撮影:旧荒川さん
実作講座「演劇 似て非なるもの」は「人と人が出会うところから始まる」と考えています。
でも今は人と接触することに、どこか恐れや不安を互いに感じてしまうような状況が続いています。
家族や職場の人たち、ごく限られた人にしか会わない生活をしている人も多いのではないでしょうか。
そんな中、みんな、どんなことを感じたり考えたりして暮らしてるのかなと思ってみたりします。
実際に会ってはいなくても、いろんな場所に信頼する人たちが居て、それぞれ日々の暮らしがある。
そのことを灯火のように感じています。
市村さんの絵を初めて観たとき、衝撃でした。何の心構えも無いまま、いきなり出会ってしまった。あっ!これが「絵」だと一目見ただけで分かってしまう。絵を絵たらしめるものは何なのか、そんなことを考えさせられた。それが何なのか、僕にはまだ言葉にすることが出来ないけれど、市村さんが書いてくださった文章を読んで、こういう事を考えながら生きて、描いている人の絵こそが「絵」なんだと思ったら、嬉しくてたまらない。やっぱり「絵」には嘘が無いのだ。
(生西康典)
「花」 市村柚芽
去年の秋くらいから、花を描いています。
花を描く前は、自分の中の記憶の景色や、遠い南の島を空想で描いたりしていました。
コロナウイルスが流行ってから、何を描いても違和感があり、描いた絵はみんな失敗してしまいました。
花を描くようになったきっかけは、なんとなくでした。もともと花を美しいと思えなかったし好きでもないような人間でしたが、ある晩絵がうまくいかずムシャクシャして住宅街をうろついている時に見たオニユリや烏瓜が、異常に美しく思えたんです。それで後日、なんとなく花屋で花を買ってみて、なんとなく描いてみたのがはじまりです。
もとからきれいな花をわざわざ絵にする必要があるのか?なんて考えながら、とりあえず目の前で咲いている花を描き出しました。つぼみは次第に咲き、はじめ満開だった花は枯れていきました。
そんな姿を近くで見ていると、胸が、掴まれたみたいにギューッとしました。
ああ、これは、ちゃんと描かなきゃダメだ、と思いました。
8枚くらい描いたあたりからでしょうか。すっかり花のとりこになって、恋しているみたいな気分になっていました。花の方も、ちょっとこっちに気があるんじゃないかしらというような具合で、(冷静になると変なのですが、)毎日楽しかったです。その時、本当に毎日描いてました。花屋に行って、家で描いて、アルバイト行って、寝るまで描いて、朝起きて描いて、アルバイト行って、完成して、また花屋に行って、の繰り返しの日々でした。ものすごい速度で花を描きあげていたので、花屋の店員さんに顔を覚えられてしまいました。
15枚くらい描いたあたりだったか。普通に描いていたけど、これじゃ駄目なんじゃないかと疑い始めます。いや、本当は薄々分かっていました。花と、時間をかけてちゃんと向き合おうと思いました。枯れた後でも、空っぽの花瓶を見つめながら、その存在を思い出して丁寧に描いたらいいじゃないかと。
今までは花だけを美しく描くことばかり考えていたけれど、葉っぱ一枚一枚に対しても同じくらいの熱量で、なでるみたいに優しく、丁寧に描写しました。
その時完成した絵は、はじめて花を花として、美しく描けたものになりました。
コロナウイルスが流行ってから、ないし、オリンピックがはじまってから。人のなんでもない発言や行動がグサグサと刺さり、ヘラヘラしつつも、胸の中はだいたいいつもぼろぼろで生きていました。誰が悪いとか、本当はないはずなのに、いつも誰かを悪者にしてしまう自分が、色々思う事はあるのに何にも出来ずにいる自分が、大嫌いでした。命ってなんて汚いんだろうなんて思ったりしました。
それだけ荒れくるっていたのに、なんで生きて来れたんだろうと振り返ると、花を描いていたからかもしれません。最近それに気付いてから、全てに対して、すこしだけ優しくなれたような気がします。
命が汚いなんてとんでもない。みんな美しく燃えている。私は、人が好きだ、社会が好きだ。だって誰かが幸せそうに、健全なことでわらいあってたらその景色は一番美しいし、誰かが悲しい涙を流していたら心が痛む。あー、だまされてたかもしれない、と目を覚ましました。
自分に出来る事だって目の前にあるし、もうやっていたのでした。祈りというと違う気がするけど、なんだかそんな、輪郭のない愛情みたいなものを片隅で信じつつ、これからも好きに描いては、発表していくつもりです。
私は1人家で絵を描いていて、気づけば人ごみのど真ん中にいました。
(2021年8月19日)
市村柚芽 Yume Ichimura
https://www.ichimurayume.com/
1998年生まれ 「描く日々」1期 修了
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●現在、インターネットで展覧会をしています。よろしければ、ご来場ください。
https://www.ichimurayume.com/%E5%B1%95%E8%A6%A7%E4%BC%9A-home
撮影:ばあちゃん
リレーエッセイ『いま、どこにいる?』
第1回 植野隆司「トゥギャザー」
第2回 鈴木健太「交差点」
第3回 黒木洋平「もっと引き籠る」
第4回 武本拓也「小さなものの食卓」
第5回 冨田学「面白かった本について」
第6回 竹尾宇加「新しい日常」
第7回 ドルニオク綾乃「集えない」
第8回 冨岡葵「Letter」
第9回 岡野乃里子「体を出たら窓から入る」
第10回 奧山順市「17.5mmフィルムの構造」
第11回 千房けん輔「中間地点」
第12回 佐竹真紀「お引っ越し」
第13回 山下宏洋「休業明け、歌舞伎町に映画を観に行った。」
第14回 小駒豪「いい暮らし」
第15回 伊藤敏「鹿児島にいます」
第16回 コロスケ「無意義の時間」
第17回 嶺川貴子「空から」
第18回 加戸寛子「YouTubeクリエイターは考える」
第19回 いしわためぐみ「OK空白」
第20回 井戸田裕「時代」
第21回 Aokid「青春」
第22回 佐藤香織「ここにいます」
第23回 池田野歩「なにも考えない」
第24回 皆藤将「声量のチューニングに慣れない」
第25回 寺澤亜彩加「魂の行く末」
第26回 しのっぺん「歩きながら」
第27回 野田茂生「よくわからないなにかを求めて」
第28回 野口泉「Oの部屋」
第29回 瀧澤綾音「ここにいること」
第30回 鈴木宏彰「「演劇」を観に出掛ける理由。」
第31回 福留麻里「東京の土を踏む」
第32回 山口創司「場所の色」
第33回 加藤道行「自分の中に石を投げる。」
▷授業日:週替わりで月曜日と金曜日 19:00〜22:00(6月から開講)
「演劇」は既成のイメージされているものよりも、本当はもっと可能性のあるものなんじゃないかと僕は思っています。それを確かめるためには、何と言われようとも、自分達の手で作ってみるしかありません。全ては集まった人達と出会うことから始めます。