特別講義デジタルコンテンツ時代の著作権


そもそも著作権って?

齋藤 普段みなさんは、CDに配信、あるいはストリーミングサービスなど、様々なメディアで音楽を聴いていると思うんですが、それがどういう人達によって創られているのかというところを最初に考えていきましょう。

まず、一番最初に曲を作る作曲家や作詞家といった人たちがいますね。作家自身の芸術的才能や、時間、お金を使って作品が生み出されます。その創造行為に対して与えられる権利、それが『著作権』です。著作権とは作家や作詞家、彼らの創造行為に対して与えられる権利なんですね。

さて作曲家が音楽を作って、そこに著作権が発生した。でもそれだけでは音楽はまだ皆さんの元には届きませんよね。音楽を流通させるためには、クリエイトされた音楽をレコーディングして、原盤(マスター)を作って、それをプレスして、レコードショップに卸して、というようなプロセスを経なければならない。そしてその過程で、著作権とは別の権利として『原盤権』が発生します。原盤権とは、著作権/著作物を使ってレコードを作る、モノを作る事にかけた労力に対して与えられる権利です。これはその原盤を制作したレコード会社に発生します。

これらに加えて、原盤を作る過程で実際に楽器を演奏したり歌を歌ったりする人たち、演奏者やミュージシャンにも「著作隣接権」という権利が与えられます。

以上、『著作権』と『原盤権』ーー原盤権もちょっとややこしくて著作隣接権と括られるんですがーーあとは実演家アーティストの権利『著作隣接権』。大きくその3つをもって、1つの音楽の作品が出来ているということになります。

これは要するに、誰かの曲をサンプリングしたり、あるいは2次創作、リミックスなりをしようとすると、今言った全ての権利をクリアしなければならないということなんです。
作曲家に対する著作権の許諾は必要ですし、レコード会社の音源を使うのであればレコード会社の原盤権と著作隣接権者の許諾を得なければいけない。実演家にも権利があるのであれば、それらにも許諾を得なければいけない。このように、実にいろんな権利が一つの音楽には含まれていて、非常に複雑な形になっているということがお分かり頂けるでしょうか。

吉田 先ほどの『Copy Right Criminals』に倣って話をすると、70年代後半あたりからサンプリングして曲を創るという文化がヒップホップの中から出てきた当初は、そういった権利についてあまりうるさく言ってなかったんですよね?

齋藤 そうですね。黎明期のヒップホップはアンダーグラウンドな文化で、本当に小さなコミュニティーから始まったストリートのカルチャーだったという事で、特にうるさく言われるような事も無かったというところです。

吉田 それが80年代以降、ヒップホップがビジネスになっていくに従って、著作権や原盤権などの権利が問題になってくる。

齋藤 その辺りはこの『Copy Right~』でもショッキングに描かれているところです。そもそもサンプリングは、ストリートのアンダーグラウンド発の、費用がなくともアイデアとスキルさえあれば誰にでも出来るという制作手法だったんですが、サンプリングを使った作品が商業的にもヒットするようになって、大きなお金を生むようになっていきます。そこから原盤権を保有するレコード会社や、著作権を管理している音楽出版社といった権利関係者が、サンプリングしている人達を訴え出すようになっていくんです。
その一番最初の裁判というのが、Biz MarkieがGilbert O’Sullivanの『Alone Again』というとても有名な曲をサンプリングした事例ですね。そして、その裁判であっけなくBizサイドは負けてしまうんです。その裁判が先例、1つのモデルとなって、その後、サンプリングの訴訟が次々に起こされていくようになっていきます。

Biz Markie 『Alone Again』

Gilbert O’Sullivan『Alone Again』

吉田 サンプリング訴訟が常態化し、多額のライセンス料が要求されるようになってくることでサンプリングで曲を作る事に自主規制が働いてしまって、音楽自体が変質していくのが90年代以降の流れですよね。

齋藤 この『Copy Right~』では、その後音楽がどう変わっていったのかという所も生々しく描かれています。そもそもサンプリングは楽器が買えないようなお金の無い人達の音楽制作手法だった筈なのに、ライセンス料を払える人だけのものになっていく。お金のある人達だけのものになっていったという所ですね。ライセンス料を払えない人達はアウトサイダーとしてやるしかない。

吉田 本末転倒ですね。カニエ・ウェストとかマドンナとか、ライセンス料をクリア出来るビッグネームにしか使えなくなってしまった。

齋藤 カニエ・ウエストくらいのクラスでも、実は許諾もらえてない部分があるという話も聞きますけれど。

吉田 そうなんですか。あとは、『Copy Right~』の中でも少し紹介されてましたが、Bjorkなんかはサンプリングを使わないーー昔はサンプリングしている曲もあったけどーーサンプリングを使わない為に、生バンドに演奏させてそれをレコードに一度カッティングして、そのオリジナルのレコードをネタとして使うというような事をやっていて、面白いなと思いました。色んな抜け道がある。

齋藤 さきほど説明した通り、曲には著作権(=メロディー等、曲自体の権利)と、原盤権(=曲をレコードに落とし込んだ時の権利)の2つがあるんですが、サンプリングはその両方を使うことになりますよね。曲の一部を切り取る、メロディやフレーズあるいは歌詞の一部を使うという事で著作権が問題になるし、レコードに記録された『サウンド』を使うという事で原盤権についても問題になってくる。
Bjorkの例でこの2つの権利を考えると、既存のレコードの音をそのまま使うのではなくて、曲のフレーズをもう一度演奏させ、録音し直して使うということで、原盤権の問題をクリアしたという事になりますね。もちろん、同じメロディーを使ってるっていう意味で著作権の問題は残るんですが。