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実作講座「演劇 似て非なるもの」プレゼンツ リレーエッセイ『いま、どこにいる?』第30回 鈴木宏彰

実作講座「演劇 似て非なるもの」プレゼンツ リレーエッセイ『いま、どこにいる?』第30回 鈴木宏彰




実作講座「演劇 似て非なるもの」は「人と人が出会うところから始まる」と考えています。
でも今は人と接触することに、どこか恐れや不安を互いに感じてしまうような状況が続いています。
家族や職場の人たち、ごく限られた人にしか会わない生活をしている人も多いのではないでしょうか。
そんな中、みんな、どんなことを感じたり考えたりして暮らしてるのかなと思ってみたりします。
実際に会ってはいなくても、いろんな場所に信頼する人たちが居て、それぞれ日々の暮らしがある。
そのことを灯火のように感じています。

今回のリレーエッセイはnekootoさんこと鈴木さんです。
いつの間にか知り合いになっていて、どういう方なのか
詳しくは知らないけれど親しみを感じている人、です。

(生西康典)


 

「演劇」を観に出掛ける理由。 鈴木宏彰

 

2019年末、私は長らく抱えている持病を悪化させて引き籠っていました。その状態は翌年の春過ぎまで続きましたが、日本でもコロナやばいのでは?…というムードが広まりつつあった2月の末に生西さんから美学校「演劇 似て非なるもの」の第7期受講生による公演のお誘いを受けました。少人数制のため招待でしか行なっていないとのことでしたが、生西さんの講座が毎期行なっている修了制作公演を私は第1期を除いてすべて(多分)観客として見ていて、そういう人間は少ないと聞いていたので、声を掛けていただいたのだろうと思います。観客参加型だったその公演に私はハイボールを飲んで向かいました。上演の一部である報告会のような場でも飲み続けて、作品自体は楽しませてもらったのになんだか申し訳なかったなといまも時々思い返します(密かにあの続きを待ってもいます)。

それまで月に数本は足を運んでいた「演劇」やライブからは新型コロナウイルスの影響もあってそれを最後に遠ざかりましたが、渇望する気持ちまでにはなりませんでした。引き籠もって何もしない状態に体が慣れていて、むしろそれを望んでもいるので、言い方はアレですが「自粛」を歓迎さえしていました。私は会社勤めですが、休日に何をしていいかわからないという人の心情がまったく理解できません。何もしないでいい。最高じゃないですか。(「何もしない」という状態が厳密にはあると思いませんが。)

私はツイッター上でしばしば観劇やライブの感想を書きます。ツイッターで知り合った人に演劇関係の者だと勘違いされたことがあるくらいに、知ったような感想を厚かましく並べていて、生西さんの存在を知りツイッター上でやりとりし始めた(調べたらはじめは2012年4月)のもそんなことからでした。しかし私は殊更に「演劇」が好きなわけではありません。いまでも目の前で人が「台詞」を喋りだす瞬間は居心地が悪くなります。それなのに昨年の秋くらいからぽつぽつとまた「演劇」を観に出掛けるようになりました。

おそらく「場」を体験したくて私はそこに出向くのだと思います。それは「時間」かもしれません。目の前に人がいて(物や音だけでもいいのですが)、そこで何かが起きる(「起こさない」ことも含めて)、特殊な「場」と「時間」を体験したいんじゃないかな、って、自分の考えなのに「おそらく」「じゃないかな」なんてぼやかした言い方をしていますが、もっと言えば、わからないから観たいのだし、わからないことを楽しむことは、何もしないことがなぜ平気なのかを考えることにも似ている気がします。

なんだか煙に巻いたような話になってしまいましたが、「演劇 似て非なるもの」に集まる人と生西さんが作る何かをいつも楽しみにしている理由について、それからなぜ以前ほど「演劇」を求めなくなったのか、それでもなおいまも観たいと思って外に出るのか、そうしたことを書こうと思ったらこんなことになりました。

追記
月に何本も「演劇」を観るようになったのはやはり長期間引き籠もっていた時期、東日本大震災の前後からだったことを今日の日付を見て思い出しました。

 

(2021年3月11日)

 

 

鈴木宏彰 Hiroaki Suzuki

広告会社勤務。たいていツイッターか浅草近辺にいます。

 

 

リレーエッセイ『いま、どこにいる?』

第1回 植野隆司「トゥギャザー」
第2回 鈴木健太「交差点」
第3回 黒木洋平「もっと引き籠る」
第4回 武本拓也「小さなものの食卓」
第5回 冨田学「面白かった本について」
第6回 竹尾宇加「新しい日常」
第7回 ドルニオク綾乃「集えない」
第8回 冨岡葵「Letter」
第9回 岡野乃里子「体を出たら窓から入る」
第10回 奧山順市「17.5mmフィルムの構造」
第11回 千房けん輔「中間地点」
第12回 佐竹真紀「お引っ越し」
第13回 山下宏洋「休業明け、歌舞伎町に映画を観に行った。」
第14回 小駒豪「いい暮らし」
第15回 伊藤敏「鹿児島にいます」
第16回 コロスケ「無意義の時間」
第17回 嶺川貴子「空から」
第18回 加戸寛子「YouTubeクリエイターは考える」
第19回 いしわためぐみ「OK空白」
第20回 井戸田裕「時代」
第21回 Aokid「青春」
第22回 佐藤香織「ここにいます」
第23回 池田野歩「なにも考えない」
第24回 皆藤将「声量のチューニングに慣れない」
第25回 寺澤亜彩加「魂の行く末」
第26回 しのっぺん「歩きながら」
第27回 野田茂生「よくわからないなにかを求めて」
第28回 野口泉「Oの部屋」
第29回 瀧澤綾音「ここにいること」

 


実作講座「演劇 似て非なるもの」 生西康典

▷授業日:隔週火曜日19:00〜22:00+月1回外部開催
「演劇」は既成のイメージされているものよりも、本当はもっと可能性のあるものなんじゃないかと僕は思っています。それを確かめるためには、何と言われようとも、自分達の手で作ってみるしかありません。全ては集まった人達と出会うことから始めます。