実作講座「演劇 似て非なるもの」プレゼンツ リレーエッセイ『いま、どこにいる?』第46回 沼田佳命子


実作講座「演劇 似て非なるもの」は「人と人が出会うところから始まる」と考えています。

沼田さんとの出会いについては、エッセイで描かれている沼田さんからの視点をくるんと180度回転させてもらえると、僕からの視点になります。二度目の出会いでは、あっ!と声が出そうになりました。あの日、沼田さんは長谷川四郎の文庫を読まれていて、しっ、渋いと内心思っておりました。一方的にはtailが山二つと一緒にライブをした時に観ており、さらにもっと前から、ざやえんどうは愛聴していたのでした。
ひょんなタイミングでの出会いあり、突然の別れもあり。出会うって、なかなか大したもんですよね。出会った人って記憶の共有装置みたい。もちろん同じ場面を違う視点から見ている。人がいなくなると、自分の記憶も一部なくなるみたいだ。友達が増えると、自分の記憶も増えるのかな。

(生西康典)


「カントリーで」沼田佳命子

4月10日バイトのあと中野のsweet rainへ行く途中に、台湾料理屋へ入り食事をした。この日、無性に海老を沢山食べたくて、海老料理があるお店を歩きながら探していて辿り着いた。注文を終えて、料理が来る頃には店内はほぼ満席だったように思う。隣のテーブルの人は大きな器に入った麺料理を食べていて、あれも美味しそうだなあ、と横目で眺める。ライブの開演時間を気にしつつ海老を食べ終え、急ぎ足でsweet rainへ向かった。予約をしそびれていて「それでしたら…」と一番奥壁際のソファ席へ案内される。ビールとサラミを注文し開演を待っていると、さきほどの台湾料理屋で隣のテーブルで食事をしていた人が斜め前にやってきた。「あ、さっきの人だ。」と思いつつも声はかけられない。さっき近くに居たこととは関係なく、どこかで見たことがある人だ…ともやもや思いながらライブを見終えて、友人と話していると「生西さんだよ」と紹介してもらう。どうりで!周りの人たちがよく生西さんの関わっている作品などに参加しており、いつか作品を見たいと思っていて、顔をなんとなく覚えていたんだった。

ここに書きませんか、とその夜に生西さんから連絡をもらった時、どこかに残しておきたいと感じた場面を思い出していた。

バイトの休憩時間によく行く中華屋へその日も行っていた。店内はカウンターが7席ぐらいに、テーブルが縦に3つ並んでいて、ピーク時以外は1人でもテーブル席を案内される。私は3つあるテーブルのうちの真ん中に座っていて、前のテーブルには年配の男女が向かい合って座っていた。耳が遠くなっているようで声が大きく、会話がすべて聞こえてくる。片方だけが食事をしている。

「きょう、誰からも連絡ないからどうするのかと思って午前中イライラしてたよ」
「昨日、連絡入れたじゃない」
「え?」
「昨日、連絡したよ」
「そうだったかしら」

「ちょっと、みんなに送るから1枚写真を撮らせて」
「なに?そんな声じゃわたし聞こえないよ」
「写真を撮らせて」
「ああ、はいはい」

「いいね、可愛く撮れてる。変わらないね」
「わたし変わらないでしょ?90になるけど」
「うん、かわいいかわいい」
「でも、あなたは変わったわ」
「そうかな?」
「変わったよ。若いときはあんなに可愛かったのに」
「そりゃあ変わるよ」
「大学生のときなんか可愛かった」
「大学生のとき会ったっけ?」
「え?」
「大学に来たことあったっけ?」
「大学には行ってないけど、会ったよ」
「そうだっけ、忘れちゃった」

会話から親子でも友人でもなさそうな2人の不思議な関係が見えてきて、このあとも聞き入ってしまった。もしかしたら今日が何十年ぶりかの再会で、これ以降会う予定のない2人なのかもしれないと考えると、この時間をずっと覚えておきたいと思った。

誰にも伝わらないかもしれないけど。

(2025年6月4日)

沼田佳命子

1994年生まれ。クラリネットでsekifu、tail、ふかふかささ等に参加したり、ひとりでトラックを作ったりギターを弾いたりしてうたをうたっている。

写真・田中託未

リレーエッセイ『いま、どこにいる?』

第1回 植野隆司「トゥギャザー」
第2回 鈴木健太「交差点」
第3回 黒木洋平「もっと引き籠る」
第4回 武本拓也「小さなものの食卓」
第5回 冨田学「面白かった本について」
第6回 竹尾宇加「新しい日常」
第7回 ドルニオク綾乃「集えない」
第8回 冨岡葵「Letter」
第9回 岡野乃里子「体を出たら窓から入る」
第10回 奧山順市「17.5mmフィルムの構造」
第11回 千房けん輔「中間地点」
第12回 佐竹真紀「お引っ越し」
第13回 山下宏洋「休業明け、歌舞伎町に映画を観に行った。」
第14回 小駒豪「いい暮らし」
第15回 伊藤敏「鹿児島にいます」
第16回 コロスケ「無意義の時間」
第17回 嶺川貴子「空から」
第18回 加戸寛子「YouTubeクリエイターは考える」
第19回 いしわためぐみ「OK空白」
第20回 井戸田裕「時代」
第21回 Aokid「青春」
第22回 佐藤香織「ここにいます」
第23回 池田野歩「なにも考えない」
第24回 皆藤将「声量のチューニングに慣れない」
第25回 寺澤亜彩加「魂の行く末」
第26回 しのっぺん「歩きながら」
第27回 野田茂生「よくわからないなにかを求めて」
第28回 野口泉「Oの部屋」
第29回 瀧澤綾音「ここにいること」
第30回 鈴木宏彰「「演劇」を観に出掛ける理由。」
第31回 福留麻里「東京の土を踏む」
第32回 山口創司「場所の色」
第33回 加藤道行「自分の中に石を投げる。」
第34回 市村柚芽「花」
第35回 赤岩裕副「此処という場所」
第36回 原田淳子「似て非なる、狼煙をあげよ」
第37回 石垣真琴「どんな気持ちだって素手で受け止めてやる」
第38回 猿渡直美「すなおになる練習」
第39回 橋本慈子「春」
第40回 堀江進司「動くな、死ね、甦れ!」
第41回 増井ナオミ「すべては初めて起こる」
第42回 富髙有紗「鴨川の鴨に鴨にされる」
第43回 高良美咲「出生地」
第44回 中村太一郎「ひとつのおいなりさん」
第45回 梶原丈義「今後の展望(笑)」


実作講座「演劇 似て非なるもの」 生西康典

▷授業日:月1回日曜日 12:00〜17:00
「演劇」は既成のイメージされているものよりも、本当はもっと可能性のあるものなんじゃないかと僕は思っています。それを確かめるためには、何と言われようとも、自分達の手で作ってみるしかありません。全ては集まった人達と出会うことから始めます。