実作講座「演劇 似て非なるもの」プレゼンツ リレーエッセイ『いま、どこにいる?』第24回 皆藤将


実作講座「演劇 似て非なるもの」プレゼンツ

リレーエッセイ 『いま、どこにいる?』第24回 皆藤将


「2020年5月13日」撮影:皆藤将


実作講座「演劇 似て非なるもの」は「人と人が出会うところから始まる」と考えています。
でも今は人と接触することに、どこか恐れや不安を互いに感じてしまうような状況が続いています。
家族や職場の人たち、ごく限られた人にしか会わない生活をしている人も多いのではないでしょうか。
そんな中、みんな、どんなことを感じたり考えたりして暮らしてるのかなと思ってみたりします。
実際に会ってはいなくても、いろんな場所に信頼する人たちが居て、それぞれ日々の暮らしがある。
そのことを灯火のように感じています。

今週のリレーエッセイは美学校事務局の皆藤将さんです。
アーティストとしても様々な活動をされています。
皆藤さんは美学校に関わる数多くの人たち、講師や受講生に併走してくれる美学校にとって無くてはならない存在です。
その近過ぎず、遠過ぎないトレーナーのような距離感が素晴らしく独特です。
おそらくアーティストとしての眼もそこには生かされていることでしょう。

(生西康典)


「声量のチューニングに慣れない」 皆藤将

このリレーエッセイが始まったのは4月。緊急事態宣言が発令される直前だった。それからもう半年が経つ。常にマスクをしている状態にも慣れ、三密を避けた生活もすっかり当たり前のものとなってしまった。
幸い自分は職にも仕事にもあぶれず、生活自体はコロナ以前とあまり変わっていないように感じる。緊急事態宣言下のまったく先行きが読めなかった4月、5月は常に不安と緊張を感じていたが、心身的にはすっかりコロナ以前の状態に戻ってしまった。とはいえ、東京の連日の感染者数は増えてはいないが減ってもいない状況だし、ヨーロッパでは感染者数の増加から再度ロックダウン等の措置をとる都市も出てきている。この災禍が終わったわけでも、コロナ以前に戻ったわけでもなく、確実にまだ渦中にあるのだ。

閑話休題。このコロナ禍による「新しい生活様式」(使いたくない言葉だが、)でより意識するようになったことがある。それは自分の声の小ささだ。これはコロナ以前からそうだったのだが、例えば、飲食店で注文をするために店員の人に「すみません」と声をかける。自分は声が小さい自覚があるので、いつも若干大きめに言うのだが、結構な確率でスルーされる。そして声量を上げてもう一度声をかけるのだが、その場合もだいたいスルーされる。ちくしょう、またかと思いながら、次は小声ですみませんと叫ぶ。(大声で叫べばいいのだが、店員や他の客に引かれるんじゃないかと思ってそれができない。)で、結局気づいてもらえないので、こちらから店員のところに歩いて行って注文を伝えたりする。
その度に、自分が出力していると思っている声量値と、実際に相手が聴こえている声量値との間に結構な差があるのだなと気づかされて、ああ、テレパシーが使えればいいのになあと思うのだ。

コロナ以前でさえこの調子。いわんや、マスクをしている状態では自分の声がさらに小さくなってしまうし、もちろんその自覚はある。では、どれぐらいの大きさの声を出したらいいのだろうか。それが本当にわからないのだ。
うっかりすると、自分は声が小さいから店員さんが聴き取れるようにマスクを取って注文しないとなどと、無意識にマスクを下げようとしてしまう。(実際たまに下げてしまう。)困ったものだ。
さらにほとんどのコンビニやスーパーのレジでは飛沫飛散防止のためにビニールカーテンで仕切られるようになった。声の障壁がもう一枚増えるのだ。(厄介なことに、レジ袋の有料化に伴い、レジ袋の要不要を尋ねられて、店員と話さなければいけない機会が増えた。)結果、マスクとビニールカーテンという二つの障壁を自分の声が乗り越えるためにはどれぐらいの声量を出せばいいのだろうかと、答えのない計算に入って一瞬フリーズしてしまう。

ライブ前にミュージシャンとPAがサウンドチェックを行うように、レジ前で声量チェックができればいいのだが、残念ながらレジ前にPAはいないので自分でなんとかするしかない。果たして自分の声量を自分でキャリブレーションすることはできるのだろうか。誰かその方法を知っている人がいたら教えてほしい。

(2020年10月5日)

皆藤 将 Kaido Masaru

1984年東京都出身。美学校の運営スタッフをしながら、芸術制作をしています。近々参加する展覧会として「未来美展4 全身全霊」(旧大宮図書館、10月17日~11月15日)。http://masarukaido.com

「2020年5月5日 セルフポートレイト」撮影:皆藤将

リレーエッセイ『いま、どこにいる?』

第1回 植野隆司「トゥギャザー」
第2回 鈴木健太「交差点」
第3回 黒木洋平「もっと引き籠る」
第4回 武本拓也「小さなものの食卓」
第5回 冨田学「面白かった本について」
第6回 竹尾宇加「新しい日常」
第7回 ドルニオク綾乃「集えない」
第8回 冨岡葵「Letter」
第9回 岡野乃里子「体を出たら窓から入る」
第10回 奧山順市「17.5mmフィルムの構造」
第11回 千房けん輔「中間地点」
第12回 佐竹真紀「お引っ越し」
第13回 山下宏洋「休業明け、歌舞伎町に映画を観に行った。」
第14回 小駒豪「いい暮らし」
第15回 伊藤敏「鹿児島にいます」
第16回 コロスケ「無意義の時間」
第17回 嶺川貴子「空から」
第18回 加戸寛子「YouTubeクリエイターは考える」
第19回 いしわためぐみ「OK空白」
第20回 井戸田裕「時代」
第21回 Aokid「青春」
第22回 佐藤香織「ここにいます」
第23回 池田野歩「なにも考えない」

▷授業日:週替わりで月曜日と金曜日 19:00〜22:00(6月から開講)
「演劇」は既成のイメージされているものよりも、本当はもっと可能性のあるものなんじゃないかと僕は思っています。それを確かめるためには、何と言われようとも、自分達の手で作ってみるしかありません。全ては集まった人達と出会うことから始めます。