伊藤桂司さんが講師を務める「テクニック&ピクニック〜視覚表現における創作と着想のトレーニング〜」。講座では、数多くのグラフィックワークやアートディレクションを手掛けてきた桂司さんのもと、さまざまな課題を通じて「創作における技術の獲得(テクニック)と楽しさの探求(ピクニック)」を行います。本稿では、講座を修了した方々に、受講のきっかけ、講座内容、受講をしてみての変化など、「テクニック&ピクニック」での1年間についてお話しいただきました。

写真左から田中日月さん、丸山礼華さん、田中紀衣さん
田中日月(たなか・ひづき)|2025年度修了生。高校卒業後、地元の佐渡島から上京。パレットクラブスクールに通った後、「テクニック&ピクニック」を受講。現在は飲食店でアルバイトをしながら絵・写真・コラージュなどの制作を行う。「テクニック&ピクニック」修了展に際して、初のZINE『ROAD SESXY』を制作。2026年6月に、神保町の老舗画材屋・信画堂でグループ展「シンガドドーン」を企画・開催。instagram@hizuki__illust
丸山礼華(まるやま・あやか)|2024年度修了生。IT系の企業でインハウスのデザイナーとして働きながら、フリーのイラストレーターとして作家活動を行う。2021年度「生涯ドローイングセミナー」を受講したのち「テクニック&ピクニック」を経て、2026年度「絵画部」受講。「HBファイルコンペ Vol.29」藤枝リュウジ特別賞。第1回東京装画賞 学生の部 平和紙業賞。instagram@ayakamaruyama.ill
田中紀衣(たなか・きえ)|2021年度修了生。「デザインソングブックス」「特殊漫画家-前衛の道〜商業漫画と特殊漫画-そのあいだ〜」を修了したのち、「テクニック&ピクニック」受講。現在はアパレル系の企業で会社員をしながら、雑誌のイラストやドラマの絵の監修などを手掛ける。NHK夜ドラ『ミッドナイトタクシー』では、主人公・象子の絵画やシャッターアートなどの監修、制作を担当した。iinstagram@its_kietanaka
美学校を知った/受講のきっかけ
日月 美学校は中学生ぐらいの頃から知ってました。両親がセツ・モードセミナーに通ってて、よくその話を聞いてたんです。僕も東京に行きたいなと思ったんですけど、セツは2017年に閉校してしまって。他に似た学校がないかなって探して見つけたのが、パレットクラブと美学校でした。
上京して1年間パレットクラブに通って、これからどうしようかなと思っていたときに、神田のオルタナティブスペース「手と花」で「日月くんだったら、美学校の伊藤桂司さんのクラスに行ったら楽しいんじゃないか」って言われて。知り合いが「手と花」のオーナーと仲良しで、よくお店に行ってたんです。それでとりあえず授業見学に行ってみたら、見学なのに桂司さんがいろいろ教えてくれるし「来週も来なよ」ってノリで(笑)。当初は他のクラスも見学してみようと思ったんですけど、楽しそうだからここでよくね?と思って受講しました。

丸山 美学校に入る前に桑沢デザイン研究所の夜間部に通ってたんですけど、そのときに「桑沢に行くか美学校に行くか悩んだんだよね」って話している友人がいて、その頃から美学校っていう場所があるんだなって、なんとなく認識していた感じです。桑沢を卒業した後に勤めたのが水道橋にある出版社で、美学校とも近かったので通ってみたいなとは思ったんですけど、当時は経済的な事情であきらめて。でもやっぱり仕事以外で制作できる場所を持ちたいと思って、ちょっと自由がきくようになったタイミングで美学校に入りました。
「テクニック&ピクニック」を受講したのは、コラージュに興味があったのと、やっぱりデザインをしているので、桂司さんと話してみたかったからですね。もともと音楽が好きで、レコードのジャケットとかで桂司さんの仕事は拝見していました。自分が描いているイラストレーションも迷走している感じがしたので、講座に通ったらインスピレーションがわくかもしれないと思って受講しました。

田中 もともと姉が10年近く前に美学校の「デザインソングブックス」に通っていて。大原大二郎さん、宮添浩司さん、本多伸二さんが講師で、デザインにまつわるいろいろな実験を手を動かしてやってみるっていう講座なんですけど。それに「紀衣も行ってみたら?」って言われて受講したのが美学校を知ったきっかけです。
「デザインソングブックス」を修了した後に、根本敬さんの「特殊漫画家-前衛の道〜商業漫画と特殊漫画-そのあいだ〜」を受講したんですけど、そのときに根本さんから「桂司さんのクラスに行きなさい」って助言を受けて「テクニック&ピクニック」を受講しました。美学校に入ったころは、めちゃめちゃ落ち込んでいた時期で、デザソンや根本クラスで、自分が立ち直るきっかけをつくってもらったという感謝があったので、短絡的ですけど根本さんが言うならそうしようと思ったんです。

制作をはじめたのは
丸山 もともと絵を描くのは好きで、美大にも興味はあったんですが、本格的に描いてこなかったので受験せずにあきらめたんです。でもそれがずっと心残りで。一般大に進学したものの、やっぱりものづくりをしたいと思って、大学卒業後に桑沢に入りました。桑沢に通う中でデザインよりもイラストのほうが楽しいなと思って、そこから描き続けている感じです。
日月 昔からマンガの模写とかはしてたんですけど、それはなんとなくの感覚でやっていて。コロナの流行がはじまったタイミングで高校生になって、高校3年間ずっとコロナ期間だったんです。だから、普通の高校生の半分くらいしか学校に行ってない感覚で。みんなゲームばかりしてて、僕もついゲームしちゃうんですけど、他に何かやれることないかなと思ったときに、SNSでイラストレーターの作品を見て、イラストって面白いかもと思って絵を描きはじめました。
田中 絵は小さい頃からずっと描いてました。絵画教室にも通ってたんですけど、受験のための絵はめちゃめちゃ嫌いで、だから逆に落描きしかやってないみたいな感じです。もともと海外のアニメーションが大好きだったから、親に頼んでアメリカの大学に行かせてもらったんですけど、1年通ったところでコロナがはじまって、お金もすっからかんになって帰国することになって。
「自分が本当にやりたいことってなんだったんだろう」って、帰国したときは家族も心配するくらい鬱の底にいました。でもアメリカに今でも仲の良い友だちがいるんですけど、その子はねこぢるの漫画が好きで。その子に教えてもらってねこぢるを知って、そこから『ガロ』に行って、根本さんにたどり着いた感じなので、アメリカに留学しなかったら今ここにいなかったかもしれません。美学校に入ってようやく自分が本当に楽しいと思う絵を描きはじめられるようになりました。

講座で教わったさまざまな「テクニック」
田中 「テクニック&ピクニック」で面白かったのは「インプロビゼーション」ですね。描いた絵を他の人に回して、どんどん絵を描き加えていく。自分がつくったキャラを勝手に暴走族にされたり(笑)。「私の絵のここを抜き取って暴走族にしたんだ」とか、いろんな視点を知れるのが面白かったし、一枚の絵にいろんな人の個性が詰まってるのがすごい良くて。描くものは本当になんでもいいんですよ。文章でも物語でもいいし、色を乗せるだけでもいい。
日月 波長の合う人だと、意外と良い合作になったりもしますよね。逆に、この人が強すぎて全部持ってかれたなってときもあって、そこがまた面白かった。

「インプロビゼーション」授業風景
田中 でもなぜか「ここで完成だ」ってわりとみんなで一致して。「これはこれ以上手を加えなくていいよね」って、みんなが納得するのもすごい面白かったですね。
丸山 私のときはそんな議論はなく、完全にフリーダムでした(笑)。「不自由なドローイング」も面白かったですね。定規だけ使って絵を描くとか。
日月 普段自由に描いてるから、線を引くのがつらすぎて(笑)。でも課題を通じて自分の中の引き出しが増えました。桂司さんは「これが足りない」とかじゃなくて「もうひとつ足したらいいかも」とか、ポジティブな言い方をしますね。「いいと思うよ、これ! 続けたほうがいいんじゃない?」って。授業はその時のバイブスで「これ、来週もやろうか!」みたいな。僕のときはコラージュが楽しすぎて、何週も続きました。学校だし授業だから規律を守ってやるとかじゃなくて、自由。みんなが楽しければ結果的に勉強になるでしょって。

伊藤桂司さんのコラージュ作品
講座では、講師の作品を見せてもらうことも
丸山 その時々のバイブスを大事にしてるから、ライブ感がありますよね。
田中 授業では桂司さんが毎回音楽をかけてくれて。音楽好きの受講生がかけるときもあるし、私は好きなアニメーション作家のDVDを持ち込んで見せたりして。みんな自分が好きなものを持ってきてました。
自分の作風が生まれた課題、作品を一番に見せたい人
田中 今思い出したんですけど、自分の好きなアーティストをひとり選んで、その人になりきって模写をする「インプット・アウトプット」の授業では、桂司さんがひとりひとりきめ細かく指導してましたね。構図とか線のストロークとか、ペンをどういうふうに持ってるかとか、こういうふうなモノの見方をするともっと腕が上がるよって。それが今でもすごい生きてるなって思います。
これは大塚さんという受講生と一緒につくったZINEなんですけど、この絵は私が好きなヴィクター・モスコソっていうアーティストになりきって描いたんです。この作風が生まれたのが自分にとってめちゃくちゃ大きくて。今、作家活動で描いている絵は、この絵が出発点になってます。

1期生の田中紀衣さんと大塚惇騎さんによる合作ZINE
このとき生まれた作風が、後に紀衣さんの個人プロジェクト「Stinchpin」に発展
日月 僕は修了展ではじめてZINEをつくりました。自分で撮った写真が結構たまっていたので、それを使おうと思って。デザインも発注もやったことなかったからまずパソコンを買うところからはじめて。パソコン買ったら金がない!ってなって(笑)。最初はB5ぐらいでつくろうと思ったんですけど、桂司さんに「写真だからデカいのにしなよ」って言われてA4にしました。この写真は横と縦だったんで、どうやって配置しようかなと思って桂司さんに聞いたら「海岸線があるからここでつなげなよ」って言われて。

田中日月さんのZINE『ROAD SEXY』
丸山 コラージュをつくるときも、このデザインカッターがいいとか、のりはこれがいいとか教えてくれましたね。制作しているときに、桂司さんが回って見てくださるんですけど、その人のいいポイントを見つけたら「これ良いから、もうちょっとやってみたら?」とか、伸ばすべき方向性を都度コメントしてくれた印象があります。桂司さんは相手の目線にあわせてくれるんですよね。
日月 僕からしたら、桂司さんは祖父みたいな年の差だけど、どれだけ年や分野が違っても高さをあわせてくれる。だからしゃべりやすいし、何を見せても喜んでくれる。やっぱり優しいんでしょうね。懐も引き出しも深い。いろんな意味で深すぎる人。受講した人は全員そう思うんじゃないかな。
田中 桂司さんは、自分がつくったものを一番最初に見せたいと思える人です。子どもが学校で描いた絵を親に見せるみたいな感じで「見てくださいこれ!」って。桂司さんは、それを素直に受け止めてくれるから、評価うんぬんではなく、まず見せたいって思うんですよね。

授業風景。写真中央が伊藤桂司さん
「テクニック&ピクニック」は心の帰る場所
丸山 「テクニック&ピクニック」は、アナログな作業を無心でできて良い時間だったなって思います。あと、同じ課題をみんなでやるから、それぞれの個性が見えて刺激をもらえました。他の人と比較することで自分はこういう感じなんだなって認識できる機会でもあって。
コラージュの授業を受けてるときに、自分の絵とコラージュを組み合わせたら面白そうだなって思ったんですよ。そのときは実際に試さなかったんですけど、今年個展をするにあたって、油絵とコラージュを組み合わせた作品をつくったんです。「テクニック&ピクニック」を受けたからこそ、そういう変化が生まれたんだと思います。

丸山礼華「酸いも甘いも」(2026)
日月 僕は飲食店でバイトしながら「テクニック&ピクニック」に通ってたんですけど、とにかく人手が足りなくて忙しいんですよ。でもじゃあ絶対に月曜だけは僕にくださいと。それ以外はいくらでもバイトしますからってバイト先に頼み込んで。そんな状況で1週間に1回ここに来ると、授業なんだけどゆるくて、でもみんな真面目にやってるのが心地よくて。みんなとしゃべるのもすごい楽しくて、いい息抜きというか、精神的に楽になりました。しかもテクニックも伸ばせたし。
田中 「デザインソングブックス」で手を動かして楽しみを見つけることを学んで、「特殊漫画家」でとにかく創作し続けて自分をプッシュし続ける「でもやるんだよ精神」を学んだうえで、「テクニック&ピクニック」で自分が本当に楽しいと思うことを考え直すことができました。だから「テクニック&ピクニック」が、美学校で学んできたことのひとつのゴールというか通過地点というか。
アメリカでプロのアニメーターになる夢は諦めたけど、じゃあそもそもなんで自分はアニメーションをやりたかったのか、絵をやりたかったのかって、自分の原点に立ち帰るきっかけにもなりました。自分の心の帰る場所ができたというか。「テクニック&ピクニック」でここまで楽しいと思えることができたから、一回美学校に行かずに自分の力で頑張ってみようと思えたし、自分がやりたいと思うことはこれだ!っていうのを見つけられたので、受講して本当に良かったと思います。

ひとつのことを追求している人も、いろんなことをやりたい人も
丸山 仕事ですでにデザインをやってる人も、あらためてアナログな作業をやっていろんな方向性を探ってみることで、デザインワークにも生きてくるものがあると思います。私自身、仕事ではパソコンでの作業が中心になってしまうのと、デザイン以外のやりとりも発生する中で、どうしても凝り固まってしまう部分があって。「テクニック&ピクニック」では、脳の別の部分を使う感じがして、リフレッシュできたし、初心に帰ることができました。
日月 僕は今もそうなんですけど、好きなものがありすぎて将来どうしようとか、仕事どうしようとか思ってた人間なんで。「テクニック&ピクニック」はそんな自分でも楽しめました。お酒の話でもごはんの話でも、そういう簡単な話からいくらでも話が広がっていくんですよね。方向性が違う人が集まってるので、意外にも話が広げやすいんです。いろんなところから話をキャッチしてくれて、それが楽だし面白い。受講生だけじゃなくて、ゲストもいっぱいくるし、OBOGも来て、自習スペースで作業してる人にも桂司さんが声をかけて一緒に遊び始めたりとか。そういう不思議な縁をつくってくれる場所でしたね。
田中 自分がそうだったんですけど、「漫画家になりたい」とか、ひとつの夢を追いかけてて、逆にいろんなことをやったことない人は「テクニック&ピクニック」を受けてみたほうがいいと思います。自分は絶対こうなるんだと思ってても、いろんなことをやってみたほうがいいと思う。
定規だけで絵を描いたり、コラージュだったり、即興で描くこともあるし、考えてからじっくり描くこともある。見ないで描く、見て描く、本当にいろんな技法をやって、これはちょっと苦手だなって思うものもあれば、これめっちゃやりたいかもって思うものも見つけられた。そうやってひたすらチャレンジできる環境を整えてもらえたのが自分にとって大事だったなと思ってて。
そういう意味では、全然絵を描いたことない人が一番入りやすいかもですね。絵がどうとか考えずに、まずはここで手を動かすことで各々の楽しみを見つけだせるというか。手を動かしたいけど、何をしたらいいかわからないって人がいたら、受けてみるとすごくいいんじゃないかなと思います。
2026年7月29日収録
取材・構成=木村奈緒 写真=皆藤将
テクニック&ピクニック〜視覚表現における創作と着想のトレーニング〜 伊藤桂司 
▷授業日:毎週月曜日 19:00〜22:00
グラフィック、デザイン、イラストレーション、美術などの創作における技術の獲得(テクニック)と楽しさの探求(ピクニック)を目的として、シンプルながら多様なアプローチを試みていきます。