アーティストの松蔭浩之さんと三田村光土里さんが講師を務める「アートのレシピ」。2010年の開講以来、「正しいオブジェのつくりかた」「現代“怪獣”美術」「キッチュ再考」「『私の作家論』〜調査と発表」「セルフポートレイト実践」など独自のカリキュラムを中心に授業を展開してきました。
数年前からは講座のサブタイトルに「松蔭浩之のラディカル・ヒストリー・アワー」と追記し、アートに限らず映画、音楽、サブカルチャーなど、松蔭さんの作家人生に大きな影響を与えてきた「ラディカルな事象」を授業内で積極的に紹介。決して古びることのない先人たちの文化的実践を体験することにより、「クリエイティビティー(=創意工夫)の本質を知ること」を目指しています。本レポートでは、ある日の授業の模様を交えながら講座について紹介します。
「アートのレシピ」の柱その1──会話を楽しむ
「アートのレシピ」の核となるのは上述したカリキュラムですが、毎回の授業の柱となるのは松蔭さんの「話」です。その日授業に集まった人、最近あった出来事、受講生からの質問や意見などを起点に繰り広げられる松蔭さんの話を聞くことが本講座の重要な要素のひとつ。
もちろん、話を聞くだけでなく受講生も松蔭さんと一緒になって話をします。この日出た話題だけでも「好きな食べ物」「自分なりのアーティスト像」「アートをやる理由」「映画の口コミ」「行ってみたい国」とさまざま。アートと関係ないような話を入口に、気づけばアートの話につながっていることも。雑談のような気軽さでありながら、人の話を聞き自分の考えを言葉にする時間はシンプルに楽しく、教科書を一方的に読み聞かせられる退屈さとは無縁です。
「アートのレシピ」の柱その2──経験から学ぶ
講座では、長年アーティストとして活動してきた松蔭さんと三田村さんの経験談、ひいては作家としての考えを聞いたり、実際にふたりの作品を観に出かけることもあります。過去には授業の一環として横浜トリエンナーレの参加型作品に参加したことも。
この日は松蔭さんが2012年に参加した「街じゅうアート in 北九州2012」を紹介。カタログに掲載された自身のステートメントを読み、自分の言葉で書くことの重要性を説きます。「表現者はこういうこともできなきゃいけないんだよ。なにかひとつに秀でることも大事だけど、現代美術においては総合的な面白さ、つまりマルチであることが重要なんだよね。芸術が芸術として意識されたルネサンスの時代にさかのぼってみても、芸術家はみんなマルチだからね。レオナルド・ダ・ヴィンチだって、彫刻、絵画、建築……と多くのことを熟知しているでしょう」(松蔭)。
「街じゅうアート in 北九州2012」のカタログ
何かと制約が多い地域の芸術祭での苦労話は笑いを交えて紹介。華やかな話だけでなく、失敗や苦労も含めて講師のトライアンドエラーを知ることは、講座修了後に自分の道を歩んでいくうえで大事な糧になります。
「アートのレシピ」の柱その3──創意工夫を知る
この日の授業のメインは、受講生による「セルフポートレイト実践」のプラン出し。この実習では受講生が被写体に、松蔭さんが撮影者となって一人ひとり撮影を行います。ただ単に肖像写真を撮るのではなく、憧れの対象や自身の身体的特徴、はたまたコンプレックスなどから着想を得て、どんな一枚にするかを考えます。写真という技術を用いて自らをモチーフに表現する「セルフポートレイト実践」は、「アートのレシピ」の一年間がつまった集大成的な課題です。
この日受講生が持参したイメージは、寺山修司の作品、今敏『パプリカ』、フレディー・マーキュリー、『ブレード・ランナー』のレイチェル、レオナルド・ダ・ヴィンチ《ウィトルウィウス的人体図》など。「好きなイメージだから」「顔が似ているから」「自分という人間存在への疑いから」「自分の身体的特徴を生かしたいから」など、理由は人それぞれ。
受講生のプランを聞いた松蔭さんは、なぜこのイメージに惹かれるのか、小道具やアングルはどうするのか、そもそも元となるイメージがつくられた背景はどういうものか、といった質問を投げかけます。また、YouTubeの映像やアーティストの作品集を見せながら、参考になりそうなイメージを紹介。松蔭さんの解説を聞きながら先人たちの文化的実践を体験する時間、これぞまさに「ラディカル・ヒストリー・アワー」です。
「フレディー・マーキュリーになろうかな」という学生に対し
「まずは対象をよく観察する必要がある」と《I Was Born To Love You》を鑑賞
「人形にも人間にも見えるようなポートレイトを撮りたい」という学生に対し、
シンディ・シャーマンの図録を手に作品解説する松蔭さん
受講生のプランを聞き「やっぱりなにかひねっていこうよ。『面白い』というのは人をギョッとさせる、挑発する行為でとても重要なこと。人を挑発することの最大のポイントは自分を挑発することだからね。自分がドキドキしないものは人が見ても面白くないから、自分が興奮するものに挑戦してほしい」と松蔭さん。
「セルフポートレイト実践」では、写真を撮ったあとにフォトショップなどで加工するのはNG。お金をかけずにあるものを工夫していかに「面白い」作品をつくるのか。たとえば人が倒れている写真を撮りたいとして、「どうしたら倒れていることがわかるか。必ずしも全身が写っている必要はないんじゃないかな。全身撮るかどうかで労力が変わるからね。全身を撮ると決めておけば、そこから寄っていくことはできるけどその逆は無理だよ。本番に向けてテストしてみてほしい」(松蔭)。
何をどうしたら自分がドキドキする面白い作品ができるのか。そう簡単に答えは出ませんが、あれこれ考え準備する時間は「クリエイティビティー=創意工夫」に満ちていて、もっとも楽しい時間でもあります。各自もう少し案を練ろうということになり、この日の授業は終了しました。
「すごく痩せたときがあって、今の俺ならエゴン・シーレができると思って
セルフポートレイトを撮ったんだけど、全然似てなかったんだよね」(松蔭)
「アートのレシピ」の柱その4──自分の道を歩む
三田村さんが担当する回では、作家としてのステートメントを書いたり、実際に作品をつくってみたり、アウトプットに重きを置いた授業を行っています。「三田村さんは、みんなにつくってみなよと背中を押すんだよね。僕はインプット担当で三田村さんはアウトプット担当。このコンビネーションはよくできていると思うよ」(松蔭)。
総じて「アートのレシピ」で感じるのは、日常の小さなことでさえ面白がってみること、そこに自分なりのひねりを入れてみること、そのために身近にあるものを使って創意工夫してみること。それができれば、アーティストになろうがならまいが、人生はずいぶん豊かであり、自分の道を歩んでいけること。そうした実践をしてきたのが他ならぬ松蔭さんと三田村さんであり、松蔭さんが紹介する先人たちであること──。
現代美術への関心以上に、なにか「面白いことをやってみたい」という人は、ぜひ一度見学にいらしてみてください。
2024年2月3日取材
取材・構成=木村奈緒
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▷授業日:毎週土曜日 13:00〜17:00
俗にいう「現代アート」に限らず、音楽、映画、サブカルもアングラも含めた文化全般を視野に入れた講義、ワークショップを実施します。かならずしもアーティストを養成することが目的ではないですが、節々でアートの実践を体験してもらうことで、クリエイティビティー(=創意工夫)の本質を知ることを目指します。