戦前からの町並みが残り、古書店街として知られる神田・神保町は、老舗中古レコード店のメッカでもある。2013年3月3日、DJ KENSEIをホストに、神保町のレコード屋を巡る『サウンド・リサイクリング・ツアー』が決行された。
ツアーのルールはいたってシンプル。『予算¥1.000以内で自由にレコードを購入する』ということだ。高価なレア盤を買うのではなく、ゴミとして埋もれたヴァイナルの山から如何に面白い音源を掘り当てられるかが、今回のツアーの焦点となる。
ディグのテーマは『80’sサウンド 』。AOR、フュージョン、ブラコン、シンセポップetc…ざっくりとしたテーマ設定であるが、近年勃興している80’sサウンドのローファイ化とも言えるさまざまなサウンドの潮流の中で、再び『使える音』として顧みられる機会の増えたこれらの音源を探っていく。
今回のレコードツアーにおいて、大きなインスピレーションとなったのは、06年にL.Aのネットラジオ『dublab』によって企画された『Second Hand Sureshots』だ。
この『Second Hand Sureshots』は、Ras.G、Daedelus、J.Rocc、Nobodyら、L.Aシーンを代表する4人のビートメーカーに5ドルの予算で好きなレコードを購入してもらい、その音源のみを使って、各自がビートを制作していくというものだ。古い音源を掘り当てて、現在の創作に生かしていくという『サウンド・リサイクル』を大きなテーマとしたこの企画は、本校のレクチャーでもおなじみの音楽ジャーナリスト・原雅明氏が日本に積極的に紹介してくれている。興味の湧いた方は是非全編を視聴してみて欲しい。
話をL.Aから神保町に戻そう。今回の神保町ツアーの参加者は、本家L.Aのように、必ずしもビート・メーカーや、ハードコアなレコード・ディガーのみを対象とするものではない。今までレコードに触れたことがない人も参加対象として門戸を開いている。そうした人たちが『目利き』としてのKENSEI氏らと共にディグを体験することで、その知識やスキルを共有してほしいという狙いがあったのだ。
今回は、DJ KENSEI氏に加え、原雅明氏、Cofee & CIgarets BandではKENSEI氏の相方でもあるDJ Sagaraxx氏、そして本校講師の岸野雄一氏の4名をツアーのホストに迎え、参加者をエスコートしてもらった。
以下、ツアーの様子を、フォトレポートでお届けしよう。
▶美学校に集合した参加者たち。
▶この日配布されたレコード屋マップ。これを『遠足のしおり』代わりに、神保町を巡っていく。
▶まさに遠足状態!
▶いざスタート
▶狭い店内にひしめき合う参加者たち。
▶大勢で押し掛けてすみません&ご協力多謝!!
▶岸野雄一氏は、テーマの¥1.000しばりの音源を早々に購入すると、さっそく個人的買い物を満喫。まさに生粋のヴァイナル・ジャンキーである。
▶KENSEI氏に相談しながら音源を探していく。
▶ビートメーカーからは、関西の注目レーベル”Day Tripper Records”所属の新鋭、Oggiyが特別参加。
▶DJ KENSEI&DJ Sagaraxx
▶ツアー終了後は、美学校にてアフターパーティとワークショップを実施。鍋を突きながら、リラックスしたムードで一人一人が購入した音源をプレイしていく。
▶今回初めてターンテーブルに触れるという参加者も。
▶DJ KENSEIとDJ Sagaraxxによる即興ビートメイキングが開始。KENSEI氏のディレクションで、ableton LIVEセッションビューにどんどんネタが取り込まれていく。
▶Oggiyも自分の購入した音源を使いビートメイクを行ってくれた。
▶参加者全員でハンドクラップを録音。これもまさに一期一会で生まれた音ネタである。
▶二人のスムースなワークフロウに見入る参加者たち。
************************
神保町レコードツアーは大成功のうちに幕を閉じた。
正直に白状すると、イベントの当事者である僕自身、近年はフィジカルで音源を購入する機会が激減してきていた。オンラインでの買い物に慣れすぎてしまい、『店舗へ通って音源を掘る』というそれまで当たり前だったライフスタイルが億劫なものになってしまっていたのである(便利さに慣れるということはかくも恐ろしい…)。
だからこそ、僕にとっても今回のツアーは懐かしくも新鮮な体験となったのである。その体験を通して、『フィジカルでしか聴けない面白い音源はまだまだ山ほど埋もれている』という、当たり前の事実を改めて再確認したのだった。
この当たり前の事実が、オンラインであらゆることが完結してしまう現在ではやや見えづらくなっているのではないかと思う。もちろん、SoundCloudやBandCampにあふれる同時代の刺激的な音楽を掘ったり、youtubeなどにアップされた膨大な音源リンクを辿る行為は、現代的なディグの形であり、創造的な営みである事は疑いようが無い。それはそれとして、まだまだ山のように埋もれているデータベース化されていない過去の遺産の価値も、忘れ去られるにはあまりにも惜しい。
レコードは、音を物理的にミゾとして刻みこんで残すという、いわば『音の歴史』のカタチそのものである。レコードという『モノ』を媒介に、自分と無関係に思える過去の歴史を、今現在に接続することができる。ちょうど石に刻まれた古代人の象形文字を読み解くように。そうしたある種フェティッシュな魅力をも伴うレコードから音の歴史を掘り当てることで、同時代のコミュニケーションだけでは見えてこない発見があるだろう。それは21世紀の現在に創作を行うアーティストにとって、非常にクリエイティブな試みではないだろうか。
text : yuichi NAGAO