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実作講座「演劇 似て非なるもの」プレゼンツ リレーエッセイ『いま、どこにいる?』第39回 橋本慈子

実作講座「演劇 似て非なるもの」プレゼンツ リレーエッセイ『いま、どこにいる?』第39回 橋本慈子




実作講座「演劇 似て非なるもの」は「人と人が出会うところから始まる」と考えています。
でも今は人と接触することに、どこか恐れや不安を互いに感じてしまうような状況が続いています。
家族や職場の人たち、ごく限られた人にしか会わない生活をしている人も多いのではないでしょうか。
そんな中、みんな、どんなことを感じたり考えたりして暮らしてるのかなと思ってみたりします。
実際に会ってはいなくても、いろんな場所に信頼する人たちが居て、それぞれ日々の暮らしがある。
そのことを灯火のように感じています。

えーっと、計算してみたら、35、6年くらい前のことになるのか。
僕が高校生だったり浪人生だったりした時、「やっこ」こと慈子さんは大学生でした。
やっこちゃんとは、このリレーエッセイの第15回に登場してもらった詩人の伊藤敏さんが開いていた「すぺーす宝船」で知り合いました。
宝船では年長の友人が何人か出来て、フリージャズからアングラテント芝居、正法眼蔵まで様々なことを教えてもらったり、大きな影響を受けたと思います。
つまりそれは振り返れば「宝船」で知り合ったお兄さん方には知識というか、いろんな物事への興味の入口をたくさん開いてもらいました。
それは勿論、一方的にではなくお互いにだったとは思います。明らかに教えられたことの方が多いにせよ。やっこちゃんとは、気が合ったのか何なのか分かりませんけど、ほとんど毎日のように会って遊んでた気がします。だから、本当に当時膨大な時間、話をしたはずです。だけど、今ではほとんど何を話していたのか思い出せません。
彼女がその頃にキューイを生まれて初めて食べて、何て美味しいんだ!と感激して毎日1個づつしばらく食べ続けていたとか、そんなことを本人から聞いたことだけは覚えています。
ただ何を話したか覚えてなくても、心地の良い時間を過ごした記憶はあります。
あえて言葉にすれば、安心感とか信頼感とか、そんなところでしょうか。
彼女が大学を卒業して、その地を去り、僕もしばらくして東京に出て、
そんなに遠い場所に居た訳ではないのに、確か1回しか会いませんでした。
それからずっと連絡もしてなかったし、つい数日前まで今の連絡先も知らなかったけど、忘れたことはありません。
信頼する友達と過ごした何をしたということもない無為な時間、しかもごく若い時の。それはお守りみたいに、自分を下支えしてくれるものだったと思います。

追記
最近、敏さんとLINEのやり取りをしていて、あぁ敏さんは昔と全然変わってないなぁと。改めて気付いたのは、敏さんは(自宅を開放しちゃうような人だからまぁそうなんですけど)本当に「ケチくさくない」人で、10代の時にそんな大人に出会えてたことは幸せなことでした。

(生西康典)


 

「春」 橋本慈子

 

人と人が出会うこと、そして集うこと。
集い難くされてしまったこの数年ですが
自分の中ではそれについては随分と通り過ぎてしまったことに感じられるこの頃です。
もともと貸したものも借りたものもわすれてしまうようにいろんなことが通り過ぎがちな自分ではあるのですが。
そしてその間も何かに出会うことはそれぞれの人にそれぞれの形で現れ続けていたように思います。
私にも。

それでもそれが始まった当初はご高齢の方や難病を抱える方にお会いすることも多い仕事柄
身が縮むように感じていたことは覚えています。
親しい友人が自宅で行った少人数のライブにも逡巡しながら行きました。
先日同じ唄い手さんがカフェで行ったライブでは素顔で響きに聴き入り,談笑して過ごしました。
そのカフェの壁にあったちいさな言葉「のぞむところだ」。
うん、うん、そうだよと深くうなずく。

私のすみかは鎌倉のかつて里山だった標高90メートルの山のすぐ近くにあります。
心が蓋をされたような気分が世の中を覆っていた頃の春、せっせと筍を掘って過ごしました。
その頃山に入って散歩をするとからだの実感としてのびのびとひろがり、呼吸がらくになるように感じました。
人の世界のあれこれがどれほどこんがらがっていても
木や虫や鳥はゆうゆうとだったり、せっせとだったり、
私のこころのことなどまるであずかり知らぬ風情で時を刻んでいる。
自分と違う時間と軸がそこに在るということがいかほど私を楽にしてくれたことか。
そのことに本当にたすけられました。
少しずつ重たい気分をほおりなげ、したたかに集いつづけることができたのも
くりかえしくりかえしそのことをかみしめることができたおかげだと思っています。
もっと厳しい状況があらわれたなら
今とは違うことを思うかもしれないけれど
それでも一度知ったこの確かな感覚はたとえ私がそのことをわすれてしまったとしても
密かに身のうちからたすけてくれるであろうと思っています。

(2022年3月31日)

 

 

橋本慈子 Yasuko Hashimoto

「鍼灸指圧てんから堂」という屋号で人に触れる仕事をしています。
主に地域で遊んでいます。

 

 

リレーエッセイ『いま、どこにいる?』

第1回 植野隆司「トゥギャザー」
第2回 鈴木健太「交差点」
第3回 黒木洋平「もっと引き籠る」
第4回 武本拓也「小さなものの食卓」
第5回 冨田学「面白かった本について」
第6回 竹尾宇加「新しい日常」
第7回 ドルニオク綾乃「集えない」
第8回 冨岡葵「Letter」
第9回 岡野乃里子「体を出たら窓から入る」
第10回 奧山順市「17.5mmフィルムの構造」
第11回 千房けん輔「中間地点」
第12回 佐竹真紀「お引っ越し」
第13回 山下宏洋「休業明け、歌舞伎町に映画を観に行った。」
第14回 小駒豪「いい暮らし」
第15回 伊藤敏「鹿児島にいます」
第16回 コロスケ「無意義の時間」
第17回 嶺川貴子「空から」
第18回 加戸寛子「YouTubeクリエイターは考える」
第19回 いしわためぐみ「OK空白」
第20回 井戸田裕「時代」
第21回 Aokid「青春」
第22回 佐藤香織「ここにいます」
第23回 池田野歩「なにも考えない」
第24回 皆藤将「声量のチューニングに慣れない」
第25回 寺澤亜彩加「魂の行く末」
第26回 しのっぺん「歩きながら」
第27回 野田茂生「よくわからないなにかを求めて」
第28回 野口泉「Oの部屋」
第29回 瀧澤綾音「ここにいること」
第30回 鈴木宏彰「「演劇」を観に出掛ける理由。」
第31回 福留麻里「東京の土を踏む」
第32回 山口創司「場所の色」
第33回 加藤道行「自分の中に石を投げる。」
第34回 市村柚芽「花」
第35回 赤岩裕副「此処という場所」
第36回 原田淳子「似て非なる、狼煙をあげよ」
第37回 石垣真琴「どんな気持ちだって素手で受け止めてやる」
第38回 猿渡直美「すなおになる練習」

 


実作講座「演劇 似て非なるもの」 生西康典

▷授業日:隔週火曜日19:00〜22:00+月1回外部開催
「演劇」は既成のイメージされているものよりも、本当はもっと可能性のあるものなんじゃないかと僕は思っています。それを確かめるためには、何と言われようとも、自分達の手で作ってみるしかありません。全ては集まった人達と出会うことから始めます。