実作講座「演劇 似て非なるもの」プレゼンツ リレーエッセイ『いま、どこにいる?』第44回 中村太一郎



実作講座「演劇 似て非なるもの」は「人と人が出会うところから始まる」と考えています。

太一郎さんは十年一昔とは言わないけれど、それに近いくらい前に僕の講座を受講してくれていました。その年は男女2名づつの4名。僕の中でその年を振り返ると「青春の嵐!」。みんな本当に若くて。その中で太一郎さんだけ、ほんの少し年上で落ち着いていて、彼が居ることでなんとなくみんなのバランスが取れていました。でも途中で太一郎さんが仕事の都合で海外に赴任され居なくなると、嵐は思う存分吹き荒れた、、ような記憶が。今では皆さんいろんな分野で活躍されていて、あの頃とは別人みたいです。人間って成長するんだ!って驚いたりして。失礼。しかし、落ち着いていて、大人だなぁと思っていた太一郎さんに、こんな濃い/恋のエピソードを聴かせてもらえるとは。なんだかんだ生きてると面白いもんです。

(生西康典)


「ひとつのおいなりさん」中村太一郎

「絶対に諦めない方がいいよ」その言葉をずっと待っていたのかもしれない。
女友達からのアドバイスだった。20代前半に留学していたニューヨークのルームメイトを介して知り合った彼女は片手で数えることができる女性との性行為で唯一射精できた相手だった。(彼女から勧められたドラッグで精神肉体共にぶっ飛んでいたことが大きく関係していると思う)。霊感が人一倍強く、人を疑わない性格で俗に言うボーダライン症候群を生まれながらに患っており一般の社会生活をしていくことは辛そうに見えた。1つ相談すると9つ彼女自身の話しと彼女のトラウマの話になるため電話すると後悔することも多々ある。しかし彼女は24時間いつでも僕の終わりのない恋愛の相談に乗ってくれるし、彼女も僕から頼られていることが嬉しいみたいだった。彼女からのアドバイスで「彼が一生の相手かどうかわからないけど、今回の恋は突き進んだ方が良いよ」と念を押された。

恋をすると判断能力を司る脳の一部分が麻痺し、機能がストップすると聞いたことがある。僕の脳は完全にイカれていた。親友、母、姉妹、暫く連絡を取ってない友人、そして会社の他部署の同僚、会う人ほとんど誰にでも赤裸々に僕はこの恋愛について相談に乗ってもらっていた。誰一人としてこの恋に賛成する人はいなかった。
出会い系アプリで彼と知り合った。彼には遠距離恋愛をしている看護師の彼氏が四国にいる。大多数の人が思う浮気行為である。僕たち同性愛者の恋愛は長続きしないと言われている。月並みだが、法的な契約書を交わさない、簡単に子供が持てない、性行為へ発展するまでの時間が短い、恋人がいても他の男性と肉体関係を持つことが暗黙の了解になっているなどが原因ではないかと思う。

恋愛観は人によって様々である。今の彼と出会う1年程前にアメリカに西海岸に短期間滞在していた時に人生初のポリアモリストの男性と知り合った。サンフランシスコに住んでいた黒人のイスラム教徒の彼で、非常に自由な思想の持ち主に見えた。彼との関係は新鮮で毎日楽しく、暫く体の関係を続けていた。帰国の日が近づいたある日、「モノガミストの僕に合わせて1対1の恋愛をしてみる」というので遠距離恋愛を始めた。最終的には彼は僕に隠れて色んな人とやりまくっていたことを発見してしまい、挙げ句の果てには「ポリアモリーを経験してみろ」と言われた。メインディッシュに肉と魚の両方はいらない。複数の恋人の中の一人になったり、自分が一人以上の恋人と同時に恋愛をすることは自分のスタイルには合わないと感じ別れを告げた。傷つくことへの恐怖から多数の人と付き合うことを選ぶ選択をする人たちもいることを知った。
ポリアモリストとの彼との経験のおかげで、普段は恋人がいる男やストレートの男には恋愛感情を抱かないように最初からストッパーかけているのだが、年下の彼のことに真剣になった。僕と年下の彼が街で一緒に歩いていると、親子だと勘違いされたことが何度かあるくらい年齢が離れている。二子玉川で二人で歩いている時には進学塾のチラシを親と勘違いされて僕に渡されたり、初めて訪れた白金台のギャラリーのキュレーターから「お父さんですか」と聞かれ吹き出してしまったこともあった。

お互いみたことのない色の絵の具の色をそれぞれ持っていた。毎日いろんな新しい色を出しあって、パレットに混ぜたて描いた絵は新鮮で興奮したが同時に落胆と不安も感じていた。「あなたとは一緒にはなれない」と彼にはっきり言われていたが、毎晩朝まで僕のベットで一緒に過ごしていた。関係が始まって2ヶ月が経ったころ、彼の片方の睾丸にしこりが見つかった。精巣癌と診断され摘出手術することに。まるで少女漫画のような展開だと二人で笑って話していた。母にはほぼ毎晩のように電話で彼のことを相談して、事細かに全ての状況を説明していた。母からは「看護師の彼氏に彼のことはまかして手を引きなさい。相手を尊敬できることが大切だと思うわよ」と、息子の幸せを第一に考えての助言をくれた。

恋愛をすると返信が相手からすぐに返ってこないと、別れられるかもしれない、嫌われているのかもしれない、と心の奥底に眠っている自分の自信のなさが極度大きくなり、不安のブラックホールに飲み込まれて脱出不可能になってしまう。恋愛をしていない時の方が心が落ち着いて幸せだといつも思っていた。彼はそんな感情を抱かせない初めての相手でいつもすぐに連絡を返してきてくれた。不安を感じながら尊敬出来る相手と付き合うよりも、不安にさせない今の彼と付き合いたいと僕は思った。

僕にはネガティブ思考に陥ってしまう癖がある。ネガティブに考えてしまうのは母と祖母から受け継いだのかなと思わせるくらい、彼女たちもポジティブに物事を考えないタイプである。海外に住んでいた妹が妊娠がわかって母へ知らせの電話がかかってきた時、喜ぶよりもこの先のことを心配して懸念していた。母の横で会話を聞いていた僕は妹のただ一緒に喜んで欲しい気持ちを察して折り返し電話をしてみると、妹はショックで電話越しで泣いていた。祖母はネガティブの元祖で、自分が同意できないことは全て他人と比較して否定する。祖母の周りの空気はいつもどんより重い。毎朝晩法華経を拝んで修行し、先祖供養に人生の全てを捧げていた父が、ある日田舎から訪れていた祖母のお腹あたりから巨大な男性のペニスのみが出てきたのをみて以来、祖母に家に泊まりに来ないでくれとお願いしていた。あの時祖母はそれを聞いてどう思ったのだろうか。母のアドバイスに従わず、僕たちは一緒に住み始めた。
あれから5年経った。一つになった彼の睾丸を見ることにすっかり慣れてしまった。生まれて初めて諦めなかった恋だった。

(2024年12月12日)

中村太一郎

無職

リレーエッセイ『いま、どこにいる?』

第1回 植野隆司「トゥギャザー」
第2回 鈴木健太「交差点」
第3回 黒木洋平「もっと引き籠る」
第4回 武本拓也「小さなものの食卓」
第5回 冨田学「面白かった本について」
第6回 竹尾宇加「新しい日常」
第7回 ドルニオク綾乃「集えない」
第8回 冨岡葵「Letter」
第9回 岡野乃里子「体を出たら窓から入る」
第10回 奧山順市「17.5mmフィルムの構造」
第11回 千房けん輔「中間地点」
第12回 佐竹真紀「お引っ越し」
第13回 山下宏洋「休業明け、歌舞伎町に映画を観に行った。」
第14回 小駒豪「いい暮らし」
第15回 伊藤敏「鹿児島にいます」
第16回 コロスケ「無意義の時間」
第17回 嶺川貴子「空から」
第18回 加戸寛子「YouTubeクリエイターは考える」
第19回 いしわためぐみ「OK空白」
第20回 井戸田裕「時代」
第21回 Aokid「青春」
第22回 佐藤香織「ここにいます」
第23回 池田野歩「なにも考えない」
第24回 皆藤将「声量のチューニングに慣れない」
第25回 寺澤亜彩加「魂の行く末」
第26回 しのっぺん「歩きながら」
第27回 野田茂生「よくわからないなにかを求めて」
第28回 野口泉「Oの部屋」
第29回 瀧澤綾音「ここにいること」
第30回 鈴木宏彰「「演劇」を観に出掛ける理由。」
第31回 福留麻里「東京の土を踏む」
第32回 山口創司「場所の色」
第33回 加藤道行「自分の中に石を投げる。」
第34回 市村柚芽「花」
第35回 赤岩裕副「此処という場所」
第36回 原田淳子「似て非なる、狼煙をあげよ」
第37回 石垣真琴「どんな気持ちだって素手で受け止めてやる」
第38回 猿渡直美「すなおになる練習」
第39回 橋本慈子「春」
第40回 堀江進司「動くな、死ね、甦れ!」
第41回 増井ナオミ「すべては初めて起こる」
第42回 富髙有紗「鴨川の鴨に鴨にされる」
第43回 高良美咲「出生地」


実作講座「演劇 似て非なるもの」 生西康典

▷授業日:週替わりで月曜日と金曜日 19:00〜22:00(6月から開講)
「演劇」は既成のイメージされているものよりも、本当はもっと可能性のあるものなんじゃないかと僕は思っています。それを確かめるためには、何と言われようとも、自分達の手で作ってみるしかありません。全ては集まった人達と出会うことから始めます。