「アンビカミング:シャドーフェミニズムズの芸術実践」受講生インタビュー


2022年にオープン講座、翌2023年に正規講座として開講した「アンビカミング:シャドーフェミニズムズの芸術実践」(講師・遠藤麻衣)。クィア理論家のジャック・ハルバースタムが提唱した「ネガティブ(否定的・消極的)」で「パッシヴ(受動的)」な複数のフェミニズム=「シャドーフェミニズムズ」と芸術実践の関連を学ぶ本講座。オンラインと対面、理論と実践を織り交ぜながら展開した「アンビカミング:シャドーフェミニズムズの芸術実践」とはどんな場所だったのか。1年間講座に参加した受講生に聞きました。

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「シャドーフェミニズムズ」への関心

神川 神川美優です。普段はエネルギー関係の会社でプロジェクトマネジメントの仕事をしています。大学では社会学を専攻していて、フェミニズムについても勉強していました。前職で演劇関係の仕事をしていたので、篠田千明さんの「劇のやめ方」は知っていたんですが、美学校に来たのは「アンビカミング:シャドーフェミニズムズの芸術実践」(以下「シャドフェミ」)がはじめてでした。芸術やパフォーミング・アーツと自分の生活を繋ぎなおす作業をしたいなと思っていろいろ探しているときに、「そういえば美学校って聞いたことあったな」と思って検索したら、ちょうど「シャドフェミ」が開講するタイミングで「これだな」と思ったんです。「シャドーフェミニズムズ」という概念を初めて聞きましたし、メインストリームじゃない感じが美学校っぽくて惹かれました。

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神川美優さん

 サ世木と申します。留学生で、今は武蔵野美術大学の日本画科に通っています。美学校のことは、本屋で美学校の本を見て知りました。1年目は「超・日本画ゼミ」を受講しました。自分は女性として、外国人として社会から外れる感じ、所属する場所がない感じがあって……あと、周りの友だちがフェミニズムの活動をしていることもあって「シャドフェミ」を受講しました。

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サ世木さん

tomoka tomokaです。美大で芸術学を学んでいます。美学校は、美大の先輩が「芸術漂流教室」を受講していて知りました。講評会に遊びに行って面白そうなところだなって。もともとフェミニズムに興味はあったけど、ちょっと違和感もあって、そんなときに遠藤麻衣さんの「シャドーフェミニズムズ」についてのテキストを読んで、面白そうだなと思ったんです。ちょうど大学3年生になって授業が少し楽になったこともあり、受講しました。

Miyabi Miyabi Starrです。普段は映像や音声や漫画など、いろんなメディアで作品をつくっています。前年に「現代アートの勝手口」を受講していたんですが、そのときから「シャドフェミ」を受講したいと思っていました。もともとクィア・スタディーズに興味があって、遠藤麻衣さんのプロフィールを読んで、参考になる話が聞けるかなと思ったんです。

おしゃべりから生まれる授業

tomoka 「シャドフェミ」はタブーがないというか、なんでもしゃべれる場所なんですよ。ジェンダーの話とかも阻害されることなく率直に話せます。みんなでおしゃべりする機会が定期的にあって、それがシャドフェミメンバーのエッセンスになっている感じがします。

神川 ラフにおしゃべりができる状態があって、その中で練られたものを、えんまいさん(講師・遠藤麻衣の呼び名)が「お〜すごいね!じゃあ次回こうしましょうか〜!」って明るいノリで即興的に展開していく感じですかね。ゲストを招いて話を聞いたあと、一緒に何かをやるみたいな回が多かったかな。サさんも企画をしたよね。

 友だちの活動を紹介したくて、陳逸飛さん(アーティスト・木版画ZINE『刺紙(Prickly Paper)』メンバー)にカンフーなどをベースにしたワークショップをやってもらったり、自分たちで野菜を育てて販売したり、出版物をつくったりしている香港のスペース「GWO BEAN Collective 果邊」を紹介したりしました。あと、友だちと一緒に「シャドーフェミニズムズ宣言木版画ワークショップ」もやりましたね。

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「GWO BEAN Collective 果邊」の活動を聞く

Miyabi 僕は漫画を描いている受講生と一緒に漫画のワークショップを企画しました。人生で印象に残っている言葉を最初のセリフにして、みんなで紙を回して1コマずつ描いていくんです。

tomoka 私はアーティストの渡辺泰子さん(アーティストコレクティブ「Sabbatical Company」メンバー)と一緒にポッドキャストを録る回を企画しました。渡辺さんとはギャラリーのレセプションパーティーで初めて会ったんですけど、話の流れで美学校に通っていることを伝えたら、じゃあ授業でポッドキャストを収録しようということになって。もともとそうしようと思っていたわけではなく、良い偶然が重なって結果的にそうなりました。そうやって、個人が勝手に「じゃあ次は私がこれをやります」って場に持ってくる感じですよね。

神川 各々が持ち寄った種が有機的に育っていく感じだよね。それを受けてえんまいさんが、それならこういう情報があるとか、こういう書籍があるとか、今度こういう講義があるから行ってみましょうって庭に投げ込んでくれる感じだったかな。えんまいさんは「先生」じゃないよね。えんまいさんも最初に「先生っぽくなりたくない」と言っていたし。コーディネーターでもあり、見守り役でもあり、うまく軌道修正してくれたりもする……。

tomoka 先生じゃないね。「先導者」じゃないけど……。

Miyabi 「庭師」みたいな……。

神川 たしかに。私は舞踊家の櫻井郁也さんをゲストに呼んで、みんなで即興で踊ってみるというか動いてみるワークショップを企画したんですが、踊りにしても版画や漫画にしても、その人らしさが出るんですよね。そういうワークショップを通じて、みんなの一面を知っていく感じがありました。

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講師の遠藤麻衣さん(写真左)と舞踊家の櫻井郁也さん

神川 オンラインの回では読書会をやったり、会議をしたりしましたね。先に実践の機会があって、それに沿った本を読むとか、読みたい本があって、それに合わせてスケジュールを組む感じだったと思います。

Miyabi 最初に読んだ本は『おまえが決めるな!東大で留学生が学ぶ《反=道徳》フェミニズム講義』(嶋田美子、白順社、2023)だったよね。

神川 その次が「Venus in Two Acts」(Saidiya Hartman、2008) かな。DeepL翻訳を駆使して読みました。結構難しかったですね。

tomoka 本の読み解きはみんなでやりました。えんまいさんがアクティブな方なので、わりと即興的に何かをやるというか、「シャドフェミ」の流れのなかで、やりたいことをその都度引っ張り出してやってみる感じでした。だから必ずしも理論と実践を交互にやるわけではなかったですね。えんまいさんは、来年からもう少し理論の部分を増やそうかなと言っていました。

「シャドフェミ」を受講して

Miyabi 自分はいろんなメディアを使って制作をしているので統一感がなくて、これは活動と言えるのか、制作と言えるのかという悩みがあったんです。だけど「シャドフェミ」は、一般的に言う「間違ってる」とか「正しい」とか、そういうパキッとした区別を一回取り除いて、なんでも持ち込んでやれる場所だったので、自分の活動についても今では違った捉え方ができるようになりました。「シャドフェミ」を受講して、何かが明確に変わったというわけではないですが、すごくゆるやかに変化している感じです。

tomoka 美学校は美大とは全然違う場所で、美学校のフリーダムな空気を1年間浴びたのは自分にとってすごく大きいことでした。講座名の「アンビカビング」が意味するように、不真面目なスタンスになれたというか(笑)、えんまいさんと「シャドフェミ」のみんなのおかげで「もっと自由でいいぞ」みたいなスタンスになれました。

Miyabi 僕にとっても美学校はすごく気軽に来れる場所でした。だいたいいつでも開いているし、部屋が空いていれば制作もできます。その延長に人と集まって何かをやる「シャドフェミ」があった感じです。

神川 私はこの1年、非常に良かったと思っています。それはやっぱりえんまいさんと「シャドフェミ」のみんなと会えたからかな。講座でtomokaと出会ったことで展覧会(「skinny shelter −わたしたちが河になるとき−」)もできたし、会期中に開催した「おしゃべり会」では、えんまいさんとシャドフェミメンバーから事前に質問をいただいたり、サさんに展示の撮影をしてもらったり、みんなにすごく手伝ってもらいました。受講生のmaria.さんの展示(Doukyusei. 展覧会「同じ太陽の周りを回っている惑星たち。 The planets orbiting the same sun. 」)も授業で観に行ったし、ゆるやかだけどお互いに見守り合う感じがありました。「シャドフェミ」を通して今後の自分の活動に繋がっていく人間関係が得られたと思っています。あと、「お前が決めるな!」じゃないけど、「何が正しいとか知らん!」みたいな気持ちはありますね。こんなに目まぐるしく変化する時代に何が正しいかなんて決められないし、フェミニズム「ズ」の複数性にあらためて気付かされました。

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いずれの展示も受講生が自発的に企画をした

tomoka 「シャドフェミ」を受講する前は、個人的にはフェミニズムに対してマッチョなイメージがあったんですよ。めちゃめちゃ勝たなきゃいけないみたいな。それで「フェミニズム」って聞くとちょっと「うっ」となってたんですけど、「シャドフェミ」は講座名に「シャドー」とついていたから、これなら自分でもいけるかもと思ったんです。実際に受講してみて、これはあくまで私の中でのイメージですけど、フェミニズムが正義を求めるのに対して、シャドーフェミニズムズは正義じゃなくても許されるというか。正しさは求めないけど、みんなが生きやすくなる方法を考えるみたいな。それが「シャドーフェミニズム」じゃないかなって思っています。

神川 「シャドーフェミニズムズ」はもともとジャック・ハルバースタムが提唱した概念だけど、「シャドフェミ」ではそれをそのまま理解したわけではなくて、えんまいさんを通じて知った「シャドーフェミニズムズ」が、講座を通してさらに我々の「何か」になったっていう感じですかね。

Miyabi 自分にとっての「シャドーフェミニズムズ」が何かと聞かれたら、まず思い浮かべるのは「朝起きるのが辛いな」ってことなんですよね。でも、朝ちゃんと起きないと、まともな社会人じゃないっていうのがあるじゃないですか。だから、朝起きられないことを周りに相談できない。だけど、そういうのとは異なる場所が「シャドーフェミニズムズ」であって、そこが頭に「シャドー」、最後に複数性の「ズ」がつくゆえんなのかなと思いました。

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受講を検討している人へ

tomoka 自分の関心がフェミニズムだって断言できる人じゃなくても、たとえば、アナキズムに興味がある人で、フットワークの軽い人に「シャドフェミ」はおすすめです。フットワークの軽さは大事ですね。受け身だともったいないので。あと、フェミニズムってちょっと怖いって思っている人にも来てほしいです。「フェミニズム」という言葉が狭い意味合いで使われている場合もあって、その狭い意味でフェミニズムを捉えている可能性もあるので。フェミニズムというよりアナキズムとして考えたほうが、この講座のイメージは伝わるかもしれません。

Miyabi 普段はこうだけど、本当はこういうこともやってみたいっていう「種」を持っている人におすすめできるかな。「シャドフェミ」では実験ができるので。

tomoka みんなで土を耕している感じですよね。みんなでいろんなものを持ち寄って、「シャドフェミ」という場をずっと耕しているイメージ。

神川 これから芽が出てくるものもありそうだよね。私もふたりに同感で、「アンビカミング」つまり「違和」みたいなものがある人とか、それを誰かとの交流のなかで言語化することで、その違和がなんなのか知りたいという人に勧めたいです。答えはないかもしれないけど、その過程を楽しめる人にはいいと思います。

 この場でしか会えない仲間と出会いたい人、人と人の繋がりを深めたい人にはおすすめです。「シャドフェミ」は自分の弱さとかを認められる場所です。自分も引き続き社会とどう関係できるのかを探っていきたいです。

神川 必ずしも連帯しなくてもいいというのが、この講座で学んだことのひとつなんですけど、それでもピンチのときには見守るみたいな関係があるといいかなって。長い目で見たときに、みんなそれぞれの実践をしながら生きていくと思うので、その時々に「生きてるね」ってことを確かめ合えればいいんじゃないかって。今はみんなで『別冊マルスピ』というZINEを作っているんですけど、初めてまとまった形のものができたら、そこからまた新たな何かが生まれるかもしれないし、その時の流れに任せてみようと思っています。予め「こうしよう」と決めないのもいいかなと思っています。

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「別冊マルスピ ーたとえ離れ離れになっても、わたしたちは世界を変える /
Even if we tear apart, we will transform the world/聚是一團火 散是満天星ー」
2024年

tomoka 私も「決めない」みたいなことを考えています。次に何をやりたいかよりも、何が来ても自分はこういうスタンスで乗り切ろうって。「シャドフェミ」を通じて、決めなくてもいいという実感を得たのかなと思います。

神川 今年集まったメンバーも予め想定されていたわけじゃないけど、偶然すごくいいメンバーだったと思っているんですよ。サさんがいなかったらGWO BEANも版画のことも知らなかったわけですし。「シャドフェミ」はプレイグラウンドで、シャドフェミメンバーはそこで一緒に遊んでいる「共犯者」みたいな気持ちがありますね。自分の持っているものを自由に投げ込むことができて、そこから波紋がどう広がるかも楽しめる。それをしても大丈夫な場が「シャドフェミ」でした。えんまいさんともメンバーのみんなとも、お互いに話を聞ける・話せる関係だったと思っています。4月29日には『別冊マルスピ』の刊行イベントも予定しているので、ぜひ遊びにきてもらいたいです。

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木版画ワークショップで受講生が制作した版画

2024年3月19日収録
取材・構成=木村奈緒 写真=皆藤将


アンビカミング: シャドーフェミニズムズの芸術実践 遠藤麻衣+ゲスト

▷授業日:隔週火曜日 19:00〜22:00
アーティスト・遠藤麻衣による講座。フェミニズムの領域でも「ネガティブ」で「パッシヴ」な「シャドーフェミニズムズ」に焦点を当てて学んでいきます。クィア・フェミニズム、ソーシャルプラクティスとしての芸術に関心を寄せるさまざまな方の受講をお待ちしています。