第19回AI美芸研(人工知能美学芸術研究会)
「感性と計算」
人工知能美学芸術研究会(AI美芸研)の第19回研究会が、6月24日(日)に当校にて開催されます。今回の研究会では、「感性と計算」と題し、計量文献学の村井源、美学芸術学の秋庭史典をお招きします。
立場的には村井は科学者で量的研究に従事し、秋庭は人文学者で質的研究を担当しますが、両名ともそれぞれの著書でこうした文理の壁を取り払うべきと主張されています。
感性は、計算とは真逆のものとイメージされがちですが、実は複雑計算そのものではないかと、最近の人工知能の知見から考えるようになりました。
皆様奮って御参加ください。
・人工知能美学芸術研究会 公式サイト
http://aloalo.co.jp/ai/
・人工知能美学芸術研究会(AI美芸研) Facebookグループ
https://www.facebook.com/groups/1155307841158207/
・発起人代表からの告知メール
https://www.aloalo.co.jp/nakazawa/2018/0614j_j.html [中ザワヒデキ網上楼閣]
第19回AI美芸研(人工知能美学芸術研究会)
講 演:村井源(はこだて未来大学複雑系知能学科准教授、計量文献学)、秋庭史典(名古屋大学大学院情報学研究科准教授、美学芸術学)、中ザワヒデキ(美術家、人工知能美学芸術研究会代表)
※講演後、全体討論の時間を設けます。
※講演と討論は撮影、実況、配信歓迎です。記録動画を後日公開します。
日 程:2018年6月24日(日)
時 間:15:00〜19:00(開場14:30)
※終了後、懇親会(計算料理)(22:00まで)
会 場:美学校 本校(地図)
東京都千代田区神田神保町2-20 第二富士ビル3F
参加費:2,000円(どなたでも参加可、予約不要、懇親会費含まず)
※入場は先着順、受付開始は開演30分前(14:30)です。来場者が60名を超える場合は、立ち見、もしくはご入場頂けない可能性もございます。
※懇親会(計算料理)へのご参加は、別途1,500円頂きます。
主 催:人工知能美学芸術研究会(http://aloalo.co.jp/ai/)
講演内容
「作品理解における感性の科学 -鑑賞から創作に向けて-」
村井源(はこだて未来大学複雑系知能学科准教授、計量文献学)
人が創作物に触れたときに生じるさまざまな内面的な変化は目に見えず、物理的な計測器では測定困難である。そのため、作品と人間の感性の複雑な関係を科学的に扱うためにはさまざまな工夫が必要となる。
本発表では、批評やレビューなどのテキストの形で残された情報に基づいて計量的な分析を行い、人々が作品の何をどのように見ているのか、また作者は何をどのように伝えようとしているのかに関して、科学的に取り組んできたこれまでの研究を紹介する。
またそれらの分析結果に基づいて現在プロジェクトとして行っている物語の自動生成への挑戦についても報告を行い、作品の鑑賞と創作に係る感性の科学的な解明についての展望を述べる。
※高次感性を定量的に扱おうとする村井源は『量から質に迫る:人間の複雑な感性をいかに「計る」か』(新曜社、2014年)の編著者である。情報知識学会理事。日本デジタルヒューマニティーズ学会監事。(※文責・中ザワ)
「感性と計算の美学」
秋庭史典(名古屋大学大学院情報学研究科准教授、美学芸術学)
20年以上前、美学は感性論あるいは感性学であるべきだ、と言われたことがありました。現在もそうした立場を採る方がおられるように思います。に対し、わたしはかつて、それはもうよいのではないか、それよりも計算の美学を考えよう、と述べたことがあります(秋庭2011)。
そのときわたしが、感性ならびに計算、さらには美ということで何を考えていたのかをまずお話ししたいと思います。基本にあるのはただ、「いわくいいがたいもの」についていつまでも「いわくいいがたいテキスト」を生産しているだけでは仕方ないのではないか、という気持ちです。時間があれば、わたしの考える芸術とはどのようなものか、についても触れたいと思います。
※『あたらしい美学をつくる』(みすず書房、2011年)の著者秋庭史典は、当会主催の沖縄での展覧会が特集されたTV番組でAIの芸術を縦横に解説し、同地の第16回研究会ではAIにとっての美学に言及した。(※文責・中ザワ)
http://akibaf.com/
「心は計算である -美の定量と反芸術-」
中ザワヒデキ(美術家、人工知能美学芸術研究会代表)
人工知能がやっていることはただの計算なので、心を持つことなどあり得ないと考える人は多い。そして同時に、人間の脳はただの物質にすぎないとも信じていたりする。
だがこれは、よく考えれば矛盾だ。脳は100%物質でできた計算機だが、そこに心が宿るとするならば、同じく100%物質でできた計算機上の人工知能にも、心が宿る可能性があることになる。これは逆向きにも言える。100%物質でできた計算機上の人工知能は計算しかしないので心は無い、とするならば、100%物質でできた脳も計算しかしないので、人間に心は無いことになる。
この議論を調停するには、計算と心は別物という先入観を疑えばよい。心は(複雑な)計算である。美の定量、反芸術に話が繋がる。
※中ザワヒデキという表記の美術家名は医学部在籍時より使用。「バカCG」の後「方法主義宣言」「新・方法主義宣言」「人工知能美学芸術宣言」。3Dプリンタ特許、著書『現代美術史日本篇』。文化庁メディア芸術祭審査委員。
https://www.aloalo.co.jp/nakazawa/