「絵画部」講師・小西真奈インタビュー

2025年度10月期より新規開講する「絵画部」(講師・小西真奈)。本講座では、油彩画の制作と対話をとおして「それぞれの絵をどう面白く展開していくか」を探っていきます。日本の美術予備校に馴染めず、アメリカに渡り絵を学んだ小西さん。大学院時代の恩師は、けしてダメ出しをせず、一人ひとりの絵に向き合ってくれたと言います。府中市美術館での個展も記憶に新しい小西さんに、絵を描き続けてきたこれまでの日々について聞きました。

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小西真奈(こにし・まな)|1968年東京都生まれ、在住。1993年アメリカ・ワシントンD.C.の美術大学コーコラン・スクール・オブ・アート卒業。メリーランド・インスティテュート・カレッジ・オブ・アートに進学し、グレース・ハーティガンの指導を受ける(1996年修了)。2000年に帰国した後、2006年に「VOCA賞」受賞。主な個展に「小西真奈 Wherever」(2024〜2025年、府中市美術館)「Gardens」(2024年、上野の森美術館ギャラリー)など。https://konishimanainfo.com/

美学校に通っていた母

小西 私が子どもの頃、母が美学校の「石版画(リトグラフ)工房」に通っていたんです。父と祖父も版画をやっていて、版画家仲間たちとのバーベキューに私も参加して、鍋田さん(「造形基礎Ⅰ」講師)に遊んでもらったりしていました。ただ、母が通っていたときは、私は美学校には来ていないですね。顔を出すようになったのは、家族で引っ越したアメリカから一人で日本に戻ってきてからです。知り合いがいないから美学校に行って、鍋田さんのクラスが終わる頃に顔を出して飲み会だけ参加して帰る(笑)。久住卓也さん(漫画家・絵本作家、「シルクスクリーン工房」修了)とも仲良くなって、今でも友人です。

 アメリカには、高校3年生の途中で行きました。現地の高校に入ったんだけど、英語が全然できなくて。これでは絶対卒業できないと思って、自分だけ帰国して休学していた日本の高校を1年遅れで卒業しました。その頃やりたいことと言えば、絵を描くことぐらいだったので、美大への進学を考えたんですが、美術予備校が楽しくなくて。絵を描くことは子どもの頃から好きだったんですが、狭くてぎゅうぎゅうの中で場所取りをして石膏デッサンをするのは苦痛でした。

 相変わらず英語は苦手だったけど、まだアメリカに家族もいるし、向こうの学校の入学試験はデッサンではなくポートフォリオと面接だと知って、それならアメリカで絵を学ぼうと思って再び渡米しました。地元のコミュニティ・カレッジで英語を勉強しながら、ポートフォリオをつくるために誰でも通えるドローイングのクラスを取ったんですが、そこではモデルが来てくれてすごく楽しかったんです。手元を見ないで30秒で描くとか、いろんなことを教えてもらって、どれも楽しかったし役立ちました。

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アメリカで絵を学ぶ

小西 進学したコーコラン・スクール・オブ・アートでは、1年目はデザインや写真など、ひととおり課題が出ました。あと、選択授業があって、確かそこで油彩のクラスを取ったのかな。油彩は子どもの頃に、親に「試してみれば」と言われて描いたことはあったけど、そのときは扱い方がわからなくて好きになれませんでした。でも、コーコランで先生に教わって描いてみたら楽しくて、自分に向いていると思ったんです。

 当時大変だったのは、アートヒストリーとか、レポートを書かなきゃいけない授業ですね。まだ英語が苦手だったから毎回すごく苦労しました。それでも先生が自宅に招いてくれたりして、なかなか楽しかったです。4年生になると自分のスタジオをもらって卒業制作に向けて、ポートレートのシリーズを描いていました。その頃は人物を見て描きたいという気持ちが強かったので、セルフポートレートを描いたり、友だちにスタジオに来てもらったりして描いていました。

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 コーコランを卒業した後は、アルバイトをしながら大学院を目指しました。大学を出たところで、なんの仕事に就いたらいいかわからなかったし、まだ絵も描きたかったんです。いきなりニューヨークで一人暮らしをするのはちょっとハードルが高いなと思って、ボルティモアにあるメリーランド・インスティテュート・カレッジ・オブ・アートを目指すことにしました。ボルティモアは実家のあるワシントンD.C.とも近いし、学校としても歴史があって評判が良かったんです。

 指導教官として志望したグレース・ハーティガンは、抽象画で注目された作家なので、私が描いている絵にはあまり興味を持ってもらえないかもと思ったんですが、運良くグレースのクラスに入ることができました。後から知ったんですが、グレースは自分と同じようなものではなく、違うものを目指している学生を選んでいたそうです。

 大学院では自分専用のスタジオが用意されていて、24時間いつでも使うことができました。グレースは、1週間に一度学生のスタジオを回って「前よりもこの辺が良くなったね」といった感じで、描いたものにフィードバックをくれました。ビジティング・アーティストと言って、毎年一人グレース以外のアーティストが来ていて、その人からもフィードバックをもらうことができました。何より、先生たちが学生をアーティスト扱いしてくれるのが嬉しかったですね。「私、アーティストなんだ」って思えました。

日本に戻って/出産、コロナを経て

小西 大学院の修了制作ではセルフポートレートを描いて、修了後も4年ほどアメリカで過ごしました。コーコラン時代の先生の手伝いをしたり、壁塗りのバイトをしたりして生活しながら、同じ学校の卒業生が借りていたビルの一室をスタジオとして借りて制作をしていました。ただ、アメリカは日本のように貸しギャラリーもないし、どうやって絵を仕事にしていったらいいかわからなかったですね。

 本当は日本に帰国するつもりはなかったんですが、アメリカでちゃんとした仕事のアテが見つからないのと、永住権を申請するための条件が整わなかったのとで、仕方なく日本に戻ることにしました。2000年のことです。とはいえ、日本に戻ったら戻ったで、わりと楽しく過ごしていたと思います。知り合いの改造した自宅で展示をさせてもらったり、オペラシティのプロジェクトやVOCAに推薦してもらえたり。あるとき、墨田区の下町を散歩していて見つけた空き家を安く借りられたのもラッキーでした。結局そこで7年ぐらい暮らしました。

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  2010年に息子を出産したのを機に、多摩地域に引っ越したんですが、当時はこのまま絵が描けなくなっちゃうんじゃないかと思いました。子育てで体力も吸い取られるし、時間も全然ないしで絵が描けなくて。少し落ち着いて描けるようになったのは、子どもが幼稚園に入ってからです。それまで24時間子どもと一緒だったのが、一人になれる時間が生まれて、それがものすごく新鮮でした。

  2020年にコロナが流行ったときも、一時は絵を描く気力を失いかけました。息子の学校も休校になっちゃうし、描いたところで見せる機会もないし、全体的に気力がなくなってしまって。一方で、私以外の人も同じ状況なんだから、いったん落ち着こうと思えたというか、変に焦らずにいられました。少しずつ描きはじめたときも、それまで以上に、他人にどう思われるかじゃなくて、自分が見たい絵を描けばいいやと思えましたね。どんな状況であっても絵を描くことはずっと続けています。

絵を描き、話す「絵画部」

小西 「美学校で講座をやりませんか」と言われたとき、最初は「知り合いだから頼まれたのかな? それだったら断ろう」と思いました(笑)。でも実際はそうじゃなくて、アーティストとして迎えてくれていると分かって嬉しかったですね。それなら自分に何ができるのか真剣に考えてみようと思いました。

 講座では、その人の描いてる絵を見て私がどう思うかとか、その人がやりたいことを一緒に探っていきたいと思っています。私自身が、大学院でグレースとそういうやりとりをしてきて、それが今でもすごく役に立っていると感じているからです。グレースがそうでしたが、基本は先生と生徒の一対一で、誰かと比べたりはしません。アートって、人と比べてどうのっていうものじゃなくて、一人ひとりやり方があるものだから。私も自己流でやっているだけだし、私のやり方を押し付けるわけではありません。

 もちろん、他人の作品を見て刺激を受けるのはいいと思うんです。比べるんじゃなくて。好きな作品を見て「うわー、私も描きたい!」って思うことがありますよね。「絵画部」も、そんなふうに、他の人の作品を見て「こんな描き方があるんだ」って思う場になったらいいですね。ゆるく画題を出してみるのも面白いかもしれません。

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描き続けるから、次の絵が生まれる

小西 グレースは絵に対して「これはダメ」というようなことは言いませんでした。むしろ、あまりうまくいっていなかった私の絵を見て「最後まで描かなくてもいいのよ。途中でやめるのもありだから」って。無理に終わらせようとしなくても良いと言ってくれて、それは今でもわりと実行しています。ときにはもうちょっと粘らなきゃと思うこともありますが。

 描く題材が人物から風景に移っていったのも、グレースに「人物ばかりに集中しすぎているから、人物がいる空間にもうちょっと気を向けてみたら」とアドバイスをもらったことがきっかけです。それで、人物がいる場所が室内から街になり、人物メインのポートレートから、街の中に人がいる絵に変わっていきました。

 そのうち、人物を入れなくてもいいかなと思うようになってきた。つまり、人物がいなくても成り立つ絵が描けるようになってきたんですね。人物がいると、風景が、その人がそこにいるための背景、セットのような感覚になってしまうけど、人物がいないと、描かれているものすべてが、絵をつくる重要な要素になるんです。

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2024年〜2025年にかけて府中市美術館で開催された「小西真奈 Wherever」展の図録

 風景を意識して描きはじめた頃から、実際にその場所に行って、そこで撮った写真をもとに絵を描いています。写真って、自分が見ていたものとギャップがあるのが面白いんです。実際の色味よりも人工的になったり、ある意味ちょっと絵画的というか。写真に撮ることで、1ステップ違う見方が加わるのが面白いですね。

 コロナの前は、自然豊かな場所を描きたいと思って東北の景勝地などに行ってましたが、コロナでそれができなくなって、家の近くの植物園に通って同じモチーフを繰り返し描くようになりました。それまでは人工物が入っている場所は避けていたのに、今は逆に人工物が入っているほうが面白いと感じています。変えようとして変えたんじゃなくて、これまでできていたことができなくなったから、じゃあどうしようかと考える。そういうのもチャンスというか。

 描いていて「これは着地点が見えるぞ」って思うようになったら、やめた方がいいんだなってわかってきた感じがします。こうやればある程度の正解が出るけど、正解が出るのはもういいかと。マンネリ化するのが嫌なんですよ。だから、自分の中ではうまくいくかどうかわからないぐらいのところを進んだ方がいいんだなって。そのぶん前よりも絵を描くのに時間はかかるようになっているかもしれません。

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コロナ下ではドローイングにも取り組んだ
同構図のペインティングもあるが、ドローイングがペインティングの下絵というわけではない

 今は家の中にアトリエがあって、基本的に毎日描いてます。パジャマのまま描きにいけるし、時間の無駄がないんです(笑)。実質描いているのは1日の中で2時間ないかもしれないけど、毎日描く。時間が空いてしまうと、調子が戻るのに時間がかかってしまって、それまで描いた時間が無駄になってしまう。そうなると楽しくないんです。だから描きつづけているほうが楽しいというか、描いているから何かにつながるし、描いていないと次の作品が出てこない。止まってしまうことのほうが怖いですね。

 今描いている絵と、次に描く絵のことを考えたいから、過去の作品のことはあんまり考えないんですが、その時その時にしか描けなかったものを突き詰めて描いてきたと思います。2000年代の自分はこういう風にしか描けなかったし、ここまで描かないと気が済まなかった。今はこういうふうには描きたいとは思わないけど、その頃の絵もすごく良いと思います。

 府中市美術館での個展(「小西真奈 Wherever」)もすごく楽しかったです。会場にお手紙を置いていってくれた方がいたんですよ。以前コミッションワークで病院に飾る絵を描いたことがあって、その方はお母さんの治療でその病院に通っていたんだそうです。暗い気持ちだったけど、絵を見るといつも気持ちがすごく軽くなった、その絵を描いた小西さんが個展を開いていると気づいてやってきましたと書いてあって。そんなふうに言ってもらえて、絵を描いて良かったなと思いました。また遠方への取材旅行も再開しようと思っていますし、これからも絵は描き続けていきます。

2025年6月23日収録
取材・構成=木村奈緒 写真=皆藤将


〈絵 画〉


造形基礎Ⅰ 鍋田庸男 NabetaTsuneo

▷授業日:毎週土曜日 13:00〜17:00
モノ(事柄)を観察し考察し描察します。モノに対する柔軟な発想と的確な肉体感覚を身につけます。それぞれの「かたち」を模索し、より自由な「表現」へと展開する最初の意志と肉体の確立を目指してもらいます。


細密画教場 田嶋徹 Tajima Toru

▷授業日:毎週水曜日 18:30〜21:30
細密画教場では目で見たものを出来るだけ正確に克明にあらわす技術の習得を目指します。この技術は博物画やボタニカルアート、イラストレーションなどの基礎になるものです。


生涯ドローイングセミナー 丸亀ひろや(+OJUN+宮嶋葉一) Miyajima Yoichi

▷授業日:毎週木曜日 18:30〜21:30
Drawing「線を引く。図面」などを意味します。美術の世界では、紙などに鉛筆やペン、水彩などで描かれた表現形式を言います。描ける材料ならどのような画材でも持参してください。毎回ドローイングの制作を行います。


超・日本画ゼミ(実践と探求) 間島秀徳+小金沢智+香久山雨 Majima Hidenori

▷授業日:毎週土曜日18:30〜21:30(毎月第三週は日曜日13:00〜17:00)
本講座では自立した作家として歩み出せるように、制作実践のための可能性を探究し続けます。内容は基礎素材論に始まり、絵画制作に必要な準備の方法を習得するために、古典から現代までの作品研究等をゼミ形式で随時開催します。


ペインティング講座 – 油絵を中心として 長谷川繁

▷授業日: 昼枠 毎週木曜日13:00〜17:00/夜枠 毎週木曜日18:00〜21:00
油絵を中心としながらも、アクリル絵の具、水彩なども含めて幅の広い表現を試みていきながら素材自体も自分で選んで絵を描いていきます。絵を描くのと同時に「私は何故絵を描くのか?」と「どのような絵を描きたいのか?」の両方を考えながら絵に向かっていきましょう。


テクニック&ピクニック〜視覚表現における創作と着想のトレーニング〜 伊藤桂司

▷授業日:毎週月曜日 19:00〜22:00
グラフィック、デザイン、イラストレーション、美術などの創作における技術の獲得(テクニック)と楽しさの探求(ピクニック)を目的として、シンプルながら多様なアプローチを試みていきます。


出張!パープルーム予備校 再び絵画からはじめよう 梅津庸一

▷授業日:隔週金曜日 13:00〜17:00
本講座では絵画を起点に今一度美術の在り方を考えます。全体を変えることはできなくとも自分なりの価値基準の物差し、あるいは持続可能な活動の下地をつくることはできるかもしれません。制作だけでなく座学、個人面談などを通して総合的に絵画に紐づくあれこれを探求します。