「超・日本画ゼミ」講師・間島秀徳+小金沢智+香久山雨インタビュー


2012年に間島秀徳さんを講師に迎えて開講した「超・日本画ゼミ(実践と探求)」。その後、2016年に小金沢智さんが、2018年に後藤秀聖さんが講師として加わり(後藤氏は2023年6月をもって退職)、2024年からは香久山雨さんを新たな講師として迎えます。かつては受講生として「超・日本画ゼミ」に通った香久山さん。当時を振り返りながら、「超・日本画ゼミ」のこれまでとこれからについて語っていただきました。

nihonga_01

「日本画をやろう」と思って

香久山 「超・日本画ゼミ」に入ったのは2017年です。もともと大学は油画専攻でしたが、3年生ぐらいから、現代美術や油絵具を使って絵を描くことに疑問を抱くようになりました。私はスペインの画家アントニオ・ロペスがすごく好きなんですが、彼の作品の中にスペイン市場で売られているウサギの肉塊をボンッと置いて淡々と描いた絵があって、一度自分もその状況を真似して描いてみようと思ったんです。それで、 かろうじて手に入った丸鶏を2週間くらいかけて描きました。しかし、全然ロペスにならないわけです。対象をちゃんと見て描いているし、細かく描いてもいるけど、スペインと日本ではまず圧倒的に光が違う。それに私は日本人の肉体を持ってるから、ロペスの肉体とは全く違う。描くことで遺伝子レベルの違いを感じました。

そこで、自分はこのまま油絵具やアクリル絵具を使い続けていいのだろうか?という疑問が生じたんです。結局その疑問は拭えないまま大学を卒業してしまいました。ただ、卒業後も肉体への関心は続いたので、人の身体に直接触れる仕事をしたいと思い、エステサロンの経営をはじめました。そうして紆余曲折あって日本画を習いたいと思うようになり、「超・日本画ゼミ」を受講したんです。

nihonga_02

香久山雨|1989年東京生まれ。2013年東京藝術大学絵画科油画専攻卒業。2017年度、2018年度「超・日本画ゼミ」受講。芸大の油画専攻に進学するも、「日本人としての肉体を持って生まれた以上、日本の美術、芸術のことを知らないまま画家になることはできない」と感じ、卒業後は日舞や能の勉強に勤しみながら美学校の「超・日本画ゼミ」で学ぶ。2020年以降、絵画教室を主宰しながら墨絵を軸に作品発表を行っている。

間島 「今すぐにでもやります」って感じで、取り憑かれたように来られましたよね。

香久山 「日本画をやる」って決めて来たので、疑問は抱いてなかったです。どこかで「よし、やろう」ってスイッチが入るんですよ。それまでは、もう一回絵を学ぼうとは思っていなかったんですけど、身体の仕事を通して着物を着てみようってスイッチが入ったり、その延長で能を習ってみようってスイッチが入ったりもした。そしてやっと「日本画を習ってみよう」というスイッチが入りました。その頃は着物にハマっていて、美学校にも着物で行きましたね。

小金沢 香久山さんが講座に入った年は、当時勤めていた太田市美術館・図書館のオープンの年で仕事がむちゃくちゃ忙しくて、あんまり授業に来れてなかったんです。ですので、受講生と初めて対面したのは授業で東京国立近代美術館に展覧会を観に行ったときだったのですが、そのとき香久山さんは着物でいらしていて、それがすごく印象に残っています。日本画にかぎらず、日本の文化に関心がおありになるんだろうな、と。香久山さんは、ご自身で日本画を学ぶにあたって、こういうふうに勉強を進めていきたいという考えが最初からありましたか。

nihonga_03

小金沢智|キュレーター。東北芸術工科大学芸術学部美術科日本画コース専任講師、美術館大学センター研究員。1982年、群馬県生まれ。2008年、明治学院大学大学院文学研究科芸術学専攻博士前期課程修了。専門は日本近現代美術史、キュレーション。世田谷美術館(2010-2015)、太田市美術館・図書館(2015-2020)の学芸員を経て現職。「現在」の表現をベースに据えながら、ジャンルや歴史を横断するキュレーションによって、表現の生まれる土地や時代を展覧会という場を通して視覚化することを試みている。

香久山 能に興味があったので、平安時代や室町時代の絵は念頭にありました。能は室町時代にはじまって、この時代の日本人の身体感覚で描いた絵に興味があったんです。それで講座では九相図(※1)の模写をやりたいと言いました。結果的に九相図の模写はあまりやらなかったんですが、代わりに岩佐又兵衛(※2)の模写をたくさんしました。 岩佐又兵衛の絵は、生き生きとしている人間の動きと、死んでいる人間の動きの差が本当にすごいんですよ。こんな絵は現代の人では絶対に描けないと思って、実際に模写をしたら感動もひとしおでしたね。そういうことを一人でやるのではなく、「超・日本画ゼミ」でできたのはすごく良かったです。

小金沢 ここでロペスと又兵衛の話がつながりますね。ロペスの模写をしたときは自分との違いを認識されたということでしたが、又兵衛の模写をしたときはどうでしたか。同じ日本ですが江戸時代の岩佐又兵衛と、スペイン出身の現代作家のロペス。生きている時代としては又兵衛の方が隔たりがあるわけですが、すごさを感じつつも、違うという感覚はありましたか。

香久山 いえ、違うとは思わないんですよ。むしろ「これだ!」と思いました。描いていて自然だし、線運びに違和感がないんです。芥子園画伝(※3)の模写をしたときも、お手本にならって線を引くだけですが、ここから入ってこう抜けるんだとか、この線は絶対こういう息遣いで描いているはずだとか、描いてみてはじめて分かりました。

間島 大学の日本画教育では、今どき芥子園画伝を模写するのは時代遅れであると遥か前に排除されているのですが、 活かし方によっては手本を介して今でも色々なことを想像しながら取り組むことができると思うんです。「超・日本画ゼミ」では芥子園画伝に限らず、模写をどの様に現代の制作者に活かすことができるのか、模写の在り方を探っているところなんです。

nihonga_04

間島秀徳|1960年茨城県生まれ。1986年東京藝術大学大学院美術研究科日本画修士課程修了。2000~2001年フィラデルフィア、ニューヨークに滞在。水と身体の関わりをテーマに、国内外の美術館から五浦の六角堂、二条城、清水寺、泉涌寺、大倉集古館に至るまで、様々な場所で作品を発表。現在、武蔵野美術大学日本画学科教授。

香久山 私が3歳から通っていたカトリックの学校は、宗教音楽に熱心で、合唱を通じて宗教感覚を取り入れる方針でした。だから、私の頭の中は超ヨーロッパなんです。カトリックは偶像崇拝をするので校内には宗教画の複製や彫像も多くあったし、そういう中で育ってきたから、倫理観にしても家庭より学校の影響の方が大きかった。それが理由で大学は油画専攻に入ったというのもあります。でも美学校に来て、頭はそうでも身体は違うんだということを思い知ったわけです。

不安が解消され、絵が描けるように

香久山 小金沢先生が最初にやってくださった「自分史」の授業は印象に残っていますね。自分の年表をつくるんですけど、作家として自分をプレゼンテーションするにあたって、自分の人生から何を選ぶか整理する作業はすごく大事だなと思いました。何を選ぶかによって、自分が自分のことをどう捉えているかが分かるんです。周りの人の捉え方は自分とは全然違って面白いし、私にとって大事な課題になりました。

小金沢 それは良かったです。要は自己分析なんですよね。2015年に「超・日本画ゼミ」の講師に加わったときに、自分はどういう立場で参加するのがいいかなと考えたんです。間島先生が技法や材料のことも含めて実技を教えてくださるので、当初は、僕は日本画の歴史をレクチャーする立場として参加するのがいいのではないかと思いました。でも、だんだんとそれは少し違うかもしれないと思うようになったんです。もちろん歴史認識は大事で、技術・技法とともに勉強してもらいたい気持ちがあります。そこから制作にあたっての思考を深めたり、作品のヒントを得ることができますから。

一方で、香久山さんが又兵衛を模写したように、自分のことを認識したうえで自分にとって必要なものやことを勉強していくほうが、流れとしてはいいんじゃないかという思いもありました。哲学者の千葉雅也さんが『勉強の哲学』という本で、もっと高い精度でそういったことを書かれているんですけど、自分がいつ生まれて、どういう環境の中で育ったか。そのなかで自分の趣味嗜好はどんなものだったか。なぜ、いま「超・日本画ゼミ」にいるのか。同時に、社会的な環境はどういうものだったか。自身のことを自分の認識で位置づけたうえで、何を勉強したいかを考える。そうすることで自分に必要なことを自ら学びとろうとする姿勢が生まれたら理想的だと思っています。

香久山 あと、受講生のときはとにかくいっぱい描きました。いろんなものを見て、模写して、それで何が出てくるのか。そうこうしていたら、2年なんてあっという間でしたね。

間島 講座では、合宿として毎年自然の中に飛び込むことでの自然体感を推奨しているのですが、島や山にも積極的に参加されましたよね。

香久山 妙義山と大島に行って、山にも登ったし海にも潜りました。アウトドアなゼミですよね(笑)。大学で行く合宿とは規模が全然違って少人数だし自由だし、すごく大事な経験になりました。自然はすごいっていう当たり前のことを今までちゃんと感じていなかった。これも「超・日本画ゼミ」で気づいたことです。

nihonga_05

香久山 そうやって「超・日本画ゼミ」で気づいたものを携えて、じゃあ自分はこれから何をやっていこうかと考えたとき、絵を描いて生きていきたいと思いました。それで細々と描き続けていたら、あるときを境にめっちゃ描けるようになったんです。実は美学校に通っていたときは病気を抱えていたんですが、美学校修了後は、だんだんと病気が良くなるのと同時に本来の自分の状態を取り戻していきました。そうして体力的な回復とともに自然と絵が描けるようになったんです。ここでも身体を強く意識しましたね。また同時期に、芸大で感じた違和感や、美学校で得た「自分と一致する感覚」を検討し再構成したんです。絵が描けるようになったのは、この作業をしっかりやった結果でもありますね。今では描けないと感じることは全くなくなりました。

間島 そもそも芸大に入った時点で、本来「描ける力」はあるはずだけど、今の香久山さんの話は「描きたい気持ち」になってきたという意味で、何かが開いたわけですよね。

香久山 「描きたい身体」と「描きたい気持ち」が一致して自然とノッてくるんです。芸大にいたときは、周りを見ていても「本当はそれ描きたくないんじゃないの?」って思うような出来事を多く目にしたけど、みんな無理やり描いてるんですよ。やっぱり評価がついてまわるし、卒業して職がなかったらどうしようといった現実的な問題もあるので。大学生の頃はそういう不安から、本当はやりたくないのにそれでもやるという辛さがありました。それが、「超・日本画ゼミ」を修了して2年ぐらい経って完全に解放された。だから「超・日本画ゼミ」に来て本当に良かったです。

「超・日本画ゼミ」の講師として

間島 2024年度は、「原点に帰る」ではないですが、あらためて素材と技法にこだわってみようかと思っています。美大の日本画科で学んだ人でも、素材を見直すきっかけになるような授業をすることで、そこから表現内容を考え直すことになればと思っています。カリキュラムをどう組むかよりも、ディスカッションを繰り返しながら柔軟にやっていきたいですね。

小金沢 僕が今年度やった授業で、美学校の構内でモチーフを探して描く回がありました。画材はなんでもいいけど想像上のモチーフはNGで、具体的なものを描く。かつ、モチーフの印象を大切にして描きましょうと言ったんです。大学では学生に「物をよく見て描きましょう」と話をすることがあるのですが、対象を凝視して見たとおりに描こうとすることが大事なんじゃなくて、対象から自分が何を受け取るかが大事なんですよね。ペットボトルを描くにしても、ペットボトルに当たる光がキレイと思う人もいれば、水滴が美しいと思う人もいる。みんな捉え方が違うわけで、その人自身の感性や、ものの見方に注目してもらいたいんです。僕は技法や材料の具体的なレクチャーはできないので、絵を描くにあたっての考え方や方法を提案することで、受講生が自分に向いている方法を見つけるきっかけになれればいいなと思っています。

nihonga_06

香久山 講師として参加するのは楽しみですね。「超・日本画ゼミ」の2年間で感じた楽しさは、予備校や芸大にいたときには感じたことのない種類の楽しさでした。やっぱりそれは、自分自身を掘り下げることができたからこそ感じられたものだったと思います。 これから受講してくださる人たちにもその楽しさを感じてもらいたいですし、私は画家だから、どういうふうに描けば何ができるということも言えるので、できることは満遍なくサポートしたいです。

小金沢 香久山さんは、日本画とか絵画という枠組みを捉えつつ、それをどう自分事としてやっていくかを切実に考えていらっしゃるので、そういう点で力になってもらえたらありがたいですね。

間島 「墨ほど歴史がある素材はないんだぞ」って素材の立派さばかりを話す作家も多いですが、香久山さんは自分の制作内容に結びつけて素材を使っている。そういう人は意外と少ないのではないでしょうか。

香久山 墨がすごいのは当たり前なんですよ。墨もすごいし和紙もすごい。すでに歴史が証明済みですから。そのうえで、じゃあ自分はすごい画材にどう向き合うのかをいつも考えているんですね。あくまでも道具は道具でしかないので、絵を見た人に伝えたいことが伝わらなかったら意味がないんです。そういう点で油絵は私にはあまり意味がありませんでした。そうやって数々の「これはあり」「これはなし」「これはなしなしありあり……」という経験をして生き残ったのが雲肌麻紙(くもはだまし)と油煙墨(ゆえんぼく)の組み合わせでした。それらが自然に自分の身体と頭が求めたものだったんです。素材との縁は絶対にあると思います。

間島 油煙墨なんて油から出た煤だから面白いですよね。

香久山 面白いですよね。油から出た煤で、油画専攻出身の私が日本画を描いているというシュールなことになってますけど(笑)。「超・日本画ゼミ」で枚数を重ねたからこそ、この素材に出会えました。

nihonga_07

前提が異なる人たちとともに

間島 美学校は毎年どんな人が来るか蓋を開けてみないとわからないですからね、そういう意味では鍛えられるというか、毎年新鮮な気持ちではありますね。今、美大は留学生が多いんですが、今年は美学校も留学生が多かったですね。特に中国からの留学生が多くて、日本画の話をしていると結構中国の話にも繋がるので面白いですよね。

小金沢 すごく面白い状況ですよね。国が違うということは、いろんな前提となるものが違うわけです。日本画に何を求めているかもバラバラで、そのうえでお互いに日本画というものを勉強しようとしている。そうなると自分の前提自体も問われるというか、これまで自分が当たり前だと思っていたことが相手にとってはそうじゃないとわかったときに、僕自身もあらためて考えざるを得ない。日本画を学ぶ講座を通して、そうやって違いを感じることはすごくいいことだと思っています。

間島 大学では確実に課題をこなしながら、スキルを身につけていくのですが、美学校では働きながら来られる人も多いので、ここで何かをやりたい思いが皆さんそれぞれにあるんですよね。ですから個別面談みたいなことは授業内で前後期にやるようにしていますね。どんなことをやりたくて「超・日本画ゼミ」に入ったのかとか、半年経って次は何をしたいかとか、対話の中でモチベーションを引き出すことが出来れば良いのですが。

nihonga_08

小金沢 「超・日本画ゼミ」では、課題としてこういう作品をつくりなさいとは言わないですからね。主体となるのは受講生で、受講生がつくりたい作品をつくる。そのための方法や考え方をともに学んだり、議論して欲しい。そして、受講生がみんなアーティストになりたくて講座に来ているかと言うと、必ずしもそうじゃないんですよね。それこそ日本の文化のひとつとして、日本画を学んでみたいという方もいらっしゃいますし、私は作家としてやっていきたい、そのために学びに来たという方もいる。

僕は2020年4月から山形にある東北芸術工科大学に勤めているんですけど、そこで日々20歳前後の学生たちと接するなかで、僕自身の考え方がすごく変わったんです。学生にいきなりキレイな丸を形作りなさいと言うんじゃなくて、学生が持っているぐにゃぐにゃとした柔らかいものを、引き伸ばしてみたり、どこかに投げてみたり、いろんなことをするなかで自分なりの形にする手助けができたらいいなと思えるようになりました。そのことは美学校でも意識しています。

「日本画」にアンテナが立つ人へ

小金沢 そんなこんなで、2024年も引き続き大学の仕事が続き、9月には「みちのおくの芸術祭 山形ビエンナーレ2024」という大学主催の芸術祭があって、そこでは総合キュレーターを務めています。「いのちをうたう」をテーマに、詩や短歌や歌の作り手たちに声をかけているので、いわゆるビジュアルアートが中心の芸術祭とはまたちょっと違うものになると思います。ことばの表現は絵画を勉強している人たちには新鮮ではないかなと思うので、ぜひ山形に足を運んでいただけたら。

nihonga_09

「みちのおくの芸術祭 山形ビエンナーレ2024」メインビジュアル

間島 私はここ数年、発表初期の作品から最新作品までを美術館でまとめて展示する機会が続きましたので、今後の大きな目標も有りますが、一つ一つの作品制作に真摯に取り組むために、今後も動き続けるつもりです。

nihonga_10

茨城県天心記念五浦美術館
間島秀徳「天地無常」展覧会風景(2023年)

香久山 私は昨年末から大作に挑戦していて、先日墨で100号の作品を描き終わりました。100号という、そこそこ大きいサイズに墨で向き合い、勉強になったことがたくさんあったので、それを踏まえて、今度は小さいサイズや中くらいのサイズの作品を描いてみようと思っています。地味ですけど、大きさと対話する1年になりそうです。6月に個展をする予定で、いろんなサイズの絵を用意できそうなので、受講生の皆さんをはじめ多くの方に見ていただけると嬉しいです。

nihonga_11

銀座巷房2
「香久山雨個展」(2023年) 

小金沢 6月はいいタイミングですね。

香久山 メインのモチーフはキリスト教関係で、引き続き神様や神話の人物を墨で描いています。「どんな絵を描こうかな」って考える時間はもうなく、いきなり全部決まって降りてくるので、それを物理的に一生懸命描くだけです。だから私自身がモチーフを選んでいる感覚はないですね。

間島 急に名画が降りて来ることもあるわけでしょう。

香久山 あります。この間描き終わった100号は本当に一瞬で来ました。イマジネーションのキャッチ能力みたいなものですね。これもやっぱり身体をつくってきたおかげなんですよ。今は「このくらいの期間で、このくらいの絵を描きたい」って思っているとちゃんとイメージが来ます。だから、なんで自分がこれを描いているのかを私は知らないんです。でも、それで成立するからいいんですよ。悩まないからストレスはないです。体力だけはいりますね。

間島 自然体でいるだけではそうはいかないですよね。身体感覚をうまくコントロールできるようにするためにはトレーニングとか、色々な鍛錬が必要でしょうね。

香久山 毎日鍛えないとこういう身体には絶対ならないですね。武術と一緒です。一時期、本当にキツい格闘技をやっていたんですよ。1時間レッスンがあるんですけど、その中で休憩が1分ぐらいしかない。ずっと動いていて、本当に死ぬって思うんですけど、人間そう簡単に死なないんです。自分が何をやっているか分からないまま何かをやっている。そういう領域まで行けば絵も自然に描けるようになる。人類ならみんなそうなります。

一同 (笑)。

香久山 特別なことじゃないんですよ。何も考えずにどんどん絵が出てくる人って、才能があるとかセンスがあるとか天才だとか言われるじゃないですか? でも決してそんなことはない。鍛えればいいだけです。身体をつくることが本当に大事だとこの10年で再認識したところなので、私もまだまだこれから進化したい。みんなで一緒にいいところを伸ばしていきたいですよね。経験があろうがなかろうが、「日本画」というワードにアンテナが立ったらそれがお知らせです。だからあまりこねくり回さず、素直に受講してみてほしい。シンプルにそれだけでいいじゃん!と、本当に思いますよ。

2024年3月23日収録
取材・構成=木村奈緒 写真=皆藤将


※1 九相図
屋外に置かれた死体が朽ちていく様子を9段階に分けて描いた仏教絵画。

※2 岩佐又兵衛
江戸時代初期に活動した絵師(1578〜1650)。《洛中洛外図屏風 舟木本》などを手掛け、浮世絵の開祖として伝説的に語られる。

※3 芥子園画伝
清の画家・王概が編集した彩色版画絵手本。古来の名家の絵を例示しながら山水画の技法が解説されている。


超・日本画ゼミ(実践と探求) 間島秀徳+小金沢智+香久山雨 Majima Hidenori

▷授業日:毎週土曜日18:30〜21:30(毎月第三週は日曜日13:00〜17:00)
本講座では自立した作家として歩み出せるように、制作実践のための可能性を探究し続けます。内容は基礎素材論に始まり、絵画制作に必要な準備の方法を習得するために、古典から現代までの作品研究等をゼミ形式で随時開催します。