「ペインティング講座 – 油絵を中心として 〜絵を見て、考えて、描く そして自分の絵を描く〜」講師・長谷川繁インタビュー


2021年10月期から新規開講する「ペインティング講座 – 油絵を中心として 〜絵を見て、考えて、描く そして自分の絵を描く〜」。講師の長谷川繁さんは、1963年滋賀県生まれ。89年から96年にかけてヨーロッパを拠点に活動した後、帰国。一貫して「自分の絵を描く」ことを追求してこられました。長谷川さんがいかにして絵と出会い、絵と格闘してきたのか。開講に先立ち、展覧会「種まく人」(2021年6月1日〜 7月3日)が開催中のギャラリーSatoko Oe Contemporaryでお話をうかがいました。

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長谷川繁|1963年滋賀県生まれ。1988年愛知県立芸術大学大学院絵画科油画専攻修了、1989~92年ドイツデュッセルドルフクンストアカデミー、1992~94年オランダアムステルダム デ・アトリエーズ在籍、1996年帰国。東京を中心に個展、グループ展多数。帰国後自由が丘に展示スペースを設立し2004年まで若手アーティストの展覧会を企画継続した。

絵は「見たとおりに描くもの」だった

子どもの頃は、漫画を真似して描くことが好きでした。『あしたのジョー』だったりなんだりを見ながら面白がって漫画を描いてはいたんだけれども、学校の美術や図画工作の授業が好きだったわけではないんです。むしろ美術は陰気臭いと思っていて、スポーツで発散するほうが好きでした。

高校3年生のときに、美大受験をする友人が美術予備校に通うことになって、何の気なしについて行きました。子どもの頃に描いてた漫画は、自分で言うのもなんですけど、見たとおりに描けたんです。予備校では石膏像をそのまま描けばいいわけですよね。見たとおりに描くのだったらいくらでもできると思っていたので、友人に「こんなの簡単じゃん」って言ったら「じゃあ、お前やってみろよ」と言われて描いてみたら誰よりも上手だった(笑)。

「すごいね」と褒められて「だって見たとおりに描けばいいだけじゃないですか。それだったらできます」と言ったら、「やってみましょうよ。すぐ美大に入れますよ」と言われて。他にやりたいこともなかったし、褒められれば嬉しいわけで。じゃあちょっとやってみますと。そしたら「上手い」とか「天才だ」とか言われて(笑)、夏期講習も参加することになって「当然、美大受けるんでしょ」と言われて、受けたら合格してしまった。

でも、半年ぐらい予備校に行っただけだから、なんにも知らないんですよ。だから、入学してから困ってしまったんです。油絵も、似たような色を作って見たように描けばいいだけでしょと思ってたら、絵ってそういうことじゃないとようやく気がついた。受験までは「見たとおりそのまま描く」のが、僕にとっての絵だったんですね。

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「なんで外国の絵描きの真似ばっかりしてるの?」

見たものをそのまま描くのが今の美術とか絵画じゃないと分かって、じゃあどういう考え方をすればいいのか、そこからやっと本当の絵のことを考えはじめたわけです。僕が学生だった80年代は、古臭い画壇系の美術と、ゲオルグ・バゼリッツとかジュリアン・シュナーベルとか、NYやヨーロッパの派手な具象絵画を丸パクリして描く美術の二極が美大に同居していました。どちらかと言うと僕は後者だったんですけど、何もわからずに格好だけ海外のマネをしているだけで、なんの中身もありませんでした。心のどこかで「これは違うんじゃないか」とずっと思ってたけど、大学院を出て初めて「こんなところにいちゃダメだ」と思いました。24歳にもなって、美術が何かまだ分かってなかったんです。

何も分からないけど東京に行くより外国に行ったほうが手っ取り早いんじゃないかという考えに至って、授業料がタダだったドイツに行くことにしました。今みたいにインターネットで調べられないので、実際にドイツに行って、ベルリン、デュッセルドルフ、フランクフルトと、たくさんの学校を見て、なんとかデュッセルドルフの学校のクラスに入れてもらえることになりました。

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描くこと自体はものすごく好きだったんでしょうね。ただ、正しい方法をとっているかがいつも分からなかったというか。最初は見たまま描くのが絵だと思ってたけど、どうも違う。だけど、美大で教えられるのはピカソだのマチスだの西洋の話ばかりで、挙句の果てに現代の欧米の美術を平気でパクって絵を描く。これってなんなんだろうと疑問に思いながらドイツに行ったら、「それは間違ってるよ」とドイツの先生に決定的に言われました。「君ね、日本人で、僕らと全然違うものを食べて違う言葉を話してるのに、なんでドイツやアメリカの絵描きの真似ばっかりしてるの?」って。もう、ガーンですよね(笑)。

「日本にも独自の文化や美術があるでしょ」って言われたけど、本当に何も知らないわけです。日本では流行りの欧米美術ばかりに目が向いていたので、日本の古いものを見ようなんて気持ちはかけらもなくて、恥ずかしかったですね。もちろん、文化はグローバルで入り混じってはいるんだけど、やっぱりアフリカの人にはアフリカの何かを、アジアの人にはアジアの何かを求めると思うんです。日本の美大は逆で、外国の絵に似てるほうが「今っぽい」ので、展覧会に呼ばれるし評価される。独自のことをやってると「何やってるの」と言われてしまう。昔も今も日本の問題点はそこだと思います。

絵がスタートしはじめたドイツ時代

ドイツにいた3年半は、外的な影響がない状態での「絵」とはどういうことなのか、試行錯誤しながら探している状態でした。とにかく何をやっていいか分からないから、ドローイング1000本ノックみたいなことを毎日やるわけです。今見ると、当時の精神状態をそのまま表していてちょっと痛々しいですね。これは「お墓」にしはじめてるんですよ。「日本の私は死にました」みたいな(笑)。ただダークなだけじゃなく、ちょっとユーモアが含まれてるところが救いなのかなと思うんですけど。なんていうか、もうギリギリです(笑)。

2年ぐらい経つと、少しずつ絵がスタートしはじめていって、石ころだかじゃがいもだかキノコだか分からないものが生まれはじめる。描いたものがこうなっちゃったってだけの話で、石ころだとかを描いている意識はありません。お墓にも生き物にも野菜にも見えたり、どれにも見えないようなものを描くようになります。このときは習字のように絵を描いてみようと、白い地を作ってビュッと一筆書きで描いてみたりもしました。恥ずかしいですが、どこかしら日本性みたいなのを意識していたんですね。お金は全部絵につぎ込んで、とにかくたくさん描きました。

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ドイツ時代のドローイングを示す長谷川さん

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ドイツ時代のドローイング

生姜を描いても絵は成立させられる

3年半のドイツ滞在を経て、今度はオランダの奨学金を受けて、オランダで絵を描く生活になります。ヨーロッパってものも少しずつ分かりはじめて、どうにか自分を取り戻してきて、「自分」というもので絵を描くことをちょっとずつやり始めた時期です。その頃の絵は、結構今の絵の元になっている感じがあります。やっと30歳前後で本当にスタートに立てたというか。長いですよね。

オランダ時代は、色を使う、画面の四隅をきちんと意識するといった、ドイツではやらなかったことに取り組みました。オランダにはドイツとまったく違う美術があるので、試すことも変わってくるんです。この時期は、なるべく西洋のものには影響されないようにして、日本の古い障壁画のような絵画空間の組み立て方を自分の絵に取り入れられないか考えていました。

俵屋宗達が描いた松の絵は、松が一本描いてあるだけなのに、なんであんなに面白い絵になるんだろうって。そこで松を描いたらまた真似になっちゃうから、松は描かずに、たまたま露店で買ってきた生姜を描いたんです。そこで何かがバチーンときた。こんなことでいいんだっていうか、生姜を一個描いても絵は成立させられるんだってことが分かったんです。そこで何かが変わったというか、「自分の絵」が近づいている感じがして、いっぺん日本に帰ろうと思って帰国しました。

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「何かがバチーンときた」という生姜の絵

絵を見て、考えて、描く、そして自分の絵を描く

ペインティング講座 – 油絵を中心として 〜絵を見て、考えて、描く そして自分の絵を描く〜」は、油絵を中心としながらアクリルや水彩も含めたペインティングの講座として開講しますが、絵を描くだけではなく話をしたいと思っています。絵を描くだけだと画面上の話になってしまうので、絵を描くってどういうことなんだろうという問いをベースに、画面を考えてもらいたいというか、それを両方やりたいなと。自分がどういう絵を描きたいのか、会話の中から少しずつ具体的にしていってもらいたいんです。

今は、写真みたいに絵を描いていた時代から70年代の抽象絵画まで、絵画史をワンセットとして見渡すことができます。どの時期も等距離に見られる時代に、自分は何をもって自分の絵とするか。それを考えてもらうために、絵画といってもいろいろあるんですよということを、まずはお伝えしたいと思います。

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個展「種まく人」展示風景

これはあくまで僕の考えですが、ドローイングとペインティングは同じようであって、同じではないということをちゃんと分かったうえでやらないと失敗します。もちろん大きいドローイングもありますが、中心になるのは手の内ぐらいの大きさですよね。どうしてもドローイングの自由さみたいなものはそこで完結してしまう。ドローイングがいくら自由に描けるようになったからと言って、人の身長を超えるぐらいのサイズになると、それはまた別物だと思うんです。

紙に鉛筆や水彩絵の具でドローイングを描く場合と、キャンバスにペインティングとして描く場合とでは、素材もまったく別物ですね。つまり、サイズと素材の違いを、自分のなかで変換させる訓練を積まなければならない。ドローイングの自由さと、小ささの中で起きる無意識的な良さを、ペインティングに置き換える作業をやらないといけないんじゃないかと思っています。

ドローイングは小さい紙に描くから、とてもリラックスした状態で手の動きも柔らかい。その状態を大きいキャンバスで描くときに作りださなきゃいけないんです。僕自身、デッキブラシをつなげて刷毛をつくったり、絵の具の量を等倍にしたり、様々に実験しては失敗を繰り返してようやく、物理的な問題ではなく描き手の問題なんだと気づきました。僕がいくら説明しても、本人にそれを体感してもらわなければならないですが、実際に体感してきた人間として、お伝えしたいと思います。

エリートじゃないからこそ、教えられる

先日、愛知県の元スナックで「スナック死●ゲル」という展示をやりました。自分は今こうして美術をやっているけど、もともと非文化的な家庭で育った人間です。スナックが好きなわけじゃないんですが、壁にダサい絵を飾って、臙脂色の布で安っぽい高級感を出そうとする感じとか(笑)、昭和のエセ西洋趣味というか、的外れな舶来モノの安物趣味みたいなものに囲まれて自分も育ってきた。家には造花が挿さった変な花柄の壺があって、クラシックじゃなくて演歌が流れる。そうした自分のルーツを再認識する意味で、こういう展覧会をやりました。

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2021年5月 愛知県瀬戸市「喫茶スナック 死●ゲル」展示風景

自分で言うのもなんですが、なんでもパッとできちゃう人が絵を教えるよりも、僕みたいな底辺の底辺からやってきた人が教えたほうがいいんじゃないかという気持ちが正直あります。「そのまま描くのが絵じゃない」というところから分かるし、ドイツでの留学時代、絵を描く場所がなくて、河原の橋の下で絵を描いて学校に提出してたぐらい、限界まで知っていますので(笑)。

これまで、複数の美大で絵を教えてきましたが、東京藝大の学生のようにテクニックがある人も、どこの美大にも落ちて、なんとか入った大学で初めて油絵を描くような人も、僕はなんら変わりないと思っています。自分が学生時代の6年間を無駄にしているので、むしろ何も知らないほうがいいんじゃないかという気持ちがあるんですよ。これから油絵をはじめる、絵を描きはじめる人のほうが、話がすっと入っていくんじゃないかなと。どんな人が来ても、いかようにでも対応できるのが自分の一番の強みだと思っています。

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絵を描くことは苦しく、面白い

絵を描くのは楽しいというより、悩みのほうが多いです。あとで振り返ると総合的には面白かったなと思うんですけど、描いてるときは「どうすりゃいいんだろう」と。一言で言うと楽しくないんですよね(笑)。僕、よく「打率3割」って言うんですけど、今だと年間30枚ぐらいを目標に描いて、展覧会に出せるヒット以上の絵が9枚〜10枚できる。あとの20枚はフライかゴロか三振です。年に1回か、2年に1回ホームランがあるかなという感じ。ホームランを打てたときの喜びを味わいたくて、また30枚苦しむ。イチローが4千本もヒットを打ちながら、8千回以上は打てなかった悔しさがあると言いますが、その気持ちはよく分かります。

絵を描くことは、すごくプリミティブな作業であるからこそ、どこの国にもありますし、子どもでもお年寄りでも描ける。そういう根源的なことであるからこそ、やってもやっても尽きないし飽きないですね。「こうしてみたらどうなるだろう」と、可能性が無限にありますので。55歳になるまで絵をあまり売ってこなかったのも、お金のためにやってきたわけではなく、ただ面白くて続けていたからということになるんだろうと思います。

昔、自分が教えていた学生たちも、今は30〜40歳ぐらいになって、作家活動をしている人がたくさんいます。教えたあとに、今度は絵かき同士として付き合いがつながっていくのはすごく面白いので、美学校での講座も楽しみにしています。

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2021年6月23日 収録
聞き手・構成=木村奈緒 写真=皆藤将


ペインティング講座-油絵を中心として 長谷川繁 HasegawaShigeru

▷授業日:毎週木曜日 13:00〜17:00
絵を描くための様々な材料、基本の技術、絵の中身、考えを話しながら、これから絵を描くことを始める人も描いてきた経験のある人も、あらためて考えながら自分の絵を探していけるような時間にしていきます。