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DIY精神で創意工夫を重ねる ──「アートのレシピ」講師・松蔭浩之、三田村光土里インタビュー

DIY精神で創意工夫を重ねる ──「アートのレシピ」講師・松蔭浩之、三田村光土里インタビュー


 

2021年で開講11年目を迎える「アートのレシピ」。作家として友人として20年来の付き合いがある松蔭浩之さんと三田村光土里さんによる講座です。本稿では、お二人の作家活動の背景にあるものから、作家としての共通点、作家を続けるうえでの喜びや葛藤、それらを受講生にどう伝えるかまで、お二人にお話しいただきました。

※「アートのレシピ」は現在10月期生を募集中です。

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松蔭浩之|現代美術家、写真家。福岡県出身。1988年大阪芸術大学写真学科卒業。1990年アートユニット「コンプレッソ・プラスティコ」でベネチア・ビエンナーレに世界最年少で選出される。以後、数多くの国内外個展やグループショー、シンガポール・ビエンナーレ(2006年)ほか国際芸術祭に参加。写真作品を中心にインスタレーション、パフォーマンス、ミュージシャン、執筆、グラフィックデザイン、俳優、映画監督など多岐に渡って活動を続ける。 https://www.matsukage.net

三田村光土里|愛知県生まれ 東京在住。「人が足を踏み入れられるドラマ」をテーマに、写真や映像、言葉や日用品などの多様なメディアで構成した空間作品を国内外で発表。私的な追憶から浮かび上がる不在感が、日常の哀愁や感傷を観る人の内側に投影する。世界各地で人々と朝食を共にする滞在制作“Art & Breakfast”では、フィールドワークで集めた材料でインスタレーションを作り続け、文化的境界を越えて共感する価値観をユーモアと批評的な眼差しで俯瞰する。国内外での展示多数。https://www.midorimitamura.com/

 

史上まれにみる年 1979-80-81年

松蔭 「アートのレシピ」の講座紹介文では、1979年、80年、81年に世界中で起こった、ロックミュージックを中心とした文化を知っておいて絶対損はないよって書いたつもりなのね。音楽だけじゃなくて映画もアートも。気づけば授業でもそれを毎週のように言ってるんだよね。

79-80-81年は、文化が劇的にシフトした人類史上まれに見る時期だと確信してるんだけど。メディア的にはそのあとすぐ、82年にCDが、84年にマッキントッシュが発売されたとか続くんだけど、なぜこんなに人類が面白かったのか。だからこの際、ちょっと騙されたと思って1年間ぐらい、こういう面白い時代の話を聞きに来て、それから手を動かしてみたらいいと思うよ。元をただせば「9-0-1」が面白いのよ。次が89-90-91年。その次が99-2000-2001年。余談ですが、三田村さんとオランダで仲良くなったのもその頃だね。

三田村 知り合ったのは97年ぐらいだけど、親しくなったのがその2000年前後だね。確かに、89年にベルリンの壁崩壊があって、91年にソ連が崩壊してロシアになって。天安門事件もあったし。2001年は同時多発テロと、アフガン侵攻。2008年のリーマンショックでは、世界経済が大きな打撃を受けた。2011年が東日本大震災で、その10年後がこのありさまでしょう。

松蔭 世紀末だったり年度末じゃないけど、カウントが変わるときに頑張っちゃうところが人間誰しもあると思う。焦りと変革のタイミングをみんなどこか期待しているのよ。今はコロナが簡単には収束しないってわかりはじめてるけど、何年かかるにしても、この変わり目で何かが起こるんじゃない。それが戦争でないことを願うけど。

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松蔭浩之《STAR》
Mixed media installation & performance (2000-)
*installation view at “Roppongi ART night 2010”

 

DIY──すでにあるものとあるものを組み合わせてつくる

松蔭 当時、本当にいろんなものを吸収して、82年から創作活動に入ったのが自分の強みだと最近さらに思うようになったんだよね。僕らは雑誌の時代だったわけ。当時の雑誌は、ショッピングのためとか、おしゃれのための情報っていうわかりやすいものじゃなくて、もっと多面的で、要するに誌面のレイアウトや写真がなんかもう凝っててカッコよかった。こういう格好をしてみようとか、こんな配色もあるんだとか、こういうデザインもやっていいんだとか、ページから勝手に読み取ることができた。そういう紙媒体がいくつもあったのは大きかったよね。

ネットやスマホは、よそ見をしちゃって気づかないうちに時間が経っちゃうけど、紙の雑誌はダイレクトに手でページを繰るでしょ。そういうことが人間の考え方とか生活様式のなかの「DIY精神」に効いてくると思うんだよね。道具や環境がそろわないと事が進まないって考えてしまうことが普通だと思うけど、そうではなくて、手と頭を連動させて創意工夫してみる。そういうDIY精神を、雑誌とレコードの時代に培ったんじゃないかなって、無理くりかもしれないけどそう思うね。

三田村 この間、同い年の美術館の館長さんと話したんだけど、カルチャーヒストリーの資料として一番大事なのは雑誌なんだって。書籍として当時のカルチャーをまとめたものもあるけど、それだと点と点になってしまう。雑誌は継続して刊行されているから、ひとつの流行が何と連鎖して移り変わっていったか、雑誌を見るとよく分かるんだって。そういう意味で、今のインターネットみたいに、点と点の情報だけだと、後で流行を系統立てて見ることができない。DIYについて言うと、すでにあるものを組み合わせてつくることをDIYと言うのかなって。

松蔭 そう。だから、オブジェもイコール、DIYなんだよ。

三田村 彫刻を作るとか絵を描くことをDIYって言わないじゃない。オブジェも木を彫って作ってたら、DIYじゃなくて彫刻。シルクスクリーンを刷ったり油絵を描いたり、そういう特定のアカデミックなメディアを持たずに、すでにあるものを組み合わせて作ることを分かりやすく象徴する言葉がDIYなのかなと捉えていて。

だから、アカデミックな専門のメディアを持たずに、組み合わせで構築して見せている点で、松蔭さんも私もやり方は似ていて。もちろん写真もひとつの技術ではあるけど、目の前にあるものを自分で創造するわけではないじゃない。既にあるものを自分の感覚で組み合わせて、自分の表現として見せることが私や松蔭さんがやってきたことなんですよね。だから、「アートのレシピ」の受講生たちも、特別なメディアにこだわらずに表現するにはどうしたらいいかを期待して来てくれてるんじゃないのかなって。そこで実際に作ってアウトプットできるようになるお手伝いをするのが「アートのレシピ」だと思っています。

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公開制作 Till We Meet Again また会うために、わたしはつくろう(2020)
アッセンブリッジ・ナゴヤ 旧名古屋税関港寮
写真:三田村光土里

 

自分自身を作らないと、作品もできない

三田村 そういう前提を踏まえて、私の授業は一日限りの展覧会、プレゼンテーションだと思って展示をしていきたいなと。大規模でも小規模でもいいんだけど、去年もインスタレーションの授業をやってみて、すごく大事だなと思ったので。修了生や外部の人も来てもらって、講評に参加してくれてもいいし。

もちろん、基礎の部分や、作品づくりについては松蔭さんに教えてもらうんだけど、実際に展示をやってみることで、作品の見せ方がうまくなるし、展示をすることによって自分が何をやりたかったのかもよく分かるんだよね。勉強っていうとなんですけど、アクティブ・ラーニングってやつですね。人に教えるのが一番勉強になるのと一緒で、自分がプレゼンするのが一番勉強になるんですよ。松蔭さんの授業でインプットしたものを、私の授業でアウトプットする。授業は常にアウトプットとセットだけど、より実践的にアウトプットできたらと思っています。

松蔭 いいね。それはなかなか特殊でありがたいカリキュラムだよ。ひとつ悩ましいのは、現代美術ってなんでもありじゃない。だから、一概に「現代美術の講座です」って言って誤解を招くのは当然なんだよ。じゃあ、現代美術のなかでどういうポジションかって言い出すと、今度はヒエラルキーの話になって、「現役って何?」とか、「ランキング上にいるんですか」って話になってしまう。ただ間違いなく、三田村さんとオレはキャリアが長くてしぶとくて、お互いにDIY精神に則ってやってきた。売れ線を狙うことだけが現代美術ではないんですっていうエクスキューズもしなきゃいけないと思うんだよね。

三田村 現代アートって言うと、「現代アート」という既に出来上がってるもの、発表された何か、いわゆる「現代美術界」とか、そういうイメージがあるじゃない。だけど、私と松蔭さんは、個人の発したものから世の中にアプローチする作り方をしている。自分というパーソナリティを作品に接続する作り方をしている点で共通しているかなと。そうすると、自分自身を作らないと作品もできない。自分はこういうものが好きだとか、こういう人間でありたいとか。セルフポートレイトもその一環だと思うんだけど。多くの人は何者かになるために、その近道やチャンスを期待しているかもしれないけど……。

松蔭 まあその、金持ちや有名人になりたかったら、現代美術じゃなくて他のことやったほうがいいでしょう。ブライアン・イーノがキッチリと言ってるよね。芸術や文化活動で成功することと、経済活動で成功することを一緒くたにしてはいけないって。それを体験者がもっとちゃんと言うべきだって。基本的には無駄なことにどれだけ本気になれたかだけだからね。

三田村 自分というものをどう形成していくか、本当に筋トレみたいなものよね。そういうものを吸収するための授業なのかなって。オブジェを作ることで、そのオブジェを作る自分がどういう自分なのかを知っていく。

松蔭 そのとおりなんだよね。アーティストになるためのチケットやクーポンを渡す授業ではないんだよ。そんな詐欺まがいのことはできないよね、オレたちには。「アートのレシピ」のメリットは、あなたが何者になろうが知ったこっちゃないけど、あなたの生活は間違いなく楽しくなるってこと。

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松蔭浩之《肉体塾〜移動に注意を要する教室》
Mixed media installation (2013)
瀬戸内国際芸術祭2013/「昭和40年会の男木學校」(香川、男木島)

 

創意工夫で無駄を重ねる

三田村 振り返ると、自分が作りはじめたきっかけは、仲間ができて、自分も何かやりたいなと思ったことですね。美大出身じゃないので、そもそもアート作品を作る入口が分からなかったし。同じ志を共有できる人と出会えることがまず大事だよね。作りはじめてからは、頼まれてもいないのに、なんだかんだ作りつづけてきちゃって。でも、やればやるほど世の中は変わっていくし、新しいアーティストの作るものは自分とは違う気がするし。アートの潮流が、自分が求めてたものとは違う方向にいっているのを見ると、自分が本当に必要とされる作家なのか、作っていく自信があるだろうかと思ったりするんですけど。

若い頃からずっと絵を描いてきたり彫刻をやってきた同世代の作家が、どんどん円熟味を増して、積み重ねてきた技術を出せる状態になってるのに、私は毎回その場その場に合わせて実態のない不確かな物を作っていて、作品が蓄積されていってる感じが全然しない。彫刻や絵のように残るものじゃないので、アイディアとひらめきだけで薄氷の上を歩き続けるのがしんどくて。若い頃は1ヶ月に3カ国で新作を作って、帰国しても展示をいっぱいやったりしてて、薄氷の上を歩いてることに気づいてないんだよね。年をとるにつれて、薄氷の上を歩いてることに気がついちゃうから、常に作れるだろうかという葛藤との闘いになってきているんだろうけど。

それでもやっぱり作ってるし、今回作ったものがこれまでで一番良かったなって毎回思うんですよ。作るときは本当におしまいだって思うんですけど、苦しんだ果ての喜びがあるので……それだけですね。でも、作ることに対しての純度は上がるというか。これって50歳過ぎないと分からなくて、これから何かになろうとしている人たちに見せていい背中だと思わないので(笑)、希望を与えるにはどうしたらいいかって考えますけども。

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Till We Meet Again のためのサウンド・インスタレーション(2020)
アッセンブリッジ・ナゴヤ 旧名古屋税関港寮
写真:三田村光土里

松蔭 やっぱりオレが今日まで続けてこれたのは、DIY精神のおかげとしか言いようがないな。創意工夫。DIYって言うと、ホームセンターに行って、出来の悪い棚を作るみたいなことを思い浮かべると思うんだけど、ここで言ってる真のDIYってのは、同じ無駄なものでも心には有益っていうか。娯楽とかエンターテインメント以上に没頭できることって、DIY精神を身につけて創意工夫を日々心がけることだと。誰に知られようが知られまいが自分がワクワクすること。「アートのレシピ」に来れば、それを達成できることは保証するつもり。

自分の気持ちを常に活性化させるっていうか、時間を無駄遣いした感じがしないというか。無我夢中で、集中したり没頭したりできるようになると思うんだけどね。見返りを考えることばかりとは真逆の、自分の興味や熱意を純粋に創作意欲にぶつける勇気。身を投げるような態度。そういう感覚がなければ、オレや三田村さんみたいな生き方はまず無理だよね。まあもちろん、僕らみたいな生き方をしろとも強制しないけども。

中島らもさんがよくいっていた、「教養とは学歴を指すのではなく、独りで時間をつぶせる技術なのだ」という考え。全く同感だし、そのための訓練こそが、我らが10年以上にわたって指導しているこの講座の趣旨だね。

三田村 確かにたくさんの無駄を重ねて……。自信満々だったときもあるし、失敗したときもある。でも、それが今の松蔭さんであったり私であったりを支えて、形作っている何かかもしれないですよね。

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松蔭浩之《Can’t Find My Way Home》
digital photograph (2017)

 

2021年8月3日Zoomにて収録
聞き手・構成=木村奈緒 

 


アートのレシピ 松蔭浩之+三田村光土里 Matsukage Hiroyuki

▷授業日:毎週土曜日 13:00〜17:00
俗にいう「現代アート」に限らず、音楽、映画、サブカルもアングラも含めた文化全般を視野に入れた講義、ワークショップを実施します。かならずしもアーティストを養成することが目的ではないですが、節々でアートの実践を体験してもらうことで、クリエイティビティー(=創意工夫)の本質を知ることを目指します。