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実作講座「演劇 似て非なるもの」プレゼンツ リレーエッセイ『いま、どこにいる?』第25回 寺澤亜彩加

実作講座「演劇 似て非なるもの」プレゼンツ リレーエッセイ『いま、どこにいる?』第25回 寺澤亜彩加


実作講座「演劇 似て非なるもの」プレゼンツ

リレーエッセイ 『いま、どこにいる?』第25回 寺澤亜彩加



実作講座「演劇 似て非なるもの」は「人と人が出会うところから始まる」と考えています。
でも今は人と接触することに、どこか恐れや不安を互いに感じてしまうような状況が続いています。
家族や職場の人たち、ごく限られた人にしか会わない生活をしている人も多いのではないでしょうか。
そんな中、みんな、どんなことを感じたり考えたりして暮らしてるのかなと思ってみたりします。
実際に会ってはいなくても、いろんな場所に信頼する人たちが居て、それぞれ日々の暮らしがある。
そのことを灯火のように感じています。

今週のリレーエッセイは寺澤亜彩加さんです。
昨年から福島県いわき市に移住して、庭師の修行をしながら制作活動をされています。
今年の2月にいわき市で行われた寺澤さんと藤城光さん共作による体験ツアー演劇「地中の羽化、百億の波の果て」を僕は残念ながら拝見することは出来ませんでしたが、相馬千秋さんによるレビューを読むだけでも、そのかけがえないのない素晴らしさの一端が分かります。寺澤さん、藤城さん自身による調査報告も無類の面白さ。皆さん、是非、寺澤さんのエッセイの後に読んでみて下さい。
しかし、こんなユニークな活動をしている人たちが居るなんて、滅茶苦茶わくわくするし、嬉しいなぁ。
「地中の羽化、百億の波の果て」の記録冊子とDVDも制作中で一般販売もされるとのことです。楽しみだ。

(生西康典)


 

「魂の行く末」 寺澤亜彩加

わたしはいまこれを、おそらく誰にも見られることのないものとして書いている。

そんなことを言われたら、なんだか覗き見みたいじゃないかと思う人もいるかもしれない。

それでもいい。なぜなら、私はこれを読むあなたにむけた手紙として、書いているかもしれないのだから。

私は今、福島県いわき市にいて、普段は植物を扱う会社で、水族館の緑地管理をしたり、野菜の展示の管理をしたり、個人邸のお庭の手入れをしたり、新しいお庭を作ったりしながら働く傍ら、主に演劇など、身体をベースとした表現活動をするアーティストとして、活動を行なっている。

その前は、千葉で一年間だけ、信頼の置ける親方の元で男の人に紛れながらがっつり造園修行をして、その前は多摩美術大学の演劇舞踊デザイン学科というよくわからない学科で、演劇やダンス、身体表現を学んで、さらにその前はというと、私は名古屋で高校生をしていた。

そう、私は愛知県の出身で、生まれてから4歳くらいまでは名古屋の隣の町にいて、そこから高校卒業までは、その川を越えたら名古屋じゃなくなるぞ、という川の近くのぎりぎりの名古屋で育った。

川。よく氾濫する川、だった。名古屋で育った私にとって一番身近な災厄は、伊勢湾台風だった。小学校とか中学校とかの校外学習で伊勢湾台風の映像などを見た記憶がある。川。母親の実家は不思議と近隣の家と比べると、立派な塀があり、その上に家が立っている。その昔、どこぞの大工さんが自分で住むために建てた家を買い取ったとのことだが、その塀、ピッタシのところまで、何時ぞやの氾濫の時には水が上がったという。だからか、私の家はマンションの最上階の7階。そして一番西の号室だ。私の部屋はさらにその中の一番西の部屋。学校から帰ってくるといつも夕日が私を見ていた。小学校の時に、本気でそこから飛び降りようとした時も、中学の時にいじめられていた時に、「生きてやる」と誓った時も、いつでも夕日は私を見ていた。空。私は部屋から見る空、そこが自分のふるさとだと思っている。7階の部屋からは地面は遠く、川の氾濫によりいつでも流されて来た地面はもっと遠い。だから、空。私はきっといつか、空、に溶けて消えると信じている。

そういえば、私の生まれた日、1995年12月17日の空は、透き通っていてとても美しかったんだそうだ。そんな空をみて、母は私に「空」と名付けようと思ったという。でもそのまま「空」と名付けられていたらもうその段階で、私は満足して、身体を宙に浮かせ消えていたのかもしれない。私の名は揉めに揉めた末、字画を考慮し「亜彩加(あさか)」と決められた。「亜」という時の語源は「墓」なんだそうだ。墓に彩を加える。そういえば私は今、いわき市にいて、庭師みたいな仕事をしながら、お墓の立ち並ぶお寺にくっついた住居でこの文章を書いている。名付けられた通りの人生を歩いているように思う。それでもふるさとのあの空に帰れる日を、心待ちにしている。

そういえば、なんで愛知県名古屋市出身の私がここにいるのだろう。ここは福島県いわき市。わたしが大学在学中に講師できていた岸井大輔さんにくっついて訪れた地である。当時岸井さんは「龍燈祭文」という作品を作るべく、いわきの龍の伝説や浦島伝説を調べたり、いわきの岬の突端に分布する、龍を祀る神社を巡りながらリサーチを展開していた。同行する中で、「土地とコミュニケーションしたい」という欲望がふっと降りて来たのを覚えている。そして「身体性」という言葉もそのリサーチの際に発見した。この二つのモノとの出会いは、私に大きな身体変容をもたらした。

さらに私はそこである人と恋に落ちたのであった。その人の後ろには紛れもなく龍がいて、海があった。私は彼/龍/海に、やって来てほしい、やって来てほしいと強く恋願ったのである。そうして私は自分自身から海に飛び込んでいった。その人は紛れもなく、私が愛した初めての人だった。愛なんか、考えたこともなかった私に愛を教えてくれた人。その人とは一年足らずで恋人としてはお別れをして、それでもどうしても、そのつながりを切れずにいた。

そうして「土地とのコミュニケーション」「身体性」という二つのテーマを元に就職で一度千葉に赴くも、土地を扱う仕事なのにあまりに千葉という土地との相性が苦しく、考えあぐねた結果どこの土地を掘り起こしたいかという問いと結びついたいわきに移住した。移住してすぐに誘われた「いわき潮目文化共創都市づくり推進実行委員会」の事業内にて、現地のアーティストである、藤城光さんとの共作として「地中の羽化、百億の波の果て」という作品を制作することになった。

常磐炭田発祥の地、白水町を中心とし、炭鉱が栄えていた時の人々の労働、生活、そして生と性と死の話を聞きながら、今まさに忘れられようとしている炭鉱の遺構や、坑夫たちが夜な夜な交わったお堂、火葬場など、呼ばれるようにしていくつもの場所を巡りながらリサーチを続けて言った。炭鉱を生きた人々の話は震災後の人々の話と共鳴するものが多くあった。炭鉱と震災、そして、それをつなぐ、死への向き合い方・供養のあり方として存在したかもしれないとある踊り。そんなものとの出会いから二人で練り上げ、多くの人々とともに立ち上げてきた作品は、台風19号の影響により、一度は延期になったものの、無事今年の2月上演するまでに至った。10時間にも及び海から山へ、そして地面に開けた穴を通じて地下の墓場まで、土地と物語を紡ぐようにして上演されたツアー型演劇。それは大きな儀礼のようなものだった。

去年の只中では身体も心も何もかもが渦に飲み込まれていく日々だったが、振り返って見ると、いわきを訪れ、「龍燈祭文」のリサーチに関与することで生まれた、「土地とコミュニケーションしたい」という欲望に対し、一つの応答する形でこの作品を制作したのだな、ということを思う。この作品について語り出すとおそらく何日もかかるので、気になる方は今まさに製作中で今年中には展開される記録DVDと冊子の方を参照いただきたい。

さて、その作品を芸術公社の相馬千秋さんに見ていただいたことが一つのきっかけとなり(相馬さんのレビューはこちら)、今年の夏に行われた「みちのくアート巡礼キャンプ2020」中、あるアーティストのアテンドで海を巡った時のこと。「龍燈祭文」にも登場する「龍宮岬」を訪れた。そして、彼女が「ここで少し、海を見よう。」と言って、二人して座って海を眺めた時。あんなに、私が求めていた、そして私を求めてもいた海が、どうしようもないくらいに、遠く、遠くに見えたのだった。どうしていいかわからなかった。わたしをこの地に結びつけた海、愛した彼を媒介に契約を結んだ海、はもう知らん顔して、遠くにいってしまったようだった。「もう、いきなさい」と言われている気分になって、さびしくてさびしくて。作品を作るということで、ひとつ、応答し、そして、ひとつお別れをする。私はきちんとお別れするために、あの作品を作っていたことにようやく気付いた。それでも、遠くなっても海も龍も彼も、胸のあたりにあって、変わらずに今でも愛している。「龍燈祭文」を上演するなら、圧倒的死によってあなたといつか離れ離れになってしまうことを引き受けて、それでもいつかまた巡り巡って出会えることを祈って、「結婚式」として上演したかったのだけど、それも遠く彼方にいってしまって、浦島はいまどこにいるのかわからない。だからもし上演するなら、私がおばあさんになって、死ぬ間際かな。お葬式として上演してもいいのかもしれない。

お別れすることは、とってもさびしいけれど、それはある人との出会いとセットでもあった。

その人は、わたしの中の深い根底にある、ナニカを一瞬で動かした。私はそのナニカを動かされたことで今まで捨てることのできないでいた、食欲と睡眠欲をかなぐり捨てさり、そうして性欲だけになってその後の一週間を過ごした。着地したのはだいぶ後になってからだ。そこまで大きな身体変容が起きたのは初めてて、びっくりしてしまった。その人の中のナニカに触れ、振れてしまう私の身体と精神、空っぽの空洞が身体を突き抜け暴れまわる。だけど、こんなんでは破滅以外に道がないじゃないの、と思いながら、大きく揺るがされて震わされたそれに出会って、なんだか嬉しくもあった。そうやって、ナニカが表出し始めていて、でもそれに生かされて来たことにも気づく。それは「身体性」と関わること。生きることの破壊と暴力に大きく関わりのあることだ。まだ具体的にはわからない。だけど、しばらくはこのナニカをテーマに制作していくことになるのだろう。誰にも伝わらず、誰にも共有できず、私もどうしていいのかわからないのかもしれない。だけれどそれは、存在し、私でもあるようなナニカなのであろう。今度はどんな旅路になるのだろう。引き裂かれながら、食い破られながら、また次のナニカと出会う時まで、これを楽しんでいこうと思う。

(2020年10月10日)

 

 

寺澤亜彩加 terazawa asaka

1995年生、愛知県名古屋市出身。福島県いわき市在住。
多摩美術大学演劇舞踊デザイン学科演劇専攻卒業。
大学卒業後、千葉にて一年間造園修行を行う。その後大学中より縁のあった福島県いわき市に移住し、引き続き庭師としてお仕事をしながらも、人間と自然の間、人間の欲望、生と性と死を紡ぐように作品制作を続けている。
2019年度「いわき潮目文化共創都市づくり推進実行委員会」の事業内にて、藤城光との共作「地中の羽化、百億の波の果て」を制作。2020年には芸術公社主催「みちのくアート巡礼キャンプ2020」で現地のツアーコーディネートを担当する。

 

 

リレーエッセイ『いま、どこにいる?』

第1回 植野隆司「トゥギャザー」
第2回 鈴木健太「交差点」
第3回 黒木洋平「もっと引き籠る」
第4回 武本拓也「小さなものの食卓」
第5回 冨田学「面白かった本について」
第6回 竹尾宇加「新しい日常」
第7回 ドルニオク綾乃「集えない」
第8回 冨岡葵「Letter」
第9回 岡野乃里子「体を出たら窓から入る」
第10回 奧山順市「17.5mmフィルムの構造」
第11回 千房けん輔「中間地点」
第12回 佐竹真紀「お引っ越し」
第13回 山下宏洋「休業明け、歌舞伎町に映画を観に行った。」
第14回 小駒豪「いい暮らし」
第15回 伊藤敏「鹿児島にいます」
第16回 コロスケ「無意義の時間」
第17回 嶺川貴子「空から」
第18回 加戸寛子「YouTubeクリエイターは考える」
第19回 いしわためぐみ「OK空白」
第20回 井戸田裕「時代」
第21回 Aokid「青春」
第22回 佐藤香織「ここにいます」
第23回 池田野歩「なにも考えない」
第24回 皆藤将「声量のチューニングに慣れない」

 

 

▷授業日:毎週金曜日 19:30〜22:30
「演劇」は既成のイメージされているものよりも、本当はもっと可能性のあるものなんじゃないかと僕は思っています。それを確かめるためには、何と言われようとも、自分達の手で作ってみるしかありません。全ては集まった人達と出会うことから始めます。