1969年に開校し、2025年で開校56年目を迎えた美学校。現在は藤川公三校長をはじめ、岸野雄一(音楽学科コーディネーター)、皆藤将(事務局長)、長尾悠市、有田尚史、うらあやか、木村奈緒(いずれも事務局スタッフ)の7名が運営に携わっています。正規講座だけでなく、オープン講座、イベント、ワークショップ、展示、ライブなど、さまざまな企画を開催した1年間(2024年5月〜2025年3月)。前編につづき、後編では「モード研究室」と濱田謙一さんの思い出、2階から4階への引っ越し、今後の展望などについて話します。

写真左より有田尚史、うらあやか、長尾悠市、岸野雄一、木村奈緒、皆藤将
設備が充実したスタジオ、多様な内容の展覧会
木村 2024年度は25もの展覧会が開かれました。前年度より10近く増えています。うらさんが事務局に参加して2年目になり、スタジオがますます活用されるようになりましたね。
うら 去年の座談会で「スタジオを司る者になっていきたい」と言ってましたね。備品や工具の置き場所を固定したり、戻す場所にサインをつけたりすることで、貸出しフローが定まってきて、だいぶキレイに使えるようになってきたと思います。展覧会といっても、内容はいろいろで、パフォーマンスやライブペインティングもありました。「こういうふうに使いたい」って人が増えることで、どうしたらそのように使えるか考える機会になるし、多様なことができる場所になっていくのがいいなと思っています。
木村 あと、2025年度に入ってからですが、スタジオの壁が白くなりましたね。
うら そうですね。今まで壁を汚してしまっても原状回復の方法がなかったので、この際だから白くしようと思って。白く塗ったことで、原状回復もできるようになったし、展示もしやすくなったと思います。あと、継続して展示を行うなかで、展示が終わったあとに展示台を寄付してくれる人もいて、展示に必要な備品が充実してきました。いいサイクルだなって。

櫛占采「石と氷」展

白壁になったスタジオで開催された
2024年度造形基礎Ⅰ(鍋田教場)グループ展「 I am what I am. 」
自分の着たい服をつくる:濱田謙一「モード研究室」
木村 あらためて、濱田先生と「モード研究室」の話をしたいのですが、そもそも「モード研究室」が開講したのはどういう経緯でしたか。
皆藤 校長と濱田さんが飲み仲間で、そこからですね。もともと濱田さんはコム・デ・ギャルソンのチーフパタンナーをやってらっしゃったので、その経験を生かして服飾の講座をやろうと。それで2008年に立ち上がったのが「モード研究室」です。週に1回だとできることが限られるので、講座ではパターンの引き方を中心に服作りを学んでいきました。
木村 まず自分のお気に入りの服を1着持ってくるんだよね。
皆藤 はい。自分の好きなシャツとかワンピースとかを持ってきて、それをパターンに起こして、同じ形の服をつくるところからはじめます。基本的に授業内では手を動かして、授業後にみんなで飲みに行くんですけど、そこで濱田さんがいろんな話をしてくれるんです。それがすごく面白くて。濱田さんは非常にお酒を飲まれる方だったので、それが原因で体調を崩してしまったり、ケガも絶えなかったですけど、みんなからとても愛される方でした。修了生も作品を見せに来たり相談しに来たりしていたし、みんな濱田さんのことを気にかけていました。
木村 お別れ会では、濱田さんの服を展示したんですよね。
皆藤 そうですね。濱田さんが今までつくってこられた服をご実家から美学校に持ってきて。修了生にも講座でつくった服を持ってきてもらって、集まった人たちで濱田さんを偲びました。濱田さんが仕事でお付き合いしていた方々も来てくれて、賑やかな会になりましたね。服作りって、絵画以上に教科書的な学びをイメージする人が少なくないと思うんですけど、「モード研究室」はそうじゃないんですよ。濱田さんは受講生がつくりたいものに重きを置いていて、自分が着たいもの、つくりたいものをつくっていきましょう、と。「モード研究室」があったことは、美学校の1ページとして重要だったと思います。


「モード研究室」講師・濱田謙一さんお別れ会
4階小教場と4階音楽室の誕生
木村 2024年度の出来事のひとつとして、2階を退去して4階小教場と4階音楽室の利用を開始したのも大きな出来事でした。
有田 よくやれましたよね。特に4階音楽室を借りられなかったら、今ごろどうなってたんだろうと。
木村 音楽講座はずっと放浪してきた歴史があるんですよね。
有田 もとは映画美学校で開催していて、その後、両国RRRでの開催があり、エディトリー(美学校近くにあったコワーキングスペース)があり、スタジオがあり、2階があり、4階があり……もうここらでいいだろうと(笑)。でも、4階音楽室は今までで一番広くて、対面希望の人も余裕で受け入れられるので、とてもやりやすいです。みんなで防音工事を頑張ったおかげで、授業をやるぶんにはまったく問題ありません。

4階音楽室
長尾 2階は他団体とのシェアだったので、完全に自分たちの場所だって感覚が正直なかったんですよね。だけど、4階小教場と音楽室は美学校の占有スペースだし、思い入れがあります。配信機材を常設している関係で、使い方はある程度限られますが、うまく融通し合っていろんなクラスで使えたらいいですよね。
皆藤 そうですね。実際、音楽講座だけでなく、利部志穂さんの「立体・空間制作ゼミ 時空を超えて〜彫刻からインスタレーション」も音楽室で開催しています。
有田 スピーカーが結構いいし、ウーハーも使えるから、ミックスの練習とかに役立ててもらえるようになったらいいなと。家では調整の難しいところが、音楽室の設備だったら確認できるので。
皆藤 4階は、内装が昭和な感じなのが個人的には好きですね。2階は天井を抜いてダクトレールのダウンライトで、ちょっと洒落てる感じがあったじゃないですか。4階はカーペットを剥がしたら昔のPタイルが出てきたりして、その辺がいいなと。
木村 4階を教場にするにあたって、事務局スタッフと受講生有志でDIYしましたね。
皆藤 2階の壁を解体して出た資材を屋上のプレハブにあげて、4階音楽室が借りれたら、それを屋上から4階に下ろして、防音壁をつくって……。
有田 大変でした(笑)。いや、本当によくできたと思います。

4階小教場
それぞれの仕事
木村 ここでいったん美学校の話から離れて、個々人の活動や仕事について聞いていきたいんですが、有田さんは最近は映画音楽をつくっている?
有田 真っ最中ですね。今やっているのは「ヒグマ!!」という内藤瑛亮監督の新作で、闇バイトVSヒグマというもので、毎日怖い音楽をつくってます(笑)。28曲発注があって、今23曲までできました。1ヶ月半ぐらいしか制作時間がないので、必死にやってます。
岸野 でも、変奏曲作るの上手くなったでしょ。
有田 そうですね。あと、今になって「映画を聴く」(講師・岸野雄一)の内容が役立ってます。いかに音楽を抜くかとか、講座で学んだテクニックが仕事に生きてますね。
長尾 私はここ数年、音楽ゲームの楽曲提供をやっています。音楽ゲームの曲って公募が多いんですよ。なかでも「プロジェクトセカイ」っていうスマホゲームは採用のハードルが高くて、なかなか採用されなかったんですけど、今年はじめて採用されて。それは嬉しかったですね。
木村 音楽ゲームというと……
長尾 有名なのは「太鼓の達人」とか「ダンスダンスレボリューション」とかですね。その音楽を聴くためにゲームをプレイするから、音楽を聴いてもらえるんですよ。
うら 私はアーティストとして現代アートの活動をしてます。BUGで開催した展覧会「同伴分動態」では初めてキュレーションをしました。あとは最近、過去の作品がちょっとずつ知ってもらえるようになってきました。

「同伴分動態」展示風景(撮影=阪中隆文)
木村 アーティストとしてのうらさんの関心はどんなところにありますか。
うら 今はアーカイブに注力していて、「同伴分動態」を本にして残すための作業をしています。あと、キュレーションをしてみたことで、見えてきたことがあって。アーティストが作品を発表するときに、見やすくしよう、わかりやすくしようと思って、自ら鑑賞者や社会に適応した形にしてしまうことがあるんじゃないかって気づいたんです。それをやめるためのキャンペーンをしたいなと思っています。
皆藤 「同伴分動態」では、参加作家の小山友也さんがオルタナティブな美術教育についてリサーチされていて、その一環で自分も美学校での仕事についてインタビューを受けました。それもアーカイブ集に載るみたいです。わたし個人の活動としては、2024年6月に個展(皆藤将 芸術作品展「THE CENTER OF THE EARTH」)を開催しました。制作は大変でしたけど、できたものを見ると次はこんなことをやってみたいなという気持ちになりますね。
木村 皆藤さんの制作の関心はどこにありますか?
皆藤 自分だけしか作れないものですかね。松田修さん(「外道ノススメ」講師)や遠藤一郎さん(「未来美術専門学校」講師)が、「唯一無二であれ」というようなことを講座で言っていて。やっぱり「これが自分の芸術です」と打ち出せるものがつくりたいし、それが現代美術の面白さなんじゃないかなと。
木村 私はここ数年は本作りに関わっています。2015年にJR福知山線脱線事故の展覧会を東京で開催したことがきっかけで、今年の4月に事故当事者の方や、新たに知り合った方々と『わたしたちはどう生きるのか—JR福知山線脱線事故から20年』を出版しました。今は蟻鱒鳶ルに関する本を編集中です。

皆藤将 芸術作品展「THE CENTER OF THE EARTH」
開講57年目を迎えて
木村 最後に、今後美学校でやっていきたいことなどを聞かせてもらえますか。
岸野 成果を発表していきたいですね。そのためのプラットフォームが欲しい。「受講生の漫画が掲載されました」とかいうのも、しっかり力を入れてプッシュしていきたい。「全国大会出場」みたいな感じでビルに垂れ幕をつけるとか。
一同 (笑)。
有田 受講動機に直結するのはそういうところですよね。
皆藤 漫画で言うと、「特殊漫画家-前衛の道」(講師・根本敬)の受講生・松下由未子さんが『アックス』でデビューしたり、「意志を強くする時」(講師・意志強ナツ子)の修了生・犬ノ畝のぼるさんの漫画が『ビッグコミックスペリオール』に載ったりしています。あと、修了生がコミティアに参加して、そこで新たなつながりが生まれているみたいです。
有田 音楽講座でも最近、受講生有志が「もくもく会」というのを立ち上げたんですよ。みんなで美学校に集まって、ただもくもくと作業をする会。講座を越えて受講生が知り合えるきっかけにもなっていいなと。
皆藤 美学校でもまた「神保町レコード学校」とか「En-Tokyo」みたいなイベントをやりたいですね。レコード屋をめぐって美学校でDJをする。レコード社さんも、美学校のすぐ近くに移転されましたし。レコードと言えば今度、根本さんと伊藤桂司さんと小田島等さんのレコジャケトーク(レコード・ジャケットと青春〜根本敬×伊藤桂司×小田島等)を開催します。桂司さんの講座「テクニック&ピクニック」でも、レコジャケをコラージュやペイントしてカスタムする課題があるんです。

2023年度「テクニック&ピクニック」での制作物
岸野 あとは、映像やアニメーション、ゲーム音楽の講座をやりたいね。
長尾 そうですね。ただ、ゲーム音楽をつくる講座となると、すでに専門学校の授業が充実しているので、専門学校とは違う方向性にしたいですね。ゲーム音楽を批評的に学ぶとか。
うら 美学校は受講にあたって試験がないのもいいところですもんね。それを生かしたい。
岸野 あと、本当は裏方を育てる講座をやりたいね。前に開講していた「イベント・プロデュース講座」(講師・岸野雄一)を復活させればいいんだけど、僕が忙しすぎてできないんですよ。だから、誰かやってくれないかな、と。とにかく裏方が足りないので。
有田 私は初心者向けの講座を修了した人が、次に受けられる講座をつくりたいですね。1年目を終えたあと、美学校で2年目を考えられるようにしたい。
皆藤 美術系は講座数は多いんですが、とはいえ飽和状態というわけでもなく、絵画や漫画の講座はまだまだ求められていると感じます。あと、イラストやデザインの講座を開講してないんですか?って聞かれることもあるので、こんな講座があったらいいんじゃないかということを具体的に考えていきたいですね。
あとひとつ、2024年度で印象深かったのが「美楽塾」(講師・JINMO)で、受講生がひとりだったんですけど、素晴らしい内容だったんです。JINMOさんとHARIさん(アシスタント)と3人で一緒にご飯を食べたり、いろんなテーマの話をして、いろんなところに行って、すごく楽しそうだったんですね。こういうことはなかなか記録に残らないので、ここで話しておきたいなと思いました。

「築地本願寺夏祭りと築地老舗銘店の味、そして和装の可能性」をテーマにした
「美楽塾」2024年度授業の模様
木村 ありがとうございます。2025年で美学校は開講57年目を迎えて、60周年も近づいてきているわけですが……。
有田 50周年からもう7年も経ったんですか!? そもそも自分も最初は受講生だったわけで、運営に携われるなんて夢にも思ってなかったですね。でも、あのとき音楽講座を受講したおかげで今、映画音楽の仕事ができるようになっているので、今度は自分が美学校に何かしらを返していきたいと思っています。
2025年6月26日収録
進行・構成=木村奈緒 集合写真撮影=皆藤将