エレクトロニック・ミュージックを中心に、DTMによる音楽制作を総合的に学ぶ「魁!打ち込み道場」。講師は、HipHopグループ・BUDDHA BRANDのマニピュレーターとしてキャリアをスタートし、自主レーベルの立ち上げ、国内外での演奏活動など幅広い活動を展開しているnumbさん。幼少期の音楽との出会い、ニューヨークへの留学など、ご自身の歩みを振り返っていただくとともに、講座についてお話しいただきました。
numb|HipHopグループ“BUDDHA BRAND”のマニピュレーターとしてキャリアをスタート。90年代後半より、シンセサイザーやコントローラー等のエレクトロニック・デバイスやラップトップを用いた演奏活動を数多く行っている。国内エレクトロニック・ミュージックの立役者として、その黎明期から今日まで活躍。
MTVで衝撃を受けて
numb 出身は埼玉県です。狭山茶というお茶の生産地で、ブワーッと広がった茶畑の中で走り回って遊んだ記憶があります。「となりのトトロ」のモデルになった狭山丘陵もあって自然が多いんですよ。小学校に入る直前に杉並区に引っ越してきて、小中高と杉並で過ごしましたが、埼玉のほうが好きでしたね。
音楽との出会いは早くて、小学校4〜6年生のときだったと思います。アメリカでミュージックビデオが出はじめた頃で、ピーター・バラカンさんの「Poppers MTV」や、小林克也さんの番組を見て衝撃を受けて音楽にハマりました。当時はFMのエアチェック(私的にラジオ番組を録音して楽しむこと)も流行っていて、僕も「FMトランスミッションバリケード」(これは中学の頃だったかも)というマニアックな音楽番組を録音して、海外の音楽を聴いていました。音楽の話をできる友だちはいなかったですね。友だちとはゲームの話とかをしていたと思います。
中学に入ったらギターを弾き始めて、3年ぐらいヘヴィメタルの結構有名な先生にギターを習いました。それでバンドを組んで文化祭に出ると同時に、DJにも興味を持ち始めて、高校2年生ぐらいからは新宿にあったレコード屋・CISCOにずっと通っていました。CISCOでは、ヒップホップ、テクノ、ハウス……と、なんでも買っていました。それがヒップホップやダンスミュージックとの最初の出会いだったと思います。今みたいに情報が溢れていないから、めちゃくちゃ飢えていましたね。
19歳、単身ニューヨークへ
numb そんなふうに音楽にハマっているから、当然勉強はしていません(笑)。親の手前、一応大学受験もしたけど受かるわけもなく。そもそも大学に行くつもりがないですから。姉が高校のときにニューヨークに留学していて、その話を聞いていたから、自分もニューヨークに行きたかったんです。それで、最初から留学するつもりで準備はしていました。留学に必要なTOEFLの点数はギリギリセーフでしたが、なかなか入学の手続きが通らなくて。昔は業者を通さないと留学できなかったんだけど、そのことを知らなかったんですよ。それで、ろくに英語もしゃべれないのに、いきなりニューヨークの学校に電話して「入学したいんだけど」と直談判しました。今思い出しても、どうやって許可が降りたのか謎ですが、最終的になんとか入学できることになりました。
だけど、ニューヨークに行ってみたら本当に大変でした。記憶がだいぶ曖昧ですが、まず、住む所がないので、日系のご夫婦がやっている不動産屋を探して行ったら、そこの息子さんが良くしてくれて、なんとか住む場所が決まって……みたいな感じです。それでも、電気もガスも電話も通ってない状態が1ヶ月ぐらい続いたかな。英語もしゃべれないし、飯も一人じゃ食べられないしで、最初の1、2週間はマクドナルドとかで頑張って過ごしました。友だちができてからは友だちの家に入り浸っていましたね。
ESL(英語を母語としない学生のためのコース)の後に、オーディオエンジニアリングの専門学校に入学しました。1年半ぐらい通いましたが楽しかったです。ジャマイカ系や黒人の人たちと仲良くなって、ずっとつるんでいました。学校を卒業してからは、ニュージャージーでチケット会社のメッセンジャーの仕事をしていました。グレイトフル・デッドとかのコンサートやブロードウェイの演劇のチケットをお金持ちに届けるんです。
その頃、DJのキング・ブリットと仲良くなって、よくキングに呼ばれてフィラデルフィアにDJをしに行っていました。キングの周りにはThe Rootsとかがいましたね。キングと出会う前にも、DEV LARGEやBUDDHA BRANDと知り合って、一気に交友関係が広がりました。周りにそういうリアルな人たちがいたし、自分もイベントをもたせてもらってDJをやっていたので、このままニューヨークに住むんだろうなと思っていました。
「自由になるための技術論」を身につける
numb だけど、ニューヨークに行って4年ぐらい経ったころに体調を崩してしまって、帰国せざるを得なくなりました。日本に帰国したのが1994年か95年かな。またいつかニューヨークに戻ろうかとも思っていましたが、手伝っていたBUDDHA BRANDのメンバーが日本に帰ってきて、それに巻き込まれるように自分も日本での活動が忙しくなっていきました。その頃はダブルワークでCISCO渋谷テクノ店のバイヤーをしていて、レコードの買付もしていましたね。
そうこうしているときに、(本校・音楽コーディネーターの)岸野雄一さんに声をかけてもらい、美学校で講座をやることになりました。当初は単発の講座でしたが、今も基本的にやっていることは変わりません。音楽制作にあたっては感覚も重要だと思いますが、感覚を表現するツールとして技術はあっていいと思っているので、講座では技術論をメインに教えています。音楽制作はダンスとかに近い部分があるのかなと思っていて、自由自在に動くためには技術があっても良いのではと思います。耳が自分の音をつかんでいない状態で制作をやると難しいですよね。耳で聞いて手がパッと動くように瞬発力を養いたいので、講座では「自分が自由になるための技術論」を教えているという感覚があります。
今はコンピューターのおかげで音楽制作の入口から出口まで、技術さえあれば一人で完結するので、音楽制作には素晴らしい時代です。逆に言うと、アウトプットまで全部一人でやらなければならなくなったことで──もちろん一概には言えませんが──例えば「作曲ができます」とか「ギターが弾けます」だけではクオリティーの高い作品を出すことが難しくもなりました。
いろいろな考え方があると思いますが、制作に必要なdawの使用方法や、作曲技法や演奏技術、ミックス等の音響技術が完璧になるまで何年も修行してからアウトプットするのは正直大変じゃないですか。だったら、アウトプットに最低限必要な技術を身に着けて、早々に形にして判断したり判断してもらったりするほうがいいと思うんです。アウトプットしてみて、自分に足りないのは作曲の技術だと思ったら、それをまた学んでいけばいいわけですから。何もかもが完璧になってから形にするよりも、むちゃくちゃでもいいからまずは形にしたほうが、結果的に面白いものができると思います。
オンラインでの授業の様子
耳の感覚を良くして、自分の出したい音を出す
numb 講座で常々言っているのは「耳の感覚を良くしよう」ということです。今はストリーミングが主流になって、流れてきた音楽を受け身で聴いている感じじゃないですか。音楽の中身を注視して、「ベースはこうなってるんだ。自分はこういうベースが好きだな」といったように、自ら能動的に聴く機会が少なくなっている気がしています。講座では技術論をメインにしていると言いましたが、一年勉強しただけではどうにもならない部分もあるので、せめて耳の感覚だけでも良くなってもらいたいという思いがあります。
特に低音は、ベースミュージックとかにハマっているような一部の人を除いて、普段ほとんど注意して聴かないですよね。そこで、講座では視覚で音の周波数を確認しながら耳で覚えていきます。実際に、講座を通してみなさん低音域やその他の帯域も、とても聴こえるようになっていくと感じますね。楽器が演奏できないと音楽がつくれないという時代ではないからこそ、耳の感覚を良くするのが最終的には重要なのかなとも思っています。
受講生にはいろんな人がいますね。受講時は高校生で、今はプロのアーティストとして活躍している人もいれば、長年バンドをやってきて楽器はできるけど、いざ一人で音楽制作しようと思ったら何もできなくて受講しに来る人もいます。菊地成孔さんの「楽理基礎科/楽理中等科」を受講した後に「魁!打ち込み道場」を受講する人もいますね。講座で自分以外の受講生の作品を聴くのは楽しいと思います。コロナ前は、修了生同士でイベントチームを組んで、外タレを呼んでイベントを開催したりもしていましたよ。
そうやって受講生同士でコミュニケーションをとれるところが美学校のいいところなので、講座がオンラインになったことで、さみしい気持ちは正直あります。だけど、オンラインのおかげで全国から受講可能になったのは素晴らしいですね。僕も10年ほど前に山口県に移り住みましたが、地方ではサブカルチャー的なものの受容があまり進んでいなくて、そうするとサブカルチャーをやりたい人は、都市に出ていくという選択肢になりますよね。オンラインになったことで、そういう人たちの受け皿になれば嬉しいし、時々でもいいのでリアルに集まれる機会がつくれたらなお嬉しいですね。
今後は、映像につけるちょっとした音楽とか、AIで良かったりしそうですよね。だからこそ「自分の出したい音」を出す行為が、より際立ってくるとも思うんです。そういう行為こそが、そもそも人間が欲している「何か」といいますか。僕も受講生の作品には刺激を受けています。初期衝動でつくっているのを見ると、うらやましくなるんですよ。「魁!打ち込み道場」は初心者向けの講座ですし、これまでにはコンピューターを買ったその足で講座に来たツワモノもいました(笑)。まずは自分のつくりたい音楽をアウトプットできる最低限の技術を獲得して、その後につなげていってほしいと思います。
2023年4月4日zoomにて収録
取材・構成=木村奈緒
講座内容に関するご質問や相談
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▷授業日:不定火曜日 19:00〜21:30
DTMによる音楽制作を総合的に学ぶ講座です。シンセサイザーの音作りからビート打ち込みテクニック、サウンドをケアするためのミックスダウンに至るまで、自分の音源をプロのクオリティに近づけていくためのスキルを、一年かけて鍛えていきます。