修了生インタビュー:梅木美貴さん


2016年と2017年に「モード研究室」を、2019年に「デザインソングブックス」、2021年に「デザインソングブックスの〈編曲〉」を受講した修了生の梅木美貴さん。現在、埼玉県行田市を拠点に、オーダーで服作りを行っています。もともと服作りを仕事にするつもりはなかったと話す梅木さん。どのような経緯で講座を受講し、現在の活動に至ったのか、梅木さんのアトリエで話を聞きました。

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梅木美貴 (うめき・みき)|1971年北海道生まれ。「モード研究室」2年目の修了展で制作したオバQ服*(お気に入りのシャツをアレンジしたワンピース、写真着用の服)は現在も更新中。日常の癒しはコーヒーを淹れること、夕方の散歩、部屋の中で聞く雨の音や古いカセットデッキからの音楽。アトリエの屋号は清風庵。*幼少時、いとこの家の屋根裏で読んだ『オバケのQ太郎』の中の記憶、Q太郎のクローゼットからのオマージュ。服のオーダーや、アトリエにご興味のある方は、美学校事務局( bigakko@tokyo.email.ne.jp ) までお問い合わせください。

「好きなことをやろう」と思って

出身は北海道の札幌です。10代の頃は、絵や漫画や音楽が好きでした。両親が薬剤師で、子どもの頃から病院によく遊びに行っていたので、将来は病院関係の仕事に就くのがいいかなと思って、高校卒業後は全寮制の看護学校に入学しました。看護学校を出てからは、1年ほど北海道の市立病院に勤めたあと、東京の大学病院で3年ほど働きました。当時はすごく頑張っていたと思いますが、あるとき身体を壊してしまって、それから5年近く働けない時期がありました。看護学校に入った頃から、自分の好きなものをいったん断ち切ろうと思って、音楽や絵に触れるのを一切やめてしまったんです。不思議なもので、それが身体に良い影響を及ぼさなかったんだと思います。

30代になって、やっぱり自分の好きなことをやらなきゃダメだと思って、看護師の仕事をしながら、少しずつ好きなことを再開しました。それでも、仕事がきっかけで40代で再び身体を壊してしまったので、今度こそ本当に無理はやめようと思って、病院勤めを辞めました。もともと布が好きだったので、仕事を辞めたのを機に、布に関することを学びたいと思って、美大の通信教育や服作りの学校を探してみたんですが、自分にはちょっと通えそうもなくて。そんなときに偶然、うらわ美術館で美学校のパンフレットを見つけたんです。それまで美学校のことは知りませんでしたが、パンフレットの雰囲気が自分にドンピシャで、まずこの場所を見てみたいと思いました。それで、「モード研究室」の見学に行きました。

見学では、講師の濱田謙一先生から「人生の一着をつくりましょう」と声をかけられました。それまで服作りをしたことはありませんでしたが、実は祖父が札幌でテーラーをしていて、子どもの頃に祖父が背広やコートを作っているのを横で見ていたんです。祖父の仕事を間近で見ていたからこそ、服作りは難しいと思っていたし、受講を決めたときも、服作りを仕事にしようとはまったく考えていませんでした。

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窓辺のアイロン台は、テーラーだった祖父が使用していたもの

「好きな服を一着持ってきて」

濱田先生からは、まず「好きな服を一着持ってきてください」と言われて、古着屋で買った黒のワンピースを持っていきました。服のラインがお気に入りだったんです。その服を元に型紙を起こしていくんですが、濱田先生が言うには、プロの現場でも同じことをやっているそうです。ひたすら服の細部を見て、測って、型紙に起こす作業を続ける。そのうえで、ここはこういう形にしたいと言えば、先生が直し方を教えてくれます。そうして、お気に入りのワンピースから型紙を起こしたワンピース2枚と、その型紙をさらにアレンジしたジャケットとワンピースの計4着を作って修了展に出しました。今思うとよくそこまでできたなと思いますが、自分のお気に入りの服をベースにしていたからこそ完成させられたんだと思います。

もちろん簡単にできたわけではなくて、最初のワンピースが完成するまで、家で何回も型紙を直したり、修了展間際は縫製に追われて大変でした。縫製は自分でやらなくても良いんですが、私は全部自分でやりたくて。深谷市にaurahysterica/アウラヒステリカの小林英明さんという縫製の職人さんがいて、小林さんやOB・OGの方に分からないところを教えてもらいながら縫製しました。濱田先生は、服に関して、先生の中にあるものを惜しみなく与えてくれます。あと、受講生が作っているものや、やっていることを絶対に否定しないんですよね。そのぶん、自分で考えることも多いのですが、美学校という場で、濱田先生に教えてもらったからこそ、ちゃんと服をつくれるようになったんだと思います。

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写真右から2着目が、最初に持参したお気に入りの黒のワンピース
このワンピースから型紙を起こしてジャケット(写真左端)などに展開

自分の服が誰かの服になる

修了展で自分の作った服を人に見てもらったり着てもらったりした経験は大きかったですね。それまでは自分にとっての服を作っていたけど、修了展での人々の反応を見て、自分の服が誰かの服になるんだなと驚きました。修了展で展示したジャケットをオーダーしてもらえたのも本当に嬉しかったし、もっと頑張らなきゃと思いました。もともと1年で服作りを習得するのは難しいだろうと思っていたので、翌年も「モード研究室」を受講しました。

2年目の修了展でもワンピースをオーダーしてくれた方がいましたが、その時点でもまだ服作り一本で仕事をしていこうとは思っていなかったです。ただ、私が服を作っているという話をすると、「自分もとても好きな服があるんだけど、着すぎてボロボロになっちゃったから同じのがほしいんだよね。作ってくれないかな?」と聞かれることが度々ありました。それまでは自分の形を元に服を作っていたけど、人の服となると、その人が思い描く形を私が聞き取って作る作業になります。話を聞かせてもらうし、すごく時間がかかるけど、それでも良ければとお伝えしてオーダーを取りはじめました。それが講座を修了して1年後ぐらいのことだと思います。

オーダーを受けるときは、自分でもどんな服ができるか分かりませんが、まずは、お気に入りの服を一着見せてもらいます。私から見て、その人に合っている、その人らしいと思う服があれば、それを預かるときもあります。普段何気なく着ている服には、その人の形が写っているので。それから話を聞いて、型を起こして、仮縫いをします。仮縫いで出来た服を「トワル」と言いますが、トワルを着てもらったうえでいろいろと修正をしていきます。大事なのは、お互いにちょっとでも違うなと思ったらそのままにしないで修正することですね。自分の形が見つかると、その人も「この感じいいよね」って表情になるんです。人によって布の好みはさまざまなので、布選びも重要です。布を一緒に見に行くこともあります。形が決まって布が見つかることで、その人の一着が完成します。時間のかかる、気の遠くなるような服作りですけど、だからこそ、相手との付き合いは濃くなりますね。

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想定外の「デザイン」

オーダーを受けはじめたことで、服作りを仕事にしていきたいと思うようになりましたが、自分にはまだ何か足りない気がして、美学校事務局の皆藤さんに相談したら「デザインソングブックス」(講師:大原大次郎+宮添浩司+本多伸二)の受講を勧められました。デザインは自分とは縁がないと思っていましたが、想像していた「デザイン」とは違って面白かったですね。その都度いろんなお題が出て、自分でも思いがけないものが形になっていくんです。「デザインソングブックス」を受講したことで、服作りも、いろんな要素を取り入れてもっと自由にやっていけるんだなと思えました。

ちょうどコロナの流行と重なってしまって、修了展はできなかったんですが、オンラインで何かやろうということで、私は「一服インタビュー」というものをやりました。「お茶を飲む」ことを意味する「一服する」とかけて、オンラインで講師と受講生の8名にインタビューを行って、その人の服を考えるという試みです。服作りを仕事にしていくにあたって、オーダーシートを作りたかったのと、その人の服を見つけるためにどういう質問が必要なのかを検討してみたかったんです。今、オーダーを受けるにあたって自分なりの方法が確立したのは、「一服インタビュー」での経験が大きかったと思います。

昨年オープン講座として開講した「デザインソングブックスの〈編曲〉」も受講したんですが、そこでの経験も、今やっている仕事につながっていると思っています。「デザインソングブックス」は、いろんな職種や活動をしている受講生が多いので、今も「このことをあの人に相談したらいいかも」と思うことがありますね。

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「デザインソングブックスの〈編曲〉」での梅木さんの制作物
ゲスト講師の編集者・野口尚子さんの演習「『っぽさ』を再現する」で、
アウグスト・ザンダーの写真集『20世紀の人間たち』を下敷きに、行田で働く人々を撮影・取材した

アトリエとの出会い

埼玉県行田市には7年前から暮らしています。ずっと家で服作りをしていたんですが、「一服インタビュー」を終えて、服作りを仕事にしていきたいと考えはじめたころから、服作りのための場所がほしいと思うようになりました。埼玉県羽生市で活動している藍染めの作家さんを訪ねたときに、元パフォーマーで、今は行田市の市議会議員をしている方と知り合って、「場所を探している」と話したら、「行田に、元産院をシェアハウス兼シェアアトリエにしている面白い場所があるよ。一回見てみたら」と教えてもらいました。それが今、私がアトリエとして借りている高岩アパートです。

ちょうど年明けに高岩アパートで餅つきがあるからと誘ってもらって参加したら、今私が借りている部屋がちょうど空いていました。いろんな部屋があるんですけど、この部屋は光の射し方とか広さとかがちょうど良かったんです。餅つきのあと、大家さんを紹介してもらったらトントン拍子に話が進んで、2021年の1月から借りています。シェアアトリエは、誰かの作業の音が聞こえたり、人の気配が感じられるところが良いですね。服も建物もそうですけど、長い間大切にされてきたものは、ぬくもりが感じられます。シェアハウスに住んでいる人と一緒にコーヒーを飲んだり、ちょっと重たいものを持ってもらったり、たまに生身の身体がほしくて(笑)、制作中のシャツを着てもらったりすることもあります。

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平屋建ての元産院を生かした高岩アパート

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梅木さんのアトリエの一角

「その人の服」を一緒に作る

看護師の仕事と服作りの仕事は、意外と共通点があるんですよ。「一服インタビュー」の時に言われたことでもあるのですが、例えば、患者さんへの問診と服作りの際のヒアリングは似ていると感じます。本当は、病院の問診でも一対一で相手の人についてじっくり見たり聞いたりできると良いんですけど、実際は難しくて。でも、服作りではそれができるんです。それと、私自身がそうなんですけど、辛いときや寂しいときに自分に合った服を着ると、心がすっと落ち着くんです。その人自身に近い服を着ることが、下手な治療よりもいいんじゃないかなと思っています。

服をオーダーしていただいた際に、「おまかせします」と言われる場合もありますが、私の服作りは、完全なおまかせというより、相手と私の共同作業に近いと思っています。相手のことは分からないという前提で、服についてだけでなく、どんなことが好きかとか、その人についていろいろ聞くことで、その人の形を一緒に作っていくんです。ヒアリングのなかで見えた意外な一面も全部服に投入して、「その人の服」ができあがってくると嬉しいですね。その人と出会ったおかげで出来た服であって、私一人では作れないんです。

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自分の服も含めて、いかにその人らしい服を作れるかは今後も課題です。そのために服作りの技術も高めていかなきゃと思っています。こうして服作りを続けていられるのは、美学校や濱田先生たちのおかげです。講座を修了してからも、パターンや縫製でどうしても分からないところがあるときは相談するんですけど、濱田先生や小林さんのアドバイスどおりにすると、服が本当に良くなります。修了しても付き合いを持てるのが美学校の良いところですね。美学校に行くことで息がつけるというか、気持ちをリセットできる面もあって、とても助かっています。

必ずしも服を作るところまで行かなくても、自分はこういう服が着たいって分かるだけでもいいと思うんですよね。その服を私が作ってもいいし、どこかで買ってもいいし、その人自身が作ってもいい。ヒアリングを通して、そのきっかけづくりができたらいいなと思っています。たとえ着なくても、自分が着たい服を思い描けると楽しいし、気持ちも落ち着くので、ぜひ気軽に話をしに来てほしいです。行田はちょっと遠いかもしれませんが、自然もきれいだし、のんびりぶらぶら歩くのに良いところですよ。

2022年9月28日収録
取材・構成・撮影=木村奈緒


モード研究室 濱田謙一 Hamada Kenichi

▷授業日:毎週土曜日 18:30〜21:30
モードを考えるところからスタートし、実際に服を作り上げるまでの授業です。何かを想像し考え、自分の中に入り込み転がり込んで出てゆく瞬間の表現手段が服であったなら、どのような作品が生まれるのかをテーマに授業を進めます。


デザインソングブックス 大原大次郎+宮添浩司+本多伸二 Ohara Daijiro

▷授業日:隔週木曜日 19:00〜22:00
『デザインソングブックス』は、その生モノに取り組みながら、独自の<ツール><方法><環境>を探り、書くこと(記述と設計)と話すこと(発声とパフォーマンス)、デザインをするための過程から実践までを共有する場です。年齢、経験不問です。ぜひご参加ください。