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講師インタビュー 松蔭浩之× 純血四姉妹の四人(2008年度ヨレヨレアートコース[現:アートのレシピ]修了)

講師インタビュー 松蔭浩之× 純血四姉妹の四人(2008年度ヨレヨレアートコース[現:アートのレシピ]修了)



松蔭 そう。夏休みの課題で「作家論」を出す。僕は僕が影響を受けたマン・レイとかイブ・クラインとかフランスのアバンギャルドのアーティストのことをいくらでもレクチャーできるんだけど、それを一つの目安として、各自一ヶ月ぐらいかけて、現代美術家としての歩み方が素晴らしい人を調べてきてもらって発表してもらう。これも毎年やってますね。誰が誰をやったんだっけ?

藤崎 誰が誰でというのではなくて、アネット・メサジェの展覧会がちょうどやってて、それを見てどう思うか書くみたいなことだったと思います。それから発展していって女性作家ってどうなんだろうねって話になったんだと思います。

小澤 脱力系がいないという話をして、女に脱力系がいないのはなんでだろうねって。

松蔭 だから嫌なんだよって言ってね。イライラしないかって。そういうふうに考えていくとヨレヨレはものすごく真面目なんですよ。アバンギャルドを追求していながらもアカデミックというか。自分で言うのもなんだけど真面目に一年間やってるなと思うよね。

━━━ヨレヨレという言葉からイメージするとふざけた感じでやってるのかなっていうようにも見受けられるんですが。

松蔭 酒でも飲みながらぐだぐだやってるのかと思うと、みんな遅刻もしないしね。どんどん遅刻しなくなるんですようちのクラスは。

桐川 休まなかったもんね。

松蔭 けど毎年そうだよ。昨年だって100%だよ。堅田好太郎くんとか。五分遅刻するっていうだけでもメールくれてたからね。「先生すみません」て。だから昨年から僕も考え方を変えてね。当たり前のことに気づいたんだよ。一時間前には神保町に来ようと決めた。そしたらゆっくりご飯食べれるじゃん。だからほぼ毎週「いもや」でさ、軽く並んでゆっくりご飯食べても15分ぐらい前には教室に入れるんだよね。そうすると穏やかに授業が始められるという当たり前のことに気づいた。今までの僕の時々の切迫感は、遅刻するかもしれないってギリギリに来てたっていうだけなんだよ。だから創形美術学校の朝九時からの授業でも八時には家を出てね、八時半には職員室に着いてコーヒーを二杯ぐらい飲めるわけよ。そうしたらオンタイムで、穏やかになれるという当たり前のことに2009年度から気付いたんですよ。

小澤 惜しかった!(四人は2008年度受講)

藤崎 私たち30分前ぐらいから教室にいましたよ。

松蔭 本当にそうだよね。それで後半とか何か仕掛けを作ってたもんね(笑)。オレの誕生日のもあったけど毎回何か仕掛けを作ってるんですよ。

桐川 そう、バレンタインとかもやったよね。

藤崎 ラブレターとかね。

松蔭 ガチンコのラブレターとかね。

藤崎 しかも重たいラブレター。

松蔭 帰ってから読んで下さいみたいな。まあだから、オブジェ、セルフポートレイト、それぞれの作家論、発表、要するに発表の仕方ですね。調べるということも大事だけど、それをいかに言葉と黒板だけで自分の注目する作家について発表できるか。それとキッチュ論というのがこの代から新しく始まって、あと料理ね。

藤崎 キッチュ料理!

桐川 「キッチュな格好でキッチュな料理」をする。

松蔭 忘年会でただ作るだけじゃなくてプレゼンテーションをしてもらう。食べれるということを前提に、見栄えがキッチュで……ちょっと、やっぱり具合が悪くなったけどね(笑)。二人ばかしちょっと具合が悪くなったけどね(笑)。

━━━!?

藤崎 何かすっごい変なシャツ着てきたりとか。

桐川 なめこに糸通して、出汁~出汁~とか(笑)。

古澤 いっぱいみんななめこ食べたよね。

藤崎 今考えると気持ち悪いけど(笑)。糸通して...

━━━では少し話が変わりますが、先ほど倉重さんが映像担当ということでしたが、三田村さんはどのような授業をなさるんでしょうか?

松蔭 三田村さんがまたアカデミックでね。新人アーティストにとって大切なのはファイルを作ることだと。でもファイルを作るためには作品が無いと作れない。だからそのバランスは難しい。彼女たちの時が三田村さん二年目か。三田村さんは時々すごい難解なワークショップをやるんだよね。神保町に出て何かするとか、何かを伝達するとか。彼女の作品そのものなんだけど、そういうことを実際体験できたりだとか。でも基本は今や彼女はファイルの作り方やファイルを添削する赤ペン先生みたいなポジションですかね。

小澤 でもあの横浜の授業はよかったね。

藤崎 横浜にみんなで行って、そこで感じたものを作品にする。それぞれ拾ってくるみたいな。

━━━なぜ横浜だったんですか?

藤崎 たまたま黄金町バザールがやってて、あと三田村さんの展覧会がやってて。

松蔭 あの人も忙しいからね。大体彼女の回は教室よりも展覧会場集合みたいな。

桐川 最初の三田村さんの授業も展覧会場集合だったよね。HIGUREで。

松蔭 大体毎年そんな感じだよね。

━━━ヨレヨレアートコースの魅力って何でしょうか?

松蔭 ある意味至れり尽くせりだと思うよ。これ以上やってくれと言われても無理ですね。というぐらいやってると思うね。と言うとどんだけ自信家かって思われるかもしれないけど、僕の性格ですね。美術ってもっとぶっきらぼうで、自分でなんとかしなさいというほったらかしが僕にはできないので、やっぱり学校という名前がついている以上ね。授業料もいただいて、僕自身給料をもらってやっているわけだから。まあやり出したらそんなこと考えてないけどね。だけど僕の性格の気の小ささというか真面目さというか、完璧ではないけど構わないではいられないというサービス精神で貫いているので、それは余計なお世話、もしくはもっと構いなさいって言う人もいるかもしれないけど、だから逆にそこは現代美術的じゃないかもしれない。さっきも言ったけど真面目すぎるかもしれないし、時々厳しすぎるかもしれないんだけど、それはすべて「サービス」ですね。サービスにあふれたコースだと思います。

━━━師弟制度まではいかないけれど、それぐらい親身になる?

松蔭 そうですね。まず人間関係ですね。

━━━今のお話を聞いていていかがでしょうか?本当によくしてくれたとか、実際はこうじゃないとか?

桐川 何から話していいかな。

藤崎 うーん...

松蔭 家で考える時間あったでしょうが(笑)、ここに来るまでに。

━━━では話題を少し変えましてなぜ純血四姉妹というユニットを組むことになったのかお伺いしてもよろしいでしょうか?

藤崎 あれは最初四人でお見合いをしたいとか言ってて。チバトリの時に。私たちお見合いしたんですよねみたいな話をしてて、それからなんで作品を作ろうということになったんだかわからないんだけど。

桐川 そうなんだよね。だってその時は三田村さんも私もとか言ってたもんね(笑)。

松蔭 だからその件に関しては卒制とか授業とか関係なく、アフターアワーのレクリエーションとしてどうぞという感じで、オレは介在できないねみたいな感じだったんだよ。

桐川 その時にみんなで先生に言いに行ったよね。私たちお見合いしたいんですって。

藤崎 誰かいい人紹介して下さいって(笑)。でそれを映像に撮るって言って。

桐川 そうそう。本当ノリで始まったみたいな感じだよね。

━━━それがあの卒制の映像作品につながっていくわけですね。あれすごいよく撮れてるなって思いました。

松蔭 あれも初めてなのにね。スキルが上がっていくっていうか、あまり好きな言葉ではないけどモチベーションが完成度に繋がっていくっていうね。映像の編集とか撮影とか初めてだったからね。

藤崎 その辺は迅さんに毎回聞きながら、細かく細かくやっていって。

━━━最初あの映像を見た時に、映像作品作るの初めてだったって聞いてすごいびっくりして、こんなにちゃんとしたものができるんだ、ここまでやってるんだと思いました。

松蔭 しかも普段仕事をしながらだからね。

藤崎 毎回異常なテンションでやってたよね。毎週会ってロケーション行って。

桐川 打ち合わせも授業以外にも何時間もやって。

藤崎 死ぬ程したよね。

桐川 死ぬ程してた(笑)。飲みながら。

藤崎 それで途中恋愛の話ばっかりしてて全然進まなくて(笑)。

古澤 コイバナばっかりして。今もそうだけど。

藤崎 でもその女の子のガールズトークそのものをやりたいって思ってて、作品にしたかったんです。その軽薄さみたいなものをやりたくて、バカバカしいけど怖いみたいな女の子のアートをやりたくてやったんです。

小澤 私たちらしさというか。初めに松蔭さんもおっしゃいましたけど四人女って、端から見ても私たちから見ても何かあるんじゃないのみたいな気がするのに、なぜかタイプが違うからか本当に合ったんですよ四人が。だから四人で作品作りたいっていうのも自然の成りゆきだったというか。だからそれだけ会って毎回熱くしゃべって作ったというのもあったし。

桐川 基本的にみんなこう見えても真面目だから(笑)。やるってなったら本当にみんなやるんだよね。

藤崎 自分たちの作品を作りつつ全く別の世界でという感じで。

━━━今年の卒展で堅田くんとか見ててもちゃんと熱意を持って作品を作ってるなと思います。

松蔭 堅田は放っておいてもできたとも思うんですけど、ただ堅田みたいのはある典型でね。モチベーションとか志は高いんだけど造形力とかフィニッシュに至るまでの最終的な落としこみをどうしていいかわからない。これはもうよくありがちなことだと思う。それを僕たち経験者がどうナビゲートしていくかで、作品が全然違ったものになったりするんですよ。だから堅田くんみたいな人が美学校に来るとたった一年でずば抜けて変わる。2007年度の高田冬彦も僕が受け持った中で最年少の19才で、予備校に通いながら美学校に来るという、それも新しいタイプだったけど、芸大の先端に行くのはいかがなものかと、僕だけじゃなく色んな諸先輩方に言われて、結局造形大学を受験してしかも写真学科。もともと絵を描いていた人間が。だから僕の影響なんだなって責任感じたけど。だから一年僕と関わったこと、僕にも印象深いしそういう学生は。学生たちもそれがきっかけで変わっていくっていうね。こうやってユニットができたりしているわけだし。何もチンポムだけじゃないよっていう。会田くんだけじゃないよっていう。結果僕自身の自信にもつながっていくので。美学校が自分にフィットしているなんて一度も思ったこと無いんだけど、気がつけば一番長く関わってきた人になりつつあるし、居心地が悪いわけじゃないしね。それだけじゃなくてたった一年の付き合いなのに、みんながその後も頑張っているところがうれしいですね。

━━━堅田くんとか四姉妹を見ていて思うのですが、それぞれの個性が出ていて面白いなって思って、キャラと言うと語弊があるかもしれないですけど、一年間の授業ですけど個人の魅力が引き出されているなと修了展を見ていて思います。

松蔭 だってキャラ勝ちでしょ。キャラ大事だよ。

藤崎 でもそれは自分ではわかってなくても授業受けることによって何か発見したりだとか、課題を与えられたりすることによりキャラが段々わかってきたりだとか、人に言われてキャラを作っていくっていうのもあると思うし。

桐川 だって松蔭さんの授業は前半はほとんど自己紹介で、自分が何を持っているのかというのを引き出すというか、それに特化している感じでしたよね。

松蔭 だって人生は自己紹介の連続だもん。気がついたらもう44年生きていてさ、一番書いてるのって自分の名前と電話番号と住所じゃん。何に入会するのでもまずそれ書かないといけないし、一歩横町曲がる、飛行機乗る、そうしたらまた自己紹介をしなきゃいけない、また自分の名前書かないといけない。もうそれは何人たりとも続けざるをえないことじゃない。だったらそれをより面白くやって、この人大した人生じゃないけど語り口が面白いねとかね。それで充分キャラクターというか印象は作れると思うんだよ。

━━━印象に残るって重要ですもんね。

松蔭 そうそう。やっぱり名刺を交換するだけじゃなくて、そこにオリジナリティを持つということは大事ですよね。

━━━松蔭さんは美学校は2003年からでしたっけ?

松蔭 最初は2000年の春なんですよ。2000年の小沢剛くんの「トンチキアート」のサポートで入ったのが最初ですね。ちょうど10年ですね。

━━━最初に美学校に来たときの印象はどういうものでしたか?

松蔭 それも『彷書月刊』に書いてますよ。「時間の止まったような懐かしさ。怪しい香りを漂わせた文人たちのアジトなんて言うことも出来るけれど、もう、最初っから終わっているというか、追いついていないというか」(笑)

藤崎 10年前から(笑)。

松蔭 「いや、はっきり、やっぱりボロいのだ。厚手の大きな合板を白ペンキで塗りたくったのが、五、六枚、同じく合板で作られた直方体の黒箱を並べた足に、デデデーンと乗っけられている。それに絵の具やら、微量の落書きやら、無数の傷だのが刻まれて、年月を感じさせるに充分であり、『ああ、ここには金がないのだな』と、即座に察することが出来る。」(笑)。でもここからだよ、「ただ、雑然としているようで整然として、汚れているようでそうでもない、何故だか、馬鹿がつくほど正直で、無頼な、美しい魂を宿したような空間に感じられるというと大袈裟だが、初見で愛着がわいた(それは十年を過ごした今でも変わらない)。」と書いてますね。いい文章だねこうやって読むと(笑)。

━━━その『彷書月刊』の特集おもしろいですよね。美学校の講師の方々が書かれていて、松蔭さんももちろんそうですし。


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