特別講義デジタルコンテンツ時代の著作権


二次創作の『法』と『倫理』〜カオス*ラウンジ騒動

吉田 続いて、視覚芸術の領域における『サンプリング』について伺っていきたいと思います。漫画やアートで既存の作品を二次利用するという手法は、それこそイラストのトレース疑惑のようなものから、芸術作品に昇華したものまで色々あると思うのですが、まずは先日話題になったカオス*ラウンジの『キメこな』についてお話を聞かせてください。

齋藤 いわゆる『キメこな騒動』というやつですね。
経緯を簡単に説明しておきましょう。キメこなという、イラストの画像掲示板サイトで生まれたキャラクターがいるんですが、このキャラクターを、美術家の梅ラボさんが、自身のアート作品の中で使った。この事が、ネットを中心に大きな話題を呼んだという事例です。梅ラボさんの引用元となった『キメこな』というイメージが、色々なキャラクターのパーツを持ち寄って作られた、それ自体二次創作に当たるものであるという点もあり、とても興味深い所です。

吉田 こうした二次創作に関しては、画像掲示板などオンライン・コミュニティの中でみんなが楽しんでいたものだったと思うのですが、ここから生まれた『キメこな』を利用してカオス*ラウンジの梅ラボさんが作品を作った。法律的見地からは、ここにはどのような問題があるのでしょうか?

齋藤 著作権に関して厳密に言ってしまうと、元々の『キメこな』自体が、既存の著作物を二次創作して作ったものなので、そもそもそれ自体に問題があるといえます。二次創作は如何なるものであれ、許諾を取っていない限り『法律的には』等しくNGなんですね。
そうしたいわばグレーゾーンにあるオンラインの二次創作を、梅ラボさんが自身の名前を関した美術作品の中で使った。そのことに、『キメこな』を作った匿名画像掲示板の人達が怒ってしまった。しかし、そもそも『キメこな』というキャラクター自体が著作権的に微妙な中で、画像掲示板の人達が梅ラボさんに対して怒りを覚えたというのは、非常にデリケートな問題だと思います。

吉田 『怒った』というのは、倫理的、感情的な問題ですよね。

齋藤 恐らく画像掲示板のコミュニティの中では、自分たちのルールの中で二次利用が上手く運用されていたと思うんです。それを、コミュニティの部外者である梅ラボさんが、自身の作品の中でひょいと使った。しかもアート作品としてそれを発表した。そこで何か一線を超えたというところがあると思うんですね。その境目というのは、言い方が悪いですけれども、とても興味深いというか。『どこまでがOKでどこまでがダメなのか?』ということは法律ではなかなか線引きすることが出来なくて、なんというか法律の先をいっているところでこういった問題が起きているという印象ですね。

吉田 そもそも著作権的に違法である”オリジナル”の『キメこな』ですが、それを作った掲示板(ふたば☆ちゃんねる)の人達が訴えられているかというと、そんなことはない。梅ラボさんに関しても、騒動にはなりましたが、法的に訴えられているかというと、そういう事でもない。ただ、炎上によって、一時的に社会的な制裁を受けたような形にはなった。でも、法律的には誰も訴えてないし、訴えられてもいない。現状はそうですよね。

齋藤 そういうことです。実際、『誰が』『誰の』『何を』侵害したか?ということになると、これは法律でドライに線引き出来る問題を超えて来てしまう、という事ですね。

吉田 今回の件で言うと、『美術手帖』(美術出版社/2011年6月号)に掲載されたということで、より大きな注目を集めるきっかけになったということはありました。

齋藤 これが問題となった梅ラボさんの作品です(画面にプロジェクション)。中央に大きく『キメこな』がサンプリングされているのが分かると思います。

吉田 『キメこな』以外にも、様々なアニメのキャラクターの特徴的な一部分を切り出して使っていて、アニメを見ている人ならば、これはどのキャラクターだということを参照しながら楽しめるという作品ですよね。

齋藤 そうですね。こうした同人的な分化というのは、作家の冲方丁さんも指摘するとおり、”空き地”と呼ばれている、ある意味無秩序でカオティックで何でもありなところが面白い。さらに面白いだけでなくそこがファン同士の交流の場であったり、ファンクラブ的な意味合いを持っていたり、あるいはアマチュアが学ぶ場だったり、オリジナルの作品にとっても、もの凄くポジティブな意味を持っているわけですよね。そこが同人文化の意義として、法的な締め付けがグレーな”空き地”としてとても意味を持つというか、評価されているところなんですが、その”空き地”から出た時にどうなるかというところが、この問題の難しい所でもあります。同じ文化圏の中でやりとりしている範囲でならばOKということなんですが、それをアート作品として発表することについての違和感というのが現場にはあるのは理解できます。

吉田 あと、特にアニメとか漫画とかに関することで言うと、同人文化がコミックマーケットで培われていたので、そういったものをサンプリングや二次創作することに関してのハードルがわりと緩かったというところがありますよね。MADなど、アニメを使ったサンプリングというのは現在すごく流行っています。

齋藤 そうですね。でも、同人文化の中でもコンテンツを持っている所が訴えられたりだとか、逮捕されたりだとかはあるんですよね。そのあたりも市場経済的な規模はものすごく大きくなっていて、ある意味メジャーになったヒップホップに近い状況があるのかもしれません。しかし、最初は掲示板でやり取りをしていたのがその域を出てしまい、ローカル・ルールが適用されなくなってしまう境界というのが結構難しいですよね。僕はあまりその辺は詳しくなくて無責任なことは言えないんですけれども…今日客席に来ているCreative Commonsの他の弁護士の見解を聞いてみましょう。

永井 はい、Creative Commonsの永井と申します。おっしゃる通り、今回の梅ラボさんやカオス*ラウンジの話は、法的な問題というより倫理的な問題の部分のほうが大きくて、内部のルールとして運用していたものを逸脱してしまったというところに対して怒っていると考えられるかと思います。
Creative Commonsを創設したLessigさんの指摘で、こういった表現を制限する力として、法的な制限、倫理的な制限、市場的な制限、コピーガードのようなアーキテクチャの制限の4種類があるという話をしています。現状、法的に制限されているところはあるのですが、今後倫理的に制限されている部分も新たに顕在化してくると思いますし、あるいはアーキテクチャの問題や市場的な問題によって表面に出てきていないものが徐々に顕在化してきているのではないかという気がしていて、まさにその一例として今回の件をみるととても興味深いかなと感じています。