「ルポ 場末の現場から」
第3回インタビューシリーズ KUNST 社会彫刻家な人々 vol.1


▷インタビューシリーズ KUNST 社会彫刻家な人々
「すべての人間は芸術家である」―どんな人間も、自らの創造力をもって社会変革のために働ける。社会を創造する=社会彫刻こそ芸術であるとした芸術家ヨーゼフ・ボイス(1921-1986)の考えにならい、現代の社会彫刻家(つまりはあらゆる人)にインタビューを試みるシリーズ。

vol.1 自分の拠り所は自分でつくる。走れる企業戦士 加藤美紀さん

 昨年10月に行われた「ぱんどせるスポーツススペシャル第4回サンスポ軽井沢リゾートマラソン」一般ハーフ女子の部で、マラソン歴約1年にして優勝を果たした女性がいる。加藤美紀さん(25)だ。

平日は大手IT企業でシステムエンジニアとして働く彼女。聞けば高校時代、留学先のアメリカで参加したスノー・シューイング(スノーシューを履いて雪原を走る競技)の州大会で2位という快挙を成し遂げ、周囲を驚かせたという。

言葉が通じない異国の地、夜遅くまで残業が続く日々…。そのような状況においてなお、なぜ彼女は走り続けるのだろうか。

ドロップアウトから広い世界へ

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「そもそもの始まりは中学中退ですね。私立の中高大一貫校でバスケ部に入部したら、市の選抜選手になるなど、いいところまでいったんです。ただ、進学校だったのでスポーツのレベルが高くなくて。私はここにいる人間じゃない、と思い地元の公立中に転入しました。ちょうど中二の時だったので、正に中二病でしたね(笑)。」
しかし、念願叶って入部した公立中のバスケ部ではスタメンにすらなれず。「自分は井の中の蛙だった。」その想いが彼女をさらに広い世界へと駆りたたせる。
「高校では留学しようと思い、中学生活最後の半年は授業に出ず図書館に通って独学で英語の勉強をしていました。広い世界=海外という短絡的な思考回路が視野の狭さを物語っていますが(笑)」
晴れて留学した先は「アメリカの東北(本人談)」ウィスコンシン州。自分以外に日本人はいない、という環境で今後の生き方を決定づける事件がある。
「ホームステイ先でなぜか毎朝4時に起こされ、通学前に動物の世話と掃除を2時間ほどさせられました。最初はこれも文化の違いだと無理やり自分を納得させていたのですが、ある夜を堺にこれは完全にアウトだと判断したんです。このままだと殺されるって(笑)」
ある日の深夜、のどの渇きを潤しに台所へ向かった彼女が見たものは、呪文のようなものを唱えながらホストファザーの頭に鍋をかぶせるホストマザーの姿だった。しかも、彼女が日本から持参した当面の生活費10万円をマザーが横領しようとしていたことも後に発覚する。
「世の中には良い人も悪い人もいるんだなって。学校の先生や友人には良くしてもらっていましたから。大変だったけど、この経験でストイックさは鍛えられたと思います。」
帰国後は、国内の高校では突出した英語力でカリスマ扱いされ、留学時代から一転、華やかな青春時代を過ごした。大学進学に際し、英語学科ではなく経営学科を選択したのは「英語+αの知識を身につけたかったから。留学時代、アメリカの学生が自国の政治経済に対して自分の意見を言える姿を見て、私もこうなりたいと思ったんです。自分なりの意見を言うにはまずベースとなる知識が必要でしょう。」

Windows95からシステムエンジニアへ

 そうして身に着けた経営学科での知識を活かして、大学4年次には大手IT企業への就職が決まる。時は就職氷河期まっただ中だったが、「IT業界は企業数が多いから、数うちゃ当たるかなって(笑)情報処理系のマニアックさも自分に向いていると思い。といっても最近まで家のパソコンはWindows95だったんですが(笑)」現在はシステムエンジニア(SE)としてERPパッケージ※を開発している。「日々勉強です。売れるモノを作るにあたって、ターゲットとなるユーザが業務上どんな問題を抱えていて、それをシステムでどう解決出来るか考える必要がある。だから、顧客と同等かそれ以上の業務知識が求められます。」

システムを構築することにより顧客の問題を解決している彼女。今後解決したい問題は?
「市民ランナーがストレスなく試合にエントリーできるシステムや、ランナーサイトを構築したいです。私自身、仕事のストレス解消の為にマラソンを始めたのですが、最近は競技人口が増えて従来のシステムやルールが機能しなくなっているんです。」
横いっぱいに並んで走る、スタート地点前方へ割り込むなど、半ば遊び気分でレースに出る一部の参加者のマナー不足に、記録を狙って参加したシリアスランナーが迷惑することも少なくないという。「SEのランナーって少ないから、私がランナーをしていて見えてくる問題をシステム的なアプローチで解決できれば。」

最後に走り続ける理由を尋ねた。「マラソンに限らず何かで結果を出すことは自信につながります。友達や恋人を拠りどころにする人は多いけど、それって相手次第でいついなくなるか分からない。だけど自分の中に拠りどころをいくつか作っておけば、何かしらアクシデントがあっても柔軟に他のものにすり替えて生きていけるんじゃないかなと。他者に依存せずに、皆が自分の中に拠り所を見つけられる社会になるといいのかな、と。」
それでも残業後に毎日10kmの練習はキツくないのだろうか?「今のところ大丈夫かな。だってホームステイ先の経験より辛いことなんてそうそうないですから(笑)」

※ERPパッケージ:Enterprise Resource Planning package。企業の経営資源を有効に活用し経営を効率化するために、基幹業務(財務会計、人事、生産、調達、在庫など)を部門ごとではなく統合的に管理するためのソフトウェアパッケージ。システムの統合により、データの一元管理・相互利用、保守点検の容易化などが可能になる。

加藤美紀プロフィール

1988年千葉県出身、東京都在住。高校時代にアメリカ ウィスコンシン州に1年間留学。上智大学経済学部経営学科卒業。現在は大手IT企業でシステムエンジニア兼市民ランナーとして活躍。「ぱんどせるスポーツススペシャル第4回サンスポ軽井沢リゾートマラソン」一般ハーフ女子の部 優勝。目下、横浜国際女子マラソン出場を目指して猛練習中。


「ルポ 場末の現場から」

筆者 木村奈緒が企画したイベントのレポート、気になる人へのインタビューなど、私の趣味に偏った主観的ルポルタージュを発信。都会の片隅で忘れ去られがち、見過ごされがちなヒト・モノ・コトに光をあてていく(予定)。

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木村奈緒

1988年生まれ。上智大学文学部新聞学科でジャーナリズムを専攻。卒業後、メーカー勤務の傍ら美学校に通いだして人生が横道に逸れ始めて脱サラに至る。これまで企画したイベントに「工藤哲巳ナイト」(2013、美学校)などがある。