【レポート】2020年度「芸術漂流教室」中間展


文=木村奈緒、写真=皆藤将


2021年2月22日、「芸術漂流教室」受講生による中間展と講師による講評会が美学校スタジオで開催された。芸術漂流教室は、倉重迅、田中偉一郎、岡田裕子が講師を務める現代美術講座。倉重による「ArtLife Hacks (ALH)」、田中による「芸術小ネタ100連発小屋」、岡田による「ヒロコセンセイの芸術相談教室」と、講座内に3つの“講座内講座”があるのが特徴だ。

今年度の受講生は大ハタチカと、小西 a.k.a ポンコニ。大ハタは美術大学で油画を専攻。膨大な手作業による緻密な表現を得意とし、デカルコマニーで生じた図像に、線香の火で繊細な装飾を施したドローイング作品などを制作している。

 
 
 
 
 
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大学で演劇を専攻した小西は、演劇作品の記録映像を手掛けるほか、ジャグリング、手品、ダンスなども得意とするマルチな表現者。自身が静かに座る様子を毎日定時にインスタグラムで配信するパフォーマンス《Silence、静座》、ベランダに日用品などを展示し、詩を添えてSNSで発信するプロジェクト《ベランダ展》など、ジャンルレスな表現を行っている。

 
 
 
 
 
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しかし、展覧会場に小西と大ハタの名前はない。あるのは「猫野軒並」と「已己巳己」の名前( 已己巳己は互いが似ていることを意味する四字熟語。「いこみき」と読む)。自分が小西でも大ハタでもなく、“別の誰か”だったら、どんな作品が生まれるのか。実際に別人格になって展示をすることで、これまでの手法にとらわれない表現や、別人格になってもなお現れる特性を発見できるかもしれないという講師陣のアイディアから、小西あらため猫野軒並が、大ハタあらため已己巳己が誕生した。

已己巳己は《紙や火や》、《1/186046.5》、《Tiny Time TABLE SALT》の3作品を展示。《紙や火や》は、火をつけたマッチを小さな封筒に入れ、焼け焦げた封筒を整然と並べた作品。ひとつひとつ燃え方が異なるので、焦げ跡が不規則な模様となる。マッチサイズの封筒と、封筒を乗せている土台はすべて已己巳己の手作り。展示したのは155枚だが、実際は4倍もの数がある。《1/186046.5》は、2枚重ねのティッシュを1枚ずつに分けたものをさらに16分割し、それをこよって一本の長尺の糸に仕立てた作品。《Tiny Time TABLE SALT》は、食卓塩の中身とカプセル薬(風邪薬)の中身を入れ替えた作品だ。

已己巳己《紙や火や》

已己巳己《紙や火や》(部分)

已己巳己《1/186046.5》

已己巳己《1/186046.5》(部分)

已己巳己《1/186046.5》(部分)

已己巳己《Tiny Time TABLE SALT》

已己巳己《Tiny Time TABLE SALT》(部分)

《紙や火や》と《1/186046.5》は大ハタが得意とする手作業による作品。《1/186046.5》は行為の集積が最も突き抜けた形で表れた作品として、講師陣から高評価を得た。「よく見せようっていうあざとさがないところがいい」(岡田)。「“動機のない塩田千春”みたいになり得る(笑)。それぐらい造形の力がある」(田中)。

対して、展示直前に思いついた案を実験的に作品化した《Tiny Time TABLE SALT》は、講師から再考を促された。「この作品は見せ方次第。入れ替えるAとBの関係がもっと強い方がいい」(倉重)。大ハタには、手作業から離れた作品を制作したいという意図もあったようだ。岡田は「たくさん作れることは長所でしかない。人に伝えるときに、才能をどれだけ転がしていくか、ポジティブに考えて」とアドバイス。他人から見れば苦行でしかない行為が苦ではないという大ハタ。「何もしたくない」ときですらティッシュをこよってしまう大ハタの“行為の集積”が今後どのような形で作品に昇華するのか期待が高まった。

作品解説をする大ハタ

猫野軒並は、《ベランダ展》、《Crisp》シリーズ、《1/f 》、《千浄》、《脱水》、の5作品8点を展示。《ベランダ展》は、前述の作品を自宅のベランダから展覧会場の軒先に移設したもの。《Crisp》シリーズは、自身の手や足を低温ロウソクで型どった彫刻作品。《1/f 》は、文庫本とサーキュレーターによるミニマルなインスタレーション。《千浄》と《脱水》は、ある「印刷物」に手を加えた対になる絵画作品だ。

猫野軒並《ベランダ展》

猫野軒並《ベランダ展》キャプション

猫野軒並《Crisp #1》

猫野軒並《Crisp #4》

猫野軒並《1/f 》

猫野軒並《1/f 》(部分)

猫野軒並《1/f 》(部分)

猫野軒並《脱水》

講師陣から最も高い評価を得たのは、《1/f 》。自室の床に置いてあったノートが風でめくられる様を見て発想した作品で、試行錯誤した結果、関心のある東洋思想や哲学ジャンルの文庫本を置くことにしたという。「イージーな感じも含めて面白い。この人はなんでこんなことしたのかなって疑問に思うぐらいの作品のほうが、逆に興味がわく」(岡田)。「お客さんの滞在時間が一番長い作品。冗長な映像作品だと見きれないけど、これは自分の好きな時間で見られる」(田中)。首を左右に振るサーキュレーターの風で、文庫本のページがパラパラとめくられるだけのシンプルな仕掛けだが、なぜだかじっと見つめてしまう。来場者からは「焚き火のようだ」との声も聞かれた。

《1/f 》に加え、想像力を喚起させられたのが《千浄》と《脱水》だ。高校時代に抽象画を描いていた小西。描き進めたキャンバスを途中で水洗いし、残った絵の具に新たな絵の具を重ねていた経験から、支持体と絵の具の関係に着目した。当初は、染髪剤で紙を染める《美容紙》なる作品を発想したが、倉重のアドバイスを受けて発想を転換。除光液、リムーバー、お酢、ブリーチ剤などで、印刷物の脱色を試みた。《脱水》は、脱色した印刷物の水気をとるために用いたキッチンペーパーを作品としたもので、《千浄》の副産物として生まれた。印刷物をあくまで「絵画」として扱う小西の軽々とした態度が、図らずも印刷物の持つ意味を浮かび上がらせる作品となった。なお、《千浄》は様々に議論を喚起する可能性をはらんだ作品ゆえ、ネット上での作品図版の公開は控える。

作品解説をする猫野軒並

講師陣からは、作品タイトルの重要性も繰り返し述べられた。タイトルが作品を作品たらしめることもある現代美術だけに、タイトルが変われば傑作に様変わりした作品もあったかもしれない。自身も作家として活動している講師陣からリアルな意見をもらえるのも「芸術漂流教室」の醍醐味だ。「芸術漂流教室」では現在2021年度5月期生を募集中。小西と大ハタの今後の活躍にも期待してほしい。

Matsuda

授業日:毎週月曜日 19:00〜22:00
「芸術漂流教室」は、倉重迅、田中偉一郎、岡田裕子を中心に、ゲスト講師も招きながら展開していきます。現代美術の領域で活動しながら他ジャンルにも軸足を持つ、無駄に経験値の高い講師陣とともに「楽しく」「真面目に」漂流しましょう。