「モード研究室〜ファッションの現場から学ぶ服作り〜」講師・岩崎朋彦+梅木美貴+野口武尊インタビュー

美学校で唯一の服飾の講座として2008年に開講した「モード研究室」。開講以来、長きにわたって講師を務めてきた濱田謙一さんのもとには、多くの受講生が集まり、つくり手として巣立っていきました。惜しくも2024年に濱田さんが逝去され講座は終講となりましたが、このほど、修了生によって「モード研究室」が開講する運びとなりました。濱田さんと受講生たちが時を重ねてきた「モード研究室」の再始動を前に、講師の皆さんにお話を聞きました。現在2026年度5月期生募集中です。

mode_01

写真左より梅木美貴さん、岩崎朋彦さん、野口武尊さん

岩崎朋彦|1985年生まれ。2007年明治大学政治経済学部卒、2009年文化服装学院二部服装科卒業。モード研究室第1、2期修了後から現在もパリコレクションメンズブランドでパターン、企画を担当。

梅木美貴|1971年北海道生まれ。埼玉県行田市在住。看護師を休職していた2016年に美学校に出会う。モード研究室、デザインソングブックス修了。服を作ることは、きくこと、みること、思い出すこと。服にうつる、その人のかすかな痕跡をひろってうつすこと。人を通して服を、服を通して人をながめる。アトリエ「清風庵」でゆっくりと服を制作中。

野口武尊|1997年生まれ。東京・浅草と福岡・小倉にルーツを持つ。4大卒業後、2022年度モード研究室を受講し、その後アシスタントとして従事。自身のクリエイションブランド「市 / 1ch.(イチ)」でジュエリー・アクセサリー制作、衣服・衣装制作を行う。

美学校「モード研究室」との出会い

岩崎 10代のときは音楽をやっていて、特別服が好きだったわけではありませんでした。大学に入って仲良くなった友人が服好きで、服に興味を持ったのはそこからですね。大学では政治経済を勉強していたんですけど、感触が何もないというか。これから生きていくうえで「つくる仕事」をしたいと思って、大学に行きながら文化服装学院の夜間部に通いはじめました。

 大学卒業後は、生地の卸やOEM(他社ブランドの服を生産する工場)をやっている会社に就職したんですけど、だんだんフラストレーションが募ってきて。一日中スワッチ(生地見本)を切ったりしていて、服をつくっている実感がなかったんですよね。そんなときにネットでたまたま美学校の「モード研究室」を見つけて、確かその日のうちに電話をしました。ちょうど開講初年度で授業はもうはじまってたんですけど、見学に行ったら酔っ払った濱田さんがいて(笑)、すごい面白いなと。それで「モード研究室」に通いはじめました。

mode_02

梅木 私は、子どもの頃から病院と服が身近にありました。病院は、両親が薬剤師で病院勤めだったのと、身体が弱かったのでよく病院に通っていたんですね。服は、小学校にあがったときに同居した祖父がテーラーだったんです。引退後も家でちくちくやっていて、面白そうだなと思って見ていました。あと、小学生の頃から、親が選んだ服に違和感があったんです。卒業式の服も、親が選んだものは絶対似合わないと思って、自分でしっくりくるものを選び直したり。幼いながらも自分に合う服があるんだなって思っていました。

 20代で看護師として働くようになって、一時は服にこだわる自分がくだらないと思ったこともありましたが、やっぱり自分に合わない服を着るとすごく違和感があって。40歳を過ぎたころ、身体を壊して看護師を辞めたことをきっかけに、好きなことをやろうと思って浮かんだのが洋服でした。いろいろ服の学校を探すなかで、たまたま美学校のパンフレットを見つけて、開いてみたら「モード研究室」とあった。これは面白そうだと思って見学に行ったら、濱田先生に「人生の一着をつくりましょう」と言われました。ちょっとキザだなと思ったけど(笑)、自分の好きな服だったらつくれるかなと。それに、美学校自体がすごく自由な空間で面白かったので通うことに決めました。

mode_03

野口 僕は美学校に入る前に、社会人向けのスクールで服の勉強をしていました。ただ、授業がテキストどおりの形式ばった内容で、なんだか納得できなかったんです。その話を行きつけのお店の人──昔、美学校で講師をしていたマジック・コバヤシさんなんですけど──にしたら、「美学校にヤバい先生がいるよ」と教えてもらって。それが「モード研究室」の濱田先生でした。

 見学に行ったら濱田先生に「マジックの友だちか。(講座に)入るよな?」って言われて(笑)、その日のうちに受講を決めました。当時は会社に勤めていたので、平日は働いて、土曜は「モード研究室」を受けて、日曜は社会人向けスクールに通う生活でした。僕の時代はもう授業中にお酒は飲んでいませんでしたが、授業後にお酒を飲みながらいろんな話をしていたので、日曜にスクールに行くのが大変でした(笑)。

 ものづくりはもともと好きでしたね。浅草が地元なんですけど、浅草って革の街で、バッグとか靴とか革小物を扱っている工場が多いんです。僕が10代の頃はA4サイズの革のハギレが1枚200円、300円で売っていて。周囲にレザークラフトをやっている人や靴職人さんがいた影響もあって、高校1年生のころに自分もレザークラフトをはじめました。大学に入ってからはシルバークラフトもはじめて、じょじょにものづくりの幅が広がっていきました。そのうちに服をつくっている友だちができて、どうせだったら服もイチからつくってみたいと思い、服づくりの学校に通うことにしたという経緯です。

mode_04

服づくりへの姿勢を学んだ「モード研究室」

岩崎 「モード研究室」で一番印象に残っているのは、パターンを引くときに、引いた線を上から見下ろすんじゃなくて、机に顔を近づけて横から見るって教わったことです。そうすると、線のどこがゆがんでいるのかがわかるんですよね。すごい細かいことなんですけど。今でも若い子に「こうじゃない、こう見るんだ」って言ってます(笑)。

野口 僕も岩崎さんからうかがって、やるようになりました。

梅木 そういう経験があったから、今パタンナーの仕事をしているってことですかね。そう考えると「モード研究室」での経験はすごく大きいですね。

岩崎 大きいね。パターンのこともそうだけど、服づくりに対する向き合い方を教わったのが一番大きかったです。濱田さんたちは、コンピューターがない時代に服づくりをしていたから、全部手作業なんですよね。だから一本一本の線に対する責任や重さが全然違う。濱田さんの昔話で、作業をしているときに「めんどくさい」と言ったら、先輩に「めんどくさいって言葉使うな」って言われて、ハサミを投げつけられたって話がすごく印象に残っていて。つくるうえで「めんどくさい」とかそういうことじゃないと。

野口 できたパターンを濱田先生に確認してもらうんですけど、「ここはちょっと違うな」って修正が入るんですよ。「どうしてこの感じで引いたんですか?」って聞くと「経験だ」「ノリだ」って。

梅木 わかりにくい(笑)。

野口 たぶん先生のなかに引き出しがいっぱいあって、セッション的な感じで線を引いていくんですよね。普段は声も聞き取りづらいんですけど、いざパターン引くとなると、さっきまで震えてた手がビタッと止まって、すごくきれいな線を引くんです。パターンの形式は人それぞれですが、濱田先生のパターンはひときわロックでした。

梅木 私が先生から受けたのは服への熱量です。私もその日着る服を結構考えるほうなんですけど、先生は服に対してブレがない。これだけ服に対して熱量があれば、一着の服ができあがるんだろうし、一着の服にとことんこだわっていいんだなって。美学校同様、先生も隔てがない人で、美学校と「モード研究室」を通じて、服と人はとにかく面白いということを実感しました。野口くんが言ったように、本当に濱田先生のパターンは素晴らしいんですよ。

野口 パターン「は」(笑)。

梅木 1ミリ単位でこだわる人だったからね。聞いたことに対して惜しみなく教えてくれるし、男性の服でも女性の服でも格好いい形をちゃんとわかっていて、先生の言うとおりにやると本当に良くなるんです。服をすごくたくさん見てつくってきた濱田さんから教えてもらった「モード研究室」は、贅沢な時間だったと思っています。

mode_05

3人で「モード研究室」を開講する

野口 僕は受講中から服づくりを仕事にしたいと考えていました。本当にできるのかなって不安はありましたけど。「モード研究室」修了後はスタイリストさんに洋服を貸し出す会社に就職したんですけど、自分の服や友人の結婚式用のドレスシャツをつくったりと、服づくりはずっと続けていて。それで、去年会社を辞めて独立して、今じょじょにパターンのお仕事が増えつつある感じです。

岩崎 僕も「モード研究室」を受講しているときから、パタンナーになりたいという気持ちはありましたね。やっぱり服をつくることに一番向き合えるのがパタンナーだったので。

梅木 私は服づくりを仕事にするとは思ってなかったし、今も仕事になってるかはわからないんだけど、「モード研究室」の修了展でオーダーをもらってから、自然とオーダーが続いて、服をつくるようになって。そうやって修了後はそれぞれ服をつくっていて……この3人が集まったのは、2024年の10月だったよね。

野口 そうですね。赤羽に集まって。

梅木 ちょうど先生が亡くなる1ヶ月ぐらい前。その年は先生の体調が悪くて「モード研究室」は休講で、半年ぐらい集まることもなかったんだけど、スタッフの皆藤さんが先生を励まそうって言って赤羽で集合したんです。そのときにいたのがたまたまこの3人で。先生も体調が悪いときは服に対してあんまり前向きじゃなかったんだけど、その日久々にみんなで集まったら「楽しい。また美学校で教えたい」って言ってくれて。じゃあ来年度から復帰できるように体調を整えよう、私たちもフォローするよって言ったんですよね。あの日がなかったら今はない。

野口 当時はこうやって3人でやるとは考えてなかったですけど。決め手になったのは、先生のお別れ会のときですかね。藤川校長が「(講座を)やれよ」って岩崎さんに言ってて(笑)。そこからじょじょに現実味が増していった気がします。

岩崎 でも迷いましたよ。半年間すごい考えて。濱田さんは色気がすごかったから。あんなにロマンを感じる人はいないからね。あの濱田さんがやっていた「モード研究室」の続きを考えていたけど、別に続きじゃなくてもいいのかと思って。似て非なるものじゃないけど、まったく一緒でなくても、まったく別物でなくてもいいんじゃないかって。僕ひとりでは難しくても、みんなと考えながらだったらできるかなと思ったんです。

mode_06

2025年2月に美学校で開かれた濱田謙一さんのお別れ会

服づくりに対する気持ちを持ち寄る場所

岩崎 これからはじまる「モード研究室」では、僕らが教えるというよりは、受講生がやりたいことで、どうやったらいいのかわからないことをサポートする感じだよね。

梅木 そうですね。正解がないところで、受講生それぞれが自分の形を表現していく過程を、我々がサポートしていく。そこは、濱田先生の「モード研究室」と共通していますね。「モード研究室」という名前を引き継ぐことに関しても、結構時間をかけて考えたよね。

岩崎 「研究室」ってすごくいいなと思って。ゼミじゃないけど、みんなで探求する、追求するみたいな意味合いがあるよなと。あと、「モード」という言葉も絶妙ですよね。ファッションでもないし、服飾、洋裁でもない。モードって、服をつくっている人の気分も多分に含まれているから、服に対する情熱というか気持ちを持ち寄る場所になったらいいなと。

梅木 モードって言葉の印象もそれぞれ違う気もするし、それを考えるだけでもいいですよね。

mode_07

野口 講座では中間展や修了成果展もやる予定です。展示があると、それに向けてつくる意欲がわいてくるので。

梅木 そういう場があると、自分で思っている以上の力が出るものですよね。どの状態で「よしこれだ」と決めて出すのか、判断するのも大事ですし。

岩崎 それで思い出したけど、濱田さんに怒られたことがあって。渋谷かどこかで展示会をやったときに、服はあがって準備も終わったけどみんなへとへとで、展示初日に全員寝坊したんですよ。濱田さんだけが時間どおりに来てて「お前ら何やってるんだ、服が出来上がったら終わりじゃなくて、今日のこの場が本番なんだから」って。展示をプレッシャーに感じる必要はないですが、つくって終わりじゃないから、そういう区切りはやっぱりあったほうがいいですね。

mode_08

自分が好きなことを形にする

岩崎 服づくりは、シンプルに楽しいです。昨日引いた線に不満を持ったり、あがってきたサンプルに不満を持ったり、半年前の自分がやった仕事を見て、なんだこれと思ったり。そういうことの連続なんだけど、それができるようになると楽しくなってやめられない。今風に言うと沼って言うんですかね(笑)。思うようにできなくてもがいてるときすらも楽しいというか。絵や他の表現も同じだと思うんですけど。

梅木 私は服と人が近いと思っていて。人はゆるやかに変わっていくし、服も1年前に似合ったものが今は合わないということはある。だからこそ、服のことをずっと考えることができるのかなと。それを自分で考えてつくれるのならとても面白いことだなと思っています。

野口 僕のなかでは、モノづくりの延長として服づくりがあって、それを続けている理由は、求めてくれる方がいるからですね。購入してくれた方が記憶や感覚を思い出すトリガーとして服やアクセサリーが存在してくれればいいなと思っていて。あとは濱田さんに「やれ」って言われたからですね。幽霊に背中を押されてます(笑)。講座では、ゆっくりでも大丈夫なので、まずは自分がつくりたいものを知ってもらいたいです。何をつくりたいか認識するのって最初は時間がかかるんですよね。

mode_09

梅木 自分ってこういうことが好きだったなって、気づくというか思い出す作業。大事ですね。

岩崎 それが一番むずかしいけど、絶対みんなどこかにあるもんね。僕らはそれを形にする手助けをする。美学校は出口が決まってないからこそ逆にできることがあると思うんですよ。本来、表現したいことはみんな違うはずなのに、服飾の学校に行くと画一的な教え方で、みんなが足並みをそろえてやるようなことしかできない。

梅木 美学校は、服に限らずいろんな分野の授業をやっているしね。服って誰しも着るものだから、服を通じていろんな話ができる。そういう意味でも、美学校で得るものはいっぱいあるのではないかな。

野口 服づくりで食べていきたいと思う人が受講しても全然大丈夫だと思います。ファッション業界の営業さんとのつながりだとかは、専門学校でもつくれると思うんですけど、「モード研究室」では、服づくりの職人さんたちと知り合うことができて、よりインナーなところに入っていける気がしますね。職人さんも減ってきてしまってはいますが。

岩崎 でも今本当にパタンナーになりたい人って少ないよね。パタンナーというか服をつくりたい人。服が一着できるまでの道のりが長いからね。

梅木 確かに。楽しいけど、ハード手芸っていうか。

一同 (笑)。

岩崎 まぁでもあんまり難しいことは考えないで、「モード研究室」は、つくりたいものをつくる場所でいいんじゃないかな。そこがはじまりじゃん。自分もそうだったし。僕たちが何をやりたいかより、来た人が何をやりたいかが一番大事。

梅木 ワクワクするのが大事だよね。こんな服があったらいいな、とかね。

野口 そうですね。打ち解けた場で、自分がつくりたいものを一緒につくっていけたらと思います。

2026年2月28日収録
取材・構成=木村奈緒 写真=皆藤将


モード研究室〜ファッションの現場から学ぶ服作り〜 岩崎朋彦+梅木美貴+野口武尊

▷授業日:毎週土曜日 18:30〜21:30

モード研究室では服作りを学びます。授業は週に1回なので、専門学校や大学のようなカリキュラムではなく、ここのオリジナルな進め方でパターン(型紙)を中心に服作りを学んでいきます。