講座レポート「アートのレシピ」


レシピに忠実であることが、オリジナルを生む─アートのレシピ

YouTubeで毎週番組を放送する人、有名企業を辞職して自分の関心の赴くままに生きる人、会社員として働きながら民家を利用したアートスペースをオープンさせた人、社会問題について様々な企画を通して問いかけを続ける人、文学・音楽・美術とボーダレスな作品を発表する人。この人たちはいずれも「アートのレシピ」の修了生(のごく一部)だ。同じレシピを学んだはずなのに、受講後の個々人の活動はまったく異なる。それが本講座の特徴のひとつと言えるかもしれない。

「『レシピ』と言っても、レシピサイトに載せるようなレシピじゃないよ。簡単で便利にアートができるとは誰も言っていない。アートを理解するためのいくつかのレシピを紹介しているんだ」

そう語るのは、「アートのレシピ」の講師を務める現代美術家・松蔭浩之さん。1990年に自身のアートユニット「コンプレッソ・プラスティコ」でベネチア・ビエンナーレに世界最年少で出展して以来、写真家、アートディレクター、俳優など多岐に渡って活動しながら、一貫して現代美術の世界で生きてきた。そんな松蔭さんの教える「アートのレシピ」とは一体どんなレシピなのだろうか。

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アートのレシピ6期生の授業風景

トンチキ、肉体塾、4040、ヨレヨレ…そして「アートのレシピ」へ

松蔭さんが初めて美学校を訪れたのは2000年のこと。同年開講した美術家・小沢剛さんの「トンチキアートクラス」の特別講師として呼ばれたのがそもそものきっかけだった。その後、02年に宇治野宗輝さんとのユニット「ゴージャラス」による「ゴージャラスの『肉体塾』」を開講。05年からは松蔭さんが会長を務める「昭和40年会」メンバーによる「4040(ヨレヨレ)アートコース」で講師の一人を務め、それを引き継ぐ形で松蔭さんによる「ヨレヨレアートセミナー」が07年に開講。2010年の10月期に「ヨレヨレアートセミナー」から「アートのレシピ」に名前を変更し、講座は今年で6期目を迎える。

「2010年の春に受講生が集まらなくて『ヨレヨレ』が閉講になったんだ。そんなこと初めてだからショックだったね。だけど、美学校事務局の皆藤くんに後期からのリベンジマッチを提案されて、やってみようということになった。そのときに、もっと分かりやすい講座名に変えようという話になったんだ」(松蔭)

新講座について、皆藤さんからの提案はふたつあった。ひとつは当時の潮流に合わせて「カタカナ」の講座名にしてはどうかということ。もうひとつは、料理を楽しむようにアートを楽しめるよう、アートの間口を広げるような講座にできないかということ。料理の得意な松蔭さんと皆藤さんは、当時よく料理のイベントを開いていたのだ。

「皆藤くんの提案を受けて、だったら『アートのレシピ』がいいじゃんって即答したんだよ。ちょっと馬鹿すぎるかなとも思ったけど、ゴロもいいからこれでいこうということになって『アートのレシピ』を旗揚げしたわけです」(松蔭)

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講師の松蔭浩之さん

まずはレシピに忠実に、オリジナルはそれから

最も多くの人が通いやすい土曜午後の講座であるがゆえに、講座には学生、社会人、主婦など多様な人が集まる。美学校は「学歴、年齢、国籍不問」をうたっているが、まさにそれを体現しているのが「アートのレシピ」だと松蔭さんは語る。

「年齢も国籍も経験もバラバラの人たちを前にして、全員を作家にしますというのはまず無理なんだ。ほとんどの人は天才じゃないし、コツコツ努力することも嫌い。それで作家として生きていくのは難しい。嘘はつきたくないんだよ。だけど、現代美術の作法を知ることで世界の見え方や生き方が変わる。しかも、ここに集まった人たちで、そうした考え方や生き方を共有できる。仲間ができるんだ」(松蔭)

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年齢も肩書も異なる人たちが集まる「アートのレシピ」

具体的には、「オブジェ論」「セルフポートレイト実践」「フィジカルアート」「写真論」「プレゼン魂」の5つのカリキュラムに沿って授業は行われる。年によって若干の変化はあるが、これら5つのカリキュラムは毎年変わらず行っている。

「絵画至上主義の側面が残る現代美術の世界で、絵以外の手段でどう闘うか。僕が作家としてやっていることだけど、画材とか作品を作るための道具がなくても表現ができるかどうか。それを一年かけて身につけてもらいたい。つまり、『レシピ』はあくまでもひとつのガイドラインであって、《こうすればこういう形になるよ》ということを伝授するわけ。そこからどう自分の料理に、作品に、生き方に変えていくかということなんだ。アレンジするなりオリジナルに改良していくには、まずレシピに忠実に作ってみなければならないんだよ」(松蔭)

講座内では不定期で三田村光土里さんによるワークショップ「よろめきアートサロン」も開催され、アーティストステートメントの書き方などを学ぶ。日本だけでなくヨーロッパなど世界各地で作品を発表している三田村さんから直接アドバイスを受けられるのは、とても貴重な機会。夏には会田誠さんの別宅がある九十九里で夏合宿が行われるなど、松蔭さん以外の「レシピ」も充実している。

講座風景:自分の言葉で語る「作家論」

実際の講座はどんな風に行われているのか。取材を行ったのは夏休み明け最初の講座。夏休みの宿題「作家論」の発表が行われる日だった。自分が気になる作家について調べたことを、自分の言葉/ストリートな言葉でプレゼンテーションするというものだ。

講座は13時開始だが、いきなり制作を始めたり発表を始めたりするわけではない。講座はほぼ毎回、松蔭さんの話から始まる。この日は、松蔭さんが受講生に「夏休みに心に残ったエピソード」を質問するところから始まった。一見単なる雑談のようにも見えるが、受講生の一人がコミケに行ったという話から、村上隆さんがプロデュースするGEISAIについて松蔭さんが言及。楽しい会話のなかにも、ときどき「アートのスパイス」のようなものが加えられるのが面白い。

そうして席が暖まったところで、いよいよ作家論の発表に。「田中功起」論、「具体」論、「トーマス・エジソン」論が、受講生それぞれの言葉で語られた。松蔭さんや他の受講生の質問から、作家が海外で学ぶことの是非や、発明とアートの関係性などに議論が発展。時間が足りなくなり発表を次週に持ち越した受講生もいたほど白熱した。

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「田中功起」論。田中さんがベネチア・ビエンナーレ日本代表に選出された理由について持論を述べる受講生

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白髪一雄の迫力ある作品に惹かれ「具体」論を発表。
「勢い」だけで評価され続ける人はいるだろうか?との問いかけも

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偉い人だと思っていたけど、フェチがあるのを知って親近感が湧いたという「トーマス・エジソン」論

「現時点でのそれぞれの最高点を持ち寄る」修了展

こうした講座の集大成とも言えるのが、一年間の講座が修了したあとに行われる修了展で、これまで毎年欠かさず行われてきた。だが、修了展の開催は必須ではなく、松蔭さんも受講生から求められれば「講師」ではなく「コーチ」としてアドバイスをするだけ。あくまで生徒の自主性に任されている。

「修了展でここまで盛り上がるクラスはないんじゃないかな。やってもやらなくても良いっていつも言ってるんだけどね。一番良くないのは、「やらされている感」。それと、時間が足りなくて『なんちゃって』な展示になってしまうこと。だけど、そういうバッドな要素がまったくないんだ。現時点でのそれぞれの最高点を持ち寄るから、それは不思議だね」(松蔭)

普段講座を行っている教場を様変わりさせる展示や、受講生によるパフォーマンス、会田誠さん等をゲストに迎えた公開講評会は美学校外の人からも好評で、毎年多くの人が展示に訪れる。松蔭さんが撮影やデザインを手掛ける修了展のフライヤーも見どころのひとつだ。

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第5期修了展「週末家族」展示会場にて第5期生と松蔭さん、三田村さん
手にしているのは松蔭さんデザインの修了展フライヤー

本物のレシピを手に、自分のレシピを作る

「講座では作家を作らないと言っておきながら、受講生に対して僕なりに何か結果を出してあげたいという気持ちはもちろんあるよ。お腹いっぱいになってほしいというかね。『レシピ』だからさ」(松蔭)

受講生にはデッサンをさせておいて、自分はiPhoneを見ている。世の中にはそんな授業をしている美術の講師もいるかもしれない。だけど自分はそんなことは出来ない。働いて稼いだお金を払って受講している人に対して、それに見合ったサービスを提供しなければ自分の役割を果たしたことにならないのではないか。そう考えていると松蔭さんは話す。

「土曜日の授業はいろんな人が来ると言ったけど、社会人にしろ主婦にしろ、自分で学費を用意してくるんだよね。当然モチベーションは高い。だから、僕も本気で取り組むぞという姿勢を見せ甲斐がある。土曜日の授業はエキサイティングだよ」(松蔭)

25年以上、現代美術の世界で生き抜いてきた松蔭さんが指南するレシピは、誰もが手軽に真似できるほど簡単ではないが、本物であることは間違いない。どんな料理を作っていいか分からないとき、新しい調理法に出会ってみたいときにレシピ本を手にするように、松蔭さんのアートに、生き方に出会ってみたい人は、是非アートのレシピを訪れてみてほしい。自分のレシピを作るのは、それからで遅くない。

取材=木村奈緒 写真=皆藤将、木村奈緒

Matsukage Hiroyuki

▷授業日:毎週土曜日 13:00〜17:00
俗にいう「現代アート」に限らず、音楽、映画、サブカルもアングラも含めた文化全般を視野に入れた講義、ワークショップを実施します。かならずしもアーティストを養成することが目的ではないですが、節々でアートの実践を体験してもらうことで、クリエイティビティー(=創意工夫)の本質を知ることを目指します。