「ビジュアル・コミュニケーション・ラボ」講師・斎藤美奈子さんインタビュー

2006年から現在まで続く「ビジュアル・コミュニケーション・ラボ」。講座では、共通のテーマや課題は設けず、受講生それぞれの関心にもとづいて制作を行います。絵画、インスタレーション、写真、立体、映像など、表現手法も自由。制作に取り組む受講生のかたわらには講師の斎藤美奈子さんの姿があります。まずは手を動かし、何かを形づくってみる。つくったものを間に置いて斎藤さんとやり取りを重ねる。それらを繰り返しながら、自分の「作品」をつくっていきます。開講20年を迎えた今年、あらためて斎藤さんのこれまでの歩みと講座について聞きました。

saitoh_01

斎藤美奈子(さいとう・みなこ)|東京生まれ。1988年東京藝術大学大学院美術研究科修士課程修了。1992〜95年ニューヨークに滞在し活動する。2002〜03年文化庁派遣芸術家在外研修にてベルリン、キールに滞在し活動する。自身の記憶を原体験とし、鑑賞者の記憶に語りかけてくるような風景を写真や映像により表現している。

絵を描いて元気になる

斎藤 子どものころから絵を描くのは好きでした。今では考えられないんですけど、健康優良児のタイプではなくて。学校をすぐ早退しちゃうような子っているじゃないですか。ああいうタイプの子でしたね。だけど、絵を描くようになったら元気になってきて。絵を描くことが半分薬みたいな感じだったのかもしれません。

 小学生ぐらいから、将来は絵描きになろうと思っていました。絵描きになるには、とりあえず美術大学に行くのかなと思ったんですけど、日本の大学はあんまり面白そうじゃないなと。それで、なぜかフランスに行こうと思ったんです。当時はネットがないので、フランス大使館に「フランスに行きたい高校生です。どうすればいいですか」って手紙を書いて送りました。そしたら大使館から返事が来て、フランスの芸術系の大学の情報が載っているパンフレットを送ってくれたのを覚えています。ただ、それが全部フランス語だったので、まずはフランス語をやらねばならないのかと冷や汗をかいて(笑)。

 父方のおじが画家だったので、見かねた両親がおじに相談したんです。そしたら、おじが「海外に行かなくてもできるんじゃないか」と言って、日本の美大を目指すことになりました。私が美術の世界にわりとすんなり入れたのは、おじが「(美術の道に進むのも)いいんじゃないの」と、言ってくれていたおかげだと思います。

saitoh_02

大学生活を経て外の世界へ

斎藤 高校卒業後は、東京藝術大学の絵画科で油画を専攻しましたが、入ってすぐに違う大学に行くべきだったかなと思いました。1、2年生のうちは課題を提出しないと進級できないんですけど、絵のモデルが裸の女の人ばかりなんです。油画の伝統として、人物を描けることが基本という考えがあって、そのためのエクササイズだったとは思うんですけど、男性のモデルは全然来ない(笑)。あくまで裸「婦」なんです。毎日、裸の女の人をみんなで囲んで描くことは、少なくとも当時の私がやりたいことではなくて、全然面白くなかったですね。

 3年生になると、ある程度好きなことができるようになって、そこからはいろんなことをやりはじめました。油画以外のことを何かやってみたいと考えて、写真を撮って暗室でプリントしてみたり、演劇もどきのことをしたり、映像作品や立体作品をつくってみたり。家の近くに立川基地の廃墟があって、今は昭和記念公園になっているところですけど、そこに忍び込んで、よく写真を撮ったりもしてました。

 当時、私の周りで就職する人はほとんどいなくて。今考えるとかなり特殊な環境だったと思うんですけど、将来進む道としては作家になる、という環境でした。だけど、私は就職活動をしたんです。一度、別の世界に身を置いてみようと、大学院を修了してからディスプレイ会社に就職しました。

 会社では、博物館の展示設計の仕事をしていました。仕事は面白かったけど、自分は組織で働くことに向かないんだってこともよくわかって(笑)。クライアントの意向に沿ったものをつくることが、とことんできなかったですね。「こういうものをつくったらすごく面白いと思うんですけど」って提案するわけだけど、クライアントが望まなければ採用されないし、上司にも「儲かるものをつくらなきゃ」って言われて。

 そのうち、作品をつくらないといられなくなってきてしまいました。でも、仕事で時間がないから、プランドローイングばかりができて、そこから先に展開していかない。出張先のホテルのベッドの上でドローイングを描き出して、ホテルの近くの画材屋で絵の具と筆を買ってきたときには、これはもう限界だなと思って会社をやめました。

saitoh_03

 

アーティストとして社会の中で活動する

斎藤 退職後は、展覧会をしたいと思ってポートフォリオを持って歩き回りました。ただ、全然展覧会につながらなくて。仕方ないから貸し画廊を借りて展覧会をしたら、すごく散財してしまって、これは続けられないなと。そんなときに、グループ展に誘われたんです。ニューヨークにWhite Columnsというオルタナティブスペースがあって、そこのディレクターを日本に呼ぶから、出品してプレゼンしないかって。そしたら作品を見たディレクターが面白いと言ってくれて、White Columnsでの展覧会に参加することになりました。

 White Columnsでは、鉄板でつくった床のようなものに穴を開けて、その中にニューヨークで収集したいろんなものを入れてガラスのフタをして、歩きながら鑑賞する作品をつくりました。基本的に「何をやってもいいよ」という感じで、周りのギャラリーも展覧会ごとに壁の色を塗り変えたりと、当時の日本とはスケール感が違って面白かったですね。

 展覧会が終わったあともニューヨークに残って、3年くらい滞在して制作していました。このままニューヨークにいようかなとも思ったんですけど、ビザや経済的なことなど、いろいろな現実も見えてきて。そうこうしているうちに、日本で展覧会をする話が出てきて帰国しました。

 帰国してからの作品は、写真の割合が増えたかもしれないですね。作品に社会性を持たせたいという思いがあって、最初は古い雑誌や新聞を引用して作品に取り込んでいました。ただ、版権や著作権の問題から、勝手に使うことが難しくて、自分で撮った写真なら、この辺のことは問題にならないし、意図通りの写真になる。それで、だんだんと自分の撮った写真がメインになっていきました。

 アーティストって、仙人みたいに山の中に籠もって世紀の大傑作をつくり、死後に作品が発見されて……みたいなのが美談と思われてる節もあるかもしれないけど、私は、それは違うと思うんです。アーティストは社会の中で活動するものだと思っていて。流行りに迎合するという意味ではなくて、世の中の流れや動きを感じながら、自分の考えをしっかり持ってやっていくべきだという思いが根底にあります。それは「ビジュアル・コミュニケーション・ラボ」(以下「VCL」)の在り方にも通底しているかもしれません。

saitoh_04

斎藤美奈子《memory – T. mental hospital[Ⅰ]》
「第1回府中ビエンナーレ ダブル・リアリティ〈両義的な空間とイリュージョンの7人〉」での展示風景
府中市美術館、2002〜2003
会場写真=谷岡康則

「つくったもの」を通して作品を深める

斎藤 「VCL」をはじめるにあたって、全員で同じことを一斉にやるのはやめようという考えは最初からありました。自分がそうなんですけど、全員で同じことをしているなかで作品をつくり出せる気がしなくて。だから、同じ期間内で同じ課題をやって、できあがったら講評しますというスタイルはとっていません。

 講座では、まずそれぞれの美術にまつわる経験や、その他の興味や関心のあること、どんなことを美学校でやりたいかなどを聞かせてもらいます。その後、ちょっとしたモノをつくってもらって、そうすると、具体的にやりたいことや、こういったことができるんじゃないかなといったことが見えてきます。そこから受講生の方の要望などを加味して進めていきます。

 制作の経験が少ない方は「課題が欲しい」という話になることが多い印象でしょうか。その場合は「こういう課題をやってみませんか」「こういうテーマで何かつくりませんか」という話をして、制作をスタートさせています。何回かやっていくと、自分の中でしっくりくるものが見つかるので、そこからさらに深堀りしていきます。

saitoh_04

講座での制作風景

 受講生の作品を見せてもらうときは、「何がその人にとって一番大事なものなのか。それを表現するにあたって、どういう方法が最も適しているか」を意識しています。そのためには、つくったものを数多く見せてもらったほうがいいんです。本人はうまくいかなかったから見せたくないと思っているようなものも、見せてもらったほうが、私にはその人の隠されている何かが分かる気がするんです。失敗しちゃった作品とか、ミスショットの写真に、隠されている核心があったりするので。

 講座では、最終的に一定のレベルの完成度があるものをつくることを目標にしています。何をやってもいいとは言っていても、まずは、つくった本人が満足できる作品でなければいけないと思いますし、自己満足で終わってもいけないわけです。私は「こうしたほうがいいんじゃないかな」とか「こうしてみたら」というようなことは言いますが、あくまでも傍観者に徹しています。まったく進む先が見えなくなってしまっているようなときには、少し道をつくるお手伝いをするぐらいで、そばで見守っている感じですね。

「つくりたい」思いがあれば

斎藤 ここ何年かは受講生の年齢の幅がぐっと広がりました。今年も20代から60代の方までがいらしてます。若い方だと、美大を目指していて修了後に美大に進学する方もいますね。40代、50代くらいになると、自分のキャリアはしっかりあって、それとはまた別のことをやりたいと考えて来ていらっしゃる感じで、60代になると、キャリア云々は関係なく、以前から制作したいと思っていて受講したという方が多いかな。もちろん、そうじゃない方もいますよ。

 どの受講生も印象深いですが、「この人のこの作品」とか「あの人がつくっていたあれ」とかが思い浮かびます。こういう仕事をしていればこその面白さだと思いますけど、人となりを理解したうえで作品を見ることができるんです。作品をつくっている過程もわかったうえで完成した作品を見ているので、最初から展示されている作品を見るのとは違う面白さがあります。

saitoh_04

2025年度修了展「ふれる記憶 かさなる時間」展示風景
絵画、パフォーマンス、立体、写真など、それぞれの関心に根ざした作品が並んだ

 アートを媒介としなければ、たとえ知り合ったとしても、そんなに深いところまで分かり合えなかったかもと思うような人たちとも深く関わり合える。作品ってウソつけないですから。作品を介してのやりとりを毎週のようにやっていると、お互い気心が知れてきます。何より、美学校に来る人は本当に多彩で面白いですから。

 芸術は、人が人として生きるために必要なもののひとつだと思っていて。「寝る」とか「ごはんを食べる」とかと一緒で、精神的なものとしてなくてはならないものだと思います。身体が弱かった10代の自分を救ってくれたのが、作品をつくることだったと思うと、自分にとってもやっぱり必要なものだと思っています。

 理由は何にしても、ある程度の年齢になって作品をつくりたいという人は、どこかでその人の中に制作する必然があると思います。作家を目指しているかどうかは別として、そういう種みたいなのを持っている。そういう方たちだからこそ、制作するということが貴重な体験になると思います。形にすることで自分の中で達成感を得るとか、「そうか、自分はこういうことをしたかったんだ」とあらためて認識するとか。「VCL」での時間が、その一助になればと思っています。どんな人でも「何かものをつくりたい」と思っている人は大歓迎です。

2026年7月14日収録
取材・構成=木村奈緒 写真=皆藤将


ビジュアル・コミュニケーション・ラボ 斎藤美奈子 Saitoh Minako

▷授業日:毎週火曜日 13:00〜17:00
作品制作を中心に、現代美術に関する講義を交えて進む講座です。制作を通して、美術作家としてのものの捉え方や考え方も学んでいきます。まず、ゆるやかな方向性をもったカリキュラムを用意します。とにかく、何か作ってみる。そこからスタートです。