【レポート】「膠を旅する——表現をつなぐ文化の源流」展


文=木村奈緒 写真=皆藤将


当校「超・日本画ゼミ」講師の後藤秀聖氏が企画協力された「膠を旅する——表現をつなぐ文化の源流」展が、2021年5月12日から6月20日まで武蔵野美術大学 美術館・図書館で開催されました。

(※後藤秀聖氏は2023年6月をもって退職いたしました。[2023年7月4日])

本展は、同学共同研究「日本画の伝統素材『膠』に関する調査研究」の成果をまとめた同名の書籍(国書刊行会・刊)を元にした展覧会。後藤さんは、当初から研究に携わり、北海道、大阪、兵庫、埼玉、東京と、現地調査を重ねてきました(なお、当校では、2015年に後藤氏による公開講座 「絵具と戦争:絵画材料としての和膠について」を開催しています)。

展覧会は緊急事態宣言下での開催となり、一時は閉館の憂き目に。展示再開後も事前予約制で人数制限を設けるなど制約下での開催となりました。にも関わらず、展示への反響は大きく、会期終盤にはニコニコ美術館で特集が組まれ、書籍の重版も決定。会期延長を望む声も多く聞かれるなか、先日閉幕しました。本稿では、後藤氏の案内で訪れた展示の模様をお伝えします。

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会場入口。
写真右は皮革製造の過程で用いられる「タイコ」と呼ばれる樽状の回転機。

第1室「膠を旅する」


本展の要である「膠(にかわ)」は、「原料となる動物の皮や骨、内蔵などを水とともに煮出し、コラーゲンという繊維質の高タンパク質排出液を濃縮したのち、乾燥させて固め」て作られたもの(前掲書より)。この生成過程で不純物を取り除いたものが「ゼラチン」に、不純物を含んだまま乾燥させたものが「膠」になります。今では日本画の画材としての印象が強い膠ですが、古くから接着剤として広く用いられてきました。

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展示第1室

「膠を旅する」と題された展示第1室では、凝縮された旅の軌跡を展示室いっぱいに展開。三千本膠、蝦夷鹿の蹄膠、粒膠、板膠、墨膠……など、種々の膠も並びます。画家で本展監修者の内田あぐり氏が、半世紀以上にわたって制作に用いてきた三千本膠が2010年に製造終了したことが、膠をめぐる旅の発端になったとのこと。

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壁一面に展示された膠

調査に同行した写真家の内田亜里氏による写真や映像も、本展の見どころのひとつ。膠の古典的製造過程などを記録した映像は、多くの人が足を止めて見入ったために、急きょ展示室外にモニターが設けられたほど。皮を水に漬け、脱毛処理を施し、煮沸作業をし、乾燥させ……という作業のほぼすべてが手作業で重労働。化学薬品を使わないために、時間も手間もかかるのですが、川の水と人の手で、かつて息をしていた動物の皮に、ふたたび息を吹き込んで膠にしていく過程は圧巻。

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手前に映っているのが後藤氏。実際に膠の製造を体験

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さらに圧倒されるのが、膠の製造過程で用いられた木枠や刃物、牛や鹿の乾皮の実物展示。会場でもひと際目を引く大型の木枠は運送用のトラックに入らず、一度解体して会場で組み立て直したとのこと。そもそも美術館で生き物の皮を展示すること自体がチャレンジングな試みで、関係者の熱意が伺い知れます。

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正面の巨大な木枠が牛皮用木枠。
乾燥作業「板張り」をする際に用いる。

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鹿皮用木枠。
鹿の個体に合わせて牛用より小さく作られている。

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積年の釘の跡が生々しい木枠

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牛の乾皮

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天井から吊るされた鹿の乾皮

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チェプケリ
公益財団法人アイヌ民族文化財団蔵
アイヌに伝わる鮭皮靴。植物性の糸で縫製。
北海道・網走市での調査を通して、アイヌの人々の道具や衣装も展示された。

第2室「膠がつなぐ表現のかたち」


第2室では、同館の日本画コレクションから、毛利武彦氏、麻田鷹司氏、内田氏、丸木位里・丸木俊夫妻の作品を紹介。《原爆の図》の番外編にあたる丸木夫妻の《原爆の図 高張提灯》は、位里85歳、俊74歳のときの作品。本共同研究をきっかけに、大阪人権博物館から同館に寄贈され、本展が初公開となりました。展示にあたっては、膠を用いて修復が施されています。水溶性と柔軟性を併せ持つ膠を用いて描かれたからこそ、こうした修復が可能で、絵画を後世に残すという意味でも膠の重要性が認識されます。

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毛利武彦《檻》1958

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麻田鷹司《牛舎》1952

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丸木位里・丸木俊《原爆の図 高張提灯》1986

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《原爆の図 高張提灯》部分

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《原爆の図 高張提灯》修復部分

膠から考える


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かつては、マッチや紙やすりの生産、写真用ゼラチンなど、多くの場面で用いられていたという膠。接着剤の多くはボンドに取って代わられ、さらには皮革産業の縮小を受けて膠の需要と生産量が減少。昔ながらの膠の製法は姿を消しました(本展で紹介された兵庫県姫路市の大﨑商店では、化学薬品や添加剤を用いない伝統的な川漬け製法の復元に力を注いでいます)。食肉の副産物として生じる皮が、行き場を失えばどうなるのか。日本画材としての膠を出発点に、製膠所、なめし皮製造、精肉店、アイヌの人々の暮らし……と「文化の源流」をたどる本展は、普段絵画を見るだけでは感じることのできない、絵画と人間と動物の密接したつながりを強く意識させるものでした。書籍のほか、以下の映像もあわせてご覧になってみてください。


超・日本画ゼミ(実践と探求) 間島秀徳+小金沢智 Majima Hidenori

▷授業日:毎週土曜日18:30〜21:30(毎月第三週は日曜日13:00〜17:00)
本講座では自立した作家として歩み出せるように、制作実践のための可能性を探究し続けます。内容は基礎素材論に始まり、絵画制作に必要な準備の方法を習得するために、古典から現代までの作品研究等をゼミ形式で随時開催します。