Menu

Home
実作講座「演劇 似て非なるもの」プレゼンツ リレーエッセイ『いま、どこにいる?』第41回 増井ナオミ

実作講座「演劇 似て非なるもの」プレゼンツ リレーエッセイ『いま、どこにいる?』第41回 増井ナオミ




実作講座「演劇 似て非なるもの」は「人と人が出会うところから始まる」と考えています。
でも今は人と接触することに、どこか恐れや不安を互いに感じてしまうような状況が続いています。
家族や職場の人たち、ごく限られた人にしか会わない生活をしている人も多いのではないでしょうか。
そんな中、みんな、どんなことを感じたり考えたりして暮らしてるのかなと思ってみたりします。
実際に会ってはいなくても、いろんな場所に信頼する人たちが居て、それぞれ日々の暮らしがある。
そのことを灯火のように感じています。

増井さんとは日々の公演2で知り合いました。増井さんの演技はかっこ良くてチャーミング!でもそれ以上に増井さん本人がかっこよくてチャーミングなのでした。Viva!

(生西康典)


 

「すべては初めて起こる」 増井ナオミ

 

『すべては初めて起こる』は大森克己の写真集のタイトル
大森さんが、外国の空港で手にした、ポール・セローの旅の本の中の
「ボルヘス」のことば、
『すべては初めて起こるフィルター』を掛けると、見える世界が違ってくる

日々の公演 2 (2021 10~2022 03)の後
生西さんからリレーエッセイに参加しませんか?とメイルを頂いて、これまでの方のを
読み始めたらそれぞれに面白く、読みふけりすぎて、時がゆくゆく~

さて、何をこうか?
いま
ウクライナ情勢!コロナ感染 第7波に突入か?、わからない 2022 04

書いててちょっと楽しくなるのがいい。
そうだ、私が覚えている唐さんのエピソードをあげてみよう。
今月末、神戸の湊川公園で、唐組の『おちょこの傘持つメリー・ポピンズ』を
アングラ演劇を専攻する中国人の友人と行くから。
彼女は神戸大学講師2年目、院生の時から私の話す、唐さんエピソードに興味を持って
いたので、このエッセーも面白がって読んでくれるだろう。そう思うと、書き出せた。

30数年前のこと 記憶違い、人違いもあるかもしれないですがご容赦を

1989年(ベルリンの壁崩壊の年)「下町唐座」を経て「唐組」に所属していた
そのころ、水道工事店の二階の稽古場は、おつかれさまの後、酒飲み場になる。
宴会には、お客さんも多く、さすらいのジェニーの頃は、魔子さん、蓮司さん、柄本さ
んも来てくれた。(酒席に3人全員は揃わなかったけど)ある時「なんかやってよ」と
言う唐さんのリクエストに、柄本さんが立ち上り、『和歌山ブルース』を披露。
タイミング、選曲、歌いっぷり全てが柄本さんだった。

飲み会がない時は、演出助手のH典子と私が、稽古場の近所にあった、白い1Rの仮
住まいにおじゃまして夕食を作り3人で食べることもあった。
唐さんは気に入りの食材を買いにニコニコ通り商店街に行き、素早く良いモノを選ぶ
(特に魚には目利き)

他にも、ご近所のM竜士さん(いまは京都造形芸術大学教授)のアパートはお気
に入りの立ち寄り場所。行けば「こういう部屋が落ち着くんだよなぁ」と
一度だけ、商店街を抜けて青梅街道を渡ったウチのアパートにやって来
て大勢で料理した時は、台所に立って何やら作ってくれた。
それを見たメンバーの何人かは「唐十郎がフライパンを」と呆気にとられていたっけ。

と、ツラツラ、どうでもいいようなことを書いていると、妙なことが思い出される。

唐さんが、数か月ほど居た仮住まいから、高円寺に新居を構えた年のお正月、
亡くなった夫と一緒に年始のご挨拶に行った時

唐さんが奥さんに「旦那さんも来てくれたから(山崎)哲が送ってくれた花咲蟹を出して
あげて」と大ご馳走。恐縮する私に、唐さんが小声で「彼には、どう猛なところがあるの
では?」と。夫のカニの食べ方を観察していたらしい。どう猛とまではいかないが、好き
を超えたむさぼり方をしていたかも。

私に対しての観察評価は「お前は苦労というものを知らない」と言われて当て書きされた
役は、タンスを蹴破って登場してフラメンコ靴で舞台を蹴り周り、腰に巻かれた綱で腕っ
ぷし自慢の勇者に操られる。
長い舌で、周りの男たちの投げる銭を舌で一枚づつ舐めとり微笑む 盲目の踊り子 
いまなら大興奮で工夫するけれど、30数年前の自分はヘナチョコな自分だった。

公演ごとに丁寧に洗った銭を共演者に渡し「これを投げてね」とお願いし、自分が

舐める範囲の舞台床を綺麗に雑巾がけしていたっけ。

こんなことを教わった
*敵との距離の取り方
「相手の繰り出すリーチをすり抜けてグッと懐に入り距離を詰めると打たれない」
とか
*目指すところがあるなら
「一気に行かずに、杭を打て、そこに行くまでに何本も打ち、次の杭、次の杭と、泳いで
行け、しがみついたら離すな 」など

記憶を辿るとや~~もうドンドコ出てくる、
同じ舞台に立たせてもらっただけでもみっけモンの麿さん、鷹さんのエピソードも思い出
されてきましたが、(ここには書けない、重いこと、軽いエロ話も)なんだかんだといっ
ても、みーんないい思い出

いま、33年ぶりに、横須賀のシニア劇団に所属して、ここ半年『横須賀とんび』名で役者
をしてます。

唐さんから教わった、目指すトコへ至るための、しがみつくような大きな杭は今まで打つこ
とはなかった。これからも無くていいんだけれど、日々を面白がるために、ちょこちょこピ
ンは打ち続けている。

タイトルの上の写真は、横須賀駅から243階段登る、古い家のほったらかしの庭

右下のオレンジ色の君子蘭は、7年くらい前に代々木のロココの庭から、鉢に移され、私と
ともに幡が谷、中野新橋、中野富士見町と移動して2021正月、横須賀で地植えされた。
その年の春は咲かず。また一年。植えたことも忘れてたこの春、咲いた。

こういうことの嬉しさが、自分を守っててくれていると思う。

 

(2022年4月19日)

 

 

増井ナオミ naomi masui

2020初夏から、杉並、京都、横須賀、
3ヶ所を『旅するように暮らし』てみたけど
クルクル目が回るような慌ただしさ、肘骨折、でざせつ。
ここんところは『港を見渡す赤い屋根の平屋』で、草花、とんびを眺めるのが楽。

 

 

 

リレーエッセイ『いま、どこにいる?』

第1回 植野隆司「トゥギャザー」
第2回 鈴木健太「交差点」
第3回 黒木洋平「もっと引き籠る」
第4回 武本拓也「小さなものの食卓」
第5回 冨田学「面白かった本について」
第6回 竹尾宇加「新しい日常」
第7回 ドルニオク綾乃「集えない」
第8回 冨岡葵「Letter」
第9回 岡野乃里子「体を出たら窓から入る」
第10回 奧山順市「17.5mmフィルムの構造」
第11回 千房けん輔「中間地点」
第12回 佐竹真紀「お引っ越し」
第13回 山下宏洋「休業明け、歌舞伎町に映画を観に行った。」
第14回 小駒豪「いい暮らし」
第15回 伊藤敏「鹿児島にいます」
第16回 コロスケ「無意義の時間」
第17回 嶺川貴子「空から」
第18回 加戸寛子「YouTubeクリエイターは考える」
第19回 いしわためぐみ「OK空白」
第20回 井戸田裕「時代」
第21回 Aokid「青春」
第22回 佐藤香織「ここにいます」
第23回 池田野歩「なにも考えない」
第24回 皆藤将「声量のチューニングに慣れない」
第25回 寺澤亜彩加「魂の行く末」
第26回 しのっぺん「歩きながら」
第27回 野田茂生「よくわからないなにかを求めて」
第28回 野口泉「Oの部屋」
第29回 瀧澤綾音「ここにいること」
第30回 鈴木宏彰「「演劇」を観に出掛ける理由。」
第31回 福留麻里「東京の土を踏む」
第32回 山口創司「場所の色」
第33回 加藤道行「自分の中に石を投げる。」
第34回 市村柚芽「花」
第35回 赤岩裕副「此処という場所」
第36回 原田淳子「似て非なる、狼煙をあげよ」
第37回 石垣真琴「どんな気持ちだって素手で受け止めてやる」
第38回 猿渡直美「すなおになる練習」
第39回 橋本慈子「春」
第40回 堀江進司「動くな、死ね、甦れ!」

 


実作講座「演劇 似て非なるもの」 生西康典

▷授業日:隔週火曜日19:00〜22:00+月1回外部開催
「演劇」は既成のイメージされているものよりも、本当はもっと可能性のあるものなんじゃないかと僕は思っています。それを確かめるためには、何と言われようとも、自分達の手で作ってみるしかありません。全ては集まった人達と出会うことから始めます。