美学校修了生座談会③―ドロップアウト編


参加者:
奥平聡(「未来美術専門学校アート科」修了)
新名庸生(「アートのレシピ」「スクラッチビルダー養成講座 フィギュア/デザイン」「美楽塾」修了
川上遥か(未来美術専門学校アート科」「美楽塾」受講
進行:木村奈緒(美学校スタッフ)
写真:皆藤 将(美学校スタッフ)
収録:2015年12月13日 美学校


入校に際して年齢や学歴を問わない美学校には、さまざまな人が集まります。これまで、美大に通いながら、会社に勤めながら美学校に通っていた方々のお話を伺いしてきました。今回は、美学校に入った後、もしくは入るにあたって、それまでの仕事を辞めた(ドロップアウトした)方々にお集まりいただき、美学校で訪れた人生の転機(?)などについてお話を伺いました。

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今回お集まりいただいたみなさん

──まずは、自己紹介をお願いします。

奥平 奥平聡と申します。昨年、「未来美術専門学校アート科」(講師:遠藤一郎)に第一期生として通っていました。職は転々としているんですけど、直近ではコンサルティング会社で働いていました。半年間授業を受けて、美術の方が楽しそうだなと思って会社を辞めて、今は作品制作をしています。美学校は、本だったか雑誌の記事だったかで、菊地成孔さんが美学校の講座のことを話していたのを読んで知って、「菊地さんに教われる学校がある」って頭の中に残っていました。

新名 新名庸生と申します。一昨年に「アートのレシピ」(講師:松蔭浩之、三田村光土里)を受講して、去年「美楽塾」(講師:JINMO)と「スクラッチビルダー養成講座 フィギュア/デザイン」(講師:メチクロ)を受講していました。なんで美学校を知ったのかは覚えていないんですが、もしかしたら『美術手帖』の広告だったかもしれないです。僕も、「アートのレシピ」を受講した翌年に転職しようと思って会社を辞めました。ずっと続けていくことはないかなと思っていた会社だったので、講座の受講が直接的な原因ではないんですけど、結構大きなファクターではありました。

川上 川上遥かと言います。私は、以前東京に住んでいた時期はあったんですけど、一度地元の岐阜に戻っていたので、美学校に通うために再上京してきました。上京するときに勤めていた会社を辞めて、今は美学校に通いつつ契約社員として働いています。地元にいるときに、自分がすごく小さな世界で生きているなと思っていて、このままどんどんどんどん小さい世界で縮こまって生きていくのはすごくつまらない、もう一回東京に出ていくきっかけがほしいと思ったんです。そのとき偶然ネットで美学校を見つけて、説明を読んで「こんなに面白い学校があるんだ」と思って、説明会も行かずに入校しました(笑)。

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左から奥平さん、新名さん、川上さん

──説明文だけで入校を決めるのはチャレンジングですね(笑)。奥平さんと新名さんは、なぜ美学校に入られたのですか。

奥平 以前から「消費者」として現代美術には興味があったんだけど、現代美術について一緒に喋る人もいなければ、それについて語る言葉も全然知らなかったので、美学校に来れば仲間ができるかなって。どちらかと言えばそんなにしっかりした動機ではなかったです。美学校で知識を蓄えて、将来的に美術について書いたりできたらいいなと思って入りました。

──美学校以外にも学校があるなかで、美学校に決めた理由はなんでしょう。

奥平 菊地さんの大ファンなので、菊地さんが教えている美学校には他にもすごい先生がいるに違いないというのが理由のひとつですね。当時やっていたChim↑Pomの講座(「天才ハイスクール!!!!」2014年度をもって閉講)の展覧会を見て「やってみよう」と思ったんです。

──菊池さんの大ファンなのに、遠藤一郎さんの講座にしたのはなぜですか(笑)。

奥平 (笑)。音楽は今までずっとやっていたから、仲間もいるし、音楽について語る言葉も多少は持ち合わせているんです。美術についての仲間とか言葉が欲しいという動機からすると、菊池さんの講座ではなく、美術の講座だよなと思ったんです。

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会社を辞めて作家として活動する奥平聡さん。
Twitter@dairanran
ウェブサイトはこちら

新名 僕もアートに興味があって、展示とかいろいろ観に行ったりしていたんですけど、周りに話せる相手がいなかったし、自分でも作れたらいいなと思っていたんです。だけど、アートにどう切り込んでいけばいいかよく分からなかったので、昔好きだった絵を上手く描けたらかっこいいなと思って、「アートのレシピ」を受講する一年前に青山ブックセンターでやっている「青山塾」というイラストの学校に一年間通っていました。ただ、勢いでグチャッと描いてしまうときがあって、先生に「イラストの世界では微妙だけど、アートの方に行ったらいいよ」と言われたんです。アートをやるには、絵が上手いだけじゃなくて理論も知っておかないといけないと思っていたので、絵の描き方だけでなく理論的なことも教えてくれる学校を探して見つけたのが美学校でした。

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──川上さんは、もともと美術が好きだったんですか?

川上 小さい頃から絵は好きでしたけど、趣味みたいな感じで描いていたので、アートにすごく興味があったわけではなかったです。視野を広げたいと思ったときに、美学校を見つけて、視野が広がれば自分が絵を描くうえでも良い影響があるんじゃないかなって思いました。

──視野を広げてくれそうなのが「美楽塾」と「未来美術専門学校アート科」だった?

川上 そうですね、JINMOさんも遠藤さんも、こんな人たち見たことなかったから「何だこの人たちは?」と(笑)。JINMOさんが美学校で授業をしたときの動画を見て、その時点で面白いなと思いました。遠藤さんのことは全然知らなくて、講座の説明文だけ見て受講したから、他の人たちにも「よく来たね」って言われます(笑)。でも、直感で美学校来るしかないって思っていたから、あんまり深く考えずに受講しました。

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──講座の内容について教えていただけますか。

奥平 「未来美術専門学校アート科」は、遠藤一郎さんの思考の過程とか、結果に辿り着く道筋みたいなものを受講生に追体験させるプログラム構成だなって思いました。我々と一郎さんは体験したことが違うので同じ結論にはならないんだけど、いま一郎さんが持っている考えに行き着いたのには、ある道筋があるんです。その道筋を引き出すために「今日は自分の人生をグラフ化してみよう」とか、「自分がついやっちゃうことをぶっちゃけてみよう」とか、おそらく一郎さんも過去にやったであろう作業をやるうちに、受講生自身が自分の中にある軸みたいなものに気づくんです。自己啓発セミナーに多いタイプですね(笑)。

一同 (笑)。

川上 今の「未来美術専門学校アート科」は学校に来る機会が少ないから、一期と二期ではやっていることがちょっと違いますね。

皆藤 授業日が毎週月曜日から、毎月特定の土日二日間で一ヶ月分の授業を行うというシステムに変わったのは大きいですね。

川上 一期は、遠藤さんの伝えたいことをもとに自分に置き換えて考えてみるとか、座学が多かったのかなと思うんですけど、二期は土日二日間で時間があるから外に行くことが多いです。静岡とか長野とか色々なところに行って体験することが多いので、感覚的な部分で教わっているところが大きいのかなって思います。「この間の体験で伝えたかったことはね」って、体験を補足するのに美学校で座学もやるんですけどね。

──どんなところに行くんですか?

川上 神社に行ったり深海魚水族館に行ったり酵素作ったりしましたね。根本に「既知外(きちがい)」になれというのがあるので、今まで自分が絶対に経験したことがないであろうことばかりやっています。バカみたいなことだけどやってみたらこんなに面白いとか、一般常識で見ると「なんだそりゃ」で片付けそうなものも体感するとこんなに格好いいとか、新しい視点ができます。あんな世界もある!こんな世界もある!っていうのが増えていくんです。

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──新名さんは3講座受講されていましたが、それぞれどんなことをやっていましたか?

新名 美学校に入るまでは、独立して隔絶された世界として「アート」を捉えていたんですけど、「アートのレシピ」は講師の松蔭浩之さんが、自分の生活やカルチャーからアートを語ってくれます。人生や生活に密着してアートが存在するという「アートの立ち位置」を教えてくれたのがすごくためになりました。もしアートのことだけをやる講座だったら、ただの頭でっかちで美術を捉えていたと思います。「アートのレシピ」を通じて、いろんな分野がつながっていて、ひとつの分野だけでは語り得ないことを知ったので、「美楽塾」と「スクラッチビルダー養成講座」を受講しました。「美楽塾」は、良いインプットが良いアウトプットに繋がるから、芸術に限らずいろんな世界を体験しようという講座です。人って今持っている知識だけで、世の中はこういうものなんだって決めつけちゃうけど、外にも世界があることを知ることによって、どんどん垣根がなくなっていくんです。「スクラッチビルダー養成講座」は、講師のメチクロさんが商業的な分野で活躍している方なので、アートとデザインの違いとか、モノを作るときは発信する相手を定めてから作るのがいいとか、商業的な部分とアート的な部分のバランスをとるのは結構難しいといった話をしてくれて、アートとは違った視点を得られました。アートと商業って別々のものって考える人も多いんですけど、そこもなだらかにつながっていることを教えてくれたのはメチクロさんですね。

──「美楽塾」については、川上さんも同じ印象ですか?

川上 そうですね。今は私一人で受講しているので、受講生が複数いるときとは少し違うかもしれませんが、根本的には一緒です。アートに限らずいろんなことをインプットするので、すごく情報量が多いです。とても楽しいんですけど情報がうわーっと来るので、授業を受けた夜は頭がぼやーっとして、3〜4日はひきずります(笑)。だから、その瞬間すぐに噛み砕いて吸収するというよりは、体験が蓄積されてアウトプットにつながるのかなと思います。

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──今回は「ドロップアウト」という枠組みでお集まりいただきましたが、「美学校に来て人生が変わった人」というイメージに一番近いのは奥平さんかなと思うんですが(笑)、いかがでしょうか。

奥平 一生いまの仕事をするのではなく、いつか好きなことを仕事にしたいと思って美学校に来たのですが、それが「辞めちゃえ」になったのはどうしてですかね…(笑)。2014年の10月に一郎さんの講座に通い始めて、その年の12月に辞めますと言って、正式に退社したのは1月末です。

──急展開ですね。

奥平 そうですね。それまで美術をやるには美術史全般の知識とか審美眼が必要だと思っていたんですけど、必ずしもそうではないということが講座を受けて分かったんです。美術を始めて2ヶ月で美術について喋ったり作ったりしちゃダメだと思っていたけど、そうじゃないと分かったからもう辞めちゃおうと。準備期間を長くとる必要はないと思ったんですね。ギター始めて2ヶ月でギタリストって言ったらぶん殴られますけどね(笑)。

──今は主にどんなことをやっているんですか。

奥平 自分の声や他人の声を使ったパフォーマンスをやっています。一郎さんが「自分がついやってしまうことをモチーフにするといい」と言っていて、そう言えば昔から深呼吸するときとか考え事をするときに声が出ちゃうんですね。それで、声をモチーフにするのはいいんじゃないかって、迷いなく作品に落とし込めました。一郎さんのおかげですね。この間のTAT(※1)でもやったし、他の芸術祭にもその作品でエントリーをしています(4/29〜5/22に「かがわ・山なみ芸術祭2016」で展示予定)。

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別府現代芸術フェスティバル2015
パフォーマンス「A」@トキハ別府店
法定労働時間の間、自分の声を440ヘルツの「A」の音に合わせて発声し続けるというパフォーマンス。
規範と身体の間のズレや揺らぎを可視化し、社会の中で生きる我々の在り方を模索する。
パフォーマンス動画はこちら

──新名さんは、「アートのレシピ」を修了した翌年に転職したんですよね。

新名 そうですね。いつかは転職するだろうなとは思っていたんですけど、「アートのレシピ」を受講して松蔭さんの生き方を見て、人ってなんだかんだで生きていけるんだって自信になったんです(笑)。できるだけ同じ会社で働いて、転職するならステップアップとして…みたいな生き方が普通かなと思っていたんですけど、美学校や他の場所でいろんなイベントも観るようになったら、なんだかんだで生きて行けている人が結構いるんだって分かったので、転職先も決まらないうちに「辞めます」と言って辞められましたね。

──今はどんな生活をしているんですか。

新名 今はまた会社員をしています。最初の会社を辞めたあと、AVに興味があったのでAVの制作会社に入りました。制作の裏側を見れて楽しかったんですけど、お給料の面とか条件があわない部分があったので、大学時代に学んだコンピューターの知識を生かせる仕事に転職しました。転職って難しいイメージがあったんですけど、やってみたらそうでもなくて、ずっと同じ会社にいるよりも豊富な経験はできていると思うので、最初のきっかけで会社を「えいや」と辞められたのは、結構いい転機になったなと思います。

──作品の制作などはしていますか。

新名 以前からやっていた女装をやったり、映画のレビュー記事を書いたりしています。映画は美学校の講座で学んだわけではないんですけど、映画に関心のある人が周りにいて、発信しても受け容れてもらえたり話ができたりするのは、映画を見続けるモチベーションになってます。一人で見ても楽しいっちゃ楽しいんですけど、やっぱり共有できると楽しみが倍になるので、そういう仲間ができたのはすごく大きいですね。女装も美学校に来る前からたまにやっていたんですけど、「何かになりきること」をアートの視点で教えてくれたのは松蔭さんですね。単に女装をするって言うと、変態チックでアングラな人みたいな感じですけど、アートという枠組みで芸術的な付加価値を与えれば、その行為に意味をもたせられるというか。アートという枠組みって人を救うものだと思っています。実際、アーティストのなかには一見ただの変態みたいな人もいますが、それを許容してくれるのがアートだと思いますし、そういう人たちのあり方を知ることは僕の個人的な生活にもプラスになっています。

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──川上さんは現在受講中なので、目に見えての変化はまだないかもしれませんが、岐阜での生活と比べていかがですか。

川上 私も新名さんと同じで、意外と人間って生きていけるんだって思いました(笑)。JINMOさんはちょっと特殊ですけど、遠藤さんを見ていてもそう思いますね(笑)。あと、今までだったら常識的に考えて「ないじゃん」って片付けていたことを、面白がれるようになりました。自分が言ったことについても、JINMOさんも遠藤さんも「それ面白いね」って言ってくれるので自信が持てるし、これでいいんだって思えます。JINMOさんは、「やってダメなことはないから、ダメって言われたことも全部していいんだよ」って言って、写真撮っちゃダメな場所でも写真撮るし、入っちゃダメっていうところも入る(笑)。でも普通にいろんな人から好かれていて、人間としてかっこいいなと思う部分がたくさんあります。常識に囚われているところはまだあるんですけど、常識に囚われにくくなりましたね。

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──みなさんにとって、美学校はどんなところですか?

奥平 やっぱり美学校に来て楽しくなりましたよね。たとえば、小説を読んだりその辺のビルを見たときに、今ままでは1しか面白くなかったものが、見方が変わって3とか5面白くなった。あとは、面白いと思っていたけどやらなかったことを積極的にやるようになったから、24時間のうちの楽しみレベルがあがったかな。とにかく楽しくなりました。

川上 美学校は、今まで自分が生きてきて積み重ねてきたものを一回壊して再構築できる面白い場所だと思います。こんなに何でもない風に見えるのに、キレッキレのことをやっているのが面白いなって。これだけのことをしていれば、「こんなに凄いんですよ」って言おうと思えば言えると思うんですけど、言わないからいいなと思います。JINMOさんの講座も遠藤さんの講座も、講座で「ここ行きました」とか「これ見ました」とか事実は言えるけど、「それで何勉強したの?」って聞かれると、この場で説明するのは難しいんです。その場に自分がいたから分かることで、伝えにくいけど、伝わりやすい言葉にすぐに変換できる以上のものがあるんです。「これが学べるから美学校がいいんです」っていう言葉に収められない以上のことが体感できるんじゃないかなって思います。

──奥平さんは作家として既に活動していますが、新名さんと川上さんは今後やってみたいことなどありますか。

新名 アートを学んだからアート活動をやるという必要はあまり感じていません。日々の生活とアートはかなり密接しているので、生きていくなかで何かプラスされたっていう実感があればそれはそれでいいんじゃないかなって思っています。特別なことをやりたくなったらやればいいし、今はそうではないなと思ったら何もする必要はないと思っているので、普通に生きていこうかなと思っています。

皆藤 なかなか言えないよね、普通に生きていくって。

川上 かっこいいですね。私は、特別にアーティストとして名乗ってやっていくつもりはまだないんですけど、絵は描いていきたいし、絵だけじゃなくて写真的な表現なんかもやっていきたいです。でも、半年ほど講座を受けて価値観がガラッと変わったので、講座を修了するまでのあと3ヶ月でまた変わるんじゃないかなとも思います(笑)。

──みなさんのこれからの人生がどう展開するか楽しみですね。本日はありがとうございました!

一同 ありがとうございました。


※1 TRANS ARTS TOKYO
東京都神田錦町の旧東京電気大学跡地を拠点に、2012年から毎年開催されているアートプロジェクト。空きビルなど、都市のさまざまな空間を活用し、コミュニティに根ざしたプロジェクトを展開。美学校の修了生や講座も、展示やパフォーマンスを行っている。http://www.kanda-tat.com/

次回は「音楽講座編」をお届けします(2016年3月中旬公開予定)。
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