「テクニック&ピクニック」講師・伊藤桂司インタビュー


2021年に開講した「テクニック&ピクニック」。講座では「コラージュ」「古本、中古レコードのカスタマイズ」「カットアップ」「ZINEの制作」などの課題を通じ、創作における技術の獲得(テクニック)と楽しさの探求(ピクニック)を行います。自身の作品制作と並行して、数多くのグラフィックワーク、アートディレクションを手掛けてきた講師の伊藤桂司さんに、ご自身と講座についてお話を聞きました。

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伊藤桂司(いとう・けいじ)|1958年東京生まれ。’80年に雑誌 ”JAM” ”HEAVEN” でのデビュー以来、グラフィックワーク、アートディレクションを中心に活動。2001年東京ADC賞受賞。テイ・トウワ、スチャダラパー、キリンジ、バッファロー・ドーター、高野寛、ohana、オレンジペコー、愛知万博EXPO2005世界公式ポスター、イギリスのクラヴェンデール、SoftBank キャンペーン他多数のヴィジュアルを手掛ける。「四次元を探しに/ダリから現代へ」(諸橋近代美術館)など他数々の国内外展示に参加。個展多数。作品集に『LA SUPER GRANDE』(ERECT LAB.)、『DAYS OF PAST FUTURE』(Alex Besikianとの共著)他多数。京都芸術大学大学院教授。UFG代表。http://site-ufg.com/

 友人のコラージュに衝撃を受けて

伊藤 絵は、子どものころから描いていました。まだ字も読めないころに、家にあったジャノメミシンの文字を描いていて、それを見た母親が僕に紙と鉛筆を渡して以来、ずっと絵を描いていたそうです。よくある話ですが、学校の先生から「絵が上手いね」とほめられる子どもでした。でも、絵を描くことと同じかそれ以上に動物が大好きで、小学校の作文では「動物園の飼育員になりたい」と書いたのを覚えています。

 中学生になってからは音楽も聴くようになって、高校は、美術や建築を学べる建築系の学校に進学しました。高校卒業後は、中央美術学園(中美)という専門学校に入ったんですが、そこも自由度の高い不思議な場所でした。イラストレーターの空山基さんらが卒業されていて、話を聞いていたら面白そうだなと思ったんですね。入試らしい入試はなかったんじゃないでしょうか。中美では、授業よりも友だちとのつながりが大きかったです。当時、ロバート・クラムをはじめとしたアメコミに影響を受けて、仲間うちで回し読みをしているうちに「自分たちもこういうものを描いちゃおうよ」と、5〜6人でアメコミの「回し描き」をするようになりました。話の筋はめちゃくちゃだけど、漫画をリレー形式でつないでいくんです。

 そのなかで、あるとき友だちがコラージュをつくってきたことがありました。高校生の頃にシュルレアリスムを知って以来、マックス・エルンストやクルト・シュヴィッタースが好きだったので、もちろんコラージュは知っていました。だけど、あくまで歴史上の作品であって、自分にとってリアリティはなかったわけです。だけど、彼がつくった作品を見たら、そうした距離感が一気になくなりました。彼は僕らと一緒に行った旅行の写真や新聞紙、銀紙の切れっ端などを使ってコラージュをしていて、とにかく汚いんです(笑)。こぼしたコーヒーの染みもそのまんま。でも、「これでいいんだ」と衝撃を受けて、それから自分もコラージュ作品をつくるようになりました。

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雑誌『HEAVEN』でのデビュー

伊藤 中美を卒業したあとは、シルクスクリーンを製版する会社に1年間だけ勤めました。当時はまだ完全にアナログの時代で、シルクスクリーンの制作プロセスが、印刷物の入口と出口に当たるわけです。1年やれば大体のことは分かるだろうと思って、最初から1年で辞めるつもりで入社しました。もちろん会社には内緒です(笑)。会社に勤めながらもコラージュはつくっていました。製版会社なので、自分のコラージュ作品をフィルムに感光させてシルクで刷ったり、それをまたコラージュに使ったりして、ノートにコラージュをつくり貯めていました。

 会社を辞めたあとは、仲の良い友だちと一緒にケーキ工場でバイトしたりしていましたが、ひょんなことから雑誌『HEAVEN』──そのときは『HEAVEN』の前身の『Jam』でしたが──の編集長とつながって、貯めていた作品を見せたら「これは面白いね」ということで『HEAVEN』でのデビューにつながりました。当時は「交換広告」というのがあって、たとえばCISCOというレコード屋の広告を『HEAVEN』でつくる代わりに、CISCOの印刷物に『HEAVEN』の広告を載せてもらうんです。僕もCISCOの広告をコラージュでつくったりしていました。『HEAVEN』はカルト的な人気があって注目されていたので、『HEAVEN』で僕の仕事を見た人から連絡があって、少しずつ仕事が増えていきました。

 そうして雑誌やCDのアートワークの仕事をしながらも、絵やコラージュ作品はずっと制作していました。もちろん仕事と制作は発生の仕方からして違いますが、両者を区別するという意識はあまりありません。仕事を依頼する側も、僕のセンスを信じて依頼してくれているし、それに呼応するように、さらに面白い返しをしながら進めていく過程はスリリングで面白いです。音楽はアートワークも含めた総合芸術で、アートワークの制作はミュージシャンとのコラボレーションだと思っています。

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2022年にPARCELで開催された伊藤桂司個展「VERDE CÓSMICO」の展示風景

自由と不自由を味わい、テクニックを身につける

伊藤 テクニック&ピクニック」では、最初に「自分を探すチャートづくり」を行います。箇条書きでもいいので、自分が影響を受けたものや好きなものを言語化するんです。そうすると、自分の状態を対象化できるし、自分についての再発見もあるわけです。できたチャートを受講生同士で見せあって、ああだこうだ言い合うことで刺激も受けると思います。

 「記憶のドローイング」という課題では、ドラえもんやミッキーマウスを何も見ないで描きます。あんなに見慣れているキャラクターでも意外と描けなくて、出来上がった絵を見るとめちゃめちゃ面白いんですよ(笑)。そうしてインプロ(即興)で自由を味わったら、次はテンプレートと定規だけを使ってドローイングを描くことで、不自由さを味わいます。つまり、限定された条件下で、いかに解釈して自由を獲得するかということですね。条件や制限が加わることで、自分が持っていた手癖のようなものが少しの間だけでも無化できて、そこから新たな表現につながることもあります。

 「パースペクティブ」の回も重要で、パースを認識するだけで絵の描き方がガラッと変わることがあります。「コラージュ」ももちろんやりますが、「カットアップ」の回も面白いです。その日の新聞や週刊誌のテキストをズタズタにカットして即興で新たに言葉をつくるので「言葉のコラージュ」とも言っています。レコードや古本をカスタマイズする回もありますね。一からつくるのではなく、既存のものを自分なりにアレンジすることでセンスのトレーニングになります。これらの課題を通してテクニックを身につけたら、「向こう側の世界」という課題で自分の内側の世界に突入して制作をしてもらいます。そうして自分を掘り下げた後に1年の締めくくりとして、これまでに得た体験知、テクニックを集約してZINEをつくります。

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毎回の授業内容がメモされている

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受講生の作品をまとめたZINE
下は「カットアップ」の作品をまとめたもの

原石を見出す

伊藤 僕は大学でも授業を担当していますが、義務教育の延長で大学に進学したり、両親に言われて入学してきた学生もいて、必ずしも自分の意思が明確になっていない学生もいるんですね。そうした状態で授業を受けると、たとえば自由課題を出したときに、何をしていいか分からなくてキョトンとしてしまいます。それは美学校でも同じです。もちろん自由課題のほうがやる気になる学生もいますけどね。僕ら講師は、学生が持っている「原石」みたいなものを見出してあげるのが仕事だと思っているので、少しでも面白い部分があれば引き出してあげたいんです。

 特に美学校は人数が少なくて濃密なので、その人が持っている面白い部分は、話しているとだいたい分かりますね。受講生が複数人いても、コミュニケーションは1対1が基本だと考えています。物事に取り組むにあたっては、リラックスした状態が一番うまく機能すると思っているので、授業ではBGMとして音楽をかけたりしています。

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  あと、大事なのはインプットとアウトプットの循環です。いつも言っているんですが、美味しい料理を作れるシェフは、普段から美味しい料理を食べているでしょう。音楽も同じで、天才といえども何も聴いていない人から音楽は生まれてきません。絵を描くにしても、インプットは多ければ多いほどいいはずです。ただ、インプットだけではフラストレーションがたまるので、新陳代謝のようにアウトプットすることが重要です。アウトプットの仕方によって「デザイン」「アートディレクション」「ペインティング」と呼び名は変化しますが、「絵を描く」ことは、もっと自然で本質的な行為ですからね。内側から出てきてしまうものを大事にしてほしいと思っています。

 美学校は点数をつけなくていいところがすごくいいですね。僕も自由度が高いし、受講生とニュートラルな距離感で接することができます。点数ってすごく主観的なものでしょう。「上」はまだいいにしていも、「下」を切り捨ててしまうのはもったいない。僕は優等生って全然面白くないと思っているんですよね。だから「つくるんだったら、最高か最悪かどっちかにしろ」と、いつも言っています。最悪は最悪でいいんですよ。本人は自分のセンスに気づいていないから、センスは僕らが見つけてあげましょうって話です。受講生の原石に気づくのが僕らの仕事であり、使命だと思っています。

2023年3月6日収録
取材・構成=木村奈緒、撮影=皆藤将

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テクニック&ピクニック〜視覚表現における創作と着想のトレーニング〜 伊藤桂司

▷授業日:毎週月曜日 19:00〜22:00
グラフィック、デザイン、イラストレーション、美術などの創作における技術の獲得(テクニック)と楽しさの探求(ピクニック)を目的として、シンプルながら多様なアプローチを試みていきます。