試行錯誤して「つくる」面白さ──石版画(リトグラフ)工房を受講して


平らな版材の上に、油成分を含む画材で描いたものを直接版にして刷る石版画(リトグラフ)。版画の中でもっとも絵画に近い技法で、当校の石版画工房は、石の版を使って作画ができる数少ない工房です。2年に渡って石版画(リトグラフ)工房を受講した修了生の竹尾宇加さんに、講座を受講したきっかけ、絵画と石版画の違い、石版画の魅力などについてお話を聞きました。

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竹尾 宇加  Uka Takeo|1988年東京生まれ。つくることが好きです。現在は小説の執筆に挑戦中。Instagram:takeo_uka

受講のきっかけ

普段はインテリアデザインの仕事をしていて、2017年に美学校に入りました。1年目は「造形基礎Ⅰ」と「実作講座「演劇 似て非なるもの」」を受講しましたが、美学校には自分が知らなかったクリエイションの世界がありました。私はそれまで、専門学校や職場で職業としてのデザインを学んだだけでしたし、アートとデザインの違いについても考えたことはほとんどありませんでした。それで、ここはなんなんだろうって美学校そのものに興味を持って、翌年に「石版画(リトグラフ)工房」を受講しました。

父親が美術好きで、家にシャガールやミロのリトグラフがありました。物心ついた頃からそれらを見ていたので、リトグラフに興味があったんです。毎週火曜日に講座があるんですが、土日や仕事が休みの日にも積極的に来て制作していました。先生がいない日でも、修了生が制作をしていたりするので、分からないことがあれば教えてもらえたんです。1年受講して、やっとリトグラフがどういうものか分かったぐらいなので、これで終わってしまうのはもったいないと思って、もう1年受講することにしました。

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竹尾さんが制作に使った石版

「作ってる」感じがする石版画

リトグラフ工房では、石版、金属版(アルミ版)、PS版、の3種類を学びます。自分は石版をメインでやりました。講座で石版をやる場合は、まず石を削ります。石が削れたらその日のうちに絵を描くか、翌週に描きます。絵が描けたら製版するんですが、製版は24時間ぐらい時間を置かなきゃいけないので、製版しつつ新しい石を削ったりしていました。その翌週にようやく刷るという感じなので、石版だと刷るまでに3週間ぐらいかかりますね。PS版は、描いた絵を透明のフィルムに焼き付けて刷るので1日でできます。

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竹尾「こうやって石を削ります」

石版画の工程は1年で大体把握しましたが、石を平らにキレイに削るとか、薬品の調合をちゃんとできるようになるには、さらに1〜2年を要します。私は体に叩き込んで覚えていくタイプなので、ひたすらやり込みました。リトグラフの職人になりたいとか、これで食べられるようになりたいというわけではなかったんですが、重い石を削って、絵を描いて、製版して、プレスする、その一連の作業を体全部使ってやるのが、紙に絵を描くのとは違って面白かったんです。時間がかかるぶん「作ってる」感じがすごくします。時間をかけて作っていることは、見る人には伝わりにくいかもしれないけど、時間をかけたぶん愛着が湧くというか。製版した石の上に紙を置いてプレス機でプレスして、紙をめくると、一人で「おー、いいなぁ」って言っちゃいます(笑)。あと、石は削れば半永久的に新しい絵を描けるので、一回切りの金属板やPS版と違い、お金があまりかからないんです。

石の面を直に触ると手の脂がついて画面が汚れてしまうので、手が直接つかないように何か敷いたり、紙に描くときよりは多少気を遣いますね。でも、石の冷たい感触は気持ち良いですよ。描いた線を指や布でこすってにじませたりしても面白いです。時間をかけて描く人もいるけど、私はあまり悩まないで、そのとき思いついたものをばーっと描いていました。まだやったことはないんですが、いつか布でリトグラフを刷ってみたいなと思っています。それをカーテンにしたりしたいなって。今もプレス機を見るとリトグラフをやりたいと思いますね。

試行錯誤しながらつくる面白さ

リトグラフで面白いなと思ったのは、過去に刷った絵に、無限に絵を重ねられることです。この作品は、最初にピンクの模様だけを刷っていて、その後、クラゲとか魚を描いた版を重ねて刷りました。前に刷った絵を後で見直して「この絵とこの絵は合うかも」と考えて重ねて刷れるのが面白いです。石に描いた絵は削ってしまったら終わりですが、昔刷った絵に全然違う絵を合わすことができます。

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異なる時期に刷った版を重ねた作品

同じ版でも、版を削らなければ、何回でも色を変えて刷ることもできます。刷った版を1〜2週間置いておくこともできるので、例えば、青で刷った絵を見て「今度は黄色で同じ絵を重ねてみようかな」とか、そういったこともできます。石版で刷った絵に後から着彩することもできますが、リトグラフに重ねていくのは、やっぱりリトグラフが一番合うなと。

どんなふうに絵を重ねるかは一応考えますが、どんどん逸れていくというか。これをやったら面白いかも、という感じでとりあえず手を動かしてみて、いいかもと思ったら続けて、違うかもと思ったらやめる。とにかく手を動かしながら試行錯誤を繰り返します。教わるというより、こういうやり方だったらどうやって刷れるかなって、自分で探しながら作るのが面白いんだと思います。

石版のマチエールも好きです。リトグラフは描いてる線がそのまま出るといえば出るんですが、クレヨンとかで描くのとは違うドットみたいな石版特有のマチエールがあります。石を削るヤスリの目にも、粗いものから細かいものまでいろいろあって、どれを使うかで全然雰囲気が変わりますね。

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同じ版を色を変えて刷った作品

楽しかった石版画(リトグラフ)工房

リトグラフをはじめてから線に興味を持って、家でドローイングを描くようになりました。リトグラフは版画ですが、他の版画と違って、絵画やドローイングに近いので、絵を描いたり線を引くこと自体が楽しいなと思えてきたのかもしれません。1日1枚、目の前にあるものを描いて、これをリトグラフにしたら面白いかもと思って実際に刷ってみたりしました。

石版画(リトグラフ)工房を受講していたときは、すごく楽しかったです。佐々木先生や増山先生と、ああだこうだ話しながら作るのが楽しくて。何も目的がないわけじゃないけど、何かのためにやらなきゃいけないということでもない。ただ面白いからやるっていうことが楽しかったんだと思います。講座は基本的に自由で課題もないし、こうしなきゃいけないということがまったくありません。もちろん技法を覚えなきゃ刷れないし、薬品を扱うときは気をつけなきゃいけないですが、自由に描いて刷れたのはとても楽しかったです。

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2019年に開催した竹尾さんの作品展「知らない世界に触れる時」の展示風景

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制作に用いた石版も展示

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版を重ねた多色刷りの作品も

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毎日描いていたドローイングも並んだ

リトグラフは納得がいかなかったら重ね刷りして絵を潰してしまうこともできます。だから、永遠に終わらない作品があってもいいのかもしれませんね。独り言を重ねていくみたいに作品を作るというか。絵画の場合、描き直したいと思ったら、キャンバスを塗りつぶしてしまえばいいですが、リトグラフは石を削って描いて、製版して……と時間がかかるので、その間にまた違う考えが浮かぶかもしれない。その時間のかかり方がリトグラフ特有の画面を生み出しているのかもしれません。

実際に自分で刷ってみないと分からないと思いますが、絵を描くことに違和感を感じている人は、リトグラフを経験してみると絵に対して違う見方が出来るかもしれません。今、石で刷れるところは美大か美学校くらいしかないようなので、興味があったらやってみたらいいと思います。

2021年7月24日収録
作品写真提供=竹尾宇加
展示写真撮影=皆藤将
聞き手・構成=木村奈緒


石版画(リトグラフ)工房 佐々木良枝+増山吉明 Sasaki Yoshie

▷授業日:毎週火曜日 13:00〜17:00
石や金属の版の上に脂肪分を含んだ画材で、自由に描いたものを版にすることができ、ドローイングや自由な描画、筆やペンで描いた水彩画のタッチを出したり、色を重ねることによって複雑な色合いを出すことができる技法です。