2025年3月27日〜4月20日まで、東京・新宿のWHITEHOUSEで「現代アートの勝手口」講師・中島晴矢さんの個展『ゆーとぴあ』が開催中です。会場には「大阪・関西万博 2025」の開催地である夢洲で撮影された表題作をはじめ、「どこにもない架空の国=ユートピア」を批評的に描いた新作が並びます。自身にとって3年ぶりとなる個展はどのように構想されたのか。中島さんの話と展示風景を交えてレポートします。

WHITEHOUSEに立つ中島晴矢さん
● 長年の課題だった「ユートピア」
──個展の構想はいつから?
5年前です。コロナ禍で、まず「ゴムパッチン」のアイデアが浮かびました。ソーシャル・ディスタンスで生じた身体的、精神的あるいは社会的な距離が、一本のゴムひもによってかろうじて媒介され、かつ痛め合うといったイメージがありました。
──「ユートピア」のテーマもコロナ禍で浮かんだ。
いえ、そもそもニュータウン論や都市論を考えるなかで必然的にユートピアというテーマはありました。さらに言えば、2014年に東京で初めて個展『ガチンコ─ニュータウン・プロレス・ヒップホップ─』(ナオナカムラ)を開催したときから、頭にぼんやりとあって。その後も『麻布逍遥』(SNOW Contemporary、2017)などの展示で具体的な都市を掘り下げたり、『オイル・オン・タウンスケープ』(論創社、2022)などのエッセイを書くことで批評的に応答してきましたが、都市を批評するなら自分なりの理想都市のビジョンを提示する必要があるんじゃないかというのは、長年の課題でした。

個展にあたって書き下ろされた15,000字に及ぶ「ステートメント文学」
会場で購入可能
● 個展の決め手となった「万博」
──表題作《ゆーとぴあ》と《SMOKE》は「大阪・関西万博 2025」の開催地で撮影した。
2019年から今日に至るまでの数年間、特にコロナ禍でSNSをフックに人々が被害と加害、善と悪の関係に分断されていく感じがありました。僕自身、紛争と分断に翻弄されるなかで、自分の立ち位置や発するメッセージにすごく迷っていたんです。一方で、この5、6年は美学校で「現代アートの勝手口」を開講した時期でもあり、講義をつくったり自分なりに自己批判をするなかで、だんだんと自分の作家性や、つくりたいものが明確化していきました。そこに万博の開幕がひとつの締め切りとして機能して、万博の開催地である夢洲という象徴的な土地から連想を働かせることで、個展をつくれるんじゃないかと考えました。

《ゆーとぴあ》スリー・チャンネル・ヴィデオ、2025
ふたりの男女がゴムひもを口にくわえ、
AIで生成された「世界に〈希望〉と〈平和〉をもたらすユートピア像」を叫ぶ

《SMOKE》シングル・チャンネル・ヴィデオ、2025
立ち昇る蒸気越しに建設中の万博会場を映した
「今回の個展で、本作は接続詞のように機能すればいいなと」(中島)
● 現代アートの起源は芸能にある
──個展タイトルはお笑いコンビの「ゆーとぴあ」にちなむ。
僕はもともとプロレスやヒップホップが好きで、それらと現代アートをかけ合わせる作風が自分の十八番でもあります。その流れでユートピア論を考えたときに連想したのがお笑いコンビの「ゆーとぴあ」でした。もともとバラエティ番組が好きで、高校の文化祭ではテレビマン気取りでステージイベントをつくっていたんですよ。
──芸能と現代アートの接続を試みている?
そもそも現代アートの起源に芸能がある、すなわち、芸人がはじめた芸術運動が現代アートだと見立てたんです。現代アートのルーツは20世紀初頭のアヴァンギャルド運動だと言われていて、それは未来派に行き着く。未来派はパフォーマンスを盛んに行っていて、パフォーマンスについて『ヴァラエティ・ショー』という宣言を出しています。それを美術評論家の中原佑介が『寄席宣言』と訳した。大文字の芸術は高尚ぶっていてつまらない、それらを全部破壊している面白いものが寄席だと。現代アートに未来派の『寄席宣言』を噛ませることで芸能にアクセスできるわけです。

《DEAD LOCK》シングル・チャンネル・ヴィデオ、2025
日本橋・中洲の公園をリングに見立て
作家がアントニオ猪木さながら、虚空を蹴り上げる
● 万博と同時期に個展を「勝手に」やる
──自身にとって3年ぶりの個展となる。
世界で初めて個展を開催したのって、ギュスターヴ・クールベなんですよ。しかもそこには万博が関係している。1855年のパリ万博にあわせて万博美術展が開かれるんだけど、クールベの《オルナンの埋葬》と《画家のアトリエ》は落選するんです。ショックを受けたクールベはどうしたかと言うと「じゃあもう勝手にやるわ」と、資金を募って万博会場と同じモンターニュ通りに小屋を立てて、40点の油絵を展示するんです。しかも1フランの入場料をとって。これが個展の起源です。
──「ゆーとぴあ」の会期中にも、大阪万博が開幕します。
170年前のクールベの個展と『ゆーとぴあ』には通ずるものがある気がしています。1970年の大阪万博と同様、今回も多くの美術家や建築家が万博に関わっていますが、僕は万博と同時期に「勝手に」インディペンデントのアートスペースであるWHITEHOUSEで500円の入場料を設けて個展を開催する。これも僕なりの「勝手口」です。

《無何有郷景図》シングル・チャンネル・ヴィデオ、2025
舞台は荒川と隅田川の分岐点である中之島の河原
ダンサーの萩原富士夫が「河原者」の精霊として舞う
● 制作を通して世界を考える
──自身にとっての作品制作とは。
「願い」ですね。一応、世界を少しでも良くしたいというモチベーションでつくっているんですよ。今回もアイロニーを何重にも噛ませていますが、世界に希望と平和が満ちあふれますようにと、結構ベタに思ってる部分があります。この5、6年は特に、現代アートの多元主義化が加速して、小さな物語を扱うことが主流になりました。だけど、僕にとっては、国家とか万博とか大きな物語にアンサーすることで世界を考えていく営みが現代アートの本懐なんです。今のシーンでは浮いて見えるかもしれないけど、現代アートのど真ん中、ストレートを投げているつもりです。
──現代アートを続ける理由は?
僕は芸能が好きであると同時にファインアートも好きです。サブカルチャーも好きだしハイカルチャーも好き。芸能において批評は野暮なんです。最終目標はお客さんにウケることだから。一方で、ハイカルチャーの小難しい抽象的な言説の営みみたいなものにも価値があると感じていて、現代アートの面白さは、まさにそのハイとローを往還できることだと思っています。現代アートは、僕がやってきたジャンルのなかで一番懐が深いですね。だからやめられません。

《Conflict》《DIVISION》バックライトフィルムプリント、2025
第二次大戦後に発売されたタバコの銘柄「Peace(平和)」と「HOPE(希望)」を
現代社会を象徴する「Conflict(紛争)」と「DIVISION(分断)」に読み替えた
● 勝手にやるから自由
──講師を務める「現代アートの勝手口」は7年目を迎える。
コロナやポリコレの高まりによって、みんなで集合してシーンをつくることが難しくなってしまった時代にあって、どうやって連帯を再構築するのかは、現代アートだけでなく他の多くのジャンルでも課題だと思います。「現代アートの勝手口」はその課題に対する実践で、1年間毎週顔を突き合わせることで受講生と固有名の関係性になる。そうして初めて自由な会話や議論ができるんです。そういう場をどれだけスケールさせていけるかが今後の課題ですね。
──今後の展望は。
「現代アートの勝手口」はもう50人くらいのコミュニティになっているので、どこかで「芸術祭の勝手口」をやりたいですね。個人的には、その時代のアクチュアリティを失わずに、同時に過去の文脈を掘り下げながら、現代にアンサーできる表現を続けたいです。それは、展覧会に限らず、文芸や音源といったミクストメディアでの表現になると思います。要は今後も勝手にやるということですね。勝手にやるって自由なんですよ。クライアントがいないから。やっぱり、自由が許容されているということが、表現をやることの本質的な価値だと思います。
取材・構成=木村奈緒 写真=皆藤将
中島晴矢個展『ゆーとぴあ』
会 期:2025年3月27日(木)〜2025年4月20日(日)(月、火、水休館)
時 間:14:00〜20:00 入場料:500円
会 場:WHITEHOUSE(東京都新宿区百人町1-1-8)
詳 細:https://7768697465686f757365.com/portfolio/haruya-nakajima/
▷授業日:毎週金曜日 19:00〜22:00
「現代アートの勝手口」は、この20世紀を総崩れにした30年の後に、改めて勝手に現代アートをやろうという集まりです。私たちは広く深く種々の形式を取り扱います。知的好奇心の赴くままに一緒に遊べる人と、これからの遊び方を再発明したいのです。この講座を通し、三河屋のようにひとの勝手口から勝手に出入りして、その勝手を盗み合えるひとたちと出会えれば幸いです。
