2024年度5月期より新たに開講する「サウンドアート・入門と実践〜電子音響音楽、サウンドコラージュ、フィールドレコーディング〜」。講師は作曲家の渡辺愛さんです。クラシック音楽の作曲を学んだ後、電子音響音楽に出会い創作活動を続けてきた渡辺さん。開講に先立ち、渡辺さんのこれまでの歩みや、講座の内容についてお話を聞きました。
渡辺愛(わたなべ・あい)|作曲家。フィールド・レコーディングの素材を含む電子音響音楽を中心に活動する。東京音楽大学大学院作曲専攻修了、パリ国立地方音楽院修了。東京藝術大学大学院博士後期課程修了。リュック・フェラーリ研究で博士号取得(学術)。JAPAN2011受賞(イタリア)、国営ラジオでの放送(フランス)、ICMC2018(韓国)、RADIO SAKAMOTO(presented by 坂本龍一)での放送等、国内外で評価を得る。音響装置アクースモニウムの演奏も行う。現在、東京藝術大学、昭和音楽大学、玉川大学各非常勤講師。 日本電子音楽協会理事。先端芸術音楽創作学会会員。JWCM女性作曲家会議メンバー。https://aiwatanabe.tumblr.com/
音楽との付き合い
渡辺 出身は神奈川県の大磯町です。父は画家で、母はピアノの先生をしていました。絵は好きでしたが、父の仕事を間近に見ていて絵の世界は大変そうだなと思ったのと、父と同じことをやっても敵わないという思いもあり、小さい頃からピアノを習っていました。ただ、楽器を極めるためには毎日練習しなければいけなくて大変なんですよね。そういうことは自分には向いていないなと子ども心に思っていたところ、ピアノの先生から作曲をすすめられて、初めて作曲という道があると知りました。
思えば、CDで音楽を聴いているときに、メロディーの後ろで鳴っているリズムや和音がどうなっているのか知りたくて、何度も曲を聴いてわかるところだけ書き取るといったことを小学生の頃からやっていたんです。それで、作曲をやってみようと思い、中学生の時に作曲を教えてくれる先生のところに通いはじめました。ただ、通いはじめてみて作曲は作曲で大変だということを実感しました。バス課題といって、和音になっていない音符が並んでいる楽譜を見て、ルールに従って音を積み上げていく課題があるんですが、わけもわからずやっている感じでした。
高校は単位制の学校で、自由に単位が選べたり帰国子女の生徒が多かったりと、当時にしてみるとダイバーシティのある学校でした。そこでいろんな道があるんだなと実感しましたね。自分は音大に進むことを決めて準備をしていましたが、同時に、クラシック以外の音楽を聴きはじめたり、カルチャーの幅が広がっていったのもこの頃でした。学校が横浜にあって、当時は駅の周辺にレコード屋やミニシアター系の映画館が結構あったんです。授業が単位制だから午前中に授業を詰めて、午後は映画を観たりCDをディグったりしていました。同じ音楽でも、ハウスミュージックやテクノは曲の始まりと終わりがあるというより、途中から別の曲に連綿とつながっていくじゃないですか。そういう音響世界のあり方が面白いなと思いました。
大学生活で感じたジレンマ
渡辺 高校卒業後は、東京音楽大学の芸術音楽コースに進学しました。紙の楽譜での作曲を学ぶんですが、ピアノ曲からはじまって最終的にはオーケストラ作品をつくることを目指します。いろんな器楽奏者とコラボレーションをしたり、私なりに楽しく作品を書いていましたが、楽譜を書いて演奏してもらうことのジレンマも感じていました。楽譜の作品は、記号化して固定化したもの、言語になったものを演奏家の人に読んでもらって演奏してもらうといったプロセスが決まっていて、その枠組みを設定する責任のようなものが少し窮屈に感じられたんですね。
演奏家とコラボレーションはするけれども、楽譜に書いたことの全責任は自分にあって、コンサートをするにしても、こういうふうに聴いてくださいと提供する側がいて、受け取る側がいて、拍手が起こる……みたいな。制度化されている感じがあって、これをこのままずっと続けることに少ししんどさを感じていました。そんなジレンマを抱えながらも大学院に進学したんですが、あるとき学校で電子音響音楽をつくる機会がありました。サンプリング素材を取ってきてペタペタはめてみるぐらいの感じでしたが、そのときに初めて電子音響音楽らしきものをつくったんです。
その後、学校の先生が夏休みにフランスで開かれる電子音響音楽制作のワークショップを紹介してくれて、これは楽しそうだと思って参加することにしました。それが2004年の夏のことです。10日間ぐらいのワークショップで、朝から晩までスタジオにこもって電子音響音楽の制作をしました。作品を完成させるためにスタジオに寝泊まりしたりして、その体験自体がまるごと面白かったんですね。翌年も電子音響音楽の大規模なフェスティバルに参加して、作品を出力するにもいろいろな環境があることを知りました。出力の仕方によって全然違う体験になることを実感して、それもまた面白かったんです。
フランスでの経験と出会い
渡辺 そうやってお金を貯めて夏休みにワークショップに行く生活をしばらく続けていましたが、やっぱり海外に住んで勉強している人が羨ましいと思うようになって、2008年にパリ国立地方音楽院に留学しました。学校では電子音響音楽の聴音とかもやりましたよ。「ピー」みたいな音を聴いて、「はい、書いて」みたいな(笑)。音符で書くかどうかも言われないので、みんな自己流で書くんですが、何度か聴くうちに規則性が見えてきたり、重要と思われるモチーフを発見したりするんです。電子音響音楽の歴史的なことも勉強しましたし、先生に作品を見せてコメントをもらったりもしました。語学の壁があったので、1年目はついていくのに必死でしたが、今考えても日本では間違いなく勉強できなかったことなので、得難い経験だったと思います。
一方で、フランスは結構コンサバティブな面があって──コンセルヴァトワール(Conservatoire:文化遺産の価値を保全する公的機関を指す)と言うぐらいなので──文脈を重視するんですね。わけがわからないものを、わけがわからないままに面白がってくれる感じではなく、文脈に結びつけたり説明をしないと納得してもらえないところがありました。そうした価値観に自分は少し違和感を抱いていていて、その感覚は大事にしたいなと思いました。
(美学校音楽学科主任の)岸野雄一さんに出会ったのもフランス留学中です。「ヒゲの未亡人」でVJをやっている杉山慎一郎さんともともと知り合いで、杉山さんが岸野さんとツアーでフランスに来ることになった際に久々に連絡をもらって、岸野さんと初めてお会いしました。留学を終えて東京藝術大学の博士課程に進学してからも、岸野さんの芸大の授業に1日だけ潜らせてもらったり、誕生日ライブに遊びに行かせてもらったりしていました。岸野さんの授業をまた受けたいなと思っていたところ、美学校で岸野さんが「映画を聴く」を開講されていることを知って受講したんです。だから、講師になる前は美学校の受講生だったんですよ。その受講がきっかけで結果的に美学校で講座をやらせていただくことになりました。
「サウンドアート・入門と実践」
渡辺 講座は、参加されている方の顔触れを見ながら進めていけたらと思っています。受講にあたって特に下準備はいりません。「音楽」というと、ジャンル分けされたものだったり、パッケージ化されたものと思いがちですが、もう少し現象的なことに立ち返ってみたり、普段とは違った目線で見てみると、音楽をつくることに関わらず面白い視点が持てるので、そうしたことを共有できればと思っています。ですので、音楽の専門家になるためのテクニックやスキルを身につけるというよりは、皆さんの生活やクリエイティビティに引き寄せたときに、何かヒントになることをシェアできる場にしたいですね。
前提となる基礎知識は共有しつつ、講座では実際に手を動かしていただこうと思っています。思った通りのものができなかったり、偶然できたものがあったり、予想外のことがいろいろ起こると思いますが、できたものを見て何が語れるのか、みんなで揉めたら面白いのではないかと思っています。例えば、音楽の振動をもとにしているけれども、アウトプットは映像作品や彫像的なものになったりしてもいいですし、せっかく人が集まる場があるので、即興やパフォーマンスがあってもいいかもしれないですね。私自身も即興ライブはたまにやっています。
私が初めて電子音響音楽に触れた2004年に比べると、録音機材もソフトも安価になりましたし、電子音響音楽を制作する敷居はかなり低くなったと思います。以前、電子音響音楽制作のワークショップを開催したときも、曲をつくるのは今日が初めてという方がいましたが、そういう方も2〜3時間あればできるんですよね。特別なスキルがいらないのが電子音響音楽のいいところです。ただ、この講座でやることは、DTMでEDMをつくりましょうとか、ボカロをつくりましょうといったことのアクセスのしやすさに比べたら、少し奥まった場所にあると思うので、興味はあるけど誰がどういうふうにやっているのか知りたいという方には、この講座はとても良い機会になるのではないかと思います。
鳴り響いた音をつかむ面白さ
渡辺 電子音響音楽の魅力は、やっぱり直接的というか、鳴り響いた音をそのままつかむような、飛び込んでから考える面白さがあるところかなと思います。それこそ即興の面白さって、音を鳴らしている最中に考えることだと思うんですね。このボトルをひねって音を出すにしても、実際にやりながら「この感じが面白いな」ってわかるじゃないですか。しかも、それを記録できる録音技術があって、録音したものをまた別のものとぶつかり合わせて新しい波をつくることができます。体験しながら進めていくプロセスそのものや、つくる過程で感じたことが面白いのであって、結果、聴いたときにいい作品ができたかどうかは一番の問題ではないと思っています。
今、7歳になる子どもがいるんですが、子どもが生まれてすぐは熟考がまったくできず、5分でも手が空けば時間がある状態で、子どもが寝た瞬間に「コマンド!コマンド!」といった感じで制作していました(笑)。細かいことを考えている余裕はないけど、とりあえず前に一歩進む感じです。難しいことや偉そうなことを考えてやらないよりも、地べたを這いつくばってでも1歩2歩と進めば、そこから何か次につながるかもしれないですからね。
子育てを通して自分のマインドが変化したことで、創作の形も変化しました。今の私にとっては「音楽」や「音」ってなんだろうと考えることが、社会のことを考えることにつながる感じがあるんです。例えばこの間、作曲家の友人と「音楽」の定義について話していたんですが、そのディスカッションで生まれた言葉をテキスト化したものを録音をして音響作品をつくりました。つくっている最中も、この響きの後に別の響きがくるのが良いなとか、これはちょっと違う気がするとか考えるんですけど、じゃあ自分は何をもって良いとか違うとか判断しているんだろうと。これまでの生活で培ってきたセンスが影響しているのかな、じゃあそのセンスって何?……といった感じで思考は無限に続くんですね。
そうした思考が音響作品という具体的な形でフィックスされると、そこからまた新たな疑問やコミュニケーションが生まれます。何かについて議論するだけでも面白いけど、議論をいったん作品という形に落とし込んで、それを見つめることでまた盛り上がれる。盛り上がるということは、つまり社会活動ですよね。そういうツールとして作品を作るのが面白いなと思っています。私自身が家事や育児に追われているからこそ、創作においても大上段に構えた作品より、台所で5分でできる作品の方が身近になっているとも感じています。ですので、地方に住んでいますとか、あまりアクティブに動けませんとか、いろいろと制約を抱えながら生活されている方でも楽しく参加してもらえる講座にしたいと思っています。
2024年1月26日収録
取材・構成=木村奈緒 写真=皆藤将
▷授業日:第二日曜日 14:00〜16:30
この講座では、音や音楽を考えるうえでの基礎的な学びとして、広く現代音楽や電子音についての知見を深め、音自体の構造を理解し、電子音響による音づくりを通じて「音とは何か」を考察、実践します。