実作講座「演劇 似て非なるもの」プレゼンツ リレーエッセイ『いま、どこにいる?』第18回 加戸寛子


実作講座「演劇 似て非なるもの」プレゼンツ

リレーエッセイ 『いま、どこにいる?』第18回 加戸寛子


「雲に隠れるアイガー」撮影:加戸寛子


実作講座「演劇 似て非なるもの」は「人と人が出会うところから始まる」と考えています。
でも今は人と接触することに、どこか恐れや不安を互いに感じてしまうような状況が続いています。
家族や職場の人たち、ごく限られた人にしか会わない生活をしている人も多いのではないでしょうか。
そんな中、みんな、どんなことを感じたり考えたりして暮らしてるのかなと思ってみたりします。
実際に会ってはいなくても、いろんな場所に信頼する人たちが居て、それぞれ日々の暮らしがある。
そのことを灯火のように感じています。

今週のリレーエッセイはスイスのジュネーヴより、加戸寛子さんです。

(生西康典)


「YouTubeクリエイターは考える」 加戸寛子

外資系企業の財務部長をやめて、ジュネーヴ大学で文学を勉強しています。文学、映画が大好きで、子供時代に、漫画家、小説家、映画監督になりたかったので、その世界のそばにいるようでシ・ア・ワ・セです。

3年前にYouTubeで映画レビューを始めました。深い考えがあったわけでなく、映画のことをしゃべりたい、日本に評論がないと思っただけで、iPhone にしゃべって縦のまま、ポンと世界に流してしまいました。考える前に行動するのが私です。

試して面白がっていましたが、だんだんストレスと失望が増えてきました。視聴回数や登録者数が気になり同業者と比べてみたりするのです。

そもそも、なぜYouTubeクリエイターをするのか? 今回コロナで、あらためて考えてみました。

まず、私のしている評論もアートの一種と思うのです。文学、演劇、絵画、音楽、映像など芸術に接したとき、何かを感じ、作品と自分との間に化学反応が起こります。思いがけない嫌悪感、経験したことのない感覚、発見、気付きがあり、考え始め、自分が変わることさえあります。それを言葉で表現するのが評論です。ですから、好むと好まざるとによらず自分が出ます。自分を表現するのが評論です。

YouTubeクリエイターは、二つの意味でクリエイターです。一つは、ビデオをゼロから作ります。企画、シナリオ、演技、撮影、編集、音楽、キャッチフレーズ、ポスター宣伝まで、一人ですべてします。しかも、気にすべきスポンサーもプロジューサーもなく、すべて自由です。しかも、新しい媒体で、こうなければいけないと言うルールもなければ、お手本もありません。こう言う意味で、ビデオをクリエイトするだけでなく、新しいコンセプトと世界をクリエイトしているのです。まわりを見たり人気のクリエイターを真似しても、誰も見てくれません。自分で開発して行くしかないのです。

人気者になりたい、話題になりたい、お金儲けをしたい、職業にしたいと言うのが多くのYouTuberの目的でしょう。映画でも興行的成功が目的の娯楽映画がほとんどです。でも、その中に、自己表現、メッセージ、芸術性が目的の映画もあります。私のチャンネルも自己表現が目的です。しかし、やはり多くの人に見てほしい。映画や本や絵画でも同じですが、表現があまりにかけ離れていたりとか自己満足だけでは、視聴者、読者がついてきません。せっかく作っているのですから、誰も見てくれなければ意味がありません。そこの兼ね合いが難しいのでしょう。私も好きでやっているはずなのに、視聴回数や登録者数という数字に囚われてしまいました。

おまけに、あまりに自意識過剰でした。視聴者に好まれたい、いい所を見せようという願望、独自性も見せたい、自分の気持ちのいいレベルとはどこだろうと葛藤して、チグハグで、結局一貫性と個性がありませんでした。もともとYouTubeではマイノリティー中のマイノリティーです。年寄りで、女で、知的な評論をしています。もっと自分を出して、生西さんのおっしゃる「異端」「超越的」を目指そうと思いました。そう思うと気が楽になりました。

どの芸術でも同じと思いますが、まわりを見たり、誰かを真似したり、優等生しようとするとだめです。自分の独自性に集中すべきです。自分に正直なもの信じるものが大事です。「プラダを着た悪魔」のモデルになったヴォーグ誌の編集長アナ・ウインターが言っています:“大事なのは、ハート、才能、本能”そして、“追従するな、リーダーになれ!” 

(2020年8月16日)

加戸寛子 Nobuko Kato

ビジネス・スクールを卒業後、外資系企業などで財務部長など歴任。現在はジュネーヴ大学大学院で文学評論の研究。英語、フランス語でインタビューもします。YouTubeで映画レビューをしています。Nobi Nobi Movie https://www.youtube.com/channel/UC-wMJyFGmJoNCTJpqCaLApw?view_as=subscriber

リレーエッセイ『いま、どこにいる?』

第1回 植野隆司「トゥギャザー」
第2回 鈴木健太「交差点」
第3回 黒木洋平「もっと引き籠る」
第4回 武本拓也「小さなものの食卓」
第5回 冨田学「面白かった本について」
第6回 竹尾宇加「新しい日常」
第7回 ドルニオク綾乃「集えない」
第8回 冨岡葵「Letter」
第9回 岡野乃里子「体を出たら窓から入る」
第10回 奧山順市「17.5mmフィルムの構造」
第11回 千房けん輔「中間地点」
第12回 佐竹真紀「お引っ越し」
第13回 山下宏洋「休業明け、歌舞伎町に映画を観に行った。」
第14回 小駒豪「いい暮らし」
第15回 伊藤敏「鹿児島にいます」
第16回 コロスケ「無意義の時間」
第17回 嶺川貴子「空から」

▷授業日:週替わりで月曜日と金曜日 19:00〜22:00(6月から開講)
「演劇」は既成のイメージされているものよりも、本当はもっと可能性のあるものなんじゃないかと僕は思っています。それを確かめるためには、何と言われようとも、自分達の手で作ってみるしかありません。全ては集まった人達と出会うことから始めます。