受講生の曲を実際にアレンジ(編曲)しながら、受講生一人ひとりに合ったアレンジとミックスの方法論を確立していく「アレンジ&ミックス・クリニック」。講師の草間敬は、アレンジャー、レコーディングエンジニアとして、多くの著名なミュージシャンの制作に関わってきました。
流行によって絶えず変化するアレンジ。講座では、アレンジとミックスの手法を論理的に理解することで、時代や機材が変化しても応用が効く耳を養いながら、受講生一人ひとりの曲に「似合う」アレンジを見つけていきます。本稿では、草間さんの音楽との出会いから、エンジニア、アレンジャーとしてのキャリア、講座の内容、そもそも良いアレンジとは何なのかについて、お話をうかがいました。
草間敬|アレンジャー、レコーディングエンジニア。 音楽理論からシンセサイザーまで幅広いスキルを有し、AA=, 金子ノブアキ , KenKen, RIZE, [Alexandros], BIGMAMA など、20 年以上に渡って多くのミュー ジシャンの制作に関わる。国内に6名しかいない ableton Live 認定トレーナーでもあり、ableton Live に関するレビューや講演も多数。近年は制作のみならずライブオペレーショ ンでも活躍中で、AA=, 金子ノブアキ , SEKAI NO OWARI などのステージをサポートする。
音楽との出会い
11歳年の離れた姉の影響で、小学校5年生ぐらいから洋楽とか流行りの音楽を聴いていました。YMOもブレイク前から家にレコードがあったし、イーグルスの「ホテル・カリフォルニア」が大好きだったり、早熟な小学生でしたね。そういう環境だったので、自然と音楽に興味が湧きました。大学は電気系の工学部に進学しましたが、やっぱり音楽の仕事もいいなと思って、音楽の道に進みました。
最初に就職したのはレコーディングスタジオで、社長は日本のレコーディング業界の創成期に関わっていた超大御所エンジニアの方でした。新しいレコードレーベルをやろうという話があって、そこで音楽を作りたいと思って入社したんです。だけど、入社したら、社長に「お前は運がいいぞ。俺は弟子なんてめったにとらないんだからな」と言われて、いつの間にかエンジニアの弟子になっていて(笑)。でも、そのおかげでエンジニアリングの話を分かったうえでアレンジをできるようになったので、今は感謝しています。
会社では、スタジオのコンソール(音響調整卓)の使い方だったり、テープレコーダーの使い方も教えてもらいました。今はハードディスクレコーダー全盛ですが、デジタルのレコーディングの前にやっていたことを体験できたのはすごくラッキーでした。
今、「太い音がどうだ」って言うじゃないですか。「このエフェクトでちょっとオーバードライブさせると太い音になるんだ」とかね。ここ10年以上、「太い音になる」は「良い音になる」という定義ですが、アナログテープで録っていたときは必ず太い音になってしまうんです。だから、当時はシャキッとしてる音や、キラッとしてる音にみんな憧れていました。今とはまったく逆だったんです。それが80年代のシャキシャキの音につながっていくんですが。「あのときは確かにこうだった」という実感が自分の中にあるのは、すごくラッキーだなと思っています。
アレンジャーとして
アレンジャーとしてのキャリアの最初は、マニピュレーター(※1)としての仕事でした。当時のマニピュレーターは、いっぱいあるシンセをいじって音を作るのが仕事でした。今のようにプラグインで音色をパッと選べないので、アレンジャーの人がブラスの音がほしいと思ったら、シンセをいじってその音を出さなきゃいけないんです。でも僕自身、学生の時からシンセをいじるだけじゃなくアレンジや曲作りはしていたので、だんだん今の仕事につながっていきました。
良いアレンジは、その曲がブレイクできる助けになること。それに尽きますね。服に例えるとわかりやすいと思うんですけど、いわゆるブランドものってあるじゃないですか。うちはこういう服ですとバーンと出してくる。それを見て、みんながその服を着て歌を歌いたいとか、役を演じたいと思う。アレンジで言えば、トレヴァー・ホーン(※2)に頼みましたとか、小林武史プロデュースとかね。その人のハンコがついてドーンみたいな、そういうアレンジがあります。「元のメロディーや歌う人が素晴らしい、でもなんかダサい服着てるな」みたいにならないよう、「ちゃんとブランドを着せてあげよう。うん、これなら本人にも似合うし良いね」みたいな感じですかね。
一方で、ブランドの服を着ても似合わないなら、自分のメロディーに似合うものを作ろうという考えもあって、「アレンジ&ミックス・クリニック」も、まさにそれをやっています。例えば「○○のアレンジが大好き」という人がいたとします。ですが、その人の個性や曲にはあまり合わないかもしれない。でもココをこうして作っていくと上手くハマるぞ、とかね。自分が打ち出していきたいと思う世界観をいかに表現できているかが大事だと思います。
金子ノブアキ氏のプロジェクトRED ORCAのメンバーでもある草間氏
作曲もアレンジもミックスもできる時代
今は職業アレンジャーもいるけれど、プロデューサーと言われる方が多いですよね。最近のかっこいいアレンジのほとんどは、こういうプロデューサーの手によるものです。「アレンジ&ミックス・クリニック」の受講生も、曲も作りつつアレンジも自分でやるプロデューサー志向の人たちが多いですね。よくそういうプロデューサーにリミックスを頼むことがあるじゃないですか。彼らから返ってきた音をミックスし直すことはまずありません。アレンジもミックスも、そのプロデューサーにしか作れない世界観なので。マスタリングでEQとかをちょっと揃えて出すことがほとんどです。
そういう意味ではアレンジと曲が一体化しているというか、すごい人はやっぱりアレンジもできてしまうんですね。特に今はソフトが簡単になってるから、曲を作る、アレンジもする、ミックスもするというふうに、全部できてしまう人が結構います。中田ヤスタカさん以降、そういう人が主流になりました。そう考えると、「アレンジ&ミックス・クリニック」は、「自己プロデュースクリニック」であるとも言えます。
受講生の皆さんを見ていると、今はネットでレコーディングやアレンジの知識がたくさん手に入るけど、「僕の音楽の場合はどうしたらいいでしょう」といった悩みを抱えている人が結構多いです。ネットの情報だけだと流行のジャンルに特化した画一的なものになってしまって、自分の音楽にどう適応させたらいいのかが分からないようです。
ネットに「コンプレッサーが大事」とか、「エフェクターはこれを使うといい」と書いてあって、それに縛られすぎてしまってると言いますか。授業では、「こういう場合、あえてこれは使わずにこうするといいですよ」とアドバイスしたりしています。受講生で僕より良い機材を持っている人も結構いますが(笑)、機材ありきではなく、論理的に考えてできるようになるとお金も節約できます。
「アレンジ&ミックス・クリニック」
課題は出してほしいという人には出しますが、自発的にやってくる人が多いので、僕から課題を出すことはなくなってしまうことが多いです。ボーカルのフレーズに対してアレンジを作ってみましょうと課題を出しても、課題はやらずに自分の曲を持ってきたりするので(笑)。
これまでの受講生を見ていると、最初は皆さん内省的なんです。作ってる曲も悪くはないんだけど、ちょっと内向きになっている感じがあります。でも授業で、ここをこうしてああしてっていう話とか、受講生同士の講評を聞いているうちに、「みんなは僕のこういうところが好きなんだ」って分かってきて、秋ぐらいになると急に良くなるんですよね。そこで進化する感じがあって、皆さんすごいなと思います。
美学校の受講生は本当に趣味が分かれているんですが、むしろそれによって、一般のリスナーの人が聴くのに近い環境でフィードバックがもらえるので、良い化学反応が起きていました。あとやっぱり、作る機会を得るのはすごく大事なんだなと実感します。僕も今やってるバンドでメンバーに曲を聴かせなきゃとか、頑張らなきゃと思うようになりました。
最初の方にも例えで話しましたけど、アレンジは服や髪型と同じで流行があるので、自分に合った服をどう作るかって考えるといいですよと、よく話をします。Tシャツにジーンズが好きだったら本当にシンプルなアレンジでいいし、キラキラした服が好きだったら、ちょこちょこ飾りを作らなきゃいけない。でも最終的には、どんなに着飾っても、メロディーだったりのほうが大事だねという話に行き着くこともあります。歌詞をもうちょっと考えたほうがいいかもしれない、とか。そうすると、「アレンジ&ミックス・クリニック」じゃなくなってしまうんですが(笑)、何が必要か?を探してもらうお手伝いができたらと思っています。
新型コロナウイルスの影響で今はオンライン授業ですが、Discordを組み合わせながら、対面でやってきた経験を生かして実施しています。Discordには卒業生が入れる部屋もあって、そこで近況を報告しあったりもしていますね。オンラインだと全国から受講できるし、通う時間もなくなるし、むしろオンラインでも良いんじゃないかという感じになっています。
オンライン授業での添削画面
音と向き合い、自分に似合うアレンジを見つける
僕が仕事で最も影響を受けた人のひとりが、SOFT BALLETの故・森岡賢さんです。僕がマニピュレーターとしての仕事をはじめた頃に関わったんですけど、彼との出会いは衝撃的でした。本能でかっこいいアレンジを作っている感じで、この人はすごいなと驚きましたね。シンセってパラメーターを理解したうえでいじるのが王道ですが、森岡さんはもうなんでもいいからとりあえず適当にいじっちゃうんです。出てくる音次第みたいなところがあって。「ここでネガティブな音がほしいんだな……」とか言いながら、やみくもにいじってる姿を見て、この人は本当に音のことだけを考えているんだなと思いました。音と向き合う姿勢を森岡さんに教えてもらったというか、その後の僕の人生に大きな影響を与えています。
美学校で講座を持つとなったときに、You Tubeなどと差別化しないと講座として成り立たないよなと考えました。それで、やはりその人の曲自体が持ってる良さを引き出すアレンジだったり、その人に特化したものを教えないといけないなと思いました。アレンジの世界観は僕が作るんじゃなくて、受講生の「こうしたい、ああしたい」という世界観ありきです。
最近はフレーズをネットでダウンロードできるプラットフォームもあります。今後はこれがさらに広がって、パズルを組み合わせる感じでイケてる曲を作れるようになるんじゃないでしょうか。でも、みんなが簡単にできるようになった頃は、それが陳腐なものになっているのが世の常です。絶対に揺り戻しはありますし、コロナが落ち着いたら、またロックバンドが盛り上がるんじゃないかなと思ったりしています。そうなるとアレンジも全然違う方法論になるわけです。時代やツールが変わっても、自分の曲に似合うアレンジの方法論を持っていることは、作り手にとって大きな強みになると思います。
対面での授業風景
2021年7月22日Zoomにて 収録
聞き手・構成=木村奈緒
※1 マニピュレーター
コンピューターやシーケンサー、シンセサイザーなどの電子機器を使って楽曲や音を作り上げるデジタルサウンドの専門家。主にレコーディングスタジオやコンサートの現場でアーティストの裏方として活動するが、マニピュレーター自身もステージに立ち、アーティストと共にライブパフォーマンスを行うケースもある。(知恵蔵miniより)
参考)「草間敬:ライブマニピュレーターの役割」(Ableton.com)
※2 トレヴァー・ホーン
音楽プロデューサー、ミュージシャン。1949年英国生まれ。父がベーシストだった影響で、幼い頃から音楽に親しむ。1977年ジェフリー・ダウンズとバグルスを結成、デビュー曲であるシングル「ラジオ・スターの悲劇」(79年)は、シンセサイザーを多用して1980年代のテクノポップ・サウンドを先取りすると共に、MTVによる初のミュージック・ビデオとして放送され、世界中で大ヒットした。バグルス解散後は音楽プロデューサーに転身。83年レーベル“ZTT”を設立し、アート・オブ・ノイズ、プロパガンダ、フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドなどを送り出し、サンプリングの技術を世に広め、ヒップホップ、テクノの元祖ともいわれる。その後も、マルコム・マクラレーン、トム・ジョーンズ、フェイス・ヒル、シャルロット・チャーチ、シール、t.A.T.u.などのプロデュースを手がけた。(日外アソシエーツ「現代外国人名録2016」より)
▷授業日:隔週木曜日 19:00〜21:30
音楽作品のクオリティを決定する重要なファクターである『アレンジ(編曲)』 と『ミックス』を中心に学びます。時代を問わず必要な普遍的な基礎スキルから、より実践的な現在進行形のスタイルに至るまで、各自の音楽作品をより良い形でプレゼンテーションするための技術を身につけます。