人と出会い、同じ場所を共有する──「実作講座『演劇 似て非なるもの』」講師・生西康典インタビュー


2013年に開講した「実作講座『演劇 似て非なるもの』」。開講以来、一貫して「全ては集まった人達と出会うことから始め」ることを続けてきました。コロナ禍に見舞われた2020年度は、受講生と電話で対話を行うなど、授業の形も、集まった人やその時々の状況に合わせて変化しています。

講座にはこれまで多くのゲスト講師が参加。生西さんとつながりのある方々が執筆するリレーエッセイ「いま、どこにいる?」は30回(人)を越えて現在も継続しており、2021年3月からは、アクショニスト・首くくり栲象さんと縁のあった方々による連載「首くくり栲象さんと」を開始。「その日集まった人たちと、その場でつくり、その日の夜に公演」する「日々の公演」(鈴木健太さんとのワークショップ)は形を変えて第2回が開催されます(2021年10月〜)。講座を起点に連載、ワークショップ……と広がりを生んでいる本講座。本稿では、そうした広がりの源流をたどるべく、生西さんにお話しをうかがいました。

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生西康典|1968年生まれ。舞台やインスタレーション、映像作品の演出などを手がける。作品がどのようなカタチのものであっても基本にあるのは人とどのように恊働していくか。近作は、『棒ダチ 私だけが長生きするように』(2021、TOKYO REAL UNDERGROUND)、その日集まった人たちと、その場でつくり、その日の夜に公演したワークショップ形式の『日々の公演』(2019、BLOCK HOUSE)、など。

幼少期から学生時代

出身は広島です。幼少期の思い出というと、通っていた幼稚園がお寺に併設されてるところだったんですよ。幼稚園では、興味のある時間は一番前に座っていて、興味がなかったら一人で外で遊んでる子どもだったらしいんですけど、園長先生がちょっと変わった人で、そういうのを全部放任してくれてたみたいです。その頃のことが今とどうつながるか分からないけど、幼少期の思い出を聞かれて、それを思い出しました。

高校生のときに、7つか8つ上の人と友だちになって、その人のつながりで広大(広島大学)の人とたくさん知り合いになりました。その人たちに連れて行ってもらったのが、「すぺーす宝船」というフリ―スペース。伊藤敏さんという詩人がいて、今考えればその人の家なんですけど、24時間解放していて食べるものも酒もある。当時、自由ラジオというのが流行っていて、放送局みたいなものを作って、近隣何百メートルの人が聞けるラジオをやってました。番組と言っても、グダグダ演奏したり喋ったり、そんなものだと思うんですけどね。

高校は高校でいろんな友だちがいました。音楽好きというだけで仲良くなってカセットを交換したり。加藤一郎くんっていう同級生にもすごく影響を受けたんですけど、彼とバンドを組んで、剣道とか柔道をやる格技場だったかな、を乗っ取って演奏したり。加藤くんは気に入らないバンドの奴に金槌を投げつけたり、怒って止めに来た先生に「先生、幸せですか?」って問い返したり、おかしな奴でした。彼はその後、勅使川原三郎さんのKARASに入ってました。30代で亡くなってしまいましたが。

高校卒業後は、和光大学の人文学部人間関係学科に進学しました。『ものぐさ精神分析』とか、本をいっぱい書いてる岸田秀さんという名物教授がいて。一回も授業は受けてないんですけど。あと、当時、和光は受験科目が2教科しかなかったんですよ。大学時代は、なんにもしてなかったですね。ほとんど無為に過ごしてました。途中病気をして広島に帰ったりしたので、大学には結構長いこといました。

広島でレコード屋をやるはずが

大学を卒業したら、広島に帰ってレコード屋をやろうと思って、宇川(直宏)くんにロゴマークを作ってもらってたんですよ。「やらなくてよかった」っていう店名なんですけど。今は高円寺にあるLOS APSON?っていうレコード屋さんのスタッフに高山くんって人がいて、彼がホイ・ブードゥーというバンドをやってたんです。彼らのCDを佐々木敦さんのレーベルからリリースするというので、同じくLOS APSON?の軍馬(修)くんがおまけのビデオを作るはずだったんだけど、軍馬くんが調子悪くなっちゃって、手伝っていた僕が代わりに作ることになって。広島に帰ろうと思って東京の家を引き払ってたから、佐々木さんの事務所とか友だちの家で寝泊まりしながら、1時間くらいの映像コラージュみたいなのを作りました。それからLOS APSON?でバイトもするようになって、東京に残ることになったんです。

宇川くんもLOS APSON?と関わりがあったので、それで知り合ったのかな。宇川くんは当時からデザインとかVJをやってたし、雑誌で連載もしてました。佐々木さんは、当時は演劇とか文学じゃなくて音楽のレーベルをやられていて。LOS APSON?ってオールジャンル扱ってて、すごく面白いレコード屋さんなんですよ。海外のミュージシャンが立ち寄るようなお店で、イベントもよくやってて。そこで僕もブッキングを手伝ったりしてました。誰と誰が一緒に演奏するとか、どういう順番でやるかとか。たぶん、そういうイベントの手伝いをやってたことが、今やってることにもつながってるかもしれないですね。

LOS APSON?で働き出した後だと思うんだけど、ボアダムスのVJやったり、ミュージックビデオ作ったり、田名網敬一さんと一緒にアニメーションを作ったりしましたね。この間、『棒ダチ 私だけが長生きするように』を監督してもらった掛川(康典)くんとも共通の友だちを通じて知り合ってすぐ仕事をするようになって。掛川くんは20代のときからロバート・アシュリーっていうアメリカの現代音楽の作曲家のビデオオペラの映像を作ってたんですよ。僕が映像作品や映像インスタレーションなど、映像をめぐる様々な実験が出来たのは、掛川くんっていう技術とセンスがある人が一緒にやってくれたからですね。

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『棒ダチ 私だけが長生きするように』(2021年、TOKYO REAL UNDERGROUND)
出演:橋本清(ブルーノプロデュース、y/n)、冨田学
構成・演出:生西康典/映像監督:掛川康典
(撮影:石田ミヲ)

山口小夜子さんと首くくり栲象さんとの出会い

もともと自分が作ってた映像作品って、人が出てくる作品じゃなかったんですよ。一番最初にDVDとして出たのは、アップリンクの企画で、掛川さんと撮影したデレク・ジャーマンのトリビュートだったんですけど、映ってるのは波とかフロッタージュとかシミみたいなものだったりで、人なんか全然映らない。でも、山口小夜子さんと知り合って、彼女が亡くなるまでの5年弱、小夜子さんが朗読と舞をやって、僕と掛川さんが映像をやりました。人が立っている舞台という意味では小夜子さんが最初なんですよね。僕は演劇とかダンスってむしろ苦手だったから、ひよこが最初に会った親が小夜子さんというか、小夜子さんが基準みたいな感じです。作品に言葉が入ってきたのも小夜子さんの影響が大きいですね。彼女が谷崎潤一郎とか寺山修司とかを朗読していたので。子どものときから本は好きでしたけど、それまで作品で言葉は扱っていなかったですから。

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生西康典+掛川康典 「H.I.S. Landscape」
(「六本木クロッシング」出品作品、森美術館、2004年)

身体表現という意味で、小夜子さんともうひとり影響を受けたのが首くくり栲象さんです。栲象さんが亡くなるまで、7〜8年の付き合いだったのかな。Theater Company ARICAの公演で栲象さんが客演していたときに、たまたまリハーサルを見る機会があって。会場の赤レンガ倉庫で栲象さんが首をつって、歌を歌ってました。でも、その時だけだったら、たぶんそこまで栲象さんに興味を持ってなかったんですよね。後日、川口隆夫さんのソロ公演を観に行ったときに、栲象さんも来られていて、隆夫さんに感想を言ってたんですけど、その感想がすっごく面白くて、この面白い人は誰だろうと思ったら栲象さんでした。それで栲象さんの庭劇場を見にいくようになったんです。行ってみたらすごい面白かったんですよね。

栲象さんがやってること、たとえば庭劇場を言葉で説明したら、決められた時間にその場所に行って、千円を料金箱に入れて、栲象さんの作ったベンチに座る。時間になると部屋から栲象さんが出てきて、1時間くらい庭をゆっくり歩く。どこかのタイミングで首をくくって降りて歩いて、また吊ったりすることもあるんだけど、最終的には元いた部屋にあがって、電灯をパチっとつけて「ありがとうございました」と言う。いつも栲象さんがお酒と食事を用意されてて、時間がある方はどうぞと言って、家にあがってこたつを囲んでお酒と食事をとりながら、感想を言ったり雑談をする。これが1セットになってました。

言葉で説明したら毎回同じことの繰り返しみたいですけど、栲象さんが毎回チャレンジしてるのがすごくよく分かって。僕が会った頃は、観客に見せてたのは月に2、3日でしたけど、毎日、しかも1日に何回も首を吊られてたんですよね。栲象さんはただの行為ってずっと言ってたけど、芸術と日常が完全にリンクしてて、繰り返しみたいだけど繰り返しじゃなくて、ずっと新しい扉を探ってるみたいな感じが面白かったですね。一番見飽きなかった舞台が栲象さんの庭劇場です。

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『奇蹟の園』(2017年)
撮影:高木由利子/音楽:向島ゆり子/演出:生西康典/出演:首くくり栲象、藤原芽生

演劇は一番遠かった

実作講座『演劇 似て非なるもの』」をはじめたのは、当時、佐藤直樹さんから、彼が講師として参加していた講座「絵と美と画と術」に誘われたのがきっかけです。生西くんも入らない?って言われたんだけど、それは断って。「じゃあ何をやりたいの」って佐藤さんに聞かれて、そのときになぜか「演劇」って答えたんです。今でもそうかもしれないけど、演劇は一番見てないし一番良く知らないから。話がすごい戻りますけど、父親が本好きで、最初に本との出会いがあった。中学生になったら、音楽が好きになって。僕らの世代はYMOが入口なんですけど。そこから、年上の友だちに映画とかを教えてもらって。広島はサロンシネマって映画館があるんですけど、地方だと、例えば実験映画で当時見れたのは寺山修司とかマン・レイとかだけでしたけど、見れるものは限られているので映画でも音楽でも美術でも見られるものは全部見るみたいな感じでしたね。

あと、フリージャズのコンサートを企画する人たちが地方に点在してて、広島にも「広島リアルジャズ集団」というのがあったんですよ。昔だと阿部薫さんを呼んだりしてました。広大生の友だちもメンバーで、クリスチャン・マークレーとかデレク・ベイリーとか、知らないままに連れていってもらったり。そういうなかで、演劇が一番触れる機会がなかったんですよね。母親にチケットをもらって観た宇野重吉さんの劇団民藝の『三年寝太郎』とか、ブレヒトの『ガリレイの生涯』ぐらいで、演劇だけ遠かったんです。

だから、演劇を教えられはしないけど、一緒になら作れるかなという気持ちがあって。1期は自分も含めてみんなで台本を書いて、自分が演出をしました。2期は修了公演で鈴木健太くんが台本をかいて、僕が演出しようと思ったんだけど、鈴木くんが自分でやりたいというので、鈴木くんが演出をして。当然ですけど、自分がやりたいことより、受講生のやりたいことをやります。いろんな人が来るからそれは毎回変わります。6期は受講生が3人いたんですけど、そのうちのひとり太田七海さんは最初から自分の作りたい作品のイメージがあって、最終的に『森』という素晴らしい作品に結実しましたが、でも、どう考えてもその作品だけを作るのは、他の二人にとってないだろうなと思って、一人一作品作ることになりました。

去年はコロナがあって、対面ではなく電話で授業をやりました。スイスから参加してくれる受講生もいて。今年は月に2回美学校に集まって、1回は校外で集まってます。講座紹介文に「全ては集まった人達と出会うことから始めます」と書いたけど、自分が思ってた以上にそうなっています。

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ゲストに高山玲子さんを迎えた校外での授業
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「日々の公演 2」/人との繋がりの中で

実作講座 『演劇 似て非なるもの』」は、演劇の講座ということになっていますけど、便宜上、演劇って言ってるだけだと思うんですよね。その場に見る人がいるという意味では、演劇もインスタレーションもあんまり変わらないというか。その場に人がいて、同じ場を共有することのほうが大きいんじゃないかな。今はオンラインが増えてるから、また違うとも思うんですけど。

演劇だったら台本がまずあって、一緒にやることがあるから人と付き合えるって話を鈴木くんとしてたんですけど。そうじゃなかったら出自とか年齢とか全然違う人たちと何かを一緒にやるって、そんなにすんなりできないんじゃないかって。できる人もいるのかもしれないですけど。

10月から始まる「日々の公演 2」は、午後1時に集まって稽古して、夜に上演するのは前回と同じですが、今回は新たに観客役を募集して、その人たちは19時の開場に合わせて来てもらって観客として参加してもらいます。前回は演者も観客も毎日変わってたけど、今回は同じメンバーで、公演が終わったあとに、演者役も観客役の人もみんなで話す時間を1時間半ぐらい取ります。同じメンバーなので、公演と言っても稽古に近い感じかもしれないですね。毎月違うテキストでやる予定で、演者が6人いたとしたら、2人1組でひとつのシーンを3回やるかもしれないですが、人が集まってみないと分からないですね。

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「日々の公演」
(2018、BLOCK HOUSE)

自分がやってきたことを全部話すとなると、すごく時間がかかるので、今回はすごく端折ってしまいましたけど、本当は細かく聞いてほしいかもしれないです。僕がやってきたことって人から見たらバラバラで、たぶん全部を知っている人はいないので。

音楽との関わりがまずあって、VJをやってた時代があって。映像の仕事をはじめて実験映画に興味が出て、松本俊夫さんとか、かわなかのぶひろさんとか、奥山順市さんとか1950〜60年代から活躍していた人たちと六本木にあったスーパーデラックスで映像作家徹底研究という実験的な上映のパフォーマンスのイベントをシリーズでやっていたり、音楽のブッキングはそれ以前からずっとやっていました。新宿にあった頃のリキッドルームではいろんなことをやったし、恵比寿のみるくでもプロデューサーの塩井るりさんがとにかく好きなことをやらせてくれました。掛川さんと作ったデレク・ジャーマンのトリビュートの実験映像を見て仕事を頼んでくれたのが、小夜子さんとUAです。松本俊夫さんにもビデオを渡したら、何ヶ月後かに便箋3枚にびっしり感想を書いて送ってくれて、すごく感動しましたし、松本さんとは後にライブ・インスタレーションを作りました。同じ一本の作品から、小夜子さん、UA、松本さんってツリーみたいな繋がり方をしている。でも、誰しもそうでしょう。結局、自分の話をしていたら人の話になるんですよ。

講座にもいろんな人が集まります。こういうのがやりたいってイメージがある人もいれば、何かやりたいけど、それが何か分からない人もいる。だんだん探していくしかないんじゃないですかね。自分でも気づかない、いろんなことが影響し合って、自分というものができていくんじゃないでしょうか。

2021年8月26日 収録
聞き手・構成=木村奈緒


実作講座「演劇 似て非なるもの」 生西康典

▷授業日:週替わりで月曜日と金曜日 19:00〜22:00(6月から開講)
「演劇」は既成のイメージされているものよりも、本当はもっと可能性のあるものなんじゃないかと僕は思っています。それを確かめるためには、何と言われようとも、自分達の手で作ってみるしかありません。全ては集まった人達と出会うことから始めます。