物々交換所 第17回「【物々交換】の絶滅危機」


 酒井貴史


以前、美学校ポータル記事で現代日本人の『物々交換』への認識は民話「わらしべ長者」の影響下にあるということについて書きました。

物々交換所 第5回「わらしべ長者」モデルから「迷い家」モデルへ

原初的な「交換」は、手に入れた食物を自分が属する群れに分配することで後々、他の個体からの分け前をもらう権利が手に入るというような集団的生存戦略から発しました。人類史上ありとあらゆる事物が様々な方法や時間尺度でもって人から人へ移動してきたのです。

日本においては「物々交換」という言葉からは「わらしべ長者」が語る、物と物の直接の交換が連想されますが、しかし本来「交換」が内包する意味世界は広大無辺であり、ともすれば「市場価値のいたずらで長者になれたよラッキー」という成り上がり話に矮小化される民話ひとつに背負わせることはできません。とはいえ、広く共有される民話はその文化圏の鏡像であり、社会の価値観を元に物語ができるのと同時にまた物語は社会に価値観を伝播します。

わらしべ長者が地道に顧客の需要を満たす交換を繰り返したのに対して「笠地蔵」では譲渡したものに対して過剰な返礼が行われます。民話ではしばしば善行/悪行という評価軸が加わると、明らかに非対称な交換が発生したり唐突に富が与えられたり失われたりします。

他者の善意に対しての返礼には自己犠牲も厭わない『返礼コンプレックス』とも言うべき美徳に繋がる過剰ですが、しかしこの過剰な因果応報の原則はエンターテイメント性が高く、多くのメジャーな民話の骨格を成します。

一旦ここで、返礼コンプレックスの内面化についての懸念を述べます。

▶ワールドおさがりセンター
http://togetter.com/li/957004

これは引っ越しシーズンにいらなくなった物を募り、ひたすら無料配布するというのが趣旨の企画ですが、「縁もゆかりもない他人に無償で物を提供する/無償で物を受け取る」実体験をさせることでその非日常性を薄れさせ、会期終了後に個々人の自発的な『余剰の配布』行動を誘発する目論見がありました。

懸念というのはつまり「返礼」の絶対視が「返礼できない場合には譲渡を受け取るべきでない」という形に転倒し「贈与の自粛」のような硬化を起こすことであり、その処方箋として「返礼の対象が譲渡の当事者でなくてもいい」「返礼まで世代を跨ぐほどの時間差があってもいい」ような物々交換の在り方を提示しなくてはなりません。

メジャー民話が基本的に因果応報の原則がベースであるのに対して、起承転結すら備えないようなマイナー民話もあります。柳田國男の記した遠野物語に見られる、山人、神隠し、異界訪問の説話には平地人の論理とは全く異質な世界が示唆され、そこに属する異物との接触は一見、予測不能、不可解そのものです。

しかしそもそも規範は安全を、節制は成功をもたらすといった理念も仮構のものでしかなく、本質は不条理と理不尽そのものであるこの地上においては因果は当事者に応報せず、無根拠に与えられまたは奪われ、省みられることなく忘却されます。

そこで因果応報の原則は拡大発展され、苛烈極まる現状の生活は「よりよい来世」を得るためのもの、という解釈が成されます。現世利益的な交換の典型「わらしべ長者」に対し「笠地蔵」は来世利益の寓話としての側面を持っています。

▶笠地蔵あらすじ
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E7%AC%A0%E5%9C%B0%E8%94%B5

高齢の貧者にとって、雪解けまでの生存を左右する「笠と食料の交換」の失敗は即、死活問題に直結します。もはや絶望的な状況下、客観的には自暴自棄な財産の放棄に見えても、それが来世の利益との交換という認識の下に行われた場合には、譲渡者の内面では『精神的な安定』という対価を得られたことになります。

富者から貧者への施しもまた輪廻転生思想に支えられた来世への投資でしたが、因果を支配する神の座を貨幣が占めつつある今、喜捨の費用対効果の信憑性は下落傾向にあり、ここでも贈与の滞流が起こります。

とはいえ、その交換が現世利益的か来世利益的かは明確に判定できるものではなく、「交換の多様性」を日常から遠ざける要因は生活様式の変化に他ならないでしょう。

生物が親から子へ遺伝子によって形質を継承するように、文化や概念もまた言葉と文字を依代に伝播され淘汰されていきます。

集団への分配に芽吹き、力の誇示や内面の安定といった派生種を生んだ「物々交換」の進化が、他のあらゆる事物と交換可能な貨幣の創造に辿りつき、それへの依存度を高めている現代においては、わらしべ長者も笠地蔵ももはや絶滅危惧種なのかもしれません。


物々交換所

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酒井貴史

kokanjo

1985年10月28日宮城県山元町出身。2009年武蔵野美術大学卒業。現在、物々交換所管理人。詳しくはツイッターから。https://twitter.com/koukanjyo