「立体・空間制作ゼミ〜時空を超えて」講師・利部志穂インタビュー

美術家・彫刻家の利部志穂さんを講師に迎え、2025年に開講した「立体・空間制作ゼミ〜時空を超えて」。講座では、ゲームを考案してプレイしたり、ドローイングをしたり、料理をしたり、散歩をしてそこから作品をつくったり……と、さまざまなメディアや方法に実験的に取り組みます。利部さんが「自身の制作プロセスを惜しみなく公開している」と話す本講座。利部さんがどのように制作と講座に取り組まれているのか、個展「Symbiotic 亀の涙を飲む蝶 A butterfly sipping the tears of a turtle」の会場で話を聞きました。

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利部志穂さん
個展会場のHIGURE 17-15casにて

利部志穂(かがぶ・しほ)|美術家、彫刻家、サンライズサーファー。2004年文化女子大学(現・文化学園大学)立体造形コース卒業。2007年多摩美術大学大学院美術研究科彫刻専攻修了。2017年より2年間文化庁新進芸術家在外派遣にてイタリア、ミラノで活動。国内外の美術館やギャラリーなどで発表。生活の中で不要となったものや、壊れて廃棄された拾得物、建築資材など様々な既製品を使用し組み替え彫刻作品を作る。サイトスペシフィックなインスタレーション、映像、写真、パフォーマンス、音、言葉を用いて、モノと人との距離や時空に触覚的に関わっていく。日々の細やかな機微と大規模なスケール感とが同率、様々な言語感覚が物理的、詩的に混在、展開される作品世界。近年は世界の地形から見る神話、民話、口伝伝承、旅や食、生活活動を通して世界の共通言語を探求、制作、発表。http://www.kagabu.com/

愛と調和をつくりたい

利部 個展のタイトルにある「亀の涙を飲む蝶」というのは、アマゾン川で実際に見られる光景なんです。亀が目から涙を流すと、そこに蝶がやってきて亀の涙を吸う。亀は余分な塩分を排出しているだけだし、蝶も必要な塩分を摂取しているだけなんだけど、まるで悲しくて泣いてる亀を、蝶がなぐさめているように見える。その「相利共生(そうりきょうせい)的=Symbioticな関係を、人間においても実現できたらいいなという考えがありました。

 去年、大久保で開催した個展「コスモポリテース|世界市民 海を仰ぎ、水路を歩く。」も、いろんな国の人が混ざり合っている大久保という場所で、世界を共通項から同時に考えたいという思いがありました。いつの時代も戦争はありますが、戦争の存在をよりつらく近くに感じる状況で、愛と調和が必要だと心から思ったんです。今回の個展では、それをまっすぐにつくりたいと思いました。

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「Symbiotic 亀の涙を飲む蝶 A butterfly sipping the tears of a turtle」展示風景

 展示をつくるにあたって具体的なヒントになったのは、家の冷蔵庫につけてあった青い蝶の磁石です。オーストラリアにいる「ユリシス」という名前の蝶で、「幸福の蝶」と呼ばれています。その蝶をオーストラリアに見に行ったときにお土産で買ったんですけど、ある日、磁石が落ちて羽が半分に割れてしまって。まるで片方の羽を探しているかのような蝶を見て、幸福を求める人間の姿が重なりました。それと、ギリシャで買ったメデューサの目玉を模したガラスの磁石など、いくつかのモチーフを並べてみたときに、これは形になるという手応えがありました。

 会場の下見に来たときから、糸は使おうと思っていました。糸をほぐして川にしようとか、温暖化で減っている南極の氷が割れる音や、氷のヒビを想像したり。線によって空間が分断されて、見る人の動きによって別の物と視覚的に、また記憶の中の情景とつながってまた分断されて……。作品が、見る人の体験と重なる「スイッチ」のようなものになったらいいなと思ってつくっています。展示を観て、自分が好きな場所に行ったときのことを思い出したと言ってくれた人もいました。作品がスイッチとしてうまく機能したんだなと思うし、眼の前のモノがただそこに在りながら、そこに遠くのことが含まれていてほしいと思っているので、その感想はうれしかったです。

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「展示を見た2歳の子が、『これは僕だよ!』と言っていました」(利部)

正解を教えるのではなく、一緒に考える

利部 今回の個展のテーマである相利共生関係は、「立体・空間制作ゼミ」で受講生と継続的に関わる中で考えたことでもありました。講座は、正解があってそれを教えるというものではありません。安易に答えを出すと、それを目指すようになってしまうし、もっと違う方法や可能性があることも含めて一緒に考える時間を持ちたいと思っています。

 多くの人がこれまでの教育で「これが正解ですよ」と言われてきたから、つい正解を求めてしまう。だから「どっちでもいい」と言われたら「なんではっきり言ってくれないんだ」ってストレスを感じる人もいたりして、だけど私にできるのは一緒に考えることであって、答えを出すことではありません。イライラが募るし悶々とするけど、そういうプロセスに取り組んでいること自体が重要だと思うんです。

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 講座では、最初に自分の「呼び名」を考えてもらっています。作品にタイトルをつけるのと同じように、自分が思う名前をつけてもらう。今は、ハラスメントへの意識が高まって「こうされて嫌だった」ということは意識して話を聞いたりもするけれども、まずは「こうしてほしい」って、自分が選択することをしてほしくて。講座では、その呼び名で呼び合っています。名前は途中で変えたくなったら変えてもらって構いません。

 つくることと同様に見ることも重視していて、ドローイングを描いたらすぐに展示をします。壁に貼ってもいいし、モノにくっつけてもいいし、自分の好きな場所に展示してもらってお互いに感想を言い合います。作品について話すことは、自分や相手のことを直接話すこととは違って、もっとニュートラルな形のコミュニケーションなんですよね。そういうやり取りを繰り返すうちに、自分が思っていることを引っ込めずに言葉にできるようになっていくし、自分のつくったものを客観視できるようになっていきます。

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教場のバックヤードに展示されたドローイング(提供=利部志穂)

 これは私の作品のつくり方の特徴なんですが、他の人の話を聞くことも制作の一部と考えているんです。自分ひとりの想像力には限界があるけど、偶発的な要素を取り入れることで、限界を超えるものができるんじゃないかなと思っていて。逆に、自己を掘り下げるみたいなことは、あまり良いことにならないイメージがあって。どんどん内側に入ってしまうと、あまり健康的じゃないというか。だから講座では、ドローイングで吐き出したり、何かの形に変換する訓練を重ねています。

 「ゲームをつくる」という課題もその方法のひとつで、「遊び」をつくって本気で遊ぶことが作品に一番近いかなと思っていて。ゲームをつくるのって結構難しくて、自分が持っている手札から考える必要があるので、日々色々なことに敏感でないといけないし、結果として、自分がどういうことに関心があるかがわかりやすいんです。

 美学校の受講生には、美術教育を受けている人もいれば、まったく初めて制作する人もいます。だからこそ、その人の人生における経験が、作品の素材や技術として生かされるべきだと思っているんです。自分にある人間の術というか、知恵のような技術をそのまま伸ばすことで説得力のある作品ができるんじゃないかと考えています。

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授業風景(提供=利部志穂)

作品をつくることで、問題を解決して次に進む

利部 今回の個展では、「ぬりえ」風にして来場者の人に色をつけてもらっているんですけど、私がつくるだけじゃなくて、他の人がその先の色を想像したり、その先をつくりたいって思うようになったり、元気になったりするようなことができないかなと思っていて。

 作品を見た人が「なにこれ私でもできるじゃん」「こんなのできるし」と思って、やってみちゃう。エネルギーが湧き上がるというか、増幅していくものになったらいいなと思っています。人間の命は永遠ではないし、作品は残るという考えがあるけれども、物理的な意味や思想だけではなくて、密かに身体に刻まれて伝わっていくというか。

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 私自身、自分の名前を決めるとか、そういうことが苦手だったんですよね。嫌なことを嫌と言えなくて、自分が思っていることとは違う、周りから求められていることを答えたり、行動したり。作品をつくりはじめたころも、デザインをやりたかったこともあって、使う人が心地よいものを考えてつくっていました。だけど、ファインアートに出会ってからは、人と違っていてダメだ。と思っていた部分こそがとても重要で面白いよ。と言われて、そうなんだと思って。

 自分のどうにもならないことを作品として出したときに、「こんなものは自分だけのことだし、誰も見ないんじゃないか」と思っていたけれど、それまで会ったこともない人が、「こういうことを思い出しました」とか「こういうことを感じました」と言ってくれて、自分以外の人にも作品が機能することがあるんだなって。それは芸術作品の役割のひとつだと思います。

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 今回の個展をつくるにあたっては、自分が生活者として生活するうえで感じる怒りも元になっています。もともと自然や宇宙について考えることが多かったけど、年齢を重ねるなかで、世俗的なことも作品に取り入れられるかなと思うようになって。

 随所に亀が出てくるのは、ハワイで亀と泳いだ体験が元になっているのと、女性が抱える問題への関心があります。亀のメスって生涯にわたって大量の卵を産卵し続けるんですけど、それって大変なことだなと。亀と蝶はあくまで生物上の共生関係だけど、つらいことがたくさんある世の中で、自分は誰かのために何かをすることができるだろうか、互いにそれを続ける関係は、どうしたらできるのだろうか。という問いを考えながら制作しました。

 本当に必要なものが存在として目の前にあることが重要で、それを作品化することで、そのとき自分が抱えている問題を解決して次に進むことができるというか。作品をつくることによって、扱う問題や素材、制作の方法も変化してきました。だから、目標や目的は人によって違うと思いますが、「立体・空間制作ゼミ」の受講生にも、自分が思っていることを引っ込めるんじゃなくて、それをうまく外に表出す方法を見つけてもらいたいです。私がまだ思いついていない方法もあると思うので、この方が豊かなんじゃないかっていうやり方を一緒に考えていけたらと思っています。

2026年6月24日収録
取材・構成=木村奈緒 写真=皆藤将


立体・空間制作ゼミ 時空を超えて 利部志穂

▷授業日:毎週火曜日 13:00〜17:00
この講座では立体や、空間的な制作表現について学びます。作品制作、作品鑑賞体験、美術を考えることは勿論、それぞれの特性や関心がどのようなところにあり、どのように展開していくのか。どのような手段で制作や思考が進められるのかを、実践的に取り組んでいきます。