「意志を強くする時~漫画の作話精神論〜」は、漫画における「作話」に主眼を置いた講座です。講師は『アマゾネス・キス』『るなしい』などの作品で話題を集める漫画家の意志強ナツ子さん。本講座では、「白目をむくほど面白い」物語をつくるための精神論を学びながら、実践的なトレーニングを積んでいきます。インタビューでは、意志強さんの幼少期の話から、漫画家としてのデビューに至るまでの道のり、講座の内容などについてお話しいただきました。
意志強ナツ子(いしつよ・なつこ)|1985年山形生まれ。日本大学芸術学部美術学科彫刻コース中退後、Academy of Fine Arts, Pragueコンセプチュアルメディア学科(Prof.Milos Sejn)入学。同アカデミー、インターメディア学科(Prof.Tomas Vanek)修士課程卒業。2010年第9回漫画アクション選外奨励賞受賞。2014年リイド社トーチwebにて『女神』が掲載され商業デビュー。代表作に『魔術師A』『アマゾネス・キス』『黒真珠そだち』『るなしい』など。
漫画に親しんだ幼少期
意志強 出身は山形県です。山に囲まれていて、自然も豊かな場所でしたが、その分サブカルチャーの文化はよく知らないままに育ちました。母がピアノの先生だったので、音楽や芸術にはすごく寛容な家庭でした。私は絵を描くのも漫画を読むのも好きで、小学校低学年の頃は『ちゃお』を、その後は『別冊マーガレット』を読んでいました。『ちゃお』では『こっちむいて!みい子』(おのえりこ)、『とんでぶーりん』(池田多恵子)、『水色時代』(やぶうち優)とかが好きでした。『別冊マーガレット』では『恋愛カタログ』(永田正実)とかですね。よくいる少女漫画好きの子どもでした。
小学5年生ぐらいから漫画を描きはじめたんですが、そのとき描いていたのも本当に普通の少女漫画です。多感な時期だったので、キスシーンを描きたくてしょうがないんですよ。キスシーンが描ければ満足してその話は終わりって感じでした。すごく漠然と「漫画家になりたいなー」ぐらいのことは思っていましたが、漫画家になるって芸能人になるみたいなことというか、あまりにもキラキラした夢すぎて、 そこまで本気で思ってなかったです。
美大を2年で中退して、チェコへ
意志強 高校1年頃までは、オタクとして『NARUTO -ナルト-』(岸本斉史)の2次創作とかをしていたんですけど、初めて彼氏ができたときに漫画を描くのを辞めたんです。陰キャっぽい行動が恥ずかしくなっちゃって。高校2年生からは、ほとんど漫画を描かなくなりましたが、美大志望だったので、美術部には入っていました。高校卒業後は山形を出て、日本大学芸術学部の彫刻コースに進学しました。それまで絵が好きで絵を描いてきたはずなんですけど、絵画は倍率が高すぎてちょっと無理な感じがして、立体をやってみようと思ったんです。
ただ、その大学も2年生のときに中退しました。というのも、海外留学経験のある友だちに留学を勧められて、すぐに留学しようと決めたからです。当時はまだ子どもで、だからこそ後先考えずにできた行動だと思います。ヤン・シュヴァンクマイエルが好きだったので、彼の出身国であるチェコに留学することに決め、大学はその時点で辞めてしまいました。留学前にまずは旅行でチェコに行ったんですけど、日本人がやっている民宿で「悪いことは言わないから、今からでも中退は撤回したほうがいい」と言われたり、周囲の大人たちには止められましたね。
留学の手続きは結構大変でした。当時はチェコへの留学をサポートするあっせん会社もなくて、ビザも自分で取らなきゃいけなかったんです。ビザを取るためのマニュアルもないので、全部自分で調べてやりましたね。チェコに行ったらまずは語学学校に入って1年間語学を勉強しながら美大を受験しました。チェコに行ったはいいけど、美大に入れるかどうかは分からなかったんですよ。しかも結構倍率が高い大学で、チェコ人でも落ちると言われていて。結果的に合格したので良かったですが。
コンセプチュアルアートを学ぶ
意志強 チェコの美大ではコンセプチュアルアートを専攻していました。受験にあたって何も知らないから、とりあえず彫刻コースの教授のスタジオを希望したんですけど、受かったのはなぜかコンセプチュアルアートの学科だったんです。チェコの美大は、学校に来て作業する人もいれば、月に1、2回教授に作品を見せに来るだけの人もいっぱいいました。特に課題があるわけではなく、ほとんど自由制作という感じです。
ただ、私は制作があまりうまくいってなかったので、教授にテーマを与えてもらって制作したりしていました。日本の美大で彫刻をやっていたときから強化プラスチックの素材をよく使っていたので、チェコでもそれを使ってオブジェを作ったりしていましたね。3、4年生のときには、大学が提携しているフィンランドの大学に通って、パフォーマンスアートを学びました。そこで形のない芸術に触れたことがきっかけでやりたいことが定まっていった感じですかね。その後、卒業制作に向けて考えを深めていく中で、ドローイングや絵、本を制作していくようになりました。
チェコの美大で学んだことのひとつは、教授は学生のことを「生徒」として優秀かどうかではなく、良い「作家」かどうかを常に見ていたということです。私は在学中そのことに気づかなくて、良い生徒になろうと頑張ってたんですけど、あとから「あ、そういうことじゃないんだな」って気づいて。芸術家を育てているわけですからね。1年生のときから、学生でも良い芸術家は良い芸術家なんです。そういう子は学校になんか全然来なくても、評価はすごく高かったです。あと、チェコで学んだ美学──美意識とも言えますが──は、今も自分の礎になっている感じがあります。
「漫画をやるしかない」
意志強 チェコの美大は大学院までぶっ続けで、基本的に6年制なんです。私はもう少し早く卒業したいと言って5年で卒業しました。入学したのが21歳ぐらいだから、6年いると卒業するときには27、8歳になっちゃうんですよ。そもそも私が入学したときに、周りの同級生は就職しているんですよね。チェコの美大を卒業後、日本の企業に就職しようと思っても、新卒扱いになるのかわからない。将来私はどうするんだろう、と。そういう未来も覚悟の上で日本を出てきたはずなのに、いざそうなると今の自分がすごく情けなくなってしまったんです。就職もせず、 学生とはいえゆったりした時間の中でダラダラと制作している自分が情けなくて。
じゃあ、自分が人よりも長くやってきたことってなんだろうと考えたときに浮かんだのが漫画でした。今の歳から新しいことをはじめるのは無理だから、本格的に漫画家を目指してみようと決めたんです。「自分はもう漫画をやるしかない」って。そこから、漫画の賞に応募したり、一時帰国のときに出版社を回ったりしはじめました。東京に家もないので、予約をとって1日で何社も回りましたが、最初の方はほとんどダメでした。漫画家になるって、私にとっては就職活動のようなものじゃないですか。だから、 編集者に漫画を見せに行く前に実家に電話をして、 お父さんに「今から頑張ってくるね」みたいなことを言って。ダメだったときは号泣しながら「今日もダメだった」ってまた親に電話をして。持ち込みに行く前は、神社に必ずお参りして。それはもう必死でした。
ようやく1社だけ担当がついてくれたんですけど、そこではボツ続きで……。創作のストーリーを書いてはボツになるので、チェコの留学エッセイはどうかと言われてネームを描いたんですけど、最終的には1巻ぶんのネームをと言われて、これは無理かもしれないな、と。希望を持って頑張ってはいたんですが、デビューできたとしてもすごく不本意な形になるかもしれないと思いました。それで、他の出版社にも当たってみようと思い、持ち込んだのがトーチでした。コミティアの出張編集部に同人誌を持っていったのがきっかけで、トーチでのデビューにつながったんです。
物語をつくる面白さに目覚める
意志強 デビュー作は『女神』です。デビューしたのが2014年11月26日なんですけど、日雇いで派遣された軽作業系のバイトの休憩中に、トーチwebで漫画が更新されたのを見た覚えがありますね。
2010年に漫画アクション選外奨励賞を受賞しているんですけど、『女神』はそのときの受賞作の「型」を利用して描いたんです。賞を受賞するまで、自分の描く話の中でどれが面白いのか分からなかったんですが、受賞したことで成功体験がひとつできたんですね。受賞後はしばらくうまくいかなかったんですけど、あのときの型をもう一回使ってみようと思ってやったらまた成功した。それで、この型はいいんだろうなとなって、その型を少しずつアレンジしながら『KEBAB』『まこちゃん式画塾』と描いていきました。自分だけの型を発明できて、しかもそれを進化させられたことで、物語をつくる面白さにハマっていく感じがありました。
『まこちゃん式画塾』を描いたあとスランプに陥って、1年かけてようやく発表できたのが『コリコリ屋さん』でした。なんとか出さないとと思って出したけど、あまり納得はいっていなかったです。その後、今の旦那となる人と付き合うことになるんですが、その時に「恋愛をしたことで漫画が描けなくなってしまうかもしれない」という恐怖がありました。そこで、恋愛をしていても、私は超面白い漫画を描かなきゃいけないんだと思って描いたのが『魔術師A』です。今日までの自分の作品の中で一番お気に入りなのが『魔術師A』なんですよ。『魔術師A』を描けたことで、恋愛にもどんな誘惑にも負けずに面白い漫画が描けるという自信がつきました。
長期戦と短期戦の課題を行き来する「意志を強くする時」
意志強 美学校での講座の話をいただいたときは、びっくりしました。もともと、2019年に一度セミナーを主催したことがあったんです。それが「意志を強くする時」というセミナーで、この講座の元になっています。自分でオーガナイズするよりは、どこかに半分所属するような形で定期的に講座を持ってみたかったので「本当にいいの!?」という感じでした。講師という職業にも興味がありました。勉強する姿勢って、人それぞれ違うじゃないですか。その差を間近で見るのが楽しいし、好きなんですよね。
講座のカリキュラムは、講座を開催するにあたって考えたものです。まず講座内で「30分作話」というものをやります。 私がお題を出すので、30分でオチまでつけた話を書きます。「どうしよう、どうしよう」と急いでグーッと考えることで、瞬発的に物語を考える力を高めていきます。もうひとつ「1年作話」という、1年かけてじっくり物語を練る課題もあって、 毎月プロット(文章による筋立て)を提出してもらいます。提出してもらったものを授業で講評し、残りの時間で「30分作話」をする感じですね。長期戦で挑む課題と短期戦で挑む課題を行き来しながらやっていきます。
これまでに出した「30分作話」のお題は、例えば「自分の敵が勝つ話」とか「象徴を絶対に使う」とかですかね。「象徴を絶対に使う」は、花がボトッと落ちるとか、何かを象徴しているモノやアイテムを使ってそれを軸にお話を考えるというお題です。でも、お題は考えるきっかけになれば良くて、お題通りに書かなくても全然良いんですよ。お題はあくまで面白い話を書くためのものなので。
あと、「30分作話」は取りかかる前に、最近の自分のトピックを考えてもらうんです。最近自分はこんなことを考えてるなとか、何か関心があるニュースがあったらそれについてとか、人生でずっと考え続けてることとか、そういうトピックって何かしらあると思うんですけど、そのトピックと私が出したお題を絡ませるんです。私が出したお題だけではストーリーにならないので、そこに自分を乗せるためにトピックをまず考えるんですね。話を考えるときに「私はいつもこのパターンになっちゃうな」と思うことって結構あると思うんですけど、「30分作話」は外部からお題が与えられることで「自分っぽくない」ものが思いつけたりするんです。
「1年作話」は、まずプロットの時点で何度も直して、プロットがオッケーになったらネームにしていきます。ネームからまた少し直す人もいれば、そのまま載る人もいますね。はじめて漫画を描く人と、漫画を描き慣れている人とではやっぱり差があるので、一人ひとりに合わせて完成させます。 「1年作話」で完成させたネームは『合同誌』としてまとめて修了即売会で販売します。
プロットの時点で修正を重ねるのは、私が絵ではなくストーリーの部分を漫画だと思っているからなんですね。こんなこと言ったらあれですけど、私は漫画を読むときに絵はどうでもいいと思ってて、絵が下手でも面白ければそれでいいんです。だから講座では、「ここのセリフはこうしたほうがいいね」といった細かいことではなく、「これが本当に言いたいことなのか?」といった根本的なところを受講生に問うことが多いです。禅問答のように問答してほしくて、その問答相手として私がいる感じです。
あと、講座ではトーチwebの編集長である中川敦さんをゲスト講師としてお招きしています。去年は、中川さんが「漫画家として描き続けていくためには」という内容の講義をしてくれて、それがすごく良かったですね。講義のあとには「1年作話」の講評もしてくれます。編集者の人の話を聞いて、直接講評をしてもらう機会はなかなかないので、これもこの講座の売りですね。
漫画は「意志の強さ」が必要
意志強 講座では、私も受講生と一緒に「30分作話」と「1年作話」に取り組んでいます。漫画の面白さに関して受講生と張り合うことはないですが、苦労は私が一番しなきゃいけないと思ってるんです。私が受講生よりも悩まなきゃいけないって。私より受講生のほうが頑張っているかもと思うと、私ももっと苦労しなきゃって気持ちになりますね。そこが講座名にもある精神論であり根性論になってくるんですけど。
講座をやっていて面白いのは、その期ごとにみんなで話しているアイディアとかテーマが同じになってくるというか、流行りが生まれる感じがあるんですね。私を含む全員が共有する「脳みそ」みたいなものがあって、その中に入っているキーワードは共有のものだからみんなが自由に使っていい、みたいな。それぞれがお互いの影響を受けあって、Aさんの作品がBさんぽくなったり、そういうことが起こるんです。パクリだからやめたほうがいいということは全然なくて、むしろすごくいいことだと思っています。
漫画を描くときに、これまで私は長編の1話目を描く気持ちでやってたんですよ。というのも、読み切りはデビュー前に散々描いてきたし、商業漫画家として大事になるのは連載を続ける能力じゃないですか。講座にも商業作家としてなかなか芽が出なくて悩んでいる受講生が来たりするので、面白い長編の1話目を描けるようにと思って授業をやってきたんです。それも必要なことですが、来期は本当に秀逸なショート(短編)を描くことをみんなでやりたいなと思っています。物語を膨らませるよりも、瞬間の切り取りをやりたいなって。
そう思ったのは「プレバト!!」というバラエティ番組がきっかけなんですよ。芸能人が俳句の点数を競い合うような番組なんですけど、 それを見ていて、俳句ってただその瞬間に見た景色を描く世界だなと思ったんです。私がそのときどう思ったかとか、心情は排して今見えているものを描く。漫画では、時間の経過や感情を描くことが推奨されますが、確かに漫画にも俳句や詩のような要素も必要だなと思っていて。例えば、ショートストーリーを描きましょうとなると、私もやりがちなんですけど、ストーリーの中で日をまたいじゃうんですよ。話の展開に「3年後」とかを多用しちゃう。それを封じてみたいなと思っているんです。1時間の間で起こっていることを描くとか、そういうミニマムな方向に行ってみたいという感覚が今はありますね。
私、自分に「意志強ナツ子」って名前をつけてるじゃないですか。漫画家を目指しはじめた24、25歳の頃に本当に意志が強くなりたくてつけた名前なんですけど。漫画は特に意志の強さが必要なものだと思うんですよ。なぜなら、漫画ってほとんどの作業が面倒くさいんです。その面倒くさい作業を乗り越えたときの自分になるために漫画家をやっている感じですね。「意志の強い自分になれた!」っていう感情のために漫画を仕上げる。「原稿面倒くさいけどやるぞ」「ネーム直すぞ」みたいな。私も受講生と一緒に次に描きたい漫画を考えているので、白目をむくぐらい面白い話をつくりたい人はぜひ参加してください。
2023年10月27日収録
取材・構成=木村奈緒 写真=皆藤将
授業見学お申込みフォーム
授業見学をご希望の方は以下のフォームに必要事項を入力し送信してください。担当者より日程等のご案内のメールをお送りいたします。
*ご入力いただいたお客様の個人情報は、お客様の許可なく第三者に提供、開示することはいたしません。
*システム不具合によりフォームが正しく表示されない場合がございます。その場合はお手数ですが、美学校事務局までメールか電話でお申込みください。
*フォーム送信後3日以内に事務局から返信のメールが届かなかった場合は、フォームが送信できていない可能性がありますので、お手数ですが美学校事務局までご連絡ください。
▷授業日:毎月第三水曜日(4月は第三日曜日/年間12回)12:00〜16:00
漫画づくりにおいて、私は作話の工程をもっとも重視しています。「白目をむくほど面白い」物語はどうやったら作れるのか?おそらくそれは、精神論がないと辿り着けない場所にあるんじゃないかと思っています。この講座は、作話理論と同じくらい精神論を大切にしていく漫画の作話講座です。