「造形基礎Ⅰ」講師・鍋田庸男インタビュー


2023年で開講33年を迎える「造形基礎Ⅰ」。「形(カタチ)を造る基(モト)」を意味する「造形基礎」では、視覚だけでなく、触覚や嗅覚を通じて目の前の対象に向き合い、それを形に表わしていきます。講座では絵の上手さは重視されません。33年間、ほぼ変わらないカリキュラムで講座を開催してきた講師の鍋田庸男さんに話を聞きました。

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鍋田庸男(なべた・つねお)|1972年関西美術院油絵科卒業。1978年美学校石版画工房修了。1990年~美学校造形基礎講師。1982年より個展画廊春秋、AXISギャラリー・アネックス、NWハウス他。グループ展多数。

 絵を描くことに目覚めて

鍋田 生まれは静岡で、5歳のときに大阪の堺に移りました。子どもの頃から絵を描くのは好きでした。小学生のときなんかは「鍋田くん、絵がうまいね」と、大人におだてられながら絵を描いたりするでしょう。それで絵をコンクールに出したりして。中学時代は美術部で、油絵を描いていました。だけど、部の軟派な感じがあまり好きではなくて、高校ではバレーボール部に入りました。その高校が面白くて、体育祭や文化祭のときに自分たちでスタンド(観客席)をつくるんだけど、その後ろに何を描いても良かったんです。誰が描くかも自由。だから「俺が描く」と言って、バカでかい壁画を描いていました。そういう体験がきっかけで絵に目覚めたということはあると思います。

 高校3年生で進路を決めるときに、自分は絵をやりたいと思って美大を受験しました。だけど結果は不合格。当時は学生運動が盛んで大学不信もあったから、美大受験はやめて、京都にある関西美術院という美術研究所に入りました。洋画家の浅井忠という人が創立した研究所で、関西洋画壇の草分け的存在です。そこでは美大受験のためのデッサンではなく、自分の好きな絵を描くためのデッサンをやるんです。入学試験もありません。そこで5年間、自由にデッサンをしたり油絵を描いたりしていました。

 関西美術院に通っていた頃は京都で下宿をしていて、バイト先でいろんな大学のやつと友だちになりました。下宿の近くに京都工繊大学があって、そこは建築で有名な学校なんですが、あの頃は部外者でも授業に出入りできたから──衣(ころも)だけ学生服を着ているという意味で「天ぷら学生」って言ったんだけど──フランス語の先生にいろいろ教えてもらったり、建築設計の授業に参加したりして面白かったですね。関西美術院にデッサンをしに行って、帰ってきたら友だちとコーヒーを飲んで話をして。みんな貧乏だったから、テレビもレコードプレーヤーもラジオもなかったんじゃないかな。遊ぶといっても話をするぐらいしかない。話すことと言ったら、なんの本を読んだかとか、学生運動だとか社会問題だとか安保だとか、そんな話題でしたね。それでも時間はなんぼでもあったし、楽しかったです。

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「東京にこんな学校がある」

鍋田 1969年に美学校ができるわけだけど、当時、京都でも「東京にこんな学校ができたぞ」「試験もないらしいぞ」って結構話題になったんです。もちろん興味はあったけど、自分は京都にいるからね。ただ、それ以来ずっと頭の端っこで、東京に行けば美学校があると思っていました。今はどこにいても同じ情報が得られるようになったけど、当時は情報を得る手段も限られていたし、東京に行かないと観られない展覧会も多かったんです。銀座の画廊シーンのようなものは京都にはなかったしね。それで、23歳のときに上京しました。

 ただ、東京に来てすぐ美学校に入ったわけではないんです。上京してからは、シルクスクリーンの製版や資材販売をしている会社でバイトをしていました。その頃も絵は描いていたけど、うまくいかないし、貧乏だったし、このままではアカンなという思いがあって。バイト先に美学校やBゼミに通っている人たちがいて「そうや、美学校や」と思って、27歳でようやく自分も美学校にたどりつきました。

 自分が美学校に入ったのが、ちょうどリトグラフ(石版画)の講座ができた年だったんです。リトグラフがなにかも分からなかったけど、先輩がいないのはいいなと思って受講しました(笑)。当時は20人近く受講生がいましたね。リトは他の版種と違って、描いたとおりにしか絵が出ません。だからしっかり描いて、しっかり製版して、しっかり刷らないといけないんです。版がつぶれて作品ができないこともあって、描いたほうが早いじゃんとも思うんだけど、描くだけでは感じられない魅力があったんですね。関西美術学院では自由に描いていたけど独学に近かったから、技術を覚えるのはリトグラフが初めてでした。版画家になるつもりはなかったけど、リトの制作を通して作品づくりのメソッドを学べたのは、すごくいい勉強になりました。こういうふうな形で絵を作っていくんだっていう気づきがありましたね。

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大事なのは対象と向き合うこと

鍋田 美学校に入って3年目からは「リトグラフ工房」の助手をやらせてもらって、結果的に7、8年関わっていましたね。助手を終えてからも、美学校で作品をつくったり銀座で個展を開いたりしていました。そしたら(美学校の校長の)藤川さんから「なんか(講座を)やれよ」と無茶振りされて(笑)。何ができるかと考えて、技法的なことを教えるのではなく、「形をつくるモト」を伝えることはできるかなと思ったんです。自分が悶々として悩んでいたときにやっていた、触って描くとか、速描でダーッと描いていくとか、そういうことを授業でやればいいのかなと。「形をつくるモト」だから「造形基礎」という講座名にして講座を持つことになりました。それがちょうど40歳ぐらいのときです。

 「造形基礎Ⅰ」のカリキュラムは開講当初からほぼ変わっていません。まず、葉っぱ一枚をB1サイズの大きい紙に描いてもらいます。葉っぱ一枚を渡されて「これを描いて」と言われたら結構悩むんですよ。しかも、葉っぱを置いて描くんんじゃなくて持って描くんです。そうすると、だんだん葉っぱがしなって変化してくるし、2時間、3時間と葉っぱ一枚だけを見続けるのは結構大変です。平面的に描く人もいれば立体的に描こうとする人もいますが、上手い下手に関しては興味がありません。葉っぱ一枚に上手いも下手もありませんからね。大事なのは、対象とどう向き合ったか、対象と向き合った数時間をどう過ごしたかです。普段、葉っぱをそれだけ見つめることなんてないから、たくさん発見がありますよ。

 葉っぱにしてもピーマンにしても卵にしても、描くときは持って描きます。置いてあるものを描くということは、斜め45度から見た静物を描くということで、それは静物画独特の世界ですよね。でも卵を2、3時間持っていると「なんでこんな形をしているんだろう」とか「この丸みがキレイだな」とか、いろんなことを感じながら描くことになります。自分の耳を触って描くという課題もありますが、触覚を頼りに描くわけだから、やはり視覚的な上手い下手は存在しません。

 つまり、絵の上手い下手でランキングをつけるのではなく、いろんな絵があって良いということですね。「造形基礎Ⅰ」で面白いのは、初めて絵を描く人と、美大を出た人とが一緒に絵を描いていることです。同じ課題に取り組んでも出てきた絵は全部違います。自分はデッサンを学んでしまった人間なので、対象を光と影でデッサンをするクセがついてしまっています。だけど、初めて絵を描く人は葉っぱを線で追っていこうとする。こんな描き方があるのかと思いました。十人十色の取り組み方や対象との向かい方があって、むちゃくちゃ面白いし、すごく勉強になります。

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反射神経を鍛え、変化を感じる

鍋田 「造形基礎Ⅰ」では、その日何を描くかは授業当日に伝えます。13時に授業がはじまって、15時、16時までは悶々とするけど、そこから一気に描きあげて、17時になったら描いたものをみんなで見せ合います。要はその場で結論を出さなきゃいけないわけですが、作り手は反射神経が求められるんですよ。「ちょっと待ってくれ」じゃなくて「今」なんです。1週間待ったからといって良いものができるわけじゃない。そうして1学期、2学期は反射神経を鍛えていくんだけども、3学期に入ったら今度は3ヶ月かけて10メートルのロールペインティングに取り組みます。10メートルのロール紙を途中で切らずに完成させる課題で、材料も何を描くかも自由です。

 正直言うと、10メートルのうち7メートルくらいはうまくいきません。残りの3メートルで、ようやく「ここはいいね」という部分が1メートルくらい出てくる。でも、前の7メートルがないと、その1メートルは出てこないわけです。この1枚は良くてこの1枚はダメということではなく、10メートルつながっていて、変化していく様が分かるのが大事なんです。描けたら1日限りの展示をするんですが、みんな発表の前日まで必死に描いています。あと2メートルが描けなくて、そこに寝っころがって完成させた人もいます。それぐらい必死なんですよ。

  ロールペインティングのいいところは、巻いておけば、それほど場所を取らずに置いておけるところですね。本当のところ、10メートルの大作を3ヶ月で完成させるのは難しくて、集中して描けた部分と、手を抜いてしまった部分が、どうしても生まれてしまいます。でも、10年後に見たら、描いた当時は失敗したと思った部分が良く見えたりして、描きたてと10年後では違って見える面白さがあります。ああだこうだ考えながら、3ヶ月かけてひとつのものにアプローチするのは、良い経験になると思います。

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 理想の創造空間

鍋田 気づいたら数十年、美学校に関わっていることになりますが、この雰囲気はまったく変わらないですね。中国の人もアメリカの人も美学校に来ると「懐かしい」と言います。時代によって変わっていくものもあると思うけど、この雰囲気が変わらないことは大事ですね。新しいビルに移るとか、美大のように郊外に移転するとかもあり得たと思うけど、なんといっても神保町ですよ。東京の千代田区の真ん中で、堂々とこの創造空間を維持しているわけだから、これはもうすごいことです。自分が「リトグラフ工房」に通っていた頃は、シルクスクリーンや銅版画の学生が一緒になってごちゃごちゃつくっていました。音楽をかけながら制作しているやつもいて、当時はうるさいなと思ったけど、今思うと懐かしいし良い経験でしたね。世界が広がっていく感じがしました。

 受講生には、「何かやりたい、つくりたい」という人が多いです。自分自身もそうだったですから。東京でバイトをしながら悶々と描いていて悩んでいたから、国籍年齢性別不問かつ試験なしで誰でも入れる美学校という場所があるのはありがたかったです。絵を描きたいと思っても、美大を受験しないとできないとなったら、それだけでもうアカンじゃないですか。

 美術の現場で活動している人たちが講師をしているのも美学校の強みのひとつですね。自分が27歳で美学校に入ったときも、講師の人の個展を観に行って話を聞かせてもらったりしました。中西夏之さん、菊畑茂久馬さん、赤瀬川原平さんたちの話を聞けたのは美学校にいたからです。「リトグラフ工房」で久住昌之さんに出会ったり、そうして広がりが生まれていって、垣根なしに話ができる。つくり手同士が教え合って話し合えるわけだから、すごく良い「つくる場」だと思います。せっかくこの場所に来たからには、描くだけじゃなくて、そうした人との付き合いも楽しんでほしいですね。

 今思うと、美学校は関西美術院の環境と似ています。関西美術学院も入学試験がないから、いい加減なやつがいるんですよ(笑)。でもそれが面白いんですよね。受験に合格するということは、ある程度技術がある人たちが集まるわけです。当時、関西美術学院には思想的に突っ張ってるやつもいたし、ひたすらデッサンをやっているやつもいました。バラバラな人たちが同じ場所でデッサンをやっていたのが面白かったし、そういう環境が理想的だと思います。「初めて絵を描きました」という人の絵に立ち会えるのは感動しますよ。美学校はまさにそういう場所ですね。

2023年2月4日収録
取材・構成=木村奈緒、撮影=皆藤将

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造形基礎Ⅰ 鍋田庸男 NabetaTsuneo

▷授業日:毎週土曜日13:00〜17:00
モノ(事柄)を観察し考察し描察します。モノに対する柔軟な発想と的確な肉体感覚を身につけます。それぞれの「かたち」を模索し、より自由な「表現」へと展開する最初の意志と肉体の確立を目指してもらいます。