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講座レポート「モード研究室〈ファッションの現場から〉」

講座レポート「モード研究室〈ファッションの現場から〉」


 

自分だけの洋服が生まれる場所

―モード研究室

文・写真=木村奈緒 写真=皆藤将


 

この記事を読んでいる人で、これまでにただの一度も「洋服を着たことがない」という人はおそらくいないだろうが、「洋服を作ったことがない」という人は案外多いかもしれない。日本におけるファストファッションの代表格・ユニクロは国内に852店舗、ファッションセンターしまむらは1312店舗、2008年東京に1号店をオープンさせたH&Mは46店舗をかまえる。いまや、安くてそれなりにおしゃれな服はどこでも買えるのであって、洋服を自作する方がかえってお金も時間もかかるくらいだ。(店舗数は執筆時のもの)

かたや、今年(2014年度)で開講8年目を迎える「モード研究室(ファッションの現場から)」は、自らの手で洋服を作ることに重きを置いた講座だ。講座を取材した日も、受講生は黙々とパターン(型紙)をひいており、その光景は学校というよりもファッションブランドの制作現場のようであった。週に1回3時間。多いとは言えない授業時間に1台のミシン。環境的には決して恵まれているとは言えない美学校で手間をかけて洋服を作る理由とは一体なんなのだろうか。

 

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ファッションブランドの制作現場のような講座風景

 

モード研究室のマジック

「洋服に興味はあるけど、何にも知らないっていう人もウェルカムです。」と講師の濱田謙一さんが言うように、モード研究室では、受講にあたってデザインや縫製など、ファッションに関する知識や経験を問うていない。服飾の専門学校に行けば2年間毎日ファッションについて勉強するわけだから、入校時は素人でも卒業する時には服が作れるようになるだろう。一方、美学校は週1回の講座を1年間受けるだけだ。それで本当に服が作れるようになるのだろうか?

「例えば絵を描くとか、ちょっと上手にデッサンを描くのは自分にも出来そうな気がしますよね。でもそれが洋服だったらどうでしょう。本当に自分で作れるのかなって不思議に思うじゃないですか。自分が着ているこのコートを作れるだろうかな?ってね。それが、このモード研究室では出来てしまう。ちょっとマジック的なところがあるんです。」 洋服を全く作ったことがない人でも作れてしまう。そのマジックの種は、意外にも1年間という時間的制約が生んだものだ。

「本当はゼロからやりたいんですが、1年という区切りを考えるとそれは難しい。そこで、とりあえず自分の好きな服を持ってこいと言うんですね。」服作りと言うと、まずデザイン画を描いて、それを型紙におこして……という工程を想像しがちだが、モード研究室では自分のお気に入りの服から型紙をおこす。すでに出来上がっているものの型をとるだけなら自分にもできる気がしてくる。

「一回形にしてみて、こうしたらもっと可愛いかなと考える。それがデザインなんですね。」かつて濱田さんが在籍していたコム・デ・ギャルソンでは、デザイン画を描かなかったそうだ。「デザイン画を上手く描けても、それはイラストレーターと同じで意味がない。形になってはじめて襟のカットが違う、といったことが分かるわけです。形で見せないといけないんですね。」モード研究室は、まさにファッションブランドの制作現場そのものなのだ。

 

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受講生の作品。お気に入りのシャツから型紙をおこした。
襟と袖はわざとシーチングという仮縫い用の布地にしてある。

 

洋服作りの現場

お気に入りの服からパターンを起こしたら、シーチングという布でトワルを作成する。まずは仮の生地で形にしてみるのだ。そうしてサイズ感や襟の形などを確認する。イメージと違うと思えば、またイチからやり直す。時には3回、5回とトワルを作ることもあるそう。当然、制作のペースは受講生によって異なる。「3ヶ月で3着作る人もいるし、4ヶ月で1着しかできない人もいる。でもそれは能力の差じゃないから全然問題ありません。」

従来、縫製はコム・デ・ギャルソンやヨウジヤマモトの縫製を手がけるサンプル工場に頼んでいたが、最近は学生自身が縫製も手がけている。「ただ、それも僕が決めたことではないので、来年は元に戻るかもしれない。受講生の主体性に任せています。」開講して2〜3年は濱田さんが自分でパターンをひいてしまうこともあったそうだが、今はあまり口出しもしない。「聞かれたことに答える感じですね。」そうは言いつつも学生の手元にはしっかりと目を配っていて、時折「その折り返しのところ、幅が見本より狭いかもしれないな、ちょっと見せて。」と学生にアドバイスをしながら講座は進んでいった。

 

だから、服が作りたい

あえて服飾の専門学校ではなく、美学校で服を作ることを選んだ受講生の理由はさまざまだ。自分に合うサイズの既製服がないから。自分が着たいワンピースを作りたいから。就職したいアパレル会社があるから。などなど。 「『写真家だけど、洋服という扉を叩いてみたい。』という人がいたら、もちろん歓迎します。自分で作った洋服を写真に撮って、写真と服を一緒に飾ろう。そんな風にアイディアが出てくるじゃないですか。」と濱田さん。「ファッションの専門学校に行ってしまうと洋服しか教えない。そこが欠点だと思うんです。でも美学校はこれだけ教程があって、いろんな表現がある。その中のひとつの表現手段としての洋服、というのが魅力的だな、美学校の強みだなと思います。」

シャツと白衣を合体させた服を作っているのは受講生の村田さん。「高校生の頃から作業着がカッコいいなと思うようになって。」既製服では決して売っていない、本当に自分が着たい服を制作中だ。海外に留学してファッションを学ぶ準備をしているという吉川さんは、モード研究室を受講した理由について「他の学校は、どこの企業でも通用する技術を教えてくれますが、就職を目的にしているわけではないですし、フルタイムで通えないこともあって美学校を選びました。自分が着ているものからパターンをとるのは、すごく理にかなっているなと思います。長く着たいものを作るのは、洋服を作る上で大事な感覚だなと。以前は製図の気分でパターンをひいていたけど、今は鹿の解体をしている気分ですね(笑)」と話してくれた。

 

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2013年度の修了展の模様。受講生それぞれが着たいと思う洋服が並んだ。

 

自分が本当に着たいと思う服を自分の手でつくる、というシンプルな目的からは、流行やモードに左右されない唯一無二のデザインが生まれる。そんな服は伊勢丹にもユニクロにも売っていない。だから多少の時間とお金がかかっても、みんなモード研究室で洋服をつくるのだ。しかも、その制作方法は一流ブランドの現場と何ら違わない。

モード研究室でやっていることは原始的で職人的な作業だけど、完璧にデザインなんですよ。デザイナーって格好良く絵を描いてパターンはパタンナーに出せばいいと思っている人が多いと思う。でも、そうじゃない。自分で作り上げたものに対して自分でどう評価できるかがデザイナーなんです。それを分かってもらいたいですね。」 ここをもうちょっと細くしたい、袖口はこうしたい。自ら考えながら洋服をつくる受講生たちは、みな一人前のデザイナーだった。

 

 

Hamada Kenichi

▷授業日:毎週土曜日 18:30〜21:30
モードを考えるところからスタートし、実際に服を作り上げるまでの授業です。何かを想像し考え、自分の中に入り込み転がり込んで出てゆく瞬間の表現手段が服であったなら、どのような作品が生まれるのかをテーマに授業を進めます。

 

 

 

ライタープロフィール


木村奈緒

木村奈緒

1988年生まれ。上智大学文学部新聞学科卒。メーカー勤務などを経て、現在は美学校スタッフとして広報を務めながら、フリーライターとして文章執筆やイベント企画を手がける。
過去の企画イベントに「ヨーゼフ・ボイスナイト」「工藤哲巳ナイト」など。現在、美術家・会田誠さんのエッセイにて共同執筆中。Twitter@nao0108