岡啓輔さんと秋山佑太さんが講師を務める「建築大爆発」。建築とアートをフィールドに、時には建築からアートへ、アートから建築へフィールドを越境しつつ制作をつづける二人とともに、「つくる」ことを探求する本講座。先ごろ開催された2022年度修了展「自己民俗―遊び編―」では、受講生で民俗学研究者の山本拓人さんを中心に「自己民俗」という概念を提唱し、受講生それぞれが幼いころに行っていた遊びや、忘れがたい体験を元に作品を制作・発表しました。本稿では、展示に参加した修了生3名に、講座や修了展について振り返っていただきました。(取材・構成=木村奈緒、撮影=皆藤将)
岡さんが建設中の蟻鱒鳶ル(ありますとんびる)で開催された修了展「自己民俗─遊び編─」の模様
写真左から修了生の山本拓人さん、講師の岡啓輔さん、秋山佑太さん、修了生の濵田千晴さん、かわかみしんたろうさん
◉ 山本拓人さん
◉ 濵田千晴さん
◉ かわかみしんたろうさん
山本拓人さん
自己紹介
山本拓人です。大阪府枚方市生まれで、高校と大学の7年間を京都ですごしました。大学で古代史を学んだあと、フィールドワークの技法を身につけたいと思い、滋賀にある大学院に進学しました。院を修了したあとは、京都の田舎にある、ダムで水没した集落の展示を行う博物館の学芸員として勤務しました。その後、東京の博物館に学芸員として採用されたのを機に、2021年に上京してきました。いまは民俗学をはじめとした執筆活動をしています。
受講理由
博物館学芸員として働いていたときに、美術館学芸員の方と仕事をする機会があり、その方に美学校を教えてもらいました。僕が専門としている民俗学は、庶民の間で日常的に行われていることや、人々の間で自然発生して、いつの間にかルールになっているような「あいまいなこと」を研究対象としています。美術もそうした「あいまい」な部分を扱っていると思うので、美術館学芸員の方とすごく気が合ったんです。
そしたらその方が「美学校、向いてるんじゃないかな」と勧めてくれて。それまで自分は表現することに苦手意識があったし、アートなんか絶対できない人間だと思っていました。だけど、その一言にピンと来て、美学校に足を運びました。受講相談をしたスタッフの人に「それなら『未来美術専門学校』か『建築大爆発』がいいんじゃないか」と言われ、当時は仕事の都合で自由な時間が取れるか分からなかったので(事務局注:『未来美術専門学校』は校外での課外授業を中心に開催)、「建築大爆発」を受講することにしました。
授業について
とは言うものの、しばらくは自分がなぜ「建築大爆発」を受講しているのかよく分かっていませんでした。岡さんはひたすらしゃべっているし、秋山さんは椅子の話をしているし、自分は建築の話も大してできないし、どうしたらええんやろうと思って(笑)。ただ、授業終わりに秋山さんと飲みに行ったり、みんなで話をしたりしているうちに、「建築大爆発」がどんな講座なのか自分なりに見えてくるようになったんです。
岡さんも秋山さんも、建築とアートのアカデミックな部分ではなく、それぞれの分野の「端っこ」にいる人で、受講生も含めて少し異端な存在が集まっているのが「建築大爆発」なんだと。「民俗学」も、アカデミックではない在野の人びとも研究活動を行う「野の学問」なんですよ。枚方のローカルな物事にめちゃくちゃ詳しければ、それでもう民俗学者なんです。だったら僕は「アートと建築の交差点」に「民俗学」を持ち込めばいいじゃないかと。それならば、この講座は素晴らしいなと思うようになりました。
修了展について
修了展に作品を出すと決めてからは、自分が何を出すべきかずっと悩んでいました。講座では、秋山さんのアトリエがある秩父にも何度か足を運びましたが、秩父の温泉に入っているときに秋山さんが「建築とかアートとかまったく関係なく、自分が得意なことをやりましょう」と同期生のかわかみさんに言ったんです。そのやりとりがすごく印象的でしたが、それでもまだ自分は悩んでいました。「民俗学の視点で美術作品を発表する」ことを複雑に考えすぎていたんですね。
同じころ、ゲスト講師として授業に来た美術作家の松田修さんが「資料展示でいいじゃないか」と言ってくれて、その一言もずっと頭に残っていました。いよいよもう決めないといけないとなったときに、そういえば昔「電車ごっこ」をしていたなと思い出して、それを博物館の展示みたいにしたらいいじゃないかと思い立ちました。そこからは深く考えることなく、ただただ「遊ぶ」ことに没頭しました。
山本さんの作品の展示風景
「電車ごっこ」というのは、僕が子どものころにやっていた遊びで、架空の鉄道の路線図を書いて、自転車を電車に見立てて実際にその路線を走る遊びです。同じく展示した「ミッケ」も、小学館から刊行されている『ミッケ!』という絵本を模して、そこに自分のアイディアを加えた遊びです。ただ本を真似てつくるだけじゃなくて、自室を「樋之上図書館」と名付けて、図書館の蔵書として友だちや家族に貸し出しているんです。「樋之上」は自分が住んでいる場所の地名で、実際にはそんな図書館は存在しません。
雑がみの裏に描かれた「架空鉄道の路線図と車両」
小学校の夏休みに、自由研究で制作した京阪電車の模型
山本さんが「最も楽しみながら制作した作品」のひとつ
おばあちゃんと遊びながらつくった『ミッケ』
いずれの遊びも、僕が昔おばあちゃんと一緒にやっていた遊びで、今回の作品のテーマも「おばあちゃんと遊ぶ」でした。僕はおばあちゃん子で、おばあちゃんの部屋でよく遊んでいたんですが、そこは安心してやりたいことをやらせてもらえる空間でした。今回展示をしてみて気づいたのは、おばあちゃんの部屋でただ遊ぶということの中に、すでに「ものづくり」があったということです。それまでは「表現する」「作品をつくる」という概念に囚われすぎて、「表現」が牢屋の中に入っている感じでしたが、自分はすでに表現をしていたんですね。そのことに気づけたのは、建築とアートと民俗学の交差点に立てたからだと思います。
子どものころに遊んだ土地の土に再び水を加えることで「遊び」の記憶を掘り起こす
受講を終えて
修了展を通して、作品を展示して人に見てもらう行為そのものが楽しいと思えたので、これからも活動は続けていこうと思っています。僕はフィールドワークをずっとやってきているので、「建築大爆発」でよく通った秩父をベースに何かできたらいいなとも考えています。そもそも、僕がフィールドワークや民俗学を専門とするようになったのには、高校時代の経験があるんです。当時は色々と思い悩んでいて、このままではどうしようもないと思って始めたのが日本一周の旅でした。知らない土地に行って、そこに暮らす人の話を聞くことで、ルールとか社会の制度とか、こうしなければならないといった価値観とは異なるリアルな世界を見たんです。それがすごく衝撃的で、高校から大学まで7年かけて全都道府県を訪れました。
だから、僕にとって民俗学は、お金を得るため、学会に貢献するためにやるものではなくて「ただ好きだからやる」ものなんです。「建築大爆発」の修了展での「遊び」も、すごく楽しくて解き放たれた感じがありました。やろうとも思わず、自分が勝手にやってしまうこと。そうしたことができるのが「おばあちゃんの部屋」であり、「建築大爆発」の修了展でした。アートとは無縁だと思っていた自分が、表現に触れ直す入口が美学校で良かったなと思っています。
(2023年5月30日収録)
濵田千晴さん
自己紹介
濵田千晴です。美大で日本画を専攻していて、2019年3月に修士課程を修了したあと、仕事をしながら制作を続けています。2022年10月期から「建築大爆発」と「芸術漂流教室」を受講しました。大学の卒業制作で「自分が美術に出会ってから美術を理解していく過程」を絵巻物にして以来、「何かを知っていく過程」をテーマに作品を制作しています。自分が見た夢のことでもいいし、各地に伝わる伝承でもいいし、目の前の人が考えていることでもいいのですが、「簡単には知れないけど自分が興味のある事柄」について考えながら制作しています。
受講理由
大学卒業後は自室のアトリエにこもって絵を描いていました。もともと自分の描いた絵を空間の中でどう見せるかについて関心がありましたが、コロナを機に一層家にこもるようになってしまい、このままでは限界があると感じはじめました。日本画の世界で知った知識だけでなく、現代美術や建築について学ぶことで、空間のとらえ方や新たな視点を得たいと思い、現代美術の講座である「芸術漂流教室」と、セルフビルドをされている岡さんが講師の一人である「建築大爆発」を受講することに決めました。
授業について
「建築大爆発」の授業は、手を動かすよりも言葉を交わすことで考えを深めるものだったと思います。授業は、岡さんと秋山さんがその日あったことや、それぞれの関心事を話しはじめる形で進んでいきました。私はこれまで考えていることを視覚的にあらわすことが多かったので、言葉にするのはすごく新鮮でした。授業では、岡さんがつくっている蟻鱒鳶ルにも行きましたが、蟻鱒鳶ルがすごく暖かい空間だったことが印象に残っています。そのとき感じた暖かさや包まれる感じを、自分の作品でも出せたらと思っています。
授業の後半は、私の希望もあって、ステートメントの添削をしてもらいました。何を書いていいかわからないながらも、まずは自分の興味のあることを書き出していました。授業の2〜3日前から制作をストップして必死で書いていましたね。ステートメントを書くことで、自分が何にとらわれているのかがわかりましたし、やっぱり手を動かすことでしかわからないこともある、ということもわかったように思います。
秋山さんは美術に対してすごく熱い想いがある方だと感じました。秋山さんは私よりも、もっと広い視点で美術を見ていて、展示の見方ひとつにしてもいろいろと教えてもらいました。岡さんは建築をとても愛していて、蟻鱒鳶ルで身体を動かして制作している様子を見て、こんな規模でこんなことをやっている人がいるということに勇気をもらいました。同期のかわかみさんと山本さんも自分とは全然違う考え方で、二人との交流もすごく学びになりました。
修了展について
修了展では、手書きの楽譜をつなげて、自分が昔弾いていたアップライトピアノを制作しました。幼稚園の年長からピアノを習っていたんですが、中学3年のときに父親から「ずっとピアノの音がうるさいと思っていた」と言われ、10年間続けたピアノをやめることになったんです。それから高校2年生でデッサンに出会うまでの間は、悩み事があっても手が動かせず、悩みがダイレクトに襲ってくる感じで苦しい時期でした。
それまで、自分にとって辛い出来事をわざわざ人に見せたり聞かせたりするのってどうなんだろうと思っていました。だけど、ピアノを失ってからの辛い数年間は、自分の生活にとって表現が欠かせないものだと再認識する大切な時間でもあったので、この機会に形にできたらと思いましたし、「自己民俗」というテーマだからこそやってもいいかなと思えました。
当初は蟻鱒鳶ルの地下に、昔ピアノを練習していた「ピアノの部屋」と同じサイズの空間をつくって人が入れるようにしようと思いました。でも、蟻鱒鳶ルがあんなに素敵な空間なのに、作品を鑑賞している間、蟻鱒鳶ルとその人自身が分断されてしまうのはもったいないと思い、ピアノをつくることに決めました。父親に「ピアノの音がうるさいと思っていた」と言われた日、私は家中の楽譜を破ったんです。母親は、部屋じゅうに散乱している楽譜をごみ袋3袋ぐらいに分けて捨ててくれました。10年前は破ることしかできなかった楽譜をつなぎあわすことで、音を奏でることはできなくても視覚的に形にできたら、あの頃の自分から少し変わることができたのかもしれないなと思ったんです。
蟻鱒鳶ル地下の隅にたたずむ「ピアノ」
ピアノを形づくっている楽譜は、自分で草木染をした紙や和紙に、高校で歌っていた聖歌の楽譜を書き写したものです。それを麻紐でつなぎあわせて立体にしています。しっかりしたピアノではなく不安定なピアノをつくりたかったのと、地下のはじっこにさびしくいてほしいなと思っていたので、それが実現できて良かったです。じっと座って空間を味わってくれる人がいたのもありがたかったですね。絵を描くときは完璧を求めてしまいがちですが、今回はもう少しゆるやかな気持ちで制作できたかなと思います。
受講を終えて
自分の制作手法や作品は、半年間の受講で大きく変わるものではないと思いますが、「建築大爆発」を受けなかった場合の半年後と今とでは、確実に違いがあると思います。「建築大爆発」では「美術と建築の間」を感じることばかりだったというか、美術にも建築は含まれるし、建築にも美術が含まれるということを強く感じました。
私のように視覚的な表現しかやってこなかった人は、授業を見学せずに「建築大爆発」に飛び込んだほうが、良い経験になって面白いんじゃないかと思います。見学すると話せる人ばかりで怖気づいてしまうかもしれないので(笑)。入ってしまえば乗り越えるしかないし、私は飛び込んで良かったと思います。つくることは死ぬまで続けると思いますが、いつか自分の作品を見て「格好いいものができた」と思える日が来たらいいなと。そのために、「建築大爆発」で学んだことを含め、いろんな視点から「つくる」ことにアプローチしていきたいと思っています。
(2023年5月30日収録)
かわかみしんたろうさん
自己紹介
かわかみしんたろうです。仕事は精神科医をしています。興味関心は、精神、建築、宗教のちょうど真ん中あたりです。赤瀬川原平さんのことを知るなかで美学校を知り、オープン講座として開講した「建築大爆発」と、本講座の「建築大爆発」を2年受講しました。
受講理由
もともと建築家になりたいと思っており、美学校で建築の講座が開講することを知って受講したいと思ったのがきっかけです。美学校が社会人も通える学校なのも決め手になりました。複数年にわたって「建築大爆発」を受講した理由は、ゆっくりじっくり話をしながら、物をつくることや頭で考えることができる環境だと思ったからです。
授業について
「建築大爆発」の授業で印象に残ったことは、たくさんありすぎて挙げきれません。受講生は建築関係の人だけでなく、民俗学や芸術、OLなど、様々な背景を持った方がいました。一人ひとりが面白く、話をしているだけでも、あるいは沈黙しているだけでも何かしらの刺激がありました。頭では忘れてしまったことも多いですが、身体に強く影響を受けていると思います。
修了展について
2021年度の修了展は「ありの手からはじめる」と題して制作を行いました。展示のテーマは当時のメンバーと話し合いを続けていくなかで自然と決まりました。私は「十字建築のサンプル―住宅外壁のサンプルのサンプルで刑務所のサンプルを作る─」を制作・展示しました(詳細は右記リンクを参照:https://www.electrical-temple-metakoinon.com/post/「十字建築のサンプル-住宅外壁のサンプルのサンプルで刑務所のサンプルを作る-」)。展示全体にも各々の作品にも、作家の素直な思いが反映されているように感じました。気取らなさなのか、ダサさなのか、泥臭さなのか、言葉では表現しにくいですが、背伸びせずに、また縮こまらずに、何かをやってみる経験ができたと思います。
「十字建築のサンプル―住宅外壁のサンプルのサンプルで刑務所のサンプルを作る─」展示風景
2022年度は、「自己民俗―遊び編―」をテーマに修了展を開催しました。岡さんと秋山さんは、受講生それぞれの個性や特性をいつも丁寧にすくいあげてくれるので、今年も受講生に合ったテーマが自然と出てきました。この年は秋山さんに「得意なものをやってみよう」と言われ、これだけは誰にも負けないだろうと思った「カードサッカー」をやることにしました。
「カードサッカー」展示風景
「カードサッカー」とは、私が小中学生のときに熱中してやっていた一人遊びです。約20年ぶりにプレイし、その様子を映像で展示するとともに、会場で来場者の人と共にプレイしました(詳細は右記リンクを参照:https://www.tokyo-mental-cleaner.com/post/カードサッカー )。「自己民俗」という観点から作品制作を行ったことで、自己の振る舞いの根源に近づけたというと大袈裟かもしれませんが、小さいときの自分と今の自分に補助線を引けた感覚があり、その中で色々な妄想ができました。今回の展示での体験は、今後の活動につながると思います。
丸めたティッシュをボールに、ティッシュの空き箱をゴールに見立ててプレイする
受講を終えて
作品制作はあまりやってこなかったので、講座を通して作品をつくることで、自分の中の知っていそうで知らない部分を外在化できた感覚がありました。また、作品について様々な人と話すことによって作品が多元化していき、自分の中の多様な部分を実感できた気がします。そのおかげか、以前より「心のうぶ毛(中井久夫)」が少し伸びて、安心して生活できるようになり、また友人も増えました。
今後は、精神医学と建築と宗教の間で、「モノ」より「コト」を素材とした「神殿」という場所の制作を継続していきます。また「建築大爆発」で経験したことをベースに、自分にできる「建築」を作ろうと思います。普段仕事で精神科臨床をしていて、その人の主体性はどこにあるのか、あるいは無いのか、私に見えていないだけなのか、と思うことが多々あります。「建築大爆発」では、知らない間にその人の主体性がじわじわ出てくるような、出てこないような、そんなむずむず、わくわくするような感覚が味わえます。ぜひ受講してみてください。
(テキストでの回答をベースに再構成)
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▷授業日:隔週金曜日 19:00〜22:00
建築家でありながら現場で大工として多くの経験をしてきた岡啓輔と秋山佑太によるハードコアな建築とアートの講座です。建築家志望の人も、職人志望の人も、アーティスト志望の人も、今は建築にもアートにも関わりがない人も、この交差点に感心があれば来てください。