講師インタビュー/田嶋徹(細密画教場)


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本インタビューは2012年に公開したものです。2023年にあらためて収録したインタビューはこちらです。

━━━授業についてお伺いしていきたいと思います。一年を通し、具体的にどのように細密画を学んでいくのでしょうか?

元々私も20数年前ここの生徒だったんですが、授業の内容は、ここで習った経験プラスその後自分で描くようになった絵の技術がベースになっています。

具体的にどういうことをやるかというと、最初鉛筆を使うんですね。夏休みまでの一学期間は紙に鉛筆を使ってモノクロの表現をします。モチーフは長い時間をかけて描くものなんで、目の前に置いておいても変化しないようなもの、貝殻とか昆虫の標本とかになります。そういうものを最初は鉛筆で克明に描いていきます。そして二学期、三学期になると、透明水彩絵の具を使うカラーの表現になっていきます。

最初はまず、肉眼で見たものを手で表したらどうなるかというのからやります。そして今度は補助をする道具を使ったりして、それをより詳しく、フリーハンドで描いたものが正しいかどうか検証するようにして、測っていくという作業をやります。それが最初です。

本画では描いたり消したり直したりという作業は最小限にしたいので、別の紙に下書きを克明に描いてから始めます。もう十分だというぐらい。まあ、段々描いていくうちに合わさってくる感覚です。なので、最初のうちはうまく見えなかったものが、段々整って形を帯びてくるという感覚あって、もう納得したというところまでその作業をやって、それで初めてそれを本紙に写してから始めます。

その下書きの作業というのがすごく重要で、できてないと後々響いてくるので、まずしっかりやる。それから先は本当に細かい作業を続けていくんですけど、その作業も決まりきったものという感じではないんですね。もう最初に下書きの線があるからその内側を描いていくと出来上がり、というわけには中々いかなくて、やっぱりその作業の最中でも検証しながら描いていくという行為があるんですね。つまり最初は見えてなかったものが、描くことで段々見えてくるということがあって、それを一番大事にしているんですけど、描くことでより鮮明に見えるようになるし、より見えるようになることで、描く方も手の方もそれにつられてという、その相互作用で上がっていく感じです。

━━━なるほど。私もデッサンやスケッチをしていると普段自分がいかにものを見てないかということに気付かされます。描く行為が見る行為のフィードバックになっているということですね。

よく見るといっていくら凝視するよりも、描きながら見ていった方が見えるようになるんですね。つまり身体を使うということなんです。じーっと見ていても中々見えないむしろ余計見えなくなるようなものが、見て、それを描いて、それでまた描いたものを見て、という循環を作ると見えるようになるという、そんな身体の感覚を一番大事にしていて、それが伝わったらいいなと思うんですね。それを言葉では伝えるのは無理なんで、こっちもやってみせて、やってごらんよというふうに、なんとかやってもらうようにして実感してもらうというのが、一番大事にしているということです。

━━━田嶋さんにとって細密画の魅力とは何でしょうか?

私が学校に入った動機というのは、絵を描きたいとか何かを表現したいというよりも、職人的な技術に憧れて入ったんですね。すごい技術なんじゃないかという。それで実際描いた人の作品を見るとすごいなと思って、こういうふうに描きたいなと思ったんです。

実際にそれをやると、想像以上に根気のいる作業なんですけど、それが絵に出ている感じがあるんですよ。描いた時間と労力がすべてで、そこには何かを表現するとかそういうことではなく出てきてしまっているものが感じられて。アピールするような感じではなく、ただ行為が全てそこに現れているというようなものが魅力であると思います。自分の中の何かを表現しているというよりも、描く行為そのものが魅力になっていて、その結果が絵に出てくるというのが今でもやり続けている理由ですね。

━━━細密画教場では、デッサンをやったことがないような全くの初心者でも来て大丈夫なんでしょうか?

私もそうでした。少なくとも技術的に細密画はこういうものだというところまでは行けると思うんですね。自分で描いたものを見て、細密画というのはこういう感じのものなのかなと。いきなり狭い間口から入っていっても、その先がどこかに繋がっている可能性はあるんですね。私はここに入った後にデッサンを勉強しました。まぁ逆の順番ですよね。けどそれで構わなかったと思います。最初に言った身体の使い方というのをやるつもりなんで、初心者でも大丈夫ですよ。

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━━━田嶋さんと美学校の出会いを教えてください。

20年前に高校を卒業して、半年ぐらいやることがなくてどうしたものかと思っていたんですね。それで当時あった宝島という雑誌に載っていた美学校の広告を見て面白そうだと思ったんです。

変な感じの広告で、変な場所なんだろうなと思いました。

それでさっきの話で、自分で何かを表現するというのも想像がつかなかったし、そういうものも持ち合わせていないだろうと思っていました。それで教室のリストを見たら、中に細密画があった。ここは多分表現とかしなくて済みそうだ。ただひたすらやればいいんだろうと思ったんです。

そうして入ったんですけど、実際そうだったんですよ。その作業が自分に向いていたようでした。何も表そうと思わなくても、出来上がるものがあって、それだけで最初は嬉しいものなんですね。それからずっと今までという感じですね。何かを表現しようと思うことなく、次ぎあれ描こうと思ったものを描いてきただけですね。

━━━細密画教場の講師になられたのはいつですか?

10年前ぐらいですね。

━━━美学校はどんな場所だと思いますか?

美学校がどういうところかなんて考えたこともないですね。ずっといるんで、美学校がどうというより自分をどうしようかということしか考えてなかったから。

これは余談になるかもしれないんですけど、僕が入ったときは20数年前なんで、先生をやっている世代の人が、20歳ぐらい年上なんですね。1960年代の美学校創立の時の空気を知っている世代で、当時は60年代という時代に憧れがあったんですよ。60年代というのはどういう時代だったのかなと。

それで入学すると、それまでその世代と話す機会なんて全然なかったのが、いきなり直接お酒を交わしたりして向き合う感じになったんで、それはすごく新鮮でした。多分今はそういうのはないでしょうね。80年代、90年代のことを興味持ってくれる人がいたっていいんだけど、そういうのはなくなっている感じで、僕が今先生の立場だから、入ってくる人は、80年代に興味を持ってくれる人がいてもおかしくないけど、そういう感じはもうないし、こっちも別にあの時はねなんていう感じにはならないから。

━━━最後に美学校や細密画に興味を持っている人に一言いただけますでしょうか?

体の使い方のことをさっき言いましたが、武道のように作法があるわけではなく、そうやって出来上がった絵を自分で見て、自分はこういうのができたんだという驚きが、まず最初の喜びだと思うんですね。特にそういうことってあまりやったことがないだろうし、一人で始めるにしてもきっかけもないだろうし。

もし興味があったら始めてみる。すると自分で描いたものにびっくりするという経験が最初にできると思います。それは間違いなく自分が作ったものだし、自分の中から出てきたもので、表現しようとはしてないけど、それは自分にしかできない自分の中にあったものなんですよ。

もちろん描かない以上は、自分の中にあったからといって絶対にわからないですし、描いてみないと絶対に見ることはできないし、例えば私のように表現みたいなことに途方に暮れる人でも、やったら必ず何か出てくるというのは保証しますので、それは楽しみにしてもらっていいと思います。

━━━どうもありがとうございました。

Tajima Toru

▷授業日:毎週水曜日 18:30〜21:30
細密画教場では目で見たものを出来るだけ正確に克明にあらわす技術の習得を目指します。この技術は博物画やボタニカルアート、イラストレーションなどの基礎になるものです。