受講生:鈴木淑子、間庭裕基、宮坂泰徳
取 材:木村奈緒(美学校スタッフ)
写 真:皆藤 将(美学校スタッフ)
収 録:2017年6月23日 美学校にて
美学校の「写真工房」(講師・西村陽一郎)はモノクロ写真の基礎講座です。カメラを持っていない初心者の方も、すでに写真を撮られている経験者の方も、一緒になってカメラの原理から学んでいきます。また、受講生は授業日以外も暗室を使って現像作業をすることができます。デジタルカメラが主流の今、なぜ「写真工房」でモノクロ写真を学ぼうと思ったのか、どんな写真を撮っているのか、講座を受講した方々にお話を聞きました。
「写真工房」の受講生が使用する暗室で
鈴木 淑子(2015、16、17年度生)
Q1. 写真をはじめたきっかけはなんですか。
20年ほど前、編集の仕事をしていたときに取材で撮影をしていました。ただ、当時は全部オートでしたから、マニュアルで撮影し始めたのは「写真工房」に入ってからです。
Q2.「写真工房」を受講したのはなぜですか。
高校時代に読んでいた『美術手帖』に美学校の広告が載っていて、当時から美学校は憧れでした。『昭和二十年東京地図』という本を手に街歩きしていたことがあって、その後、その本の写真を撮っている平嶋彰彦さん(※1)とお会いして、写真って楽しそうだなと思ったんです。その頃には、すでにデジタルカメラが主流だったんですが、せっかくなら現像をやってみたいと思って学べるところを探したら、今も美学校でモノクロ写真が学べることが分かって。「写真工房」は暗室がいつでも使えるし、授業も週1回だし、これなら私も通えるかなと思って受講しました。まさか今、自分が美学校に通えるなんて本当に夢みたいです。
Q3.どんなペースで通っていましたか。
主婦なので、平日は家のこともしながら、授業日以外も来られる日は美学校に来て現像をしていました。受講2年目からは、依頼があれば保育園や小学校に写真を撮りに行くなど、少しずつ写真の仕事もはじめました。
Q4.授業について教えて下さい。
最初の2ヶ月くらいは、フォトグラム、サイアノタイプ、ピンホールなど(※2)、カメラを使わずに授業をします。仕事で使っていたEOS Kissは押せば撮れるし、ブラックボックスみたいな感覚で使っていましたが、授業のおかげでカメラの原理を学ぶことができました。フィルム現像や印画紙現像の仕方といった技術的なことは基礎からきちんと教えてもらえますが、何をどう撮るか、という事は各人の自由です。自由な所が多い分、「あなたは何がしたいのいのか」と常に問われている気がします。「こうしたいのだが、どうしたらいいのか」ということがあれば、親切に教えてくれます。少人数なので、自分のやりたい事があればどんどんできるのも良い所だと思います。私は、スタジオ撮影をやりたいとお願いして、皆で簡易スタジオを作って撮影し合ったのが思い出深いです。
スタジオ撮影実習で撮ったポートレート(2015.12)
©Yoshiko Suzuki
Q5.講師の西村先生はどんな方ですか。
写真のことなら分からない事が無いくらい、何でも親切に教えて下さいます。困った時は助けてくれるし、授業も楽しく進めてくれます。生き物にもすごく詳しくて、撮影実習に行くと、生き物の名前を色々教えてくれます。聞いていてとても楽しいですし、花をモチーフにした先生の作品などは、そうしたところから生まれているんだなと感じます。
Q6.現在はどんな写真を撮られていますか。
主なテーマは「街歩き系」で、東京の古い街を写真家さんと回って撮影しています。もう一つは「人物」で、街なかでお願いして撮らせてもらったりしています。F3(※3)を持っていると、話しかけてくださる方が多いです。お祭りの屋台で出会った占い師さんに「僕を撮ってください」と言われて、チラシ用のポートレートを撮ってあげたこともあります(笑)。写真をやっていなければ、そういう出会いもなかったでしょうから、すごく楽しいです。
渋谷区東一丁目(2017.1)
©Yoshiko Suzuki
Q7.受講を検討中の方に一言お願いします。
まずは見学に来てみてはいかがでしょうか。大学や専門学校だと、4年とか3年とかカリキュラムが決まっていますが、「写真工房」は1年でやめてもいいし続けてもいい。やりたいことがあれば「これがやりたいです」と言えます。一度来てみて、合えば是非入っていただけたらと思います。
鈴木 淑子(すずき・よしこ)
「写真工房」2015、16、17年度生。大学、大学院で美術史を学んだ後、新聞社で取材、記事執筆、写真撮影を行う。出産を機に退社し、2015年より美学校「写真工房」でフィルムカメラ、現像について学び、現在に至る。展示に、美学校写真工房修了展(銀座、ギャラリーカノン、2016年)。フィルムカメラで東京を歩いて、古い街並みを撮っています。また、フリーカメラマンとして、デジタルカメラでポートレート、学校写真を撮っています。写真集の編集、校正の仕事もしています。
※1 平嶋彰彦
写真家、編集者。毎日新聞社出版写真部長、ビジュアル編集室長などを歴任。主な共著に『昭和二十年東京地図』(筑摩書房)、編著に『宮本常一写真・日記集成』(毎日新聞社)などがある。
※2 フォトグラム、サイアノタイプ、ピンホール
いずれも写真技法の名称。フォトグラムは、カメラを用いずに印画紙に直接物を置くなどして感光させてイメージを構成する技法。サイアノタイプは青写真、日光写真とも言い、鉄塩を塗った印画紙を太陽光などに長時間露光させて感光させる技法。ピンホール(カメラ、写真)は、レンズではなく針穴(ピンホール)から光を取り込み、印画紙などの感光材に像を映し出す技法のこと。
※3 F3
1980年にニコンから発売されたカメラ。同メーカーの「F一桁」シリーズで初めて電子制御式シャッター、絞り優先AEモードを搭載。2000年の生産終了後も「名機」と評されている。
間庭 裕基(2016年度生)
Q1.写真をはじめたきっかけはなんですか。
2013年に祖父からフィルムカメラをもらったのをきっかけに撮り始めました。よく分からないながらも、カメラマンの友人の暗室を使わせてもらったり、いろいろやってみると結構楽しくて。2015年に作品を見せる機会があって、はじめて写真作品をつくりました。
Q2.「写真工房」を受講したのはなぜですか。
美学校に入る前、2年ほどドイツに留学していたのですが、そのときに現代美術に興味を持ちました。帰国して、写真と現代美術の両方を学べる学校を探していたら、美学校を見つけたんです。それで、「アートのレシピ」で現代美術を、「写真工房」で写真を学ぶことにしました。写真の原点であるモノクロ写真を学ぼうと思ったのは、表現をやる上で何か技術を身につけたかったからです。
<Marginal Man> Installation view
©Yuki Maniwa
Q3.どんなペースで通っていましたか。
バイトが水曜休みだったので、水曜日と授業がある金曜日の週2回来ることが多かったです。授業後に残って現像をすることもありました。
Q4.授業について教えて下さい。
「写真工房」の授業はとにかく全部アナログで、自分の体を使ってやらなきゃいけないから、結構面倒なんです。でも、実際に自分でやってみることで、そうした作業への抵抗がなくなりました。美学校は設備もそんなに新しくないんですけど、でも逆にそれがすごく良いんです。ここで一通り出来るようになれば、おそらくどこでも出来ると思います。自宅にも暗室を作ったんですが、学校の暗室がすごく充実していたら、自宅とはあまりにかけ離れていて嫌になったと思います。そういう意味で、美学校の「写真工房」は初心者向けだと思います。
Q5.講師の西村先生はどんな方ですか。
とにかく優しい先生です。プリントに関しては、いかに綺麗なグレーを出すかといった基準が先生の中にあって、その指摘は厳密でした。
Q6.現在はどんな写真を撮られていますか。
最近は、写真の仕事をいくつかいただくようになりました。「写真工房」は暗室作業がメインだったので、ライティングは写真家でもある松蔭浩之さん(「アートのレシピ」講師)の個展のアシスタントをして覚えたりしました。ただ、写真家になりたいというよりは、現代美術の中で写真を用いて作品を作れればと思っています。写真はとりあえず押せば撮れるし、作品になり得るかも、という単純な思い込みで始めましたが、今ではとにかく撮るのが楽しいです。
<here and there>
©Yuki Maniwa
Q7.受講を検討中の方に一言お願いします。
「写真工房」は、暗室がいつでも使えることが一番の魅力だと思います。先生は何でも教えてくれるので、困ったらとにかく先生に聞いてみてください。
間庭 裕基(まにわ・ゆうき)
1988年生まれ。「アートのレシピ」「写真工房」2016年度生、「中ザワヒデキ文献研究」2017年度生。現在は、フリーランスカメラマンとしてポートレート撮影などを手掛ける。主なグループ展に「アートのレシピ」第7期生修了展「アルプス」(美学校、2017年)など。yukimaniwa.tumblr.com
宮坂 泰徳(2014、15、16年度生)
Q1.写真をはじめたきっかけはなんですか。
10年程前、バンド活動をしていたときにアーティスト写真やCDジャケットを撮ったのが最初です。そこから少し時間があくのですが、「写真工房」に入る3年程前に細江英公さん(※1)の写真を見て、写真家になろうと思ってフィルムで写真を撮り始めました。
Q2.「写真工房」を受講したのはなぜですか。
フィルムカメラについて、ある程度知識はあったのですが、独学だと限界があるし、最初から最後まで全部自分で出来る技術を身に着けたくて学校に行こうと決めました。探し始めたのが5月だったんですが、「写真工房」も5月から開講だったのでタイミングが良かったんです。それに、美学校は年齢・性別・国籍・学歴を問わないとのことだったので、誰でも入っていいんだなと思って受講しました。
Q3.どんなペースで通っていましたか。
当時も今も長野に住んでいるので、週のうち1日は長野で撮影、2〜3日は美学校で現像作業というサイクルでした。木曜日に上京して美学校に泊まって、金曜日に授業を受けて帰っていました。
Q4.授業について教えて下さい。
フィルムの詰め方など、基本的なことも皆一緒にやるので、まったくの素人に戻った感じでしたが、フォトグラムなど、初めて聞く名前だったり用法だったりを知ることで表現の幅が広がりました。はじめての現像作業では、自分の手を印画紙に置いて光を当てて感光させたんですけど、手だけが白く残って周りが焼けて影絵の逆みたいになるんです。光で写真を作るんだなって、すごく印象に残りました。
Q5.講師の西村先生はどんな方ですか。
すごく素直な方なので、自分も素直でいい、格好つけなくていいんだと思えます。撮影実習も実習という感じではなくて、みんなで旅行をしているように自然体で、普段どおりの生活の中で写真を撮っていく感じでした。
Q6.現在はどんな写真を撮られていますか。
美学校に入ってから撮り始めたいくつかのシリーズを継続して撮影しています。美学校に入ってから始めたものは本当に多いですね。他の講座の人の作品を見ていると、もっと写真にできることがあるんじゃないかって刺激をもらうんです。一人でやっていたら絶対に撮らなかった、作らなかったであろう作品がたくさんあります。展示をしたいギャラリーがあるので、展示が決まれば、まとまった形で発表する予定です。
胎樹 ©Yasunori Miyasaka
Q7.受講を検討中の方に一言お願いします。
あんまり考え込まずに、軽い気持ちで入ってもらっていいと思います。とりあえず何か始めてみれば、そこから広がっていくので。何かひっかかるものがあれば是非。
宮坂 泰徳(みやさか・やすのり)
「写真工房」2014、15、16年度生。現在は写真家として長野を拠点に作品を制作。主な展示は「写真工房展」(2015、2016)、「五十一八クリエイティブ・プロジェクト」(2016)など。森、鉱物、ポートレートなどモチーフに撮影。Facebookはこちら。今後の展示予定:撮影協力「展示名未定」2017年9月12〜17日 Gallery銀座一丁目
※1 細江英公
写真家。1933年山形県生まれ。51年に富士フイルム主催「富士フォトコンテスト」学生の部で最高賞を受賞後、東京写真短期大学(現東京工芸大学)に入学。63年に三島由紀夫をモデルに撮影した『薔薇刑』で日本写真批評家協会作家賞を受賞したほか、70年に芸術選奨文部大臣賞、98年に紫綬褒章、08年に毎日芸術賞など受賞多数。
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「講座レポート『写真工房』」