人はなぜ音楽理論を勉強するのか…
それは勉強しないと分からない&作れない『良い曲』があるからであります!
ということでコード分析第二回目お届けします。今回はChillwaveシーンの旗手、Toro y Moiの楽曲から、先日リリースされた新作『Anything In Return』収録の”Day One“を分析!
Chillwaveというと、WashedoutやNeon Indeian等に代表される、シューゲイザー的な分厚いリバーブとキラキラしたシンセによるドリーミーなサウンドが特徴ですね。
これらの楽曲を音楽理論の観点から見ると、インディロック的なシンプルな和声進行が目立ち、ドレミで難しい事をやっている作品はそれほど多くありません。和声情報がシンプルだからこそ、ドリーミーな音像が際立つという訳ですね。
そうしたサウンドにあって、Toro y Moiは黒人音楽的なアプローチを巧みに取り入れている希有なミュージシャンだと言えるでしょう。フロア仕様の太いビートもそうですが、やはりそのコードワークに黒人音楽のDNAを感じることが出来ます。特に新作では、ドリーミーな音像に90年代R&B的なクールな和声を大胆に導入し、より黒人音楽的なサウンドに接近。新たなフェーズに進んだ事を証明しました。
そんなToro y Moiの曲、楽理的にどのような旨味があるのか?いよいよ分析に入っていきましょう!
いざ耳コピ&分析!
今回の楽曲のポイントはずばり『半音関係の響き』です。
半音というのは、鍵盤におけるすぐ隣り合う音同士のことであります。
前回のPerfumeの分析の際も『一音の違いが響きの色彩を変化させる』という事に注目しましたが、今回もまた一音の微妙な変化によって、繊細な変化を生み出している点に注目していきます。
ということで、半音の動きに注意して、イントロから音を聴き取っていきましょう。動画の開始〜26秒付近を境とした音の響きの変化に注目して聴いてみてください。
はいっ、どうでしょう。26秒の前後で、少しだけ感じが変わったのが聴き取れたでしょうか。この変化を決定づけるのは何でしょうか?
手元に鍵盤をご用意して、音で確認してみましょう。
26秒まではこう。
鍵盤の『ド』の部分が、半音でぶつかっているのが分かりますね。
半音同士のぶつかりは、往々にして強い緊張感を生み、古典的な作曲においてはしばしば禁則事項(註1)とされたりします。が、現代のポップスにおいては、そんな刺激も良い感じのスパイス。上手く使えば、何となくお洒落な雰囲気を醸し出すことができます。
で、そうした緊張感あるサウンドから、26秒以降はこうなるんですね。
『レ』のフラットの音が、半音上にずり上がりました!この移動が、響きの変化を決定付けているのです。
たった一音の違いと侮るなかれ。この一音の移動により、曲のスケールが変わってしまうのです。大げさに言うと、ほんの少しだけ『転調』(註2)したんですね。
転調というと、ダイナミックな曲調の変化を連想しがちですが、わずかな音のずらしにより、このような繊細な色彩の違いを演出出来るのです!
26秒までは、シンプルな『Fマイナー』もしくは『Cフリジアン』のムードが楽曲を支配しますが、一音の移動により、26秒以降は『Fドリアン』のムードが楽曲を彩ります。
このような響きの妙は、『こう聴くのが正解』という答えはありません。聴く人によって、微妙に容貌を変えながら立ち現れてくる…そんな多層的なサウンドが、クールな和声の魅力を支えていると言えましょう。
コード進行
[パート1]♭DM7(omit5)/F=Fm(♭13) Cm/F=Fm7(9) ♭DM7(omit5)/F Fm7
[パート2]
♭DM7(omit5)/F=Fm(♭13) Cm/F=Fm7(9)
「 Fm7 Gm/F Cm/F ♭B/F」×2
(パート2’はFm7 ♭B/F Cm7/F ♭B/F)
♭A/B Cm7(9) [パート3]『(Gm) Cm7(9) ♭DM7 Fm7(9) ×3 Cm7(9) ♭DM7 Fm7 Fm7/B B/C』×2 [パート4]Fm7 Cm7 ♭DM7 ♭A(13)
♭A(13) Gm(♭13) Cm7(9) ♭Bm7 ♭D/♭E Fm7 Gm7 Cm7(9)
Fm7 Gm7 Cm7(9) Fm7 Gm7 Cm7(9) Fm7 ♭AM7 ♭Bm7 ♭D/♭E
Fm7 Gm7 Cm7(9) [パート3繰り返し] [パート5]Cm7(9) F/G G7(♭9) Cm7(9) F F/G G7(♭9)Cm7(9) F/G G7(♭9)Cm7(9) Dm7 F/G G7(♭9)
を回数ループ、ブレイクの後パート4の二行目から最後まで
まとめ
今回は特に微細な音の変化に注目して、Toro y Moiの楽曲を扱ってみました。
同じようなジャンルで活躍しているミュージシャン同士でも、和声進行によってミュージシャンの出自が見えてくるのは面白いですよね。この人はロック寄り、この人はブラックミュージック上がり、というように、ざっくりではあっても、確実に好みは反映されるもの。皆さんも、自分がグッとくる和声を分析してみると、新たな気付きがあるかもしれませんよ。
(註1) 半音でのぶつかりを禁則とした上で、ボイシングをセパレートする行為がなされます。例を挙げると、C7(♯9)の様にテンションを上に持っていく事によって特徴がでるコードもあり、コード成分が同じでもCm7(♭11)は機能およびサウンド的にも異なります。
(註2) 2コードを提示しないとスケールをアイデンティファイ出来ないので、正確には「♭DM7(omit5)/F=Fm(♭13) Cm/F=Fm7(9)」と「 Fm7 Gm/F Cm/F ♭B/F」を提示する必要があります。
テキスト:yuichi NAGAO
耳コピ&分析協力:菅野寿夫
▷授業日:隔週水曜日 19:00〜21:30
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