スタッフが振り返る美学校の1年─2024年度編《前編》

1969年に開校し、2025年で開校56年目を迎えた美学校。現在は藤川公三校長をはじめ、岸野雄一(音楽学科コーディネーター)、皆藤将(事務局長)、長尾悠市、有田尚史、うらあやか、木村奈緒(いずれも事務局スタッフ)の7名が運営に携わっています。正規講座だけでなく、オープン講座、イベント、ワークショップ、展示、ライブなど、さまざまな企画を開催した1年間(2024年5月〜2025年3月)。前編では、正規講座、オープン講座、イベントについて振り返ります。

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写真左より有田尚史、うらあやか、長尾悠市、岸野雄一、木村奈緒、皆藤将

有田尚史(ありた・ひさし)|2012年ごろ「楽理基礎科/中等科」(講師・菊地成孔)のTAとして参加。2017年ごろより事務局に参加。「歌う言葉、歌われる文字」「ライター講座」「楽理基礎科/中等科」といった、対面と配信のハイブリット形式で行う音楽講座を担当。美学校以外では、劇伴作曲を行っています。主な作品は内藤瑛亮監督の映画「ミスミソウ」「毒娘」。TVドラマでは同じく内藤瑛亮監督の「ドロンジョ」「高嶺のハナさん」「ハレーションラブ」など。

うらあやか|2016年「実作講座:演劇 似て非なるもの」のイベントに参加。2023年「アートに何ができるのか」にTAとして参加。2023年度より事務局に加わり、受講生の展示のサポートなどを主に担当しています。アーティストです。urayaka.jimdo.com

皆藤将(かいどう・まさる)|一般大在学中の2004年から美学校の美術系講座を複数受講。2008年から事務局に参加。美術系講座や様々な分野の講座など全般的に担当しています。得意分野は写真とシルクスクリーン。アーティスト活動もしています。

木村奈緒(きむら・なお)|2011年「アートのレシピ」(講師・松蔭浩之+三田村光土里)、2014年「未来美術専門学校」(講師・遠藤一郎)受講。2014年頃から事務局に参加。講師インタビューなど、主に広報記事を担当。2025年4月に編集・執筆した『わたしたちはどう生きるのか─JR福知山線事故20年』(コトノ出版舎)を刊行。現在は『月刊 蟻鱒鳶ル売り鱒』をもとにした書籍を編集中。https://kimuranao.tumblr.com/

長尾悠市(ながお・ゆういち)|2012年より音楽講座スタッフとして参加。音楽系クラスのTAや運営を担当しています。美学校以外ではwebやCM等の広告音楽制作、音楽ゲーム(太鼓の達人、SOUND VOLTEX、チュウニズムほか)への楽曲提供などを行なっています。

岸野雄一(きしの・ゆういち)|美学校音楽学科主任。音楽家、オーガナイザー、著述家など、多岐に渡る活動を包括する名称としてスタディスト(勉強家)を名乗る。東京藝術大学大学院映像研究科、京都精華大学メディアで教鞭をとる。音楽劇「正しい数の数え方」で文化庁第19回メディア芸術祭エンターテインメント部門の大賞を受賞。近年では、都内コンビニにDJブースを持ち込んだ「レコードコンビニ」や、盆踊りをアップデートするプロジェクトが話題を呼ぶなど、常に革新的な「場」を創造している。

講師のライフワークを共有する講座

木村 今回も「年次報告2024」を見ながら振り返っていきたいと思います。2024年度は「サウンドアート・入門と実践」(講師・渡辺愛)と「世界のリズムとグルーヴ研究」(講師・横川理彦)の新設2講座を含む、全35教程を開講しました。

有田 渡辺さんは岸野さんの講座「映画を聴く」を受講されたり、京都精華大学でふたりとも講師をやられていたりと、もともとつながりがあったんですよね。

岸野 そうだね、最初に会ったのはパリだったかな。やっぱり美学校とサウンドアートは相性がいいから、ぜひやりたいと思って。実際、受講生も集まってるんだよね?

有田 はい、大変人気の講座です。「サウンドアートとはこういうものですよ」という座学がメインで、時折マイクを立ててフィールドレコーディングとか、音を録る実習をやっています。渡辺さんが研究されているサウンドアートの事例を紹介してもらったりもしてますね。

木村 「サウンドアート」は音楽ではなく、現代美術のコースに入ってますが、受講生はどんな人たちが集まっていますか。

有田 いわゆるドレミを使ったメロディーじゃない、音響体験の作品をつくりたい人たちが多いです。

木村 最後に発表もするんですよね。

有田 講座の最終回は成果発表会にして、みんなの作品を聴いています。去年は渡辺さんの知り合いのアーティストの方を呼んで、渡辺さんの作品に即興で音をつけてもらったりもしました。受講生は、いろんな場所で録った音をコラージュしていく作品が多いですね。ある受講生は、自分が働いているゲレンデで録った音を使っていました。夜にゲレンデをならすために大きいトレーラーみたいなものに乗るらしいんですけど、そのときの通信音とか雪の音を録音していて。そんな音なかなか録れないから、みんな興味津々でした。スペインに留学したときに現地で録った音を使っていた受講生もいたし、面白かったです。

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渡辺愛「サウンドアート・入門と実践」授業風景

木村 「世界のリズムとグルーヴ研究」はどんな講座でしょうか。

長尾 美学校の講座は、世の中の需要に合わせた内容というよりは、講師がライフワーク的に探求していることを共有するスタイルの講座が多いかなと思うんですけど、「世界のリズムとグルーヴ研究」はまさにそういう講座ですね。横川さんには以前「サウンドプロダクション・ゼミ」というDTMのクラスをやってもらっていましたが、当時からリズムに関しては関心が深くて。その部分によりフォーカスすることで、横川さんの研究も受講生の学びも深められる場になっていると思います。研究が深まることで内容もアップデートされていくので、リピートで受講しても楽しめるクラスになるんじゃないかなと。

木村 世界のリズムと言うと、どんなリズムが紹介されるんですか。

長尾 ざっくり前半と後半で分かれていて、前半はわりとモダンなものを扱います。クリス・デイヴみたいな2010年以降のジャズやR&Bだったり、90年代から現在までのクラブミュージック、ダンスミュージックだったり。あと、K-POPとか長谷川白紙の曲も扱いますね。後半は、いわゆるワールドミュージックを扱います。アフリカ、南米、アジア、中東、ヨーロッパ……と、文字通り「世界のリズム」です。映像を見て音楽を流しながら、その土地の歴史や民族的なバックグラウンドについても横川さんが話してくれるので、音楽の授業というよりは大学の一般教養の授業のような感じがあります。

木村 面白そうですね。楽曲のメロディーではなく、あくまでリズムに注目するんですよね。

長尾 メロディーとリズムはある程度不可分なので、完全に切り離すわけじゃないですけど、このリズムのフィギュアがどうなってるか、どういう楽器を使ってるかといったことを、映像を見ながら分析していきます。ダンスも民族や地域ごとに違いますよね。その違いをリズムに注目して見ていく感じです。あと、授業で扱う曲は横川さんがAbleton Liveで読み込んで、たとえばドラムだけを抜き出して解説してくれるんですが、ファイルは受講生にも配られるので、それを自身の作曲に生かすこともできます。

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横川理彦「世界のリズムとグルーヴ研究」
ドラマー・田中教順さんをゲストに招いた回

木村 美術系の講座はどうでしたか。

皆藤 2024年度は新規講座はありませんでしたが、既存の講座に変化がありました。まず、「超・日本画ゼミ」の講師に香久山雨さんが加わり、間島秀徳さん、小金沢智さんとの3人体制になりました。「建築大爆発」(講師・岡啓輔+秋山佑太)は隔週から毎週開催になり、スペシャルイヤーとして、前期は岡さんがつくっている建築物「蟻鱒鳶ル(ありますとんびる)」で授業を開催しました。「POP ILLUSTRATION塾」(講師・スージー甘金+小田島等)も月イチ開催から隔週になり、「意志を強くするとき」(講師・意志強ナツ子)も開講時間が少し早まるなどの変化がありました。休講していた「モード研究室」は、講師の濱田先生が2024年11月にお亡くなりになられたことで、残念ながら終講となりました。

木村 2025年度は「モード研究室」を開講できたらと話していただけに残念だったね……。濱田先生と「モード研究室」の話は、後ほどあらためてしたいと思います。

幅広い人たちが参加したオープン講座

木村 オープン講座は、数としては前年度と同程度の5講座を開講しました。kamome sanoさんによる「想像から創造まで・ソングライティング超入門」は、募集後すぐに定員が埋まってしまう人気でした。

長尾 kamome sanoさんにはずっと講座をお願いしたいと思っていて、ようやく実現しました。作詞作曲にあたっての「コンセプトの組み立て方」をテーマに、sanoさんの創作方法を実際に体験してみる内容でした。作詞作曲するときに、「天から言葉が降りてくるのを待つ」のではなくて、「創作のためのシステム」を組むことで、そこに自分が入ればアイディアが出ざるを得ない状況にするんです。マインドマップとかNotionとか、アイディアを広げたり整理したりするためのツールも実際に使って、受講生が書いた言葉をsanoさんが用意してくれたデモソングのメロディーに当てはめて、曲をつくるところまでやりました。

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有田 ぜひ続きをやりたいですね。

長尾 普段劇作家か何かの仕事をしていて、言葉の表現に関心があって受講したという人もいました。創造のためのコンセプト設計というところで、音楽以外の分野にも応用がきく内容でしたね。大谷(能生)さんのオープン講座はどうでしたか?

有田  Z世代のための『ニューアカ』入門」は、受講生たちのモチベーションが非常に高かったです。講座で扱う書籍は必ずしも読んでこなくても良かったんですけど、読んできたうえで質問してくれたりして、講座が盛り上がりましたね。

長尾 2023年にもオープン講座「吉本隆明と一緒に『歌というフィクション』を読む」を開催しましたが、大谷さんにはテキストを読む講座を継続してお願いしたいと思っていて、次は何を読むか打ち合わせしているときに出たのが「ニューアカ(ニュー・アカデミズム)」だったと記憶しています。ニューアカがリアルタイムじゃない僕らからすると、浅田彰とかがカジュアルに流行ってたのが信じられないけど、大谷さん曰く、ニューアカはそんなに高尚なものじゃなかった、知性がカジュアルに消費されてたんだと。それなら今読み返してみようじゃないかということで決まりました。だからリアルタイムを知らない世代の象徴として「Z世代のための」とつけたんです。とはいえ参加に年齢制限はなく、実際いろいろな世代の人が参加してくれました。

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大谷能生「Z世代のための『ニューアカ』入門」

講座/受講生企画のイベント・ワークショップ

木村 イベントも見ていきましょう。「劇のやめ方」(講師・篠田千明)はイベントをたくさん開催していましたね。

皆藤 「劇のやめ方」は、2024年度は講座自体はお休みで、その代わりイベントとして「劇のやめ方・夏至」と「劇のやめ方・みずはな」を開催しました。講座を3年間続けて受講生も増えてきたので、2024年度はアウトプットの年にすることにしたんです。

木村  劇のやめ方・夏至」は、パフォーマンスあり、カラオケあり、タコスありのバラエティに富んだ内容だったね。篠田さんのタコス食べたけど、おいしかったです。

有田 タイムスケジュール見ると、フェス感ありますね。

うら 往復書簡の朗読があったり、遠藤麻衣さん岩井秀人さんをゲストを招いたトークがあったり。物販もあってすごい盛りだくさんでしたね。

皆藤 あと、これは2025年度に向けて開催したものですけど「『劇のやめ方』開講直前ワークショップ『中止式を作る』」も好評でした。「劇のやめ方」は、受講生それぞれの生活とか、悩んでいることとかをダイレクトに表現につなげることができる面白さがあるんだけど、実際に体験してみると、それがよくわかるんですよね。

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「劇のやめ方・夏至」公演風景

木村 講座の企画と言えば、「現代アートの勝手口」(講師:中島晴矢+齋藤恵汰)と美学校岡山校の合同イベント「PEPPERLAND 50周年 “美學校イベント”『スペクタクルな現代を生き延びるための陽謀』」も開かれました。しかも会場が岡山校。

皆藤 岡山校とのイベントは初開催ですね。「現代アートの勝手口」は夏合宿でいろんなところに行くんですけど、今年は岡山あたりに行くということで、ならば岡山校があるじゃないかと。講師の中島さんが、かねてより岡山校を開いた能勢伊勢雄さんと話をしたいと思っていたそうで、コンタクトをとって実現に至ったというわけです。当日の様子は新聞記事にもなりました。
 もともと能勢さんは、PEPPERLANDという、岡山で50年続いているライブハウスを運営していて、岡山校の講座はPEPPERLANDで開催しています。銀塩写真の講座に力を入れていて、展覧会をやったり、写真集も出したりしていますね。

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PEPPERLAND外観(撮影=西崎甚明)

木村 岡山校開校の経緯は?

藤川 能勢さんと会って話をしたってこと。単純に言えば。

皆藤 そしたら能勢さんがやりたいと。

藤川 そうそう。今はね、僕が能勢さんに「(岡山校を)やってくれ」って言ったって話になっているらしいけど、能勢さんがやりたいとおっしゃるから。能勢さんが、自分がやってることと美学校がやっていることがベースとして重なってるから、岡山で写真の教室をやって「美学校」って名乗ってもいいか?って言うからさ、名乗ってくれるならどんどん名乗ってくださいって話をしたわけ。

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「スペクタクルな現代を生き延びるための陽謀」
写真左端が能勢伊勢雄氏(撮影=西崎甚明)

木村 アンビカミング with 遊動論 報告会」は、国を越えての開催でした。

皆藤  「遊動論」は、2025年3月に中国各都市のスペースで開催されたイベントです。以前美学校に来てくれた中国出身のアーティストが講師の遠藤(麻衣)さんに「来ませんか」と声をかけて、遠藤さんや「アンビカミング」の修了生が実際に各地を訪問したんですね。それがすごく楽しそうだったので、現地とオンラインでつないで報告会をやろうと。中国でのリトルプレス的な活動とか、各スペースがどういうふうに人とつながって、自分たちの活動を広げていっているかとか、そういった話が聞けてすごく面白かったです。開催直前の告知にもかかわらず、50人くらい集まりました。

木村 アンビカミング」は多拠点な感じがして、その広がりが面白いですよね。

皆藤 修了生のカミーユさんが金沢に拠点を持ったんですが、そこでのイベントに東京からアンビカミングメンバーや他の講座の受講生が参加したりしてますね。そのトークの模様が冊子『ヘクセンハウスギャザリング-お菓子の家に集合-: やわらかな反乱たちと、勝手で楽しいリクレイミングの記録』になってまとまっています。美学校にも置いてありますよ。

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「アンビカミング with 遊動論 報告会」

木村 2024年度は、受講生や修了生が企画したイベントもありました。「BOSSANOVAという音楽とその感覚について」(講師・中井ゆう)は、「楽理基礎科」と「楽理中等科」受講生のきだしゅんすけさんが、ダンスパフォーマンス公演「Dance Performance Resonance」は、「アートのレシピ」修了生の赤坂智美さんが企画、出演されました。きださんは年度の終わりにも「楽理基礎科・中等科『作品試聴会』」を企画していますね。

有田 きださんが覚醒しましたね(笑)。「作品試聴会」では、これまでオンラインでしか会えなかった人たちが、コロナ禍を経てようやくオフラインで会えた喜びがありました。みなさん、楽理で習ったことを生かして曲をつくられていて、聴き応えがありましたね。

長尾 2年前に和歌山からオンラインで受講していて、美学校に1回も来たことがなかった人が「作品試聴会」のために来てくれたのは嬉しかったですね。あと、これから講座を受講する人たちも来てくれて、縦のつながりが生まれたのはいい機会だったと思います。

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ダンスパフォーマンス公演「Dance Performance Resonance」

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「楽理基礎科・中等科『作品試聴会』」

《後編》につづく