メロディは「時間が織りなすドラマ」である
―作曲演習
文・写真=木村奈緒
例えば、とてもつまらない映画を鑑賞し終えたとき、人は「お金を返してくれ」と思う以上に、「時間を返してくれ」と思うのではないか。それは、たかだか2時間でも、有限なもの(時間)を無駄に使ってしまったと感じるからだろう。逆を言えば、2時間を使い終えたときに、楽しい、充実した時間だったと思えることが「良い映画」の条件のひとつなのかもしれない。
基礎から初め、歌詞とメロディの関係にも触れながら、『良いメロディ』を作るための技術を積み上げていきます。(講座紹介文より)
楽曲のなかでもメロディに焦点をあて、「良いメロディ」の制作方法を学ぶ「作曲演習」の講師・高山博さんはこう話す。「あなたにとって一番大切なものはなんですか?と聞かれたら、多くの人は命と答えるでしょう。命とは何かと言うと、自分の人生の時間のことだよね。だから、この一分一秒が自分のものであることが大事で、人に渡したくない。でも、3分の曲は、その3分を差し出すことを要求するんです。黙って聴けと。だから、楽曲はそれに見合うものじゃないといけない。」
つまり、良いメロディ(=音楽)とは良い映画と同じで、3分なり10分なりの時間を、満足して感じられるものということだ。「3分を使うということは、人生の体験になるということ。良いメロディかどうかは、自分が差し出した人生の3分間が、良い3分間だったと思えるかどうかにかかっている。いわば、聴いている人を旅に連れていくんですね。旅の最後に良い場所に辿り着いたり、戻ってこられたりしたら、良い旅になる。良いメロディって、そういうことなんです。」
講座の様子。写真奥が講師の高山博さん。
良いメロディとは
でも、どんな音楽を良いと感じるかは人それぞれでは?そう思う人も多いかもしれない。それには高山さんも「良いメロディは千差万別だと思います」と同意している。では、本講座で言う「良いメロディ」とは一体、何を基準に「良い」と言っているのか。
「その基準は、聴いている人に共感してもらえるかどうかですね。」講座でテキストとして使用している高山さんの著書『ポピュラー音楽作曲のための旋律法』のタイトルにある通り、講座では「ポピュラー音楽の旋律をつくる」ことを主眼に置いている。
「〈多くの人が共感できること〉が、ポピュラー音楽とかポップスというジャンルの、ひとつの価値なんです。対象を全世界にするか、日本の中の1000人にするかは自由。だけど、その対象が見えていないとダメ。他者がいることを前提にして作るんです。例えば、聴いている人が分からない音楽を作りたいなら、それでもいい。でも、〈聴いている人が分からない〉ということを分かっている必要があるんですね。」
高山博著『ポピュラー音楽作曲のための旋律法 聴く人の心に響くメロディラインの作り方』(リットーミュージック)
良いメロディを作るための授業法 その1
対象を想定し、共感してもらえるメロディを作る。その目的を達成するために講座では様々な工夫がなされている。多くの場合、講座は受講生が作曲した楽譜を全員に配ることから始まる。楽譜は受講生の手書きで、メロディ、歌詞、コードが書いてある。
「楽譜を書くと言うと嫌がる人が多いんだけど、楽譜を書くことで、抽象的な音楽が図形化されます。ここが上がっている、ここが下がっているといったことがはっきり分かるようになるから、楽譜を使っているんですね。しかも、1分の曲も、楽譜にすれば一目で見られる。楽譜は便利なんですよ。」 5月の開講からわずか9ヶ月。最初はほぼ全員が楽譜を書けなかったそうだが、今では、みんな楽譜を書けるようになっている。
良いメロディを作るための授業法 その2
楽譜が受講生全員に行き渡ったら、早速「合評会」が始まる。高山さんが受講生の楽譜を実際に弾き語り、それを受講生全員で聴くのだ。高山さんが時々ピアノを弾く手を止め、「このフレーズの繰り返し、3回目はやらない方がいいね。どう展開する?」と作曲した受講生に質問。受講生は「音を高くして〈ソ〉にする」と回答。
高山さん「そうだね、高くすれば良いわけだけど、コードがGだから、盛り上がるというよりは安定しちゃう。就職が決まって安心、みたいな感じにね(笑)。ここは〈ラ〉にすると次につながるほどよい不安定さが生まれるよね。」
歌詞と音符の長さのバランス、歌詞の意味と音階の一致、音符や休符の長さ。それらを高山さんが受講生ひとりひとりに問うことで、メロディがみるみる良いものになっていくことが分かる。「授業では、これはだめでしょという言い方はしません。そうではなく、聴いた人がどう思うか?という聞き方をするんです。僕の美意識を押し付けるのではなく、僕の見積りを伝える。聴いた人がどう思うかの見積りはこうなんだけど、君はそう思わないか、と。」
受講生に問いかけながら、より良いメロディを考える。
ちなみに、作曲時に歌詞をつけるのにも、ちゃんと意味がある。「歌詞はなんでもいいから最初からつけてもらっています。ポップスの場合は歌詞がつかないとメロディが確定しないことがよくあるから。歌詞講座じゃないので、歌詞の良し悪しは全然言いません。でも最初から歌詞と格闘しながら作曲することが、良いメロディにつながると思うんです。それに、みんな日々言葉でコミュニケーションしているでしょう。言葉という音体験を生かさない手はない。むしろ言葉とメロディを切り離すことで、発想の幅が狭まってしまうんじゃないか。いきなり〈ド〉とか〈レ〉の話をするより、〈君(きみ)〉にする方がやりやすいと思うんだよね。」
メロディで良い楽曲は生まれる
他にも良いメロディを作るための秘密はたくさんあるのだが、それらは是非講座を受講して体感してみてほしい。高山さん曰く「日本中でこんな授業をやっているのは多分ここしかない」とのこと。一般的に作曲というと、「コード進行とアレンジを中心に教えている」ところが多いそうだ。「そもそも、日本のポップスはコード進行に凝ったものが多いですよね。オアシスなんて、AメロとBメロのコード進行が一緒ですからね。」そんななかで、高山さんが「メロディ」に注目したのはなぜなのだろう。
「コード進行に凝った曲も、もちろん良くて、その面白さもすごく分かります。僕の場合は、仕事で商業音楽を手がけたときに、〈なんでもいいから良いメロディの曲つくって〉とか〈ここで泣かして〉といった注文が色々あった。とにかくメロディを作れるようにならなくちゃ、と人の作ったメロディを分析したりして、ノウハウを蓄積していたんですが、ある時それを本にしようと思ったんです。本を書いたら教えたくなって、今に至るわけですが。」
楽曲を聴きながら解説することも。
この日は「アナと雪の女王」の「レット・イット・ゴー」の構成について解説。
メロディに関するノウハウを本にしようと思った理由は、「メロディについてきちんと解説している本がないというか、メロディの作り方が対象化されていなかった」からだそう。「つまり、作曲といっても結局はコード進行法。極端な話、メロディは天から降ってくるのを待ちましょうとか、ある日起きたら良いメロディが出来ています、みたいな神秘的なエピソードの紹介だったり(笑)。メロディそのものをどうやって作るかという話がなかったんです。」
しかも、巷には「良いメロディはすでに出尽くしている」という俗説が流布されているという。
「例えばハ長調の中には8音、(ド)が被っているから正確には7音しかない。その7音の組み合わせで出来る良いメロディは数学的に出尽くしていて、新しいメロディはもはや存在しない。だから、メロディ以外の要素でしか良い曲は作れないんだ、という俗説が流布しているんですね。でも、そんなことはないんですよ。ビートルズの『イエスタデイ』が出来るまで、イエスタデイはなかったでしょう。1960年代だって70年代以後だって良いメロディはいくらでも生まれているわけだから、全然可能性はあるんですよ。」
「メロディは時間の織りなすドラマ」
再び、良い音楽を良い映画に例えて、本稿を締めくくりたい。「男と女の恋愛話は既に出尽くしているのではなく、語り口でいくらでも描けるでしょう。例えば、奥さんが死ぬというストーリーも、幸せな結婚生活から奥さんの死亡までを順に描くのか、いきなりお葬式のシーンから始まって回想で幸せな生活を見せるのか。プロットの違いで見え方が変わります。それは、メロディを作る場合もすごく重要なんですよ。メロディは時間の織りなすドラマなんですね。」
ふとした鼻歌でメロディが生まれることはある。だけど、それを一曲に仕上げるのは難しい。鼻歌で消えてしまった名曲は数知れない。しかし、鼻歌の構造が分かれば、ここを上げよう、ここを下げよう、じゃあ次はこうしよう、とアイディアが出てくる。その構造を学ぶことができるのが、「作曲演習」だ。
念のため補足しておくと、作曲演習は、楽譜を読めない・楽器を弾けない・コードを知らない人でも受講可能だ。音符の向きが間違っていたら高山さんが直してくれるし、知らないコードを無理して使う必要もない(なぜなら、1コードでもメロディ次第では良い曲が作れるから)。自分で曲を作ってみたいと思っているなら、まずは扉を叩いてみて欲しい。そうして、あなただけのドラマ=メロディを作ってみてはいかがだろうか。
▷授業日:隔週水曜日 19:00〜21:30
楽曲の魅力の源泉ともいえる『メロディ』を作る技術を学ぶ講座です。才能や偶然で済まされがちなメロディの作り方を体系立てて学び、曲作りのスキルを多面的に身に付けます。短いフレーズをつくることから始め、オリジナル楽曲を仕上げていきます。