実作講座「演劇 似て非なるもの」プレゼンツ
リレーエッセイ 『いま、どこにいる?』第20回 井戸田裕
「さえんば 吾平」Photo by Masami Idota
実作講座「演劇 似て非なるもの」は「人と人が出会うところから始まる」と考えています。
でも今は人と接触することに、どこか恐れや不安を互いに感じてしまうような状況が続いています。
家族や職場の人たち、ごく限られた人にしか会わない生活をしている人も多いのではないでしょうか。
そんな中、みんな、どんなことを感じたり考えたりして暮らしてるのかなと思ってみたりします。
実際に会ってはいなくても、いろんな場所に信頼する人たちが居て、それぞれ日々の暮らしがある。
そのことを灯火のように感じています。
今週のリレーエッセイは高知から、井戸田 裕さんです。
文中にも出てきますが、井戸田さんがスーパーデラックスのスタッフだった頃、
いろんなイベントをさせてもらいましたが、彼の作る照明のセンスが抜群で大好きでした。
スーデラをマジカルで魂が喜ぶような場所にしていた一人だと思います。
高知で彼が立ち上げた場所がどうなるのか楽しみでなりません。
いつか家族で遊びに行きたいなぁ。
(生西康典)
「時代」 井戸田 裕
6年前、東京から自然が豊かでお酒好きが多い高知県にUターンし、市内で約60年続く家業である大衆酒場「さえんば 吾平」を継ぎました。僕で3代目になります。お爺ちゃん、お父さんが昭和、平成の時代を駆け抜け、僕はバトンを受けとりました。
吾平は繁華街から少し離れた路面電車通り沿いに面しており、今の時代にそぐわない大きなネオンと赤提灯で一帯を煌々と照らし続けています。店内も年季が入った雰囲気で、歌謡曲や演歌を聴きながらお酒とおつまみを前に老若男女のお客さんに楽しんで頂いております。
そんなお店で育った自分はこのテクノロジー皆無な昭和の匂いがする居酒屋が好きで、そういう化石化しそうな酒場がなくなっていくことが残念に思い、吾平を残すため帰郷することを決意をしました。
10年ぶりに地元に帰って吾平を継ぐということ、親と一緒に仕事をするということ、どれも大変なことでした。6年が経った今、やっと自立できたように感じています。帰る前は1年くらいでやれるだろうと思っていましたが、家業を継ぐということはそんな甘いもんじゃなかったですね。
そしてもう一つ、僕には新しい場所を作るという目標がありました。吾平の使っていなかった三階を改装し、今年の2月にオープンさせたイベントスペース「3F」です。読み方はsankaiです。僕が東京で最後に勤めていたのが西麻布のsuper deluxeというイベントスペースで、様々なジャンルのイベントや実験的なことをやっていました。もう閉店してしまいましたが、今思い返すと本当に面白いイベントをたくさんやっていました。そこでアーティスト、技術さん、一緒に仕事をしたスタッフ、たくさんの方と関わりお世話になりました。このリレーの話を頂いた生西さんともここで出会いましたね。
そんなスペースで衝撃を受け、僕は価値観と人生観が大きく変わり、高知の老舗の居酒屋の上でイベントスペースがあったら面白いだろうなと構想し、ようやく実現しました。過去、現在、未来が入り混じ、マリアージュするみたいな感覚を味わってもらえたら嬉しいですね。
オープンして間もない頃に今の感染対策がされる状態になり、人が集う場所が危険な環境とされ、吾平も3Fも営業の仕方を考えなくてはいけなくなりました。3Fはイベントを開催する前に一時休業にし、お客さんが激減した吾平を少しづつ元の状態に戻すことからでした。幸いなことに今これを書いている現状はお客さんも戻り、3Fは県内のアーティストの展示から始め、少人数のイベントをやれるようになりました。こういう状況に置かれ、改めて皆さんが楽しそうにしていることが嬉しく、この場所の可能性と重要性を再確認することができました。目に見えない敵は厄介ですが、負けず攻めていきたいですね。
この先どんな時代になっていくかわかりませんが、これからも人が集まり、交流し、人が表現し、文化や芸術を身近に体感できる場所を残していけたらなと思っています。
最後に詩吟が趣味だったお爺ちゃんが作った詩
「幸せの 一杯の酒 吾れ平か成り」
(2020年8月28日)
井戸田 裕 Idota Yutaka
1984年、高知県生まれ。大衆酒場「さえんば吾平」の3代目若大将、イベントスペース「3F」オーナー。 人々を楽しませたいと試行錯誤の毎日を送っています。
Photo by Masami Idota
リレーエッセイ『いま、どこにいる?』
第1回 植野隆司「トゥギャザー」
第2回 鈴木健太「交差点」
第3回 黒木洋平「もっと引き籠る」
第4回 武本拓也「小さなものの食卓」
第5回 冨田学「面白かった本について」
第6回 竹尾宇加「新しい日常」
第7回 ドルニオク綾乃「集えない」
第8回 冨岡葵「Letter」
第9回 岡野乃里子「体を出たら窓から入る」
第10回 奧山順市「17.5mmフィルムの構造」
第11回 千房けん輔「中間地点」
第12回 佐竹真紀「お引っ越し」
第13回 山下宏洋「休業明け、歌舞伎町に映画を観に行った。」
第14回 小駒豪「いい暮らし」
第15回 伊藤敏「鹿児島にいます」
第16回 コロスケ「無意義の時間」
第17回 嶺川貴子「空から」
第18回 加戸寛子「YouTubeクリエイターは考える」
第19回 いしわためぐみ「OK空白」
▷授業日:週替わりで月曜日と金曜日 19:00〜22:00(6月から開講)
「演劇」は既成のイメージされているものよりも、本当はもっと可能性のあるものなんじゃないかと僕は思っています。それを確かめるためには、何と言われようとも、自分達の手で作ってみるしかありません。全ては集まった人達と出会うことから始めます。