっと一緒にいるのに、まだ会ったことがない。まだ会ったことがない人に、自分の子どもだからと言って無条件に愛を向けていいんだろうかと何度も考えている。産むまではまだ何も言えない。
10月8日の朝、高位破水で入院することに。破水してから24時間以内に産まないと母子共に感染症のリスクが高まるらしく、抗生剤を飲み、とりあえず陣痛を待つ。助産師さんから「入院室で寝てるだけじゃ陣痛来ないから、外出してきていいよ」と言われて、そんな、股から血と羊水が断続的に漏れているのに?と思いながらも、重たいお腹に鞭打ってヨチヨチ近所をあるく。ままならない。つらすぎるので気休めに大好きなサーティーワンでジャモカコーヒー味のアイスを食べ、一旦家に帰って束の間の眠りに着き、お腹が痛くなってまたヒイヒイ言いながら産院に戻った。結局この日はおさんぽ虚しく陣痛は来ず、微弱陣痛に襲われて、こんなに大きくなってもエーン痛いようと頼りない声を出しながら悶絶する夜。少しでも心を安らかに保つため、カメラロールにある幸せな妊婦生活の写真を眺めながら音楽を聴いてたらぼろぼろ泣けてきた。もしかしてわたしやわたしの家族やわたしの好きな人たちが無事に生きていることって奇跡なんじゃないでしょうか。ほんとうにありがとうございます。わたしのおすすめ陣痛ソングは東郷清丸さんの「あしたの讃歌」です。みなさん聴いてください。光です。
翌朝、このままだと赤ちゃんに負担がかかるからということで陣痛促進剤を打つことに決まりました。寝不足、しかも点滴を打つので飲まず食わずの状態でオキシトシンを注入される。そこからはもう終わりが見えない強烈な痛みの波に打たれ続け、全身全霊をかけた呼吸を重ねて重ねて重ねて重ねて!重ねた末に、股から栓をぬいたようにぞろりと臓物が排出される感覚とともに、腿に感じる生暖かさ、見なくてもわかる血みどろ、産声がきこえる。終わった、と思った。促進剤を打ってから、時計の短い針が180度進んでいる。この長時間一緒にいてくれた夫に後光がじわじわ漏れ出してきた。これを乗り越えたのがひとりじゃなくてよかった。
すべてを終えて満身創痍で入院室に戻ると外が薄暗くて、窓を開ける気力もなくベッドに横たわる。身体のすべてを使い果たした。空っぽです。空っぽっていうのは真っ白のことでした。真っ白になる前は赤黒かったです。あの子もわたしの赤黒い産道を抜けてこの世に誕生した時、真っ白で眩しいと感じたでしょうか。これが産後ハイというやつなのかわからないけど、なにをみても涙が出そうになる。すべての景色があたらしくなった。
(2023年10月12日)
高良美咲
1993年うまれ。今年のはじめに結婚して姓が変わりました。それ以前は根本美咲という名前でした。もっと遡ると私が生まれてから親が離婚するまでの3年間は吉田美咲という名前だったようです。新しい名前は音の感じがカラリとしてていちばん気に入っています。
リレーエッセイ『いま、どこにいる?』
第1回 植野隆司「トゥギャザー」
第2回 鈴木健太「交差点」
第3回 黒木洋平「もっと引き籠る」
第4回 武本拓也「小さなものの食卓」
第5回 冨田学「面白かった本について」
第6回 竹尾宇加「新しい日常」
第7回 ドルニオク綾乃「集えない」
第8回 冨岡葵「Letter」
第9回 岡野乃里子「体を出たら窓から入る」
第10回 奧山順市「17.5mmフィルムの構造」
第11回 千房けん輔「中間地点」
第12回 佐竹真紀「お引っ越し」
第13回 山下宏洋「休業明け、歌舞伎町に映画を観に行った。」
第14回 小駒豪「いい暮らし」
第15回 伊藤敏「鹿児島にいます」
第16回 コロスケ「無意義の時間」
第17回 嶺川貴子「空から」
第18回 加戸寛子「YouTubeクリエイターは考える」
第19回 いしわためぐみ「OK空白」
第20回 井戸田裕「時代」
第21回 Aokid「青春」
第22回 佐藤香織「ここにいます」
第23回 池田野歩「なにも考えない」
第24回 皆藤将「声量のチューニングに慣れない」
第25回 寺澤亜彩加「魂の行く末」
第26回 しのっぺん「歩きながら」
第27回 野田茂生「よくわからないなにかを求めて」
第28回 野口泉「Oの部屋」
第29回 瀧澤綾音「ここにいること」
第30回 鈴木宏彰「「演劇」を観に出掛ける理由。」
第31回 福留麻里「東京の土を踏む」
第32回 山口創司「場所の色」
第33回 加藤道行「自分の中に石を投げる。」
第34回 市村柚芽「花」
第35回 赤岩裕副「此処という場所」
第36回 原田淳子「似て非なる、狼煙をあげよ」
第37回 石垣真琴「どんな気持ちだって素手で受け止めてやる」
第38回 猿渡直美「すなおになる練習」
第39回 橋本慈子「春」
第40回 堀江進司「動くな、死ね、甦れ!」
第41回 増井ナオミ「すべては初めて起こる」
第42回 富髙有紗「鴨川の鴨に鴨にされる」
▷授業日:週替わりで月曜日と金曜日 19:00〜22:00(6月から開講)
「演劇」は既成のイメージされているものよりも、本当はもっと可能性のあるものなんじゃないかと僕は思っています。それを確かめるためには、何と言われようとも、自分達の手で作ってみるしかありません。全ては集まった人達と出会うことから始めます。